【アイルランド旅行記】 ダブリン滞在の最終日


今更ですが、Dublinの街の地図。河沿いにHistorical District のTemple Bar が続いていて、ここが昔からの一番古い繁華街です。 Dublin到着の時 泊まったのが Paramount Hotel。 今にして思えば、雨の中空港からのバスを降りたのが Trinity Collageのあたりでしょ。 大分歩いたんですね。 この距離。そりゃ、心細くもなるだろう。で、今回最後の滞在をしたのが、George Frederic Handel Hotel。 ドイツ語読みだとゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル。 これは、マカベウスのユダの「見よ、勇者は帰る」(優勝者を称える曲や表彰状授与の曲でお馴染み)やオンブラ・マイ・フなどで有名なバロックの作曲家のあのヘンデルの事です。縁の地だったらしく、ホテルの裏にはなにやら音楽院みたいなものがあります。

午前中はヒューレーンに行ったので、そのままCathedralを見て、Grafton Streetでランチを食べて、Trinity Collage にでも行ってみよう!というざっくりとした計画。ダイジェストです。



Christ Church Cathedral(クライストチャーチ大聖堂)。 大聖堂って本当にどこの国のどの街にもあります。 キリスト教の伝播の物凄さを顕してます。これがDublinの大聖堂だって判るとしたら、空の雲の表情と青々とした芝生でしょうか。 そして、建物はシンプルな石造りで骨太な感じです。






教会の中は薄暗いのですが、Dublinの弱い光でもステンドガラスを通して綺麗な色彩を見ることができます。華やかさはないけど、堅実で正直な感じは、これまたアイルランドの文化を象徴しているようです。





この日は天気が良く、夏らしく少し暑かった(といっても24度くらい)ので、エントランスの前にあった寛ぎスペースでアイスティーを飲みながら暫しの寛ぎ。 教会には旅行者も街の住人もランチボックスを広げてピクニックのように楽しげでした。 近くのオフィスで働いているような人たちもビジネススーツのままランチボックスを摘み楽しそうに談笑しています。とてもゆったりした昼休みですね。



Grafton Streetまでの途中、道一杯に万国旗が。三角旗は青と水色。白もあります。青い空と相まって、とっても清々しい。






市内を走るローカルバス。 カラフルな水色と黄色


Grafton StreetはTrinity Collageから伸びる目抜き通りのひとつ。 高級デパートやカフェが建ち並ぶエリアです。華やかな感じの通りではありますが、『ONCE ― ダブリンの街角で』(2007)という映画を思い出すと、自分の持っていたGrafton Streetのイメージとはちょっと違うな、と思いました。 映画は主人公が移民の女の子だと言うのと、当時アイルランドは景気と治安が悪かったと言うのと、季節が冬だったと言うので、もっと寒々としたところがあり、人々が日頃の憂さをお酒で晴らすような通りなのかと想像していたのですが、ショッピング天国のような通りなんですね。 それともこれがダブリンの光と影、みたいなものなんでしょうか。




大きな通りを中心に網目のように細い路地があります。 コーナーには必ずと言って良いほどパブがあり、ギネスの看板が。





Grafton Streetのタワーレコードでなにやらラジオ番組をやってました。 通りを行く人にニッコリと微笑みかけているのはMCなのか、ゲストなのか、定かではありませんが、カメラを向けて手を振る人に応えてのファンサビースの素敵な笑顔です。 Grafton Streetといえば、レベルの高いストリートミュージシャンの演奏があちこちで聴けることでも有名ですが、この日はミュージシャンではなく、パフォーマーや作品のライブ制作をするアーティスト方が多かったです。




