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Ireland Trip ― Bookletが出来ました
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アイルランドにあるアラン諸島、そのうちのひとつイニシュモア島に旅したのはもう昨年(2013年)の夏の事ですが、ブログでの記事は今でも1日数件は何処かのどなたかに読んでいただいているようで、数件の訪問があります。 私にしては息の長いロングランです。 その旅行記をまとめたブックレットがやっと完成しました! と言ってもブログをそのまま冊子の形にレイアウトし直したもので、ブログのテキストに添えて選んだ解りやすい写真ばかりなので、自分の中でフォトブックという位置づけではありません。 あくまでも読み物。なので、表紙なども合わせて、なんと! 80ページにもなってしまったのですが、ブログの時と違って、写真の大きさなどにメリハリをつけて、ちょっと違った見え方になるようにはしています。 綴じ方もウェブを読んでいるようなイメージで見られるよう縦開き(短辺綴じ)にしてみました。これは自分でもなかなか気に入っています。 インデザインとか、編集ソフトも持っていないので、80ページの面付けをパワーポイントで自分で並べ替えてやったのですが、これがなかなかチャレンジングな作業でした・・・・。 そんなこんなで、内容とはまた違ったところに妙な達成感があったりします。(笑)
今まで自分なりに色々なところに旅に出てきましたが、私自身は決して Frequent Flyerとかではなく、2年に1度行くくらいのペースなのですが、行きたいdestinationが偏っているので、密度の濃い旅が出来ているのは幸せです。 今まではウェブの自分のページにアップしているくらいだったのですが、今回はふと思い立ち、ブックレットにまとめてみようと思い・・・・。さらには出来上がったらBook246に持ち込んで見てもらおう!と目論んでいたのですが、閉店のタイミングまでに完成が間に合わなかったのが悔やまれるのみです。 今、アイルランド編が完成しましたが、このシリーズでアルゼンチン編やバルセロナ編も作りたいと思っています。
ここでこの旅をブックレットの形にしたのは、それまでしてきた自分なりの旅を振り返る意味もあるし、ここ数年での自分の環境や意識の変化に伴って、次はどこに行けるのだろうか、というソコハカとない不安な気持ちがある事も否めません。 そういう意味でもある意味分岐点であったような アイルランドへの旅だったと感じています。それまで自分といものを築き上げてきた、その余波というか、残暑みたいな熱い気持ちでアイルランドへ出かけて行きました。 でも、これからはそれまでの自分とは違った領域に足を踏み入れつつあるような気がして、言わば、一から出直し的な状況でもあるので、年齢的にも経済的にも社会人としても、次の旅は、それまでの自分の蓄えてきたもの(金銭的なものと言う意味だけではなく)に頼った気持ちの旅ではないような気がするのです。これが「心境の変化」と言うものなのでしょうか。 だから、次は何を求めてどこに行くのか、今はまだ解りませんが、ここに心境の変化というものがあったのか、なかったのか、それを確かめる意味でもこのブックレットは必要だったような気がします。
と、まあ、珍しく心境を語りましたが、そんなに生々しいものでもないので、お気になさらず、と言ったところです。
「Ireland Trip」の完成を記念して今日ここに記します!!























● アイルランド旅行記、まだ読んでいない方はこちらから ・・・・・> Click!

● これまでの旅のPhoto Gallery です。 こちらから ・・・・・> Click!

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by sanaegogo | 2014-07-14 00:00 | activity | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ダブリン滞在の最終日


今更ですが、Dublinの街の地図。河沿いにHistorical District のTemple Bar が続いていて、ここが昔からの一番古い繁華街です。 Dublin到着の時 泊まったのが Paramount Hotel。 今にして思えば、雨の中空港からのバスを降りたのが Trinity Collageのあたりでしょ。 大分歩いたんですね。 この距離。そりゃ、心細くもなるだろう。で、今回最後の滞在をしたのが、George Frederic Handel Hotel。 ドイツ語読みだとゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル。 これは、マカベウスのユダの「見よ、勇者は帰る」(優勝者を称える曲や表彰状授与の曲でお馴染み)やオンブラ・マイ・フなどで有名なバロックの作曲家のあのヘンデルの事です。縁の地だったらしく、ホテルの裏にはなにやら音楽院みたいなものがあります。

午前中はヒューレーンに行ったので、そのままCathedralを見て、Grafton Streetでランチを食べて、Trinity Collage にでも行ってみよう!というざっくりとした計画。ダイジェストです。



Christ Church Cathedral(クライストチャーチ大聖堂)。 大聖堂って本当にどこの国のどの街にもあります。 キリスト教の伝播の物凄さを顕してます。これがDublinの大聖堂だって判るとしたら、空の雲の表情と青々とした芝生でしょうか。 そして、建物はシンプルな石造りで骨太な感じです。






教会の中は薄暗いのですが、Dublinの弱い光でもステンドガラスを通して綺麗な色彩を見ることができます。華やかさはないけど、堅実で正直な感じは、これまたアイルランドの文化を象徴しているようです。





この日は天気が良く、夏らしく少し暑かった(といっても24度くらい)ので、エントランスの前にあった寛ぎスペースでアイスティーを飲みながら暫しの寛ぎ。 教会には旅行者も街の住人もランチボックスを広げてピクニックのように楽しげでした。 近くのオフィスで働いているような人たちもビジネススーツのままランチボックスを摘み楽しそうに談笑しています。とてもゆったりした昼休みですね。



Grafton Streetまでの途中、道一杯に万国旗が。三角旗は青と水色。白もあります。青い空と相まって、とっても清々しい。






市内を走るローカルバス。 カラフルな水色と黄色


Grafton StreetはTrinity Collageから伸びる目抜き通りのひとつ。 高級デパートやカフェが建ち並ぶエリアです。華やかな感じの通りではありますが、『ONCE ― ダブリンの街角で』(2007)という映画を思い出すと、自分の持っていたGrafton Streetのイメージとはちょっと違うな、と思いました。 映画は主人公が移民の女の子だと言うのと、当時アイルランドは景気と治安が悪かったと言うのと、季節が冬だったと言うので、もっと寒々としたところがあり、人々が日頃の憂さをお酒で晴らすような通りなのかと想像していたのですが、ショッピング天国のような通りなんですね。 それともこれがダブリンの光と影、みたいなものなんでしょうか。




大きな通りを中心に網目のように細い路地があります。 コーナーには必ずと言って良いほどパブがあり、ギネスの看板が。





Grafton Streetのタワーレコードでなにやらラジオ番組をやってました。 通りを行く人にニッコリと微笑みかけているのはMCなのか、ゲストなのか、定かではありませんが、カメラを向けて手を振る人に応えてのファンサビースの素敵な笑顔です。 Grafton Streetといえば、レベルの高いストリートミュージシャンの演奏があちこちで聴けることでも有名ですが、この日はミュージシャンではなく、パフォーマーや作品のライブ制作をするアーティスト方が多かったです。




