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Exhibition05: 'Tarantella' | Go Itami
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GW中にいくつか気になる展示を観て回るつもりにしていたのですが、その中のひとつがこれ。伊丹豪さんが今取り組んでいるというシリーズがCIBONEで観られます。作家は何に向かって作品を生み出し、誰に向かって観せたいのか、というのがありますが、今回はCIBONEというショップの中での展示。 作品を観ることを目的として足を運ぶ美術館やギャラリーではなく、ふらっと入って来るお客さんもいる様な環境です。 なので私もそんな風に作品を観てみたいと思ってふらっと行って来ました。(とは言え、CIBONEの告知でキービジュアルになっていた3枚のアブストラクトなランドスケープの作品を見て、「もっと観たい!」と思っていたので、似非っぽい行為ではありますが。(笑))



Exhibition05: 'Tarantella' @CIBONE
From April 29 (Wed) to May 19 (Tue)
Go Itami


私が勝手に考えている伊丹作品とは、「フォーマットの中で拡散と凝縮の間を行き来する矛盾を孕む世界」といった感じでしょうか。画角の外側にも広がっている世界をぎゅっとフォーマットの中に凝縮させることでマクロがミクロへと変容し、そしてまた、画角の中にぎゅっと押し込まれ凝縮させることで、実はその全貌は自分の視野の外にも広がってく、そんなふうに拡散と凝縮の間を行き来するような作品です。そのベクトルの方向が言い表しがたい違和感を生み出しています。対象をある極限まで拡大して画角の中に収めようとするベクトルによって、その全貌は外へと向かって押し出されて広がっていくようです。外へと広がろうとする光景の中から1点を捉え、その外へ向かうベクトルと逆行してフレームの中に凝縮させるような作業がそこにあると感じます。これはカメラやレンズの機能からすれば、至極当り前のことなのかも知れません。とても汎用性のあるものです。ただそこに某かの伊丹豪らしさがあるのは、これも当たり前の事なのかもしれませんが、そこに伊丹豪だけのフレーミングがあるからだと思います。そして、伊丹豪のフレームをもってその世界から何かを切り出している手のものではなく、ただそこに境界線を引いただけのもので、それは決して分断されてはおらず、フレームの外にも依然広がっているような感覚を覚えます。もちろん、今までの作品を一つ一つ見ればその感覚に当てはまるものばかりではありませんが、ひとつの個性としてそれは確かにあります。これまで撮影の対象は、部屋の中にある小さな生活に密着した品々や、日常の生活の中で目にする当たり前の風景が多かったようにおもいますが、今回展示されている作品は、NASAの衛星写真。いよいよ地球規模になったのか、という感じです。スケールの大きさが一気に拡大しましたね。





地球は本当に表情豊かでフォトジェニックですね。地面に身をかがめて足元の野花も地球であると言えるし、大気圏の外から見た起伏に富んだ地形もまた地球です。自分と近い距離にあれば、微細すぎて人の視力では捉えられないような水蒸気の粒の集合体である雲も、遠くから捉えれば白い塊となってくっきりとその姿を現します。広角な視野をもって眺めれば優れた自然の造形物であるような山脈や河や湖、森林地帯や砂漠、または人間の創りだした都市の人工的な美しさがありますが、その一部分に近づけば近づくほど、具体的だったものは抽象化していきます。対象物をより詳細に正確に捉えようと近づけば近づくほど、ある時点を境にそれは抽象的なものと変容していき、具体性とはかけ離れていく感覚が何とも矛盾を孕んでいて、脳の「形」を認知するところがもやもやするような感覚になります。その意外性は距離があればあるほど、それに対して拡大される範囲が小さければ小さいほど増していきます。難しい事を考えずただ感覚的にその写真たちを観ても、ギャラリースペースに点在しているその異形の地表は美しいものでした。特に床に寝かせてある数枚の写真はまるで自分が高い高いところから俯瞰しているようで体感的なものも楽しむことが出来ます。





様々な角度の視線で観ることが用意されたその作品たちは、CIBONEの既存の空間の雰囲気にとてもしっくりきていて、その場に良く溶け込んで馴染んでいたように思います。テーマが地球規模になったせいか、いつもは割と観ていて「考える」要素が強い伊丹さんの作品ですが、今回は「感じる」ままに観入ってしまったのは、きっと私の思考が地球規模に対応できていないからかもしれません。でも今回の作品は、それが心地よいのだ、とも思いました。 考えるスケールが大きすぎると時として思考は止まってしまうものなのです。 感じるままに観入ったアブストラクトな異形のランドスケープ、堪能してきました。




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by sanaegogo | 2015-05-04 00:00 | art | Comments(0)
鳥の旅 ―Birds' Journey―
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この夏(正確に言えば2014年の夏ですが)、ある女性写真家の方の「写真集をつくる」、というワークショップに参加しました。これで足かけ3年目の3回目になります。 今回制作した写真集のタイトルは、『鳥の旅』。昨年が『惑星探査』なので、私にはどうもこういう空間移動的なものが心地よいみたいです。
今回は、どこかで撮影してきたものをまとめるというのではなく、Self-found Photo と勝手に呼んでますが、これまでの自分のアーカイブの中から写真を掘り出してみようという試みです。 それは忘れかけていた昔の写真の再発見でもあるし、文字通り、自分自身をも探ってみる、というのに繋がるのかも知れません。 自分史を辿るものでもあるし、自分自身の再発見、気づきだったのかも知れません。 そうして拙くも膨大な過去のライブラリーの中から写真を選び、再編成し、ただ雰囲気で並べるのではなく、空間も時間も縦横無尽に行き来するような漠然としたストーリーを与えたかったのです。 作者の意図に誘導していくようなストーリーではなく、見る人がその人のその時の思考である種の体験を共有できるような、そんな感じです。 本はいくつかのシークエンスで構成されていて、時間もばらばら、場所もばらばらで、古い写真では2003年のものもあります。 時系列を曖昧にしたのは、私のちょっとした悪戯心で、どの写真もその撮影した時の事を覚えています。 旅の思い出も満載なので、どうしても思い入れがありそんな1枚、1枚を落としていくのが忍びなくもありましたが、鳥の次の訪問地を選んで並べていくのは楽しい作業でした。 鳥のいくつかは沖縄に住むバハマ時代の友人が撮影したものです。