街角のスペインバルで遅いランチを済ませ Trinity Collageへ。 Trinity Collageはアイルランドのみならず、英語圏の大学の中でもずば抜けた歴史と伝統を誇っています。 1692年にイギリスのエリザベス1世により創立された由緒あるアイルランド最古の大学です。 旅に出て、そこにある伝統校の大学に立ち寄るのが好きで、Trinity CollageはDublinで楽しみにしていた訪問先のひとつです。
芝生の上でゆったり寝転んで足の疲れを癒します。 草熱れがいい匂いで、日影ではひんやりもしています。 学生の他にも沢山の人が訪れています。 この列はアイルランドの至宝 「ケルズの書」を観るために並んでいる人たちです。わたし達も一瞬は並んだのですが、芝生でごろごろ寛ぐ時間の方をチョイスしてしまいました。 「ケルズの書」とは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書の事で、とっても豪華な装飾が施されているそうです。 大学の売店でそれを模したクッキーとかが売ってました。 ケルト特有の渦巻き模様や人や動物などが描かれていて、ケルト美術の最高峰といわれているそうです。




「ケルズの書」は諦めましたが、大学の売店から上を覗くと「ケルズの書」見学者が観ることが出来る図書館がちらりと。 物凄く古い古書などありそうですよね。 ここは恐らくOld Library の Long Roomと呼ばれているところでしょうか。 大学の売店でお土産を少し買いましたが、後で街中のスーパーにも売ってて、しかも、大学生協より大分安かったのにはちょっとショック!







Trinity College の中庭から撮影





Trinity Collageのカフェテリアでコーヒーを飲もうと思っていたら、早めの閉店。 街のカフェでアイリッシュコーヒーを飲んで、再びGrafton Streetをちょっとだけうろっとしてホテルに戻る事に。 驚いた事に、早々と仕事を終えたビジネスマンがネクタイを緩め、外し、わさーっとパブの外に出て既に一杯やってます。 もちろんギネスでしょうね。 店の中がいっぱいなのか、これがスタイルなのか、皆、外でグラスやディスポーザブルのカップを片手に立ち飲みです。 仕事の話か、週末の予定の話か。 どの店もこんな風に『働くおじさん』で溢れ返り、盛り上っています。







ホテルまでの通り道、Temple Barにある「Temple Bar」というバー。 Sir William Temple という大金持ちが所有して、芸術や文化の振興に力を注いだ地域です。 因みにこの"bar"は海や川の砂洲の意味の"bar"で、偶然にも呑み屋の"bar"と一緒です。 ちょっとダジャレみたい。 古くからある繁華街だと思っていましたが、もともとは芸術振興地区みたいなエリアで、今でもアート系文化機関が多く集まっているそうです。 そういえば、演劇スタジオだったり、アート系のNPOのサインを沢山見ます。昨晩夜遅くにワインを呑ませてくれたカフェの近くにもアート系NPOはあったし、今日もその近くに行ったけど、インディペンデントのジュエリーデザイナーショップとか、画廊とかがありました。 何よりも、そうだ! 泊まってるホテルはヘンデル縁のホテルだし。 何だか妙に納得です。 とは言え、今は夜ともなれば、陽気な人々が集うバーエリアですが。



Temple Barの壁に飾ってある Sir William Temple のレリーフと様々な音楽的なオーナメント





最後の夕食はきちんとしっかり、そしてアイリッシュ・フードとアイリッシュ・ミュージックで〆よう! と、今日あちこちで"Highly recommendedでauthenticなTraditional Irish Foodが食べられるパブはどこですか?" と質問してみたところ、もっとも票が集まったThe Oliver St. John Gogarty’s。なので、当然そこに行く事にし、荷物をホテルに置いて再び来た道を戻りThe Oliver St. John Gogarty’sへ。 写真を撮るのを忘れたので、Google Earthから。(便利な時代です。)




これは自分で撮りました。 Gogarty’sのバーカウンター。 以外にもざっと見たところ、アイリッシュ・ウイスキーは少なめかな?