街角のスペインバルで遅いランチを済ませ Trinity Collageへ。 Trinity Collageはアイルランドのみならず、英語圏の大学の中でもずば抜けた歴史と伝統を誇っています。 1692年にイギリスのエリザベス1世により創立された由緒あるアイルランド最古の大学です。 旅に出て、そこにある伝統校の大学に立ち寄るのが好きで、Trinity CollageはDublinで楽しみにしていた訪問先のひとつです。
芝生の上でゆったり寝転んで足の疲れを癒します。 草熱れがいい匂いで、日影ではひんやりもしています。 学生の他にも沢山の人が訪れています。 この列はアイルランドの至宝 「ケルズの書」を観るために並んでいる人たちです。わたし達も一瞬は並んだのですが、芝生でごろごろ寛ぐ時間の方をチョイスしてしまいました。 「ケルズの書」とは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書の事で、とっても豪華な装飾が施されているそうです。 大学の売店でそれを模したクッキーとかが売ってました。 ケルト特有の渦巻き模様や人や動物などが描かれていて、ケルト美術の最高峰といわれているそうです。




「ケルズの書」は諦めましたが、大学の売店から上を覗くと「ケルズの書」見学者が観ることが出来る図書館がちらりと。 物凄く古い古書などありそうですよね。 ここは恐らくOld Library の Long Roomと呼ばれているところでしょうか。 大学の売店でお土産を少し買いましたが、後で街中のスーパーにも売ってて、しかも、大学生協より大分安かったのにはちょっとショック!







Trinity College の中庭から撮影





Trinity Collageのカフェテリアでコーヒーを飲もうと思っていたら、早めの閉店。 街のカフェでアイリッシュコーヒーを飲んで、再びGrafton Streetをちょっとだけうろっとしてホテルに戻る事に。 驚いた事に、早々と仕事を終えたビジネスマンがネクタイを緩め、外し、わさーっとパブの外に出て既に一杯やってます。 もちろんギネスでしょうね。 店の中がいっぱいなのか、これがスタイルなのか、皆、外でグラスやディスポーザブルのカップを片手に立ち飲みです。 仕事の話か、週末の予定の話か。 どの店もこんな風に『働くおじさん』で溢れ返り、盛り上っています。







ホテルまでの通り道、Temple Barにある「Temple Bar」というバー。 Sir William Temple という大金持ちが所有して、芸術や文化の振興に力を注いだ地域です。 因みにこの"bar"は海や川の砂洲の意味の"bar"で、偶然にも呑み屋の"bar"と一緒です。 ちょっとダジャレみたい。 古くからある繁華街だと思っていましたが、もともとは芸術振興地区みたいなエリアで、今でもアート系文化機関が多く集まっているそうです。 そういえば、演劇スタジオだったり、アート系のNPOのサインを沢山見ます。昨晩夜遅くにワインを呑ませてくれたカフェの近くにもアート系NPOはあったし、今日もその近くに行ったけど、インディペンデントのジュエリーデザイナーショップとか、画廊とかがありました。 何よりも、そうだ! 泊まってるホテルはヘンデル縁のホテルだし。 何だか妙に納得です。 とは言え、今は夜ともなれば、陽気な人々が集うバーエリアですが。



Temple Barの壁に飾ってある Sir William Temple のレリーフと様々な音楽的なオーナメント





最後の夕食はきちんとしっかり、そしてアイリッシュ・フードとアイリッシュ・ミュージックで〆よう! と、今日あちこちで"Highly recommendedでauthenticなTraditional Irish Foodが食べられるパブはどこですか?" と質問してみたところ、もっとも票が集まったThe Oliver St. John Gogarty’s。なので、当然そこに行く事にし、荷物をホテルに置いて再び来た道を戻りThe Oliver St. John Gogarty’sへ。 写真を撮るのを忘れたので、Google Earthから。(便利な時代です。)




これは自分で撮りました。 Gogarty’sのバーカウンター。 以外にもざっと見たところ、アイリッシュ・ウイスキーは少なめかな?




authentic Irish food といっても、牡蠣がここでも食べられると知り、また牡蠣に行ってしまいました。 アラン島で土の代わりに石の上に敷いていたような海藻が牡蠣の下にも敷いてあります。 味は・・・・。 イケルけど、Galwayのほうが美味しいかなぁ。 あとはキャベツとかジャガイモとか、豚肉のローストとかを注文して食べました。 素朴な塩だけの味付けだけど、決して不味くない。 それは素材が美味しいからかなぁ。 イギリスが食事が不味いとよく言うでしょう。 近くにあるからアイルランドも?と思われがちですが、意外にもアイルランドは美食の国だそうです。
入ったのは18時頃だったでしょうか。 初めはちょっと混んでて、立ち飲みの人もいて、席をちょっと待って確保出来た、と言ったところでしたが、ライブミュージックが始まる頃には店内はクラブのような混み具合になってます。 トイレに行くにも店の中は通る事が出来ず、一旦外に出て別のドアから入り直さなければいけないほど店内は混んでいます。 外は外で煙草を吸う人で溢れかえっていて、店の中も外も熱気でいっぱいな感じ。 バイオリンやギターを弾き、足を踏み鳴らすアイリッシュ・ミュージックのライブは陽気で楽しいものです。 最近の曲をアイリッシュ風にアレンジしたのも面白くて、レディ・ガガのポーカーフェイスは意外にもぴったりな感じです。 リズミカルな楽曲とエンヤ的な穏やかな曲、様々織り成して、最後の夜のIrish Nightは最高に盛り上りましたよ。










店を出てほろ酔い気分で帰る Temple Barの石畳




That’s all my talk. アイルランド旅行はこれで終わります。 アイルランド4州のうち三つの州を巡ってケルトの文化を感じ、精霊と対話するような旅を満喫しました。・・・・と言い切れるにはちょっと短い旅だったかなぁ。 もっともっと古城や遺跡や緑の森や大地でピクニックしたりする時間も欲しかったかな。 というか、これで言い切って終えるほどアイルランドは小さくはない気がします。 まだまだ違う面を沢山見せてくれるはず。 大国から比べれば小さいけれど、大きな懐を持っている国、そんな心優しい国でした。今度来るときは、南のマンスター州も巡ってみたいです。 きっと、また来れるぞ、アイルランド。 (了)


● ・・・・> 『初日: ダブリン~ゴールウェイ~アラン諸島』から読む。


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by sanaegogo | 2013-08-22 00:01 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ベーコン・スタジオ、 ヒューレーン美術館