出来上がった写真集はとびらや奥付を合わせて95ページにもなってしまったのですが、その中でいくつかシークエンスをご紹介します。本は長編綴じの縦開き。鳥の飛んでいる空間とその風景は同じ空間なのか否か。 鳥は俯瞰して眼下に広がる風景を見ているのではなく、どこか全く別の次元で羽ばたいているのかも知れません。鳥は何処かの知らない次元を旅していて、そこは繋がっていて、風景だけが点在している。 こうしてみるとそんな風にも見えてきますね。



石垣島、沖縄 (2003)



バレン高原、アイルランド (2013)



バレン高原、 アイルランド (2013)



与那国島、 沖縄 (2004)








バレン高原、 アイルランド (2013)



モハーの断崖、 アイルランド (2013)



モハーの断崖、 アイルランド (2013)



モハーの断崖、 アイルランド (2013)








沖縄南部 斎場御嶽近くの海 (2009)



鎌倉 稲村ケ崎近く (2013)



吉佐美 大浜、 下田 (2009)



横須賀の海 (2009)




実は、この本をつくるにあたり、頭の中でイメージしていた情景があったのですが、それを頭の中から取り出して表現するのにはムービーの方がよいのは解っていたのです。 なので、順番が逆になってしまいましたが、写真集では顕せないもうひとつの『鳥の旅』です。どちらがよりよいとかではなく、それぞれに どちらの世界でも 鳥は確かに旅を続けています。


鳥の旅 ― Birds’ Journey
(スライドショウのムービー こちらでご覧ください!!)





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by sanaegogo | 2014-12-31 00:00 | activity | Comments(0)
養老渓谷で紅葉狩り The Flavor of Autumn
ネットの情報では12月初旬まで見頃が続くというので、房総半島の真ん中にある養老渓谷に紅葉を観に行って来ましたよ。 養老渓谷は春に市原アートミックスに出かけてその存在を知りました。 小湊鉄道の終点の駅で、その周辺に流れる養老川によって形成された渓谷が続いて、それに沿っていくつかのハイキングコースを楽しむことが出来ます。 この日はDrive & Hikingという事で、現地千葉までは車で行くことにしました。私の住む茅ヶ崎からは首都高で東京湾をぐるりと回っていく方法と、横浜から川崎に出てアクアラインでずどんっと突入する方法があるのですが、我々は横須賀からフェリーに乗って金谷港から千葉に入るコースを選択。往年のデートコースですよね! 超久々のフェリーの旅も同時に楽しんできました。それでも 金谷港から結構走って2時間くらい。目的地は養老渓谷の景勝地のひとつ、粟又の滝です。
駐車場に車を停めて、水月寺の方から遊歩道を歩く事2時間超。渓流沿いの景観を楽しみながら粟又の滝を目指します。 残念ながら今年は紅葉は殆ど終わってしまっていて、(その前の週に結構な雨が降った事によるみたいです。) 、楓の木に着いている紅葉の葉は息も絶え絶え、という感じだったのですが、その代わり、渓流の水面に写ったり浮かんで流れていく紅葉を楽しむことが出来ました。 私の好きな世界です。 それはそれで、私にとっては心洗われる表情豊かな情景ばかりでした。



田舎の道を進んで行くと養老川沿いに突き当り、滝めぐりの遊歩道に降りて行く事ができます。
渓流の水はとても澄んでいて、周りの木々の色づいた色彩や空の青が映り込んでます。





この週に土砂降りの雨の日があって、まだ赤くなっていない楓の葉もたくさん落ちてしまっていました。
でもそれはそれで。 足許にはカラフルな絨毯が広がって眼を楽しませてくれます。





流れの淀みには流れて来た楓の葉溜まりが出来ていて、沈んでいる葉、水面に浮かんでいる葉が重なり合い、美しいレイヤーを見せてくれます。



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自然の配色が創りだす 色鮮やかでカラフルな色彩。
まるで自然で作為的なものは何もない、純然たる華やかさ、です。





時には、自然はまるで印象派の画家のようです。
期せずしてモネのような仕上がり。





こんな風に紅く色づいた葉が折り重なっているようなところもありました。





滝めぐりの遊歩道の終点、粟又の滝です。
滝の姿も素晴らしかったのですが、やはり水面に写る風景の素晴らしさに眼が奪われてしまいます。



養老渓谷には他にも色々とハイキングコースがあって、小湊鉄道の養老渓谷駅を起点にもう少し山深いコースなども楽しめるようです。 養老八景という景勝ポイントが用意されているので、ぐるっと回ってみるのも楽しいかと思います。 養老渓谷駅にある観光案内所の方がとても親切に教えてくれるので、まずはここに立ち寄ってみるのがおススメです。



http://www.youroukeikoku.com/sys/wp-content/themes/yorokeikoku/download/img/keikoku.pdf



朝早く家を出て来たつもりだったのに、思いのほか金谷港から距離があった事と、思いのほかゆっくりと渓流を散策してしまったので、駐車場に戻って来た時にはすっかり陽も暮れようとしてました。 名物という自然薯のとろろ蕎麦を食べて金谷港に戻った時にはすっかり夜。 フェリーに乗り込んでデッキに出ると、遥か彼方には横須賀の街の灯が・・・・。とても寒く空気が澄んでいたので、灯りが綺麗に見えました。別の方向では羽田空港に着陸する態勢に入った飛行機のテールランプも。 昼間の情景とは対照的なモノクロームの世界ですが、これもこの小旅行の思い出深い記念の1枚になりました。






