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昔の名前でやってます。 杉本博司 趣味と芸術 - 味占郷/今昔三部作


千葉市美術館 開館20周年記念展
杉本博司
趣味と芸術 - 味占郷/今昔三部作
会期 2015年10月28日(水)~12月23日(水・祝)
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2015/1028/1028.html

杉本博司のこれまでの足跡については、今更ここで拙く紹介されるまでもありません。ニューヨークを拠点にして制作を続けている杉本氏ですが、一時期、生活のために日本の古美術品や民芸品を扱う古美術商をしていた経験もあって、日本の古美術や古い建築物それに古典文学への造詣が深くかなりの目利きである事でも知られています。
この杉本展もこうした彼のバックグラウンド(というか、根底に流れる理念みたいなもの)を如実に余すところなく組み入れて繰り広げられている世界です。杉本さんが実に愉しみながらこの展示を構成していったのが眼に浮かぶようです。

展示は2部構成になっていて、まさに「杉本博司 趣味と芸術」です。「味占郷」は、雑誌『婦人画報』で連載されていた「謎の割烹 味占郷」に登場する架空の高級料亭の屋号。ゲストは亭主が杉本だという事を明かさずに招かれ、杉本氏がゲストに相応しいしつらえと料理でもてなすというもので、洒落者杉本のお眼鏡にかなった品々、器や掛け軸、丁度品などが、軽妙でウィットに富んだ文章と共に展示されています。展示されているのは、杉本博司の作品ではないのですが、味占郷を訪ねるゲストに合わせたお料理を杉本氏自ら考え、支度をしていて、それに合わせた小道具や軸が飾られているという趣向です。これがとっても楽しくもあり、素晴らしくもあり、詫びも寂もあり、とてもよかったのです。杉本氏の見立てでゲストに相応しいと選んだ“ならでは”の小道具はその人の人となりを顕し、その選ばれた小道具がまた杉本氏の人となりを顕す、そんな風に幾重にも重なった杉本さんの審美眼の連鎖です。増幅です。すべてが結局杉本博司自身を表現することに至っていても、自己顕示の高さが嫌味に映ることなど決してなく、洒落ていて、細やか。それは洞察力の鋭さにも通じるもので、間接的なのにその表現の豊かさは、まさに数寄者です。この「謎の割烹 味占郷」は、まとまって1冊の書籍になっていて、思わず買い、でした。日々を風流に設える沢山のヒントが記されています。自分の作品を飾らずして、自分の世界観を具現化する、それがひとつの鑑賞に値する作品群になるなんて、そうそう出来る事じゃないですね。



「阿古陀形兜」南北朝時代、「夏草」 2015年 須田悦弘
この兜は、戦場で地中に長い間埋もれていたものを掘り起こしてきたものだそうです。



泰山木の花。英名はMagnolia。山のような泰然とした姿から名付けられたと言われます。好きな花のひとつ。



月面を描いた軸と球。古風な設えなのですが、現代科学を感じるようなミスマッチがあって、
とても好きな軸のひとつです。


さて、もうひとつのフロアは、杉本博司の「芸術」にまつわるもの。そう、彼の生み出した作品です。「趣味」のフロアのどこか軽妙で洒落の利いていた雰囲気とはがらっと異なり、静寂が空間を包んでいました。 杉本博司の作品を通しての足跡が「今昔三部作」と題して≪ジオラマ≫、≪劇場≫、≪海景≫の初期作から最新作までが展示されています。特に≪海景≫の部屋は、土地柄か、休みの日なのにとても人が少なく、静かに情景と向き合うことが出来て堪能できました。どの海も水平線で空と海が画面の中で丁度2分割されていて、それぞれの海の個性は著しく没されているのですが、それぞれ異なった季節や時間、天候の下で撮影してあるからでしょうか、どことなくその海を顕しているかのように眼に映ります。どの部屋も時間を押し込めてあるかのような、厚みのある静けさが漂っていて、心象の中で動画を見ているような雰囲気があります。何の変哲もない光景のように映っていても、≪劇場≫などは、かつては人々の賑わいがあった映画館を貸し切って、その館に合わせた映画を観客がないまま上映し、それを撮影しているそうで、ここにも杉本博司の贅沢ながらどこか詫び寂びがある見立ての美学がふんだんに盛り込まれています。そんなエピソードを知りながら観れば、写真はその観えるものだけではない深いストーリーを孕んでいるように感じられるし、知らずに観てもまた、写真には何も写らなかった真っ白に光るスクリーンを何のデフォルメも加えず、単調とも言える正攻法の構図で捉え淡々と並べた様子に、もやもやと杉本氏の制作意図を知りたくなるような不思議な欲求で画面に引き込まれていくのだと思います。どのシリーズも最古作から最新作が並べられているのですが、均一のトーンで統一されていて、俄かにはその変化は見て取れないのが、ある意味流石です。すべてが均質ながらも、1枚の写真の中に、そして並べられたその流れの中に、時間の厚みがあるのです。


≪海景≫の部屋。 海のざわめきを感じるのに、一方では静寂を感じる不思議な雰囲気がただよっていました。



≪劇場≫の部屋。 それぞれのキャプションでは、何の映画が上映されているか、作品名とともに杉本さんのそれを選んだ心情が語られていました。


そして、尾形光琳の「紅梅白梅図」をモノクロームで再撮影して「月夜の梅」に見立てている「月下紅白梅図」(2014) 、これが見たかったのです。ほの白い月明かりに浮かび上がっているかのような、紅梅と白梅それに流れるさざ波立った川は、光琳の時代から数千年の時を経て、全く趣の違った姿を顕したのです。プラチナプリントは千年の寿命をもつそうなので、千年後は杉本博司のこの「月下紅梅白梅図」が歴史に名を残しているのかも知れませんね。





屏風の中の白梅が散り落ちているようで、とても風流です。こんなところに杉本さんの洒落心を感じざるを得ません。

この展覧会に向けて、杉本さんはユーモアたっぷりに、

静聴と衰退、希望と諦念、未熟と完熟、青さと傲岸、昔の名前でやってます。
--------------------杉本博司

と残しています。
趣味と芸術、洒落心と真摯に芸術に向き合う視点、時間の厚み、作品のシンプルさとは対照的に、実に多様なものがこの展覧会にあります。 明白なインパクトがなく、人によっては「ふうん・・・」で終わってしまうかも知れないけど観ておくべきもの、というのが世の中にはあると思います。 これはその手のものだったと思うし、盛り込むものを限りなく控えた不足の美みたいなものにジワリと利いてくる杉本博司という人の世界観を顕した、作品を通して、いや、作品は単なる導入で、まさに杉本博司の芸術感というものを体験するものなのだと思います。

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≪海景≫



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by sanaegogo | 2015-11-29 00:00 | art


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