アイルランドに到着して以来、(期せずして)夕食はあまりきちんと食べてはいないのだけど、朝食と遅めの昼食はかなりがっつりしっかりいただいています。 毎日(全ての日程) フル・アイリッシュ・ブレックファストをいただきました。若干の違いはあるけれど、本当にどこに行ってもしっかり伝統を受け継いでいます。 素材が結構美味しいんでしょうね。 味付けは塩だけなんですけど、とても美味しい。 粗食で素朴ではあるけれど豊かな感じはアイルランドそのものです。 お皿左から、ベーコン、ベーコンの脂で焼いたフライドエッグ、ハッシュドポテト、焼きトマト、豆の煮物(ちょっと甘い)、マッシュルームのロースト。 これにソーセージが着いたり、豚の血を入れたブラック・プディングと必ずペアで出てくるホワイト・プディング。これはナツメグみたいなオレガノみたいな、タイムかな?、スパイスが入ってます。 パンはスコーンとかソーダブレッド。 コーヒーはアイリッシュコーヒーです。 朝食をゆっくりしっかり食べて、今日はDublin最終日、そしてアイルランドの最終日です。 Dublinの街を散策です。

さて、どこへ行こう! と言えば、まず行ってみたいのは Dublin City Gallery The Hugh Lane ヒューレーン美術館です。 今年は Bacon Year でしたよね。 ワタシも近美のBacon展は観に行ったし、その他関連イベントに足を運びました。 このヒューレーン美術観にはロンドンのリース・ミューズにあったベーコンのカオスのアトリエが精巧に移築されています。なんでも、考古学の発掘をする専門のスタッフが、全てのアイテムとその位置を精緻に記録して、そのままのカオスの姿のまま、ここヒューレーンに移築したそうです。 雑誌やその他でこのアトリエの写真を観ていたので、これは絶対にこの眼で見たい!と思ったんですよね。 ヒューレーンは川を挟んで、どちらかというと病院とかがある生活圏のエリアにあります。 川を渡ると何となく雰囲気も違ってきます。 Temple Barのような賑やかな繁華街はなくて、歩いている人も旅行者じゃなくて街の住人的な人が多いみたい。 そして、かなり判り難い。 何となく思っていたことなんですが、アイルランドの街はどこも全体像が把握し難い感じ。 地図を見ながら進んでいるのですが、どうにもこうにも辿り着けない。 またシアターの親切そうなセキュリティーガードの人に道を尋ねて至近距離までアプローチしたけれど、ギャラリーの姿はない。 後で考えると、どうしてあれが見つけられなかったんだろうと不思議な感じがするのですが、悪戯好きのHolly Ghost に意地悪されているんか? と思わんばかりです。 地図を広げて悩んでいると、車の中で人を待っていたらしき女性が、『どこに行きたいの?』と声をかけてくれました。 身の危険を感じるようなぴりぴりした感じはなかったものの、危なっかしいように見えたんでしょうね。 アイルランドの人は本当に親切です。 で、やっとこさ辿り着いた Dublin City Gallery The Hugh Laneです。






ここでも queuing っていうのね。


Admission Free というのは嬉しい限り。 正面エントランスから中に入って、他のものには目もくれず真っ直ぐFrancis Bacon Studioまで。
Francis Bacon Studio: http://www.hughlane.ie/history-of-studio-relocation








Chaos






Chaos Chaos






Chaos Chaos Chaos!
It's toooo chaotic!


ベーコンは、『雑然として混沌としていることは性にあっているけれども、乱雑で不潔なものは好きではない。』と語っていますが、そのフレーズはいいですね。 今度ワタシも使わせていただこうかな。 でも、たまにいるんですけど、どんなに混沌とした中にいても、例えば仕事のデスクとか、どこに何が置いてあるか正確に記憶して把握している人っているんですよね。 他の人にはただの雑然とほっぽりばなしのものでも、それなりの定位置が確保されていて、どんなにゴミのようなアイテムでもひとたびそれをピックアップすれば、それについて語る言葉が溢れ出す。 ベーコンはそんな人だったようです。実際制作に使用されて、作品となっているモチーフに使われた雑誌の切抜きやコンタクトプリントなども見ることが出来て、そのリアリティには物凄いものがあります。百聞は一見にしかず。




これは、日本には来ていない作品ですね。 ベーコン作品の何が好きかというと、ひとつはその美しい混じりけのない色彩です。 彼はある時からは、背景をポスターカラーのように単色のベタで塗りこんでいるんですが、その色彩の発色とかを観ると、汚いものは嫌いだ、と言っていた彼の言葉は真実で実質が伴っていたものだったんだと思えます。 しかし、あのアトリエからこんなに綺麗な色が生まれるとは・・・・。 彼はパレットなどは殆ど用いずに、部屋のあっちゃこっちゃで絵の具を混ぜていたようです。











ベーコンの残した語録です。 よく読むととてもシンプルでありながら、とても哲学的で含蓄があり、示唆に富んでいます。 語る言葉が、何の変哲もない言葉でも意味深く聞こえるのは、彼のエピソード、人となり、生き様の成せる業なのでしょう。

ヒューレーン美術館を後にして、カセドラルまで向う道すがら、街の風景です。












カセドラルのドームは見えども、なかなかそれに近づけないのは何故? 結果また道路工事のお兄さんに道を尋ねてしまいました。 そしてその人もまた、とても親切に教えてくれました。


● ・・・・> 『ダブリン滞在の最終日』につづく。

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by sanaegogo | 2013-08-22 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 再び ダブリンへ
『少し到着が遅れるかも知れないけど、困る人はいる?』 とドライバーガイドは言って、最後に一箇所バスから降りてお城に立ち寄りました。乗る予定にしていたDublinに行く最終電車の時間までは余裕があったので、まあ大丈夫だろうと思っていたのですが、Galwayの街に差し掛かると渋滞でバスは遅々とも動かなくなり・・・・。 ちょっと焦りました。 コーチステーションに着いて、皆にお礼を行って、足早に荷物を預けてあるSkeffington Arms Hotelへと急ぎます。 駅を越え、広場を越え、小さな街です。 もう慣れたものです。荷物をピックアップし、駅までゴロゴロ移動。 それでも待合室で少し一息ついて落ち着く時間くらいはありました。