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by sanaegogo | 2014-12-07 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
砂丘の果てに見えるもの ― 鳥取砂丘
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いよいよ鳥取旅行について記します! 砂漠を求めて鳥取へ向かったあの時の高揚感は自分自身の中で忘れられない記憶に残る旅でした。実際は(言わずもがなですが)鳥取砂丘は砂漠ではないので、ロレンスのような殿方や、いつも不機嫌な女主人のブレンダや、修行中の若きルーク・スカイウォーカーや、ライ・クーダーのギターのギターが流れるバーや、インド人の兵隊キップもそこにはいませんでしたが、いつの頃からか、これらの映画の舞台となるその砂漠の風景に強く惹かれ、実はチュニジアに行きたかったのです。(まだ諦めた訳ではありませんが・・・。) 鳥取砂丘に行ってチュニジアの代わりと思うのはちゃちすぎると笑う人もいましたが、まずは日本にある最大の砂丘、鳥取砂丘に行かねばっ! そう思ったのです!子供の頃は、童謡「月の砂漠」の歌詞とあの何とも気だるいマイナーなメロディーが好きで、時々「月の砂漠」の画を描いたりしてたのを覚えてます。少し大人になってからは、これも映画ネタつながりですが、スティング様が主演した「デューン/砂の惑星(邦題)」で、砂漠とは英語で”dune”という事を知り(実際は砂丘ですが、後で知りました。)、訳もなくこの”デューン”というサウンドの神秘的な響きにすっかり夢中になりました。 時系列はめちゃめちゃですが、小学校か中学校の時に映画の時間で体育館で観た「砂漠の冒険」という映画があって、そのインパクトの強さといったら・・・・。こんな風に自分の中のとある時代に砂漠が現れ、インパクトを残し、刷り込まれてしまったかのように、あるいはサブリミナルのように、砂漠に思いを馳せるようになっていったのです。あの灼熱であるが故に厳しさがあり、乾いた清潔さがあり、どこまでも続いていくような、地球という惑星の上にありながら、別の世界であるかのような恒久さに惹かれているのだと思います。
2011年、行ってみたい海の向こうのDestinationの中で、そろそろチュニジア、と画策していた時、奇しくもジャスミン革命が勃発して計画を断念しました。治安の悪化でチュニスは遠い街になってしまいました。 北アフリカが落ち着くのを待つ気持ちが心の片隅に追いやられそうになった時、2013年を迎え、その年はかの植田正治の生誕100周年でもあり、改めて氏の写真をつぶさに観ることとなり、そこにはこれまでにないイメージの砂の世界がありました。それが鳥取砂丘です。人生何度目かの砂の世界のフラッシュバック。 この頃から鳥取砂丘に思いを馳せるようになり、2013年の末、思い立って出かけようとしたら、一緒に回ろうと思っていた植田正治写真美術館が12月から冬期休館に入ってしまう事を知り、敢え無く断念。2014年、遂にこの地を訪れることに至ったのです。前段が長くなりすぎましたが、ここで私の心情の変遷を辿れたのは、自分にとって良い機会でした。

さて、そんな風に出かけた鳥取への旅ですが、ゆったりと時間をかけ長い距離を移動し、その移動の過程もまた楽しいものでした。Financial Difficulty的な理由もあり、大好きな飛行機を諦め新幹線と在来線それにローカルバスを乗り継いで、1日かけて砂丘の近くまで行きました。初日にお世話になる宿のご主人に砂丘会館のバス停まで迎えに来てもらった時にはすっかりと暗く、砂丘を見下ろす駐車場からは何も観ることは出来なかったのですが、夜の帳が下りるごとに深さの度合いを増していく暗闇の中の目の前の風景に、確かにそこに砂丘が横たわってるんだなぁ、などと感じたものです。
砂丘の辺りは11月の今はSlowなシーズンらしく、宿泊客はあまりなく、周囲の宿も閉まっているか、夕食を出さない素泊まりばかりの状態。 私がお世話になったところも「夕食はないので、何か食べるものを買ってきてくださいね。」と。 コンビニまでは車で何十分も走らなければならず、夜は真っ暗闇で、とても一人では歩けないと言われ、鳥取の駅でカニ寿司弁当やパンやワイン、ちょっとしたお菓子など、食料を買い込み、キャリーバックとスーパーの袋をもって、もう向かう人などいない鳥取砂丘方面のバスに乗り込んで、何となくアイルランドのイニシュモア島に行った時の状況を思い出したりしました。ご主人を待つ間、閉店しそうな食堂兼お土産物屋の砂丘会館でビールを追加調達。明日は早いので、今日はこれを呑んで早めに寝よう! 宿に着くと奥さんが温かい麺の入った汁物とお茶と名物だという柿を出してくれて、「なんだ。こんだけあればカニ寿司弁当はいらなかったかも。」 などと思ったりもしましたが、お吸い物はよいお出汁の味で美味しかったです。明日は朝食前にご主人が砂丘まで車で連れて行ってくれる事になっています。

夜が明けて、旅も「移動」から「滞在」へ。 今日は砂丘で1日過ごす予定です。うっすらと白み始めた空の下、丘陵にある宿からご主人の車に乗せてもらって砂丘まで坂道を下って行きます。 途中、ちょっとした観光スポットも廻ってくれて、ご主人が今はラッキョウの畑になっている丘辺りまで昔は砂丘が続いていたとという話をしてくれました。こんな上の方まで砂丘が続いていたんなら、それはそれはダイナミックな光景だっただろうな、と思いつつ、土地の人が砂を相手に悪戦苦闘していたんだろうな、という苦労も想像でき、壮大な自然と人々の暮らしの厳しさは表裏一体。今はお互いに歩み寄って豊かな自然の中で少しだけ快適になったと言う事なんでしょう。 朝食は9時なので、それまで朝の砂丘を楽しんで、歩いて宿まで帰る予定です。



日の出前の砂丘。空が大分白んでいます。太陽は反対の山の方から上るらしく、反対側はまだ薄暗いのですが、海の方、つまり砂丘の終わりの方は朝焼けで雲が赤く染まってます。




山並みの間から 太陽が顔を出しました。 空気が澄んでいてすごく冷え込んでます。








こんなに朝早くても、もう人影がちらほらいます。しかも馬の背の一番高いところまで行き着いているんだから、真っ暗な時から砂丘に繰り出している人たちです。





段々あたりが暖かくなってきて、太陽が昇ってきました。 人がまだいない時間に砂丘に来て風紋を撮ろうと張り切っていたのですが、すでに踏み荒らされてしまっている様子。 それとの昨日の名残でしょうか。





