朝の喧騒に思ふ


この日、横浜の方で人身事故(40歳代男性の飛び込み自殺だったようです。)があり、朝からダイヤが大荒れ。バスを降りると駅前のペデストリアンデッキの方まで人が溢れかえってるのが見えた。ここ10年余り、ここら辺界隈の人口増加は目覚しく、もともと田舎の小さな細いホームだった駅にもの凄い人が通勤時間帯に押し寄せる。茅ヶ崎から通ってます、と言うと、都内の人はすごく遠くから遥々、と言うイメージを持つようだけど、ここら辺に住んでいる人は、1時間電車に揺られての通勤も当たり前。毎朝、200%に達しそうな乗車率の長い長い15両編成の電車が5分おきに発車して、東京方面に大量の人を送り込んでいる。考えたらもの凄いダイナミズムですね。人が捌けていかないとホームには入りきれなくなって、最近では電車が止まると警察が出て、改札で入場規制が始まる。この日もそんな感じで、他の路線に捌け口のない駅がごった返していた。以前はこうなるとよく友人と連絡を取り合って、電車が落ち着くまで駅前でコーヒーでも啜って待っていたもんですが、この日は六本木で仕事のお客さんと合う事になっており、そうも落ち着いていられず、何とか電車に乗り込もうと改札近くまで人並みを押し分けて進んでみた。以前は、『だのに、何故、歯を食いしばり、君は行くのか、そんなにしてまで~』と、早く走らせろ、と駅員とモメていたサラリーマンを見ながら思っていた。『行かねばならぬ』と言う気持ちだけで、何であんなに必死になれるのか、なんて不思議な感じすらしていた。自分ではいかんともし難い状況で、それを説明しても許されない事態ってあるもんなんだろうか、と。例えば、プレゼンとか、大切な場面に参加出来なくなったとしたら、それは、自分抜きになっても致し方ない、進めちゃいましょ、という判断でその場面が進んでしまうのであって、それも実力や期待度の顕れなのでしょう、なんて、高慢ちきな考えがあったんだと思う。こんなに頑張ったんだから、自分抜きになるのは嫌だっ、と言う、熱い思いが滾るような事もなかったのかな。他の人に迷惑がかかる、と言う済まない気持ちより、『こうなっちゃったんから、そこにいるあとの人で上手くやってよ。』みたいな感じ。うっすらと、自分の落ち度ではない、と言う気持ちが・・・・。流石に今は、多少の責任感もあるので、連絡を取って事情を説明。待合わせを1時間ずらしてもらえる事になった。今まで幸い、『あっそう、ならば結構です。』と言う状況に陥ったことが無かったのは幸いだったのかも知れない。
私の乗ったバスが着いたとき、既に改札にも近寄れない人々でごった返してたのに、人並みを上手い具合にするするとすり抜けて、だいぶ後から来たのに、あっという間に、比較的抵抗も受けず、改札前まで進んで来れてしまった。何とかして六本木まで行くために、『相模線で厚木に出て、厚木から・・・・』なんて頭をぐるぐるするも、余りにも選択肢が無いので、このまま何とかして東海道に乗るしかない。などと考えていたら、電車が1本だけ来て、あれよあれよと言う間にホームに入れてもらえる最前列の人の波に乗り、長時間の足止めを食らうことなく、電車に乗れてしまった!
横浜に住んでいる時だったら、こんな時、市営地下鉄に行ってみたり、そこでも駄目だとみなとみらい線に行ってみたり、関内から出られずに右往左往した事が何回かあった。そう、選択肢が多いと、人は翻弄されるのだ。次々と選択肢を潰し込み、迷い、迷った挙句、決断しても、『これは駄目。じゃ、次。』みたいに徒労を重ねて時間ばかりくってしまいがちなのかもしれない。『茅ヶ崎を出るには、この状況を打破するには、この目の前の人だかりに何としても食い込んで、上手いこと東海道線に乗ること。』それだけ。選択肢がないと、その目の前の状況に食らいつき、頑張るもんなんだなぁ。と、そんなことを思った朝の出来事でした。
帰宅したときは、いつもの駅に戻っていて、皆さん、朝の喧騒も忘れ去ってるようでした。



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by sanaegogo | 2009-10-08 00:00 | つぶやき | Comments(2)
Commented by Frida at 2009-10-13 08:28 x
「選択肢がないと、その目の前の状況に食らいつき、頑張るもんなんだなぁ。」

まさに人生そのものですね。
選択肢があればあるほど、考えてしまう…。
Commented by さなぁえ at 2009-10-14 01:22 x
>Frida
まさにそんな事を重ね合わせてしまいましたよー。
加えて、お尻に火がつかないとエンジンがかからない性分が災いしているようです。
絶体絶命、これっっきゃないっ! って状況はある意味強いですよねぇ。


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