Dublin行きの列車が入線して来ます。 その顔は何となく蜂のようなのは、黄色いからでしょうか。 アイルランドにも撮り鉄はいるみたいで、プラットホームに滑り込んでくる電車を一生懸命写真に収めている人もいます。 1回乗っているので何となく勝手は判っていて、指定席のような車輌でもどこでも座って構わないのです。車内のアナウンスでも『決められた席に座ってください』とは言うものの、どこにどう決められているのかが判らず、検札に来た車掌さんも特に何も言わないのが不思議です。 行きは進行方向右側に座ったので、帰りも右側に座れば、Dublin‐Galway間の車窓からの景色が余すところなく楽しめる、と思っていたのですが、帰りはほぼ夜行列車なので、程なくして景色は真っ暗になってしまいました。でも、夕暮れ(といっても夜の8時くらい)の移り変わる空の色を楽しむ事ができます。 Dublinからこちらに来る時にも言いましたが、外国で電車に乗って旅するのは楽しいものです。 速度と開放度が丁度いい。 飛行機ほど早くないけど、閉塞感がないし、バスよりも座席はゆったりとしていて、より車窓からの景色と自分が一体になれる気がします。 景色の中を移動しているのが実感できます。















だんだんと、だんだんと、Dublinの街へ近づく毎に夜の中に突入していく。 そんな感じの車窓からの風景。 こちら側にはGalwayに入る時の景色よりも広い広い景色が広がっています。 列車の窓から地平線を見る、というのも、今の自分の実際の生活の中ではそうそうないことです。










あたりはすっかり夜になり、Dublin Heuston駅に到着したのは、21時45分。 さて、ここからどうやってTemple Barまで戻ろうか。やはりバスかしら、という事で、暫く待って来たバスに乗り込み、『Temple Barまで行きますか?』と、アイルランドに到着した時と同じ手段で移動しようと・・・・。大きなスーツケースを持っているので、旅行者で、Galwayからの最終で戻ってきたんだな、とひと目で判る私たちに運転手さんはぶっきらぼうながらも親切でした。 市街の中心を流れるリフィ川の対岸はあまり治安が良いところではないらしく、ここではなくて反対側に行くからまだ降りないで、と、川の対岸に見慣れた景色を見て降りようとする私たちに教えてくれたりしました。 Temple Bar側でバスを下車し、滞在先のFishamble StreetにあるGeorge Frederic Handel Hotel まで歩きます。 でも到着の時の悲壮感はもうありません。 夜の街の写真を撮る心の余裕もあります。












Temple Bar は夜の繁華街で、平日だと言うのに沢山の人が繰り出してきています。 旅行者と地元の人が入り混じっている感じです。 ここなりに都会なんですね。 ホテルにチェックインして、少しだけお腹を満たすため夜の街へ。 電車の中ではイニシュモア島のB&Bでの晩餐の時に買って残っていたオリーブやチーズやクラッカーを食べて軽い夕食(?)。 なので、ワインでも呑もう、とホテルの近くでまだやっていたカフェに入りました。 アーティストっぽい人々が路地まで出しているテーブルに座って酔っ払って大きな声で楽しそうに話してます。 『あと一杯だけならいいわよ。』と席に案内してくれた女性も実はお客さんだったみたい。 もしくは仕事がハネてお客さんと合流しているのか。 自分の席に戻って呑んで騒いだり、わたしたちに『オリーブ食べる?』と持ってきてくれたりしました。アイルランドについてから、夕食はあまりまともに食べてません。 明日は最後の夜なのでアイリッシュ・パブにでも出かけてみるつもりです。


● ・・・・> 『ベーコン・スタジオ、 ヒューレーン美術館』につづく。
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by sanaegogo | 2013-08-21 00:01 | travel abroad | Comments(1)
【アイルランド旅行記】 バレン高原~モハーの断崖
Cliffs of Moher (モハーの断崖)に旅します。 バスツアーです。Galwayのコーチステーションからバスにのって、The Burren(バレン高原)を抜けて行く1日がかりのツアー。 っちょっとしたハプニングがあって、集合場所で違うバスにちゃっかり乗り込んでいたのですが、ちゃんと救出されて。 アイルランドの人々、きちんと仕事をするし、テキトーなところがない国民性にとても好感がもてます。 バスが出発するとドライバーガイドの恐ろしいまでにテンポのよい観光ガイドが続きます。 Galwayの市街地を出るとのんびりとした草と石とポツリポツリとかたまって生えている大きな樹木がおりなす牧歌的な風景が広がります。(あの樹の下に行って草の冷んやりとしたのを感じながらお昼寝でもしたい。) 妖精や精霊たちが棲んでいる、と言われれば、疑う余地はないような風景です。 Cliffs of Moherがあるのはマンスター州。 アイルランドに入ってこれで3つ目の州です。マンスター州は見どころの多い州で、比較的温暖な気候で「南のリゾート」といった位置づけです。 ツアーでは沢山の古城を巡りました。 岬の突端に古城がいくつもあります。 灰色の石組みで出来た城は重厚で、そこに住んでいた王様や領主もさぞかし重厚な感じの人だったんだろうな。






初めに紹介されたのがDunguaire Castle。遠くに見えるだけで上陸はしなかったんですが、今は昔、城壁と塔を残すのみです。 塔にはアイルランドの旗がはためいてました。アイルランドのお城はどんよりとした曇り空が良く似合います。





The Burrenの入り口でBallyvaughan Bayを臨みます。この日も空はどんよりとしていて雨がちだったけど、その分緑が瑞々しく感じられます。海岸線のすぐそばまで草原が続いて、本当にこの島は石で出来ているんですね。 そんな事を実感します。






海からの霧が草原に立ちこめています。 あの霧の中に入ってみたいなぁ。
バレン高原の登り口からは徒歩で少し登ります。 ちょっとしたハイキングと思っていたら、なかなかどうして、これが結構キツい。 The Burren(バレン高原)は石灰岩が隆起して出来た丘陵地で、雨が石灰岩を溶かして筋のような奇相を作りあげています。 そして少し滑るので、足の裏でしっかりと踏みつけながら上へ上へと登って行きます。





この人に少し恋をしました。 ネイチャーガイドの・・・・、名前は申し訳ないけど忘れてしまった。 Mr. Highlanderとでも名付けておきましょうか。青いウィンドブレーカーが良く似合ってます。 バレン高原は3つか4つ(どっちだっけ?)の家族で所有されていて、全て私有地だそうです。 つまり彼は大地主の御曹司。そこに恋をした訳ではないですが、彼曰く、このような家に生まれた責任を少なからず果たしたい、と、高原を管理しながらネイチャーガイドをして家族はバレン高原で牧場を営んでいます。 とてもintelligentなんだけどぶっきらぼうで、ちょっとふざけた物言いが素敵です。





今は8月。 短いアイルランドの夏にはこんな痩せた殺伐とした土地にも花が咲きます。 珍しい花が咲いたのを見つけるととても嬉しい、と彼は言っていました。





殆どがこんな風に灰色の岩盤がむき出しになっています。 草や樹木はその岩にしがみつくようにして生きています。 きっと昔々も先人はそんな風に懸命に生きていたんでしょうね。