太陽が真上から差し込まない朝のほんの少しの時間帯だけ、こんな風に砂が金色に見えるそうです。日本の砂の色ではないみたいです。


まだ人気の少ない早朝の砂丘を堪能。若さを持て余した若者のから騒ぎなどもあって、それぞれの砂丘があり、それぞれの胸の内の砂丘に佇む自分がいます。こんなに広いところにいるのに、自分だけの世界の中に深く入り込んで行くかのような感覚です。陽が高くなるまでの短い時間、くるくると表情を変える砂と雲を追いかけ、いくつかの丘を越えて歩いていると、地球という惑星の上に立っているのだ、と実感することができるようにも感じられ、気分はまさに「星の王子様」でした。"I am all alone."
もう戻らないと朝食に遅れちゃうから、と、砂丘を後にして宿に戻り、奥さんの作ってくれた美味しい朝食をいただき、ゆうべの柿がとても美味しかったと話したら、お土産に柿を持たせてくれました。 そして少し休憩して再び荷物と共に砂丘へ出ると、予想に違わず、そこは別世界になっていました。




鳥取砂丘の全貌です。砂丘入り口から全体を臨むと 第二砂丘の馬の背が高くそびえ立っていて、人々は一様に頂上を目指します。 山の尾根のように狭く連なっている稜線にそって人がびっしりと見えます。 日本海に面した方の第一砂丘まで行く人は少なく、この時間になってもまだ風紋が残っているところもありました。 知らなかったのですが、実はシーズン的には11月のこの季節が砂丘にはベストシーズンだそうで、観光客の多い夏場は暑くて暑くてとても長居は出来ないそうです。





まるで砂糖を見つけた蟻の群れのように砂丘に群がる人たち。高いところがあったら登りたい、そこから世界を見下ろして眺めたい、広いところがあったらその先に辿り着くまで歩き出したい、というのは人間の性のようなものですが、そんな衝動に素直に従いたくなるのが砂丘の魔法です。そんな衝動のままに右往左往する人たちの群れ。





サンドベージュと空のペールブルー、それに白い綿雲。遮るものの何もない砂丘は空気の流れをダイレクトに受けて、雲は絶えず流れ、くるくると目まぐるしく形を変えていきます。





雲の下だけ影が出来ます。





ちょっとした地の果て。the End of the World





砂丘の向こうに広がるのは日本海。普段の生活では太平洋に向かっている私にとっては、ちょっと方向感覚が狂う感じもあります。北を向いて立っているのに、その目の前には海があるなんて・・・。



午後になるにつれ、蟻たちがひっきりなしにぞろぞろとやって来ます。







砂丘の最高峰 馬の背。もっとも勾配のきつところは壁のようで、「よじ登る」という表現がぴったり。 私もここを這い上がって来ました。









一番奥の第一砂丘まで到達する人は少なく、だだっ広い砂の上を腕を振って歩きたくなる気持ち、よく解ります。





第一砂丘のあたりでは、風紋も綺麗に残っていました。

私の未熟な写真の腕前と拙い文章では、あの時味わった自分を取り巻くこの空間と自分の気持ちの奥の方へと広がっていく言い様のない高揚感をあらわす事は出来ないのだけど、広がる砂丘の中にぽつんと立つ閉じられた自分の存在とか、でもその閉じられた自分の中にも確かにインスパイアされて広がっていく世界を感じ、それはまるで、大げさに言えば宇宙の成り立ちと繋がっていく感覚でした。それはチュニジアのサハラ砂漠の代替なんかではない、鳥取砂丘としての存在感だったように感じています。



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by sanaegogo | 2014-11-23 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
One day, in Summer 2014 ― 夏の思い出―
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≪下田 奥石廊で見上げた夕焼け雲と月≫



とっても個人的な事なのですが・・・。この夏は穏やかでありながら、微熱のような静かなる高揚感を内に秘めて、足早に過ぎていきました。 ここ10日間ばかり、自分の撮影した写真を用いてムービーにまとめるのがマイブームで、そんな夏の集大成の思い出ムービーを作ってみたので、この夏の記念に、2014年の自分の中の足跡として、ここに残します。
そもそものアイディアはあったのです。2週間ほど前、ある写真家の写真集の講評会に参加したのですが、そこで講評してもらった写真本、その事についてはまた改めますが、それっを作っているうちに、『これは 本という形より スライドショーとかムービーの方がFitするかも。』という感じがしてきました。それで、その写真本の素材でムービーを作る前に、作業的試作版としてゆく夏の思い出を思い入れたっぷり(笑)に編集してみた訳です。



色々なところで折に触れて人に話したり、文章に残したりしているので、聞き覚えがあるかも知れませんが、この夏は地元や海や山や自然の中で過ごす事が多い夏でした。意識的にそうした事もあるし、自然の流れでそうなった感もあります。思えば以前はそうでした。以前と言っても大分昔の事になるのかも知れないけど、夏ともなれば車を飛ばし色々なところに出かけたものです。トレーニングや充分な準備が必要なガチなものではなかったのですが、その頃の夏は、今よりもたっぷりとした時間がありながらも、ゆるやかに、だけど急ぎ足で過ぎて行ってた気がします。今年は何となく原点回帰のような気分になっていて、その頃の自分が好きだったある種の感覚を取り戻したいという思いがありました。 とっても感覚的なものなのですが、ここ数年かかえていたもやもやとした閉塞感みたいなものとは縁のなかった頃の感覚です。 これは私が今年 0学でいうところの0地点だからなのかも知れないですね。なので、自分にとってはカタルシスのような側面をもったものに仕上がっているのかも知れません。
写真はその中にも出てくる 田牛(とうじ)の浜でサンドスキーに興じる若者たち。 そのはっちゃきな感じが微笑ましく、『若いなぁ・・・。』と、その姿を追いかけてみました。 今の心境は何となく、『これから自分は新しいステージに入って行くのかも知れない。』という、静かな高揚感を伴った予感があります。そして、私の予感は当たるのです。 9月24日の新月を迎え、再び何かが動き始める、そんな予感です。










盛り沢山すぎて 11分30秒にもなってしまいましたが、2014年夏の思い出の情景です。



http://youtu.be/3r2NFLVxHfQ



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by sanaegogo | 2014-08-30 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
白州の森で 夏の休日 ―その2―


よその家の子供ですが、はしゃいでる様子が可愛かったので。
楽しそうな夏休み。 宿題の絵日記に描くんでしょうね!