Wild hazelnut、野生のヘーゼルナッツです。 枝から取ってわたしにくれました。 他の人にも見せてあげようと隣の人へと回していたら、ある時彼が気がついて、「君にあげたんだから。」と取り返してきてくれました。 プレイボーイですね。 特別扱いされると女子は弱いのを良くご存知です。ただし、わたしを「Tokyo」と呼ぶのはいただけません。 (最初にどこから来たか、自己紹介をしたからね。)





ラウンジに飾ってあった家族の肖像。 確か小さい男の子は本人だと言っていたのですが、良く見たら下のほうに 「Grannie & Grandad with Dad & Auntie Bernie」と。「おばあちゃんとおじいちゃん、お父さんと バーニーおばさん」 どうやら、聞き違いだったようです。 (今更気づいた) いずれにしても、肖像写真が残ってるなんて、由緒あるお家柄なんですね。



Mr. Highlanderに別れを告げ、(短い恋でした)、ビジターセンターでありハイキングの基地でもある彼の領地を離れ、バスが次に向ったのはPortal Dolman、("a"なのに、"ドルメン")、 巨人のテーブルと呼ばれる巨大なドルメンです。






ドルメンとは古代人が自然石を積み上げて築いた墓石や宗教的なモニュメントのこと。 この下に古代人の赤ちゃんのミイラとかが埋葬されていたそうです。そしていよいよ、Cliffs of Moherへと。








Cliffs of Moher、モハーの断崖は、そこで忽然と大地が終わっているようで、まさにエッジのようです。 Edge of Land、瀬戸際、地上の端っこ、世界の終わり、そんな終末的な雰囲気を海から立ちこめる霧が醸しだしています。海面からは200メートルもあります。 断崖絶壁。強い風が吹くと海からは水しぶきが雨のように降ってくるそうです。 今日もここに来て突然天気が悪くなったように感じますが、それはモハーでは日常なのかも知れません。 断崖はどこまでも続いていて、終わりは霧で霞んでいて見えません。 どこまでもどこまでも歩いて行ってみたい衝動に駆られるのは、世界の終わりを見てみたいからでしょうか。 切り立った崖の突端に立てば、海からの上昇気流で鳥みたいに飛べるかも知れないです。 アイルランドの厳しい剥き出しの自然がこの場所で象徴されているようです。















ビジターセンターを挟んで対岸にあるのは、オブライアン塔。 こちら側は歩いていく事が出来なかったのですが、お伽話に出てくる魔女の城のような佇まいです。 不幸せな不遇の王様が幽閉されているのかも知れません。




モハーの断崖が背景になるビジターセンターの前は撮影スポット。
アイルランドと欧州連合の旗、あとひとつは、何の旗なのかしら。






モハーの彼方に広がるThe Atlantic Ocean、大西洋です。 夏だと言うのに霧で覆われていて冬の海のようです。 水平線は霧の彼方に・・・・。 霧の彼方から髑髏の旗を掲げた幽霊船でも現れそうです。










モハーの断崖の先へと向う小路。 細い小路は人がすれ違うのもやっとで、もっともHigh Seasonな時はさぞかし渋滞する事でしょう。 本当は石の塀の外側は歩いてはいけないんですが、みな、お構いなしに断崖側を行き来してます。



注意喚起の凄さは半端ではないですね。 こんな標識があります。 『覗き込んで、落ちても知らないよ。』 時としてこの手の標識は、『面白いから覗いてごらん。』とそそのかしているようなコミカルさがあります。
時間があれば、勿論心行くまでどこまでも歩いていってみたいけど、ツアーで訪れる悲しさ。 ひとつ目の突端すら到達する事が出来ませんでした。 海から吹き上げる強い風に吹かれて、小さなことなんて吹き飛ばしてみたい気がしたけど、自分のちっぽけさは何となく味わう事が出来たような気がします。 今度来る機会があったら、絶対にどこまでも歩いていこう。




こうしてモハーの断崖を後にして、Galwayの街までもどる道すがら、 海沿いの細い道を大きなバスは進みます。 対向車ともすれ違うのがやっと。 所々小さな崖っぷちや城跡にとまりつつ、だんだんとGalwayに近づいていきます。 城跡はもはや数が多すぎて、名前すら思い出せず。















モハーを大分下ってきて、海も霧で蒸せていることもなくなりました。 それにしてもこの海の色。 暗く、深い海なのでしょうね。









こうしてモハーへの短い旅は終わりを迎えます。人々は皆、バスを降りると必ずと言うほど海を眺めに行くんですよね。 水平線をじっと見遣っていたりします。 モハーへの旅は無骨で荒く厳しい、そんなアイルランドの自然の一面を垣間見た旅でした。 先人はそんな自然に、時に拒まれ、時に抱かれ、長い時を過してきたのでしょうね。

Galwayに着いたら、荷物を預けてあるホテルに行ってスーツケースをピックアップし、すぐに電車に乗り込まなければいけません。 旅も終盤を迎えようとしています。 今夜ダブリンに戻ります。

● ・・・・> 『再び ダブリンへ』につづく。

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by sanaegogo | 2013-08-21 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ゴールウェイ
一夜明けて、2度目のInis Mórでの朝。 8月と言うのに薄ら寒く暖房も入れました。今日は12時のボートでロッサヴィール港まで戻り、それからGalwayに向います。ボートまで時間があるので、ちょっと早めに送ってもらって、港のアランセーターのお店を覗いてみようと思ってます。 今日の朝食も、素朴だけど美味しい。ゲール語訛のやさしいご主人にお礼とお別れをして、しっかり者の奥さん(?)のTreasa に港まで送ってもらって、Kilmurvey Houseでの滞在は終了です。 不便だったけど楽しかったし、その不便さが自分達で旅を作りあげているような気がして、よかった・・・・。
さて、アランセーターのマーケットで自分にはマフラー、お土産にショールと手袋を買いました。 とっても暖かそうです。これで今年の冬は暖かく過せます。

再びボートに乗り込んで、ロッサヴィール港まで。港からGalwayの市街地まではちょっとした観光バスツアーみたいな感じで、Galwayの海岸線に広がった別荘地や水族館、ちょっとした短い夏の間のリゾート地の雰囲気を垣間見る事が出来ます。 バスから降りられるのならば、ちょっと止まって写真を撮りたいようなストリートコーナーが沢山あります。 レンタカーで自分のペースでゆっくり回るのも良いかも知れないな。 と思いました。 Galwayから出発する時バスに乗ったVictoria Hotelの玄関前に到着。 今晩の滞在先のEyre Squareの脇にある Skeffington Arms Hotelまでゴロゴロと移動。Galwayは既に散策済みなので、何となく勝手知ったる行動のスムースさ。 そして、バスを降りたVictoria HotelからSkeffington Arms Hotelまでは驚くほど至近距離でした。チェックインを済ませ、Galwayの街へ! ざっくりとした雑多なお土産をここGalwayで済ませてしまおう、と目論んでます。 そんなお買い物と、そうです、Galwayの目的の最も大事なものは、ここは美味しい牡蠣が食べられるということなんですよぉ。今は8月なのですが、9月には牡蠣祭りなるものも行われています。 「ちょっと早いけど、もうやってるんじゃない? 牡蠣祭り。」という予測はちょっと乱暴でしたが、賑やかなShop Streetで美味しそうなシーフード・バーを見繕って、早速の牡蠣パーティー。 ムール貝の白ワイン蒸しもオーダーしました。

 




店内は奥の方まで石組みが続いているアイリッシュパブらしい造り。この店は旅行客も地元の人も入り混じって、こんな時間からギネスやアイリッシュ・ウィスキーを呑んでました。 牡蠣はクリーミーで美味しい! レモン汁だけでぺろっといっちゃいます。





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もっと牡蠣食べたい・・・・。と後ろ髪を引かれつつも小雨降るGalwayの街に繰り出しました。 Galwayの街はケルトの文化が色濃く残った西部の中心都市で、かつてはリンチ家が勢力を振るっていました。 最近では大学都市としても活気があります。 コナート州の景勝地を訪ねる拠点とかにもなっています。 街並みは細かく、入り組んだ路地の両側にケルトっぽい装飾のお店が建ち並んでます。














波止場の近くにあるスペイン門。 おもにスペインやポルトガルからワインやブランデーが輸入され、ここで船からの積荷を降ろしていました。今日は雨なので、路上でお店を出している若者がアーチの下に避難してます。 "Under the Boardwalk" ならぬ "Under the Arch" 。



















Cathedral(ゴールウェイ大聖堂)にも行きました。 わたしは特にキリスト教に造詣は深いわけでもないし、家は熱心な真言宗徒なんですが、教会は、外国に行ったら必ずと言って良いほど観てみたくなります。 日本でも神社仏閣。 神聖なものを際立たせるために自分達の出来る全ての粋を集めて行った、最上質の仕事、みたいなものを見たいんでしょうね。 この日も熱心にお祈りを捧げている信者の方々がいました。













明日はいよいよ、Cliffs of Moher(モハーの断崖)への旅。今日は小雨で肌寒いですが、明日は絶景が楽しめるようにちょっとでも晴れるといいなぁ。












● ・・・・> 『バレン高原~モハーの断崖』につづく。


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by sanaegogo | 2013-08-20 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 アラン諸島 イニシュモア島

Kilmurvey Houseでの朝はとても清々しく、日本での蒸し暑かった日々はもう頭の片隅にもない感じ。 ここでももちろん、アイリッシュ・ブレックファストをお願いしたのですが、「焼きたてのスコーンがありますよ。」と奥さん。それも是非是非いただきます。スコーンはとても大きく無骨な形ながらも、味のある手作りな感じでとても美味しそうに見えます。見えるだけじゃなく、焼きたてって温かくてホカホカで、実際にとっても美味しい。 アイルランドの濃厚なバターやクリームが良く馴染みます。




朝食を食べているとB&Bで飼われている白猫さんがやって来てご挨拶。 とっても美人さんで可愛くて人懐っこい猫さんでした。 ガラス窓越しに「撫でて撫でて」と猛アピール。わしゃわしゃしてみたかったのですが、この後食事が終わって外に出た時には姿はなく・・・。 自由なのね。







Aran諸島の滞在では自転車が不可欠。しかしながら、貸し自転車があるKilronanの村までは自分達で歩いては行けないし・・・。 午前中はB&Bの周りを歩いて散策する事にして、お昼にKirlananに連れてってくれないかしら?、とご主人にお願いしてみると、お昼までには村から自転車を運んでくれるようKirlanan村の貸自転車屋さんに頼んでくれることになった。どうやらよくやる事らしい。 それはそうだよね。 本当に何もないところなんだもの。でもここに滞在する事にしてよかったと思う。 港の近くにもB&Bやゲストハウスはあったんだけど、「何も無いところ」を満喫するにはやっぱり Kilmurvey村だったと思う。

そんな訳で、午前中、昼食が済んでから Kilmurvey Houseのすぐ裏手からアクセス出来る古代遺跡 Dún Anghasa(エンガス砦) に行ってみる。







遠いなぁ・・・・。 あそこまで歩いていくのか。と思いつつ歩を進める。こんなに広々としたところに立つのはどの位ぶりだろう。 大きな声で唄いたくなるよね。唄いながら歩きたい。 ただし、息が上がらなければ。 ・・・・ここに来てからは、「何もない贅沢」みたいな気持ちになる事しきり。











30分ほど歩くと、大分近づいてきたDún Anghasa。明らかに人工建造物みたいな石垣が見えてきた。その昔、古代ケルト人が住んでいた頃は軍事要塞として使われていたと言われているだけでなく、当時は政治・経済・宗教の中心地であったという説もあって、儀式のために使われていた聖地っぽい厳かな感じもある。







Dún Anghasaのあたりは海面から90メートル近くある断崖絶壁で、大迫力。 少しでも水面が覗けるように断崖近くに立とうとすると、お尻がむずむずとしてそれ以上先に行けない。 手すりや柵など一切無いので、落ちたとしても自分の責任。 でもその落ちてもいいから覗き込んでしまいたいという衝動を試されているみたいな感覚は何となく快感でした。この日は風があまり強くなかったので、幸い吹き飛ばされる事は無かったのですが、遮るもののない海と島。 吹き渡る風はさぞかし厳しいものなんでしょうね。










下を覗き込む時は寝そべって・・・・。 これはお約束です。


崖っぷちをさんざん堪能して、B&Bに戻ると自転車が届いてました。 Kilronan村に向かいがてら港の近くのどこかでランチでも食べよう! と いざ出発。 今日は日曜日なので、割りと旅行者が多く、皆思い思いの感じで自転車に乗って島を楽しんでます。







5世紀にはこの島にもキリスト教がもたらされて、あちこちに修道院や教会が建てられました。でももはや、「今は昔」「兵どもが夢のあと」。殆どが廃墟で遺跡となっています。 生活するのも厳しい土地への入植、移住。 強い風に吹き飛ばされそうになりながらも一時代を築いてそして衰退していき、後に残るのは廃墟のみ。その変遷に思いをやると何とも言えない切なさに襲われます。