あっという間の白州滞在の今日は最終日。 山の清々しい空気と緑の盛りを満喫して、今日の夕方には休日と日常を繋ぐ中央道で帰ります。日常、と言えば、今回痛切に自分の日常を反省したことがありました。 3日目の朝、ぐっすりと良い眠りを得て鳥の声ならぬ子供たちのはしゃぎ声で自然と目が覚めました。 歳の離れた上の兄弟がいるせいか、子供の頃から夜更かしで、それは今でも変わらずその生活サイクルな私は、休日に目覚ましなしで8時台に目が覚めること自体、とっても充実感というか自分を誉めてあげたいような気分になっていたのですが、身支度を整えて階下に降りていくと子供たちの「遅いよーっ!!」のブーイングの声。 朝早く目覚め既に朝の散歩とひと暴れを済ませていた子供たちは、お腹が空いてたまらなかったようなのですが、私の起きるのを待っていた(のかな?)ようで、相対的自堕落ぶりに叱られてしまいました。自分の中に絶対的自律はあったのですが・・・・。 思えば有紀ちゃんもびしょ濡れおじさんも人の親になり、激務に明け暮れていた頃も知っているし(おじさんは今でも少しそうみたいですが)、私もそうだったし、連日遅くまで飲み明かすような生活の頃もあったのを知っています。でも、今では朝の陽ざしが似合う素敵な大人に変貌していて、相変わらず予定のない休日は午前中いっぱい眠り1週間の疲れをとるような私の今の生活をちょっと恥ずかしくも思いました。 そして有紀ちゃんが用意してくれた朝食を食べながら何だかんだと話していると、9時にワタシの携帯が鳴り・・・。 「早苗さん、まさか目覚まし?」 有紀ちゃんはどうしてこう鋭いのでしょうか。 その通り! しかも出かけた日にセットした目覚ましなので、休みの日のセット時間にしてはかなり早い時間。 「えっ?」(しどろもどろ) 「土曜日の朝に鳴るようにセットしたままで。ほら、車運転するからしっかり寝ないと・・・・」と何故か言い訳。 自分の生活ぶりを少し反省し、私も朝の陽ざしを浴びられるようにならないとなぁ、とここ数年では珍しく生活態度について真摯に考えました。 有紀ちゃんのお手製の人参のポタージュは、ちょっぴりしょげた私の気持ちに甘―く沁みわたっていきました。
しかし、あまり深刻にならないのも私の良い特徴である事も間違いありません。朝ごはんを済ませて、いざっ!、川遊びに向かいます!!






尾白川の清流。 上流には砂防堰が出来ていて川の流れは大分穏やかです。 遠くに雲を抱いて見えているのは、位置関係からすると甲斐駒ヶ岳、かな? 山の天気は変わりやすいと言うけれど、ここはこんなに晴れているのに、山にはあんなに雲があります。 またひと雨来るんでしょうかね。






水はこんなにも澄んでいます。 何もない砂地のようですが、これでも川の流れの淀みです。物凄く透明なので、まるで水面ではないように見えます。 細かく黒いつぶつぶはオタマジャクシ。 ものすごい数のオタマジャクシが生まれていました。 これがみんな蛙になるのかと思うと、ちょっと想像できない感じではないですか?





尾白川は、本当に「清流」というに相応しいほど澄みわたっていました。陽の光に水面がキラキラと輝き、景色を川面に映し出すような曇りが全くないので、陽の光は水流の動きがあるところでは反射しますが、ほとんどの光は川底まで到達してそこにある小石や砂を表情豊かに見せてくれています。 猫の眼のように表情を変える水の流れは本当に飽きることなく、何枚も何枚もその輝く様子を捉えておきたくなります。















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川の流れる音や、マイナスイオンにたっぷりと癒されて、そろそろ帰る時間が近づいてきました。 お昼をどこかで食べて家路に着く時間です。今日は本当によく晴れて、楽しい夏休み日和でした。もう少しいたいなぁ、と名残惜しさを残しつつ、尾白川を後にしました。



さて、お昼を食べようと立ち寄ったカレー屋さん(結局ここはランチの時間が終了していて入れなかったのですが・・・・)の横の野原で見た何ともメルヘンチックな光景。 きのこの森。 青々とした下草の野原にキノコがいかにもキノコらしく、にょきにょきとたくさん生えてました。 こんなの見たの初めて! 赤いトンガリ帽子を被った小人が居ても全く不思議じゃない光景です。















結局お昼は甲州街道の近くの台ヶ原宿にある古民家を改装したお食事処で食べて、子供たちは川遊びの疲れで少しお眠りモード。食事を終えて、いよいよ帰宅です。 暗くなる前に家に着きたいな、と思って3時頃に台ケ原宿を出発。都内へ帰る車ほど渋滞ポイントはなかったけれどやっぱり3連休最終日の中央道は少しのろのろ運転で、結局家に着いたのは夜の8時頃でした。





暮れ始める山並みを眺めながら。車のブレーキランプが示す通り、走行中ではなくて、渋滞でちょっと止まってた時です。

久しぶりのロングドライブ。 久しぶりの山間の空気。 久しぶりのBBQ。久しぶりの川遊び。そして、久しぶりの有紀ちゃんとの再会。 どれもこれも楽しかったです。 今年はいい夏になりそうです。

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by sanaegogo | 2014-07-21 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
白州の森で 夏の休日 ―その1―
夏休みらしい休日を過ごしに、出かけてきました。 山梨県北杜市の白州です。 ここは、サントリーのウイスキー『白州』で有名なところなのですが、ウイスキーを作るのに適した山で磨かれた水は、知らなかったのですが、同じサントリーの『南アルプス天然水』としてこの地でボトリングもされています。有紀ちゃんが田舎暮らしを始めてもうどのくらいになるのか。自分の時系列もあまり解らなくなってきた今日この頃。 あまり正確には思い出せないのですが、すっかり地域に根をおろして色々と楽しそうに工夫をして住みなしています。 山や川を満喫できるように、日帰りじゃなくてお泊りで来てみたいなー、と予てから思っていたのですが、やっと念願が叶いました。