何故、アラン諸島に来てみたかったのか、というと。それはまさに、この石垣が続く半ば荒涼とした風景を見たかったのです。小学生とか子供の頃に、多分学校の図書室とかで、この風景を見ました。風が強すぎて土も何もかも吹き飛ばされてしまう荒野に風から守るために石垣を築き、海からせっせと運んできた若芽を敷き詰め土の替わりとして、痩せた土地にジャガイモを植えて育てる。 そんな事が書いてあったと思います。これを読んで、何だか子供心にとても切なくなったのを覚えています。暫くして大人になってから、飛行機の中の広報誌でアラン諸島を見ました。厳しい自然を耐え抜いて生きてきた人々。岩盤だけで出来た島の上に緑の絨毯を敷き詰めた人々。そんな寡黙で辛抱強い人々が住む島に行ってみたい!と子供の時の記憶が鮮明に甦ってきた瞬間です。子供の頃には漠然と見ていただけだったけど、大人になった今ではそこに行く事が出来るんだし、それならば行ってみたい。それ以来。 なので、念願とも言えるんでしょうね。



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Inis Mór島には大きな山はないまでも、起伏に富んだ土地です。 自転車を漕いでいても常に上り坂か下り坂。平地は殆どない感じ。 車も細い道をすれ違ったりして、かなりテクが要る。 急な下り坂注意の道路標識。 いくらなんでもそんな・・・・。 この角度は。 ありえん。 ゲール語を話す人も多いこの島では標識もゲール語で書かれていて、何を注意しているかは判らない。










港の近くのシーフード・レストランでランチをとって、アイルランド到着以来の初ギネス。日本ではあまり飲まないけど、ここはひとつ。 クリーミーな泡の奥には苦みばしったあの独特のどろっとしたギネスが。 郷に入れば郷に従え、です。 これでわたしもアイリッシュ。








島をあちこち自転車でアドベンチャー。 自転車なのに草木を分け入って入るような小道にも入り込んでしまいましたが、かなり満喫しました。 19時に港のTourist Informationの前でピックアップしてもらう事になっていて、最後の夕食の買い物をしてからB&Bに戻ります。19時と言えどもまだ明るいので、戻ってからも周りを再びちょっと散策。 気がつけば、Kilmurvey Houseの近くにもこんな教会の跡がありました。 これも歴史的に意味のあるものらしく、祭壇があるところにはまだお供え物や蝋燭が置かれています。












もうすぐ日没。 今日の夕食は港の近くのスーパーでワインや食べ物を買って、部屋でささやかな晩餐をする事に。(ランチの揚げたタラがまだお腹を空かせないのです。) この静かなる夜の帳を比較的賑やかなKirlonanではなくてKilmurveyでゆっくり過したいなー、なんて。 結果的に3晩連続でレストランとかできちんと夕食を食べてないんだけど、これも何だかアイルランド旅行らしくっていい感じ。そんな訳で本日も。 My Day is done. 「オヤスミナサイ」






● ・・・・> 『ゴールウェイ』につづく。

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by sanaegogo | 2013-08-19 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ダブリン~ゴールウェイ~アラン諸島
昨晩ダブリンに到着した時は、日没の遅い夏のアイルランドでも既に真っ暗になっていて、しかも小雨。後から判る事ですがダブリンはいつでも小雨や霧雨が降ったり止んだり。でもこの時はわりと強く降っていたかなぁ。 空港からホテルシャトルではなく市街を走る公共のバスに乗って「Temple Bar (テンプルバー)あたりまではバス停いくつ目ですか?」と物凄く漠然とした質問でバスの運転手さんを困惑させてしまいましたが、それでも親切に「ここで降りなさい。」とTemple Bar地区の端っこで降ろしてくれました。よくよく考えれば、例えば東京で言えば、「青山あたりのバス停で降ろしてください。」と言っている様なものなので、無理も無い。大体こんなに夜遅くなってしまうのを深く考えていなかったし、準備不足は否めない感じ。気を取り直して宿泊予定のParamount Hotel目指してFleet Streetを歩き始めました。 歩き始めたのはよかったんですが、想像していたようにストリート名や交差点の名前が判りやすくない。Temple Bar地区はダブリンでも最も歴史のある地区で、趣のある佇まいの中にStreet名の表示とかが目立ちすぎる事なく街に溶け込んでいてなかなか見つけられず、地図を見ながら歩いていても自分の居場所がわからない。 雨の中を石畳でスーツケースのウィールがつっかえながらも、何とかホテルのあるはずの場所まで20分近く歩いてきたけど、住所をしめすExchange Streetっていうストリート名がどこにも見つからない。コンビニの店員とかに尋ねてみても、どこのことかすら判らず。 むむむー。現在位置を再確認しようと河沿いの大通りに出て、ホテルから送られてきたConfirmation Sheetを繁々と見ていると、何人かの人が、「道が判らないの?」と、でかいスーツケースを足許に置いたもろ旅行者の私たちに話しかけてくる。最初は「大丈夫です。」と答えて、わりと素気無くしてたんだけど、ビジネスマン風の人に優しい笑顔で「道に迷ってるの?」と訊ねられた時は、間髪入れず、「そうなんです。ここに行きたいんです。」と即答してしまいました。その人はとっても親切に、あちこち、タクシーの運転手やバスの運転手にまで訊いてくれて、自分のiPhoneでも調べてくれて、でもやっぱり判り辛いところにあったらしく、さっぱり情報が掴めず・・・・。 オトコの人は、「あそこがホテルだから、あそこに行って訊いてみるといいよ。」と。その情報だけでもありがたい。だって、通りに面している店は開いているのは殆どバーで、ホテルも古い町並みの中に溶け込んでいるので、ぱぱっと旅行者が見ただけではホテルとは判り難く。 「困ったらホテルのフロントで訊け!」 海外に行く時はこれを信条としてたけど、肝心のホテルが見つからないのだ、と内心焦っていたのです。ありがたいです。これが初めて触れたアイルランドの人の親切さでした。でも良く考えたら、その前に「困ってるの?」と気にしてくれた人も、繁華街でお酒を呑みに来てる人だからそんなほろ酔いの様子になってるのは当たり前で、なので、素っ気無くしちゃったけど、その人たちも親切心で話しかけてくれたのかもしれない、と思うとちょっと申し訳なく思ったりしました。その親切な人にお礼を言って別れ、ホテルに入って、「ここのゲストではないのですが、道を尋ねてもよいですか?」とフロントの人に尋ねると、「もちろん」ととても親身になって聞いてくれて、シフトから上がったばかりの一人が、一生懸命行き方を説明してくれたのだけど、まどろっこしくなったのか、そこまで連れて行ってくれる事になった。なんていい人達なんでしょう。 ダブリンの街中(まちなか)に到着した時はめちゃめちゃ辛かったけど、ダブリンの人の心の優しさ、親切さに触れて、ちょっと幸先が良い感じ。
ようやくホテルにチェックインして、ちょっと落ち着いて、一杯だけやりに夜中のダブリンの街に出る。夜は早いらしく、殆どもう閉まってしまっていたけど、コーナーにあったまだ開いている1軒を見繕って、ビールと袋のポテトチップスを注文してちょっとお腹を満たしてから就寝。 明日の朝にはもうチェックアウトをして、アラン諸島のイニシュモア島に向います。 こんなに苦労してチェックインしたんだから、もうちょっとくらいゆっくりしてても損はなかったかも・・・・。


― そして、(前置きが長くなりましたが)、一夜明けて、イニシュモア島に出発です。 昨晩のフロントの人のミスインフォでGalwayへの朝一の列車に乗れなかったので、朝のダブリンの街をちょっと散策。と言っても、昨晩のあの疲労の感じでは、朝一の列車は無理だっただろう。今日は土曜日なので、本数があまり無いんです。 夕べは金曜日だったので、街の喧騒は凄いものだったけど、朝はひと気無く、空気も冷んやりしてて気持ちいい。








ホテルのすぐ近くにあった、ダブリン城。 岬の突端とか森の中にでもありそうな中世っぽい古城って感じだけど、ここはダブリンの中心地なのです。


 







ダブリン城の近くにあった庭園の門扉。パターンが可愛い。 こう言うのを「ケルト風」っていうのかなぁ。 古代人の表現するプリミティブな感じに通じるものもあります。

慌しく散策を済ませて、ホテルのフロントからスーツケースをピックアップしてすぐ裏手のバス停に向います。 バスでダブリンのDublin Heuston駅まで行き、そこから電車に乗ってGalway Céannt駅まで 約2時間半の電車の旅です。外国で列車に乗るのは良いですね。 速度と景色の広がり具合が丁度いいです。 閉塞感もなく、遅すぎる事もなく。 この度もまた楽しい列車の旅でした。





駅のスタンドはカラフル。 休日だからか、駅のスタンドやコーヒーショップは開店するのが遅く、コーヒーを1杯買うのに大分待たされました。 早めに駅に着いたのに、お店が開いたのは電車が入線してから。 ちょっと焦りました。








車窓から広がる風景。 高い山がなく、空は雲が表情豊かに浮かんでます。それにしても、ダブリンの街の無彩色に近い感じとは対照的な緑の平原が続いてます。 アイルランドはこんな景色から、エメラルドアイランドと呼ばれているそうですね。





車中の様子。 乗り心地は快適です。みな、テーブルの上に思い思いにものを広げ、寛いでいます。 列車のボックスシートにこれくらいの大きなテーブルが付いてるの、いいですね。





草原の合間合間に村みたいな集落があって、それが見えてくると小さな駅に停まる。その繰り返しで列車は進んでいきます。ここの集落は綺麗にお花で飾られた墓地で集会みたいなのをしてました。 続々と墓地に集まってくる村人達の姿も見えました。 お葬式とはちょと違うし、何だろう。



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電車に乗っていると、くるくると天気が変化して、曇ったり、こんな風に雨が降ってきたりします。空は晴れているので、日本風で言えば「狐の嫁入り」。 アイルランドらしく狐がいっぱいいるのか、(しかも嫁入りする狐)、こんな景色にはしょっちゅう出くわす事になります。

Galwayに到着。Galwayはアイルランド西部にあるコナート州にあって、アイルランドで最も痩せた土地です。いまだ日常生活でケルト人が使っていたゲール語が使われている地域も沢山あります。 ここから船でアラン諸島に渡るのです。日本で事前に調べても、このアラン諸島に渡るボートの事があまり書いていない。時刻表とかはネットで探せば出てくるんだけど、どこでチケットが買えるとか、どこから港へ行くバスが出て、どこが港か、港まで何分か、などです。 もうこれは諦めて現地に行ったら調べよう、と思いGalwayの街を調査&散策です。

小さい街なので、中心部にあるエア・スクエア(Eyre Square)周辺でフェリーに関する調査は終了。 イニシュモアから戻ってくる時の滞在するホテルも広場の近くなので、場所などインスペクション終了。あとは滞在日に訪ねる予定のモハーの断崖のツアーの事とか色々調べて、港に向うシャトルバスに乗る前にちょっと腹ごしらえを。アイリッシュのおっかさんぽい迫力のあるお母さんがやってるカフェで食べたアイリッシュパイ。 これ好きなんです。 日本のアイリッシュパブに行く時もよく食べてますが、本場のは素朴でさらに大量で、とても美味しかった! お腹もかなり一杯になって、ARAN ISLAND FERRYの事務所に預けてあった荷物をピックアップし、港へ行くシャトルバス乗り場へいざ出発。


ロッサヴィール港に着き、ボートに乗り込み、海を渡って Aran諸島のInis Mór島まで。 海の色は濃く深い。夏なのに冬の海のよう。この地方に太古の昔より息づいている自然の厳しさが何となくわかるようです。 冬とか寒いんだろうなー。





海を渡ること、小1時間。Inis MórのKilronan村が見えて来ました。「19時頃着のボートで行きます。」とDablinからの電車の中からメールをしたけど、見てくれているのかなー、上手く滞在予定のB&Bまで移動できるのかなー、と思っていたら、Kilmurvey村のKilmurvey Houseからご主人が迎えに来てくれてました。 「どこか街で夕食食べてから行く?」と訊ねられたんですが、一先ず荷物から開放されたい、それとランチで食べたパイがまだお腹をいい感じに満たしていたので、「大丈夫です。」と言ってB&Bまで今度は車の旅です。





これがAran諸島! これが Inis Mór島! 車窓からの風景は、「まさにこれが見たかったのです!」という感じ。 ホントに来たんだなぁ・・・・。Inis Mór島は私が想像していたよりちょっと大きく、車で走るだけで景色は色々と移り変わって行きます。









今日から2泊お世話になるKilmurvey Houseは石造りで、その佇まいは中世の世界にタイムスリップしたようです。とも言えるし、中世の世界から忽然とここに現れたようにも見えます。 高原のなかにぽつんと建つそのB&Bは、周囲には「ちょっと買い物が出来るところ」などある由もなく、その日の夕食はKilmurvey Houseで催されていた親戚の誕生パーティーで振舞われた手作りケーキだけ。(ラウンジで紅茶を飲んでいたら気の毒がった(?)ご主人が持ってきてくれたのです。) 昨晩と言い、今夜と言い、夕食にはなんだかまともにありつけていない感じです。







成田からの長い移動もこれで一旦終了。 明日はInis Mór島散策。 朝から夜まで島を堪能します。 今日はこれにて、My day is done. 「おやすみなさい。」






● ・・・・> 『アラン諸島 イニシュモア島』につづく。


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by sanaegogo | 2013-08-18 00:00 | travel abroad | Comments(0)