前回訪ねた時は中央本線の電車の旅。 でも茅ヶ崎の我が家からは、実は車で行った方が便が良くて、一度自分で運転して訪ねてみたかったのです。 車で遠出をするのが好きで、(かなりの)以前はいろいろ出かけたものですが、いつの頃からか新幹線や特急列車で景色をみたり、居眠りをしたり、時には呑みながら出かける事の方が多くなり。なので、個人的なことですが、自分自身が今までとは違ったサイクルに変化しようとしている予感がする今この時に、またこうして以前のように愛車を飛ばして遠出に出かけて行くことが嬉しくもあったりしています。 違ったサイクルといっても、もし人が大きな周期で、とあるサイクルを繰り返すのだとしたら、ある時期の楽しかったころに戻って行ったり、そんな時を取り戻せるのだとしたら、それはそれでわくわくするような気持ちにもなります。 ゆったりと新幹線の指定席で出かけて行って、足りないものや忘れ物は現地で買えばいいや、と思っていた自分か、車にありったけの荷物を積んで、自分で運転して出かけて行く自分か、どちらが私に合っているスタイルなのか、自分ではっきりとは解らないのですが、今回の遠出がとても楽しかったというのが素直な感触です。

さて、遠くに日本アルプスの山々を臨みながら、アップダウンの多い曲がりくねった中央道をひた走り、須玉で高速を降りて、車は北杜の市街へ入っていきます。 近くには小淵沢とかもあって、ちょっとした高原の気分を味わう事が出来ます。 空気がとっても気持ち良い! 山が近い! 着いた日は一緒にお世話になる驚異の雨男、通称『びしょ濡れおじさん』のおかげで、ワタシがお宅に着いて程なくした頃、にわかに空は掻き曇り、お約束の雨。 この日は取敢えず運転疲れを癒すべく、夜の酒宴に向けてひとりワインの買い出しに出かけました。




ご近所のワイナリー、シャルマンワインのワイナリーへ。 ここ北杜市は甲府に劣らずワイナリーがたくさんあるようで、その中で一番近所のシャルマンワイン。
シャルマンワイン: http://www.charmant-wine.com/





さっきまで快晴だったのに、これだもの。 八ヶ岳方面には 厚い雲が垂れ込めちゃってます。(びしょ濡れおじさんは 寝床の設営中)





FBにもアップしましたが、シャルマンワイナリーのイチオシがこれ、『白須』。 正式には、シャトーシャルマンカベルネフラン白須 2009年 だそうで、『柔らかく繊細、穏やかなタンニンとふくよかな味わいがバランス良く調和したワイン。抜栓してから少しづつ開いてくる華やかな香りをお楽しみ下さい。やわらかなシブ味ですので、洋食、和食を問わず、料理に合わせやすいワインです。』の事でしたが、なるほど、パンチが足りないと感じたのは、当たり前なのでしょうか。 よく見たら『1時間前に抜栓して室温(20℃)で飲むことをおすすめします。』だって。 これをやらなかったらだったのか!





次の日は、白州の蒸留所へ見学に。 森の中に醸造所があるのは世界でも(?)珍しいらしく、森の成分がウイスキーに沁みこんでいって醸造されるとのこと。 人間が浴びても心地よい森の成分。 フィトンチッドとかかしら? ウイスキーも心地よく精製されていっているのでしょう。 蒸留所の奥に広がる森はいかにも気持ちよさそうでした。





樽を寝かしてあるところは、むせる様なウイスキーの香りで、まるで自分がウイスキー漬けになったかのようでした。 私には嫌いな香りではなかったのですが、この空気だけで酔っぱらってしまう人もいるそうです。





思わず自分の生まれ年の樽を探したのですが、ワインじゃあるまいし、樽のままここにある訳もなく・・・。 完全にヴィンテージなワタシです。





工場見学の後の試飲会では、今日は運転をしないのをよい事に、午前中からハイボールをくぴりくぴりと。 とっても爽やかで喉越しもよく、外気で汗ばみ熱くなってしまった体に沁み渡っていく感じ。 久しぶりに美味しいハイボールを呑みました。 でも、その後の事が心配になったので、2杯目はなっちゃんにしました。 ははは。



川が見たい! と言う子供たちを連れてそのまま尾白川渓谷へ。 尾白川は名水百選に選ばれているそうですが、奥の方まで進むときれいな滝がたくさんあったみたい。 今度来た時は滝のマイナスイオンを浴びに奥の方まで分け入ってみたいものです。 尾白川(おじらがわ)は、古来、白州の山中に白黒で尾が白い神馬が住み、その霊験は白黒(善悪)を明らかにし、人界を律すると伝えられていて、その神馬が住む霊境を源とする川でなので、尾白川と呼ばれるようになったそうです。



ハイキングコースの入り口、甲斐 駒ケ岳神社(竹宇駒ヶ岳神社前宮)。 須佐之男命の子、大己貴命が祀られているそうです。須佐之男命は何をした神様だっけ?確か物凄い暴れん坊だったような記憶がありますが。





登山道へと続く吊り橋。 (吊り橋の場面はなかったと思うけど) 何だか ”Stand by me”な感じ。 往復してみましたが、なかなかスリリングでした。紅葉の時期とか良さそうです。 うーん。それもいいな。




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本当に夏休みらしい風景。 川の水の透明度は素晴らしいですね。 そして見るからに冷たそう。 アルプスの雪解け水です。 今回一番好きな1枚です。これが ワタシが見たかった風景かも。



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この後、有紀宅に帰って自家栽培の野菜とお肉でBBQ。
しかし、何で写真撮ってないんだろ。
午前中のハイボールで まったりちゃったみたい。
あ、それとも、この時もびしょ濡れおじさんのパワハラで BBQ中もひと雨。
お肉や炭を慌てて屋根の下に。 そんなこんなで機会を逸したかな。
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ワイン、ウイスキー、と来れば、最後の〆はやはり、日本酒でしょう。 水の綺麗な土地柄に相応しく、ここにもありますよ、酒蔵が、地酒が。 甲州街道からちょっと入った宿場町の風情が残る一角にある酒の王者「七賢」さんです。

名水を醸じて300年 七賢:
http://www.sake-shichiken.co.jp/concept.html

七賢の由来は、中国の「竹林の七賢人」という、晋朝の時代に俗世を 離れ、酒を好み竹林に清遊していたという七人の賢人のことだそうです。天保六年に信州高遠城主内藤駿河守より欄間(ふすまの上などにある木彫りの仕切り飾り)を貰い受けた事が由来なのだそうです。






店構えはこんな感じ。




造り酒屋の軒先に杉玉が吊られるのは新酒が出来たしるし。「搾りを始めました」という意味なんだそうです。吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としているけど、そのうちにやがて枯れて茶色がかってきて、この色の変化が新酒の熟成の具合を物語る目安でもあるのだそうです。七賢さんの杉玉も枯れていい感じの渋さを醸し出してました。



今日では、酒屋の看板のように受け取られがちですが、元々は酒の神様に感謝を捧げるものだったそうです。






有紀ちゃんが運転してくれいるので、ワタシは心置きなく生酒を試飲。 すきっとしてて呑みやすい。 美味しい美味しいお酒でありました。



この日の最後は、金精軒。 水信玄餅が有名なところなのですが、大人気で遠方から来る人が求めて帰るので、すぐに売り切れてしまうそうです。 私はお土産に胡桃信玄餅をお買い求め。
金精軒: http://kinseiken.co.jp/





何でも信玄餅は、桔梗屋信玄餅ではなく、こちらの方が本舗だということ。桔梗屋のは胡桃入りのを食べたことがなかったから、目新しい感じでいただきました!

・・・・とぶらぶら散歩風に綴ってきましたが、白州の自然と歴史と名物、たっぷり堪能いたしましたよ!


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by sanaegogo | 2014-07-20 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
Ireland Trip ― Bookletが出来ました
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アイルランドにあるアラン諸島、そのうちのひとつイニシュモア島に旅したのはもう昨年(2013年)の夏の事ですが、ブログでの記事は今でも1日数件は何処かのどなたかに読んでいただいているようで、数件の訪問があります。 私にしては息の長いロングランです。 その旅行記をまとめたブックレットがやっと完成しました! と言ってもブログをそのまま冊子の形にレイアウトし直したもので、ブログのテキストに添えて選んだ解りやすい写真ばかりなので、自分の中でフォトブックという位置づけではありません。 あくまでも読み物。なので、表紙なども合わせて、なんと! 80ページにもなってしまったのですが、ブログの時と違って、写真の大きさなどにメリハリをつけて、ちょっと違った見え方になるようにはしています。 綴じ方もウェブを読んでいるようなイメージで見られるよう縦開き(短辺綴じ)にしてみました。これは自分でもなかなか気に入っています。 インデザインとか、編集ソフトも持っていないので、80ページの面付けをパワーポイントで自分で並べ替えてやったのですが、これがなかなかチャレンジングな作業でした・・・・。 そんなこんなで、内容とはまた違ったところに妙な達成感があったりします。(笑)
今まで自分なりに色々なところに旅に出てきましたが、私自身は決して Frequent Flyerとかではなく、2年に1度行くくらいのペースなのですが、行きたいdestinationが偏っているので、密度の濃い旅が出来ているのは幸せです。 今まではウェブの自分のページにアップしているくらいだったのですが、今回はふと思い立ち、ブックレットにまとめてみようと思い・・・・。さらには出来上がったらBook246に持ち込んで見てもらおう!と目論んでいたのですが、閉店のタイミングまでに完成が間に合わなかったのが悔やまれるのみです。 今、アイルランド編が完成しましたが、このシリーズでアルゼンチン編やバルセロナ編も作りたいと思っています。
ここでこの旅をブックレットの形にしたのは、それまでしてきた自分なりの旅を振り返る意味もあるし、ここ数年での自分の環境や意識の変化に伴って、次はどこに行けるのだろうか、というソコハカとない不安な気持ちがある事も否めません。 そういう意味でもある意味分岐点であったような アイルランドへの旅だったと感じています。それまで自分といものを築き上げてきた、その余波というか、残暑みたいな熱い気持ちでアイルランドへ出かけて行きました。 でも、これからはそれまでの自分とは違った領域に足を踏み入れつつあるような気がして、言わば、一から出直し的な状況でもあるので、年齢的にも経済的にも社会人としても、次の旅は、それまでの自分の蓄えてきたもの(金銭的なものと言う意味だけではなく)に頼った気持ちの旅ではないような気がするのです。これが「心境の変化」と言うものなのでしょうか。 だから、次は何を求めてどこに行くのか、今はまだ解りませんが、ここに心境の変化というものがあったのか、なかったのか、それを確かめる意味でもこのブックレットは必要だったような気がします。
と、まあ、珍しく心境を語りましたが、そんなに生々しいものでもないので、お気になさらず、と言ったところです。
「Ireland Trip」の完成を記念して今日ここに記します!!























● アイルランド旅行記、まだ読んでいない方はこちらから ・・・・・> Click!

● これまでの旅のPhoto Gallery です。 こちらから ・・・・・> Click!

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by sanaegogo | 2014-07-14 00:00 | activity | Comments(0)
「惑星探査」 planetary exploration
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今年も1月が「あっ!」と言う間に過ぎて、もう2月になってしまいました。 ここ数年、本当に時間とか月日の経つのが早く感じられますが、これが『加齢』ってやつなんでしょうかね。 昨年(2013年)の今頃は、仕事と仕事の(例年にはない少し長めの)インターバルに入っていて、そして、とっても寒かったのを覚えています。(でも数値的には今年の方が寒いんでしょうか。その辺は定かではなく、あくまでも体感です。) ここ数年、冬に雪が見たい衝動に駆られる事が多くて、学生時代はスキー部に所属してましたが、(「凍ってるね。」世代です。)、その時の感覚とはまた別なものに突き動かされて、1月のこの時期に北海道に雪を見に出かけました。

一番の目的は、厳寒のモエレ沼公園。(写真はWebから取った素敵なモエレ沼) 雪山とか、北海道の陸別町とか、本当の厳寒地をご存知の方は札幌郊外で何を抜かすか、とおっしゃるかも知れないですね。 実際私が学生の時に籠っていた志賀山とかの方がよっぽど厳寒だったと思いますが、雪深いこの時期にそんな所に出かけていく酔狂な人もいないだろうと、ひと気のない雪景色を撮りたかったのです。その時の写真をPhoto Bookにまとめました。その時感じた事も、このPhoto Bookも、転機とまでは行きませんが、何かきっかけというか、とっかかりというか、そんな『何だか解らない何か』を味わったような気がするので、1年経ち、あの時のあの感覚とか、月日を経て、これを作った時感じたざわざわした気持ちのザワつきとかを忘れないように、備忘録として書きとめておこうかと思ったんです。







今まで、折に触れて、何冊かPhoto Bookは作っていますが、今までのはまあよく言う、『心に留まったものを写真に収めています』みたいな、言うなれば継ぎ接ぎ(ツギハギ)のものを後付でテーマに沿って流していった感じのもので、それはそれで「あり」だとは思うのですが、そうではなくて、何かの目的を持ってそこに行って、そこで完結をして、そこから自分の感覚に即したストーリーを与えていく、みたいな作業をしてみたくなったのです。 その場所で感じた感覚をある種のストーリーに置き換えてなぞっていって、かつ、観てくれる人が「観終わった」と感じられるような、上手くは言えないのですが、そんなPhoto Bookです。 観終わって、「ふうん」という、「あ、これで終わりなのか」 みたいなものが多かった今までの自分のやり方とは全く違うものです。 勿論、先にも言ったように、撮り溜めてきたイメージの中で起承転結とか序破急のようにクライマックスを作ってある種のストーリー性を持たせて写真本を創る人は沢山いますし、名だたる作家の方はみんなそうなんだと思うのですが、自分にはまだ写真だけでそこまでの構成する力はないので、ストーリー仕立てに逃げる安直な感じは否めないのですが、無意識に今までとは発想を変えてみたのかも知れないですね。 私にとっては、(あくまでも、私にとっては)、あるきっかけにはなったと感じてます。




2012年の夏にワークショップに参加したのですが、そのフォローアップが昨年(2013年)の夏にあって、そこでポジティブな講評をいただいたのもとても励みになったし、この構成を完成した時のうっすらとした達成感を思い出して、あの時の感覚を忘れないようにしよう、と。 (成功体験と呼ぶにはまだまだではありますが・・・。)

その時のテキストです。
――― これまでのように偶然遭遇した場面ではなくて、そこをリサーチして、そこに赴いて、そこに必然的にあるナニモノかを撮影し、ひとつの流れの中でストーリーのようなものを与えてみる、という事をしたくて、この「惑星探査」をつくりました。
次のページを捲りたくなる、次の展開を知りたくてワクワクする、本全体で何かひとつの完結し、そして余韻がある世界観をあらわす事を目指して、この本をつくりました。
ひと気のない、だだっ広い雪原を撮ってみたくて、北海道の郊外のこの場所を訪れた時、自分の他には周囲に誰もおらず、全く違ったどこか別の惑星に来てしまったように感じました。 遠くに小さく動いている人影を見つけた時に、まるで同志を発見したかのような感覚を覚えました。『この世界には知らない同士だけど私達だけ』 そんな錯覚を感じる事が出来たのです。



















これはこれで、自分のスタイルのようなものがひとつ見つかったような気がしたので、次回作はもう少しテイストの違ったものを考えています。 さっきの話とは矛盾するのですが、クライマックスがあるようでないような、フラットに時間と空間の流れでストーリーが展開していくような、観ている人にストーリーを委ねられるような、そんな本です。 これは、あまり作為的なストーリー性に安易に堕ちて行きたくない、という思いからくるものですが、難しそうですね。 頭で考えるのではなく、まぁ、とにかく選んで並べて、並べ替えて悩んで、だと思うのです。(その前に、撮って、か!そう、撮れたから作る、ではなくて、作るから撮る、なのです。) 『惑星探査』は、もう過去のものとして、次なる何かに向って行きたいと今は思っています。 でも、(何所かは判らないけど)向うべきところへ向っていく軌跡として、色々な人に観てもらえたらいいなぁ、などと感じています。

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「惑星探査」 planetary exploration
撮影: 2013年 冬(2月)
撮影地: 北海道 札幌 モエレ沼公園 円山動物園 北海道大学札幌キャンパス
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余談ですが、フォローアップの後の懇親会で突然、「アナタのは、『星の王子様』に感化されてるよね。ばっちりその世界観だよね。」とコメントをいただきました。 正直全くそんな事は意識してなかったので、かなり意外だったのですが、何だか気持ちの良い「気付き」でした。 自分が全く気付かずしていた事に気付かされるのは気持ちの良いもので、実際少女の頃はかなり「星の王子様」っ子だったので、自分の気持ちに「寄せた」ものであれば尚更です。 「自分でも解らなかったのに見透かされてる?」 と、その洞察力に度肝を抜かれました。

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by sanaegogo | 2014-02-02 00:00 | activity | Comments(0)
金魚のゆらゆらSwimming
日本橋の三井ホールでやってるアートアクアリウムに行って来ました。金魚のゆらゆらとした遊泳に心癒されようと思ったのですが、休日と言う事で、(前評判どおり)とっても混んでました。 こんな時は流石に長身に生んでくれた親に感謝、ですね。 人の頭越しに・・・・。

ECO EDO 日本橋 ダイナースクラブ アートアクアリウム2013 ~江戸・金魚の涼~
2013年7月13日(土)~9月23日(月・祝) 11:00―23:30
日本橋三井ホール (コレド室町5F/エントランス4F)
http://h-i-d.co.jp/art/

癒されに・・・・、と言いつつも、実は写真を撮りに行きました。短焦点の明るいやつで行こうと思ったのですが、『いや、まてよ。』とやはりズームも持っていくことに。 長身+200mmはかなり効果的で機動力を発揮してくれました。
とは言え、スゴイ人で、その殆どがスマフォのカメラかガンレフを持っている。 いやー、スゴイですね。 いったい何人の人がFBとかにアップしているのか。

金魚はとっても可愛かったんだけど、正直ライティングをもうちょっち、何とかして欲しいなー、という感じは否めない。 ちょっとケバい、かな。 (まあ、好みの問題なんでしょうけど。) アクアリウム、と銘打っているんだから、"アート"アクアリウム、とは言え、もう少し自然界に倣ったライティングにして欲しいな。でもこれは、ワタシの目的が完全に違っているのだと思って、あんまり文句めいた事は言わない事にします。 小さな窓の中に色んな種類の金魚が入っていましたが、この中の金魚にまでアーティフィシャルなライトは不要なような気がします。

今度平日も行ってみよ~。 何だかんだ言って、金魚に夢中、乱れ撮りなワタシなのでした。

   



























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by sanaegogo | 2013-07-21 00:00 | activity | Comments(0)