authentic Irish food といっても、牡蠣がここでも食べられると知り、また牡蠣に行ってしまいました。 アラン島で土の代わりに石の上に敷いていたような海藻が牡蠣の下にも敷いてあります。 味は・・・・。 イケルけど、Galwayのほうが美味しいかなぁ。 あとはキャベツとかジャガイモとか、豚肉のローストとかを注文して食べました。 素朴な塩だけの味付けだけど、決して不味くない。 それは素材が美味しいからかなぁ。 イギリスが食事が不味いとよく言うでしょう。 近くにあるからアイルランドも?と思われがちですが、意外にもアイルランドは美食の国だそうです。
入ったのは18時頃だったでしょうか。 初めはちょっと混んでて、立ち飲みの人もいて、席をちょっと待って確保出来た、と言ったところでしたが、ライブミュージックが始まる頃には店内はクラブのような混み具合になってます。 トイレに行くにも店の中は通る事が出来ず、一旦外に出て別のドアから入り直さなければいけないほど店内は混んでいます。 外は外で煙草を吸う人で溢れかえっていて、店の中も外も熱気でいっぱいな感じ。 バイオリンやギターを弾き、足を踏み鳴らすアイリッシュ・ミュージックのライブは陽気で楽しいものです。 最近の曲をアイリッシュ風にアレンジしたのも面白くて、レディ・ガガのポーカーフェイスは意外にもぴったりな感じです。 リズミカルな楽曲とエンヤ的な穏やかな曲、様々織り成して、最後の夜のIrish Nightは最高に盛り上りましたよ。










店を出てほろ酔い気分で帰る Temple Barの石畳




That’s all my talk. アイルランド旅行はこれで終わります。 アイルランド4州のうち三つの州を巡ってケルトの文化を感じ、精霊と対話するような旅を満喫しました。・・・・と言い切れるにはちょっと短い旅だったかなぁ。 もっともっと古城や遺跡や緑の森や大地でピクニックしたりする時間も欲しかったかな。 というか、これで言い切って終えるほどアイルランドは小さくはない気がします。 まだまだ違う面を沢山見せてくれるはず。 大国から比べれば小さいけれど、大きな懐を持っている国、そんな心優しい国でした。今度来るときは、南のマンスター州も巡ってみたいです。 きっと、また来れるぞ、アイルランド。 (了)


● ・・・・> 『初日: ダブリン~ゴールウェイ~アラン諸島』から読む。


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# by sanaegogo | 2013-08-22 00:01 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ベーコン・スタジオ、 ヒューレーン美術館


アイルランドに到着して以来、(期せずして)夕食はあまりきちんと食べてはいないのだけど、朝食と遅めの昼食はかなりがっつりしっかりいただいています。 毎日(全ての日程) フル・アイリッシュ・ブレックファストをいただきました。若干の違いはあるけれど、本当にどこに行ってもしっかり伝統を受け継いでいます。 素材が結構美味しいんでしょうね。 味付けは塩だけなんですけど、とても美味しい。 粗食で素朴ではあるけれど豊かな感じはアイルランドそのものです。 お皿左から、ベーコン、ベーコンの脂で焼いたフライドエッグ、ハッシュドポテト、焼きトマト、豆の煮物(ちょっと甘い)、マッシュルームのロースト。 これにソーセージが着いたり、豚の血を入れたブラック・プディングと必ずペアで出てくるホワイト・プディング。これはナツメグみたいなオレガノみたいな、タイムかな?、スパイスが入ってます。 パンはスコーンとかソーダブレッド。 コーヒーはアイリッシュコーヒーです。 朝食をゆっくりしっかり食べて、今日はDublin最終日、そしてアイルランドの最終日です。 Dublinの街を散策です。

さて、どこへ行こう! と言えば、まず行ってみたいのは Dublin City Gallery The Hugh Lane ヒューレーン美術館です。 今年は Bacon Year でしたよね。 ワタシも近美のBacon展は観に行ったし、その他関連イベントに足を運びました。 このヒューレーン美術観にはロンドンのリース・ミューズにあったベーコンのカオスのアトリエが精巧に移築されています。なんでも、考古学の発掘をする専門のスタッフが、全てのアイテムとその位置を精緻に記録して、そのままのカオスの姿のまま、ここヒューレーンに移築したそうです。 雑誌やその他でこのアトリエの写真を観ていたので、これは絶対にこの眼で見たい!と思ったんですよね。 ヒューレーンは川を挟んで、どちらかというと病院とかがある生活圏のエリアにあります。 川を渡ると何となく雰囲気も違ってきます。 Temple Barのような賑やかな繁華街はなくて、歩いている人も旅行者じゃなくて街の住人的な人が多いみたい。 そして、かなり判り難い。 何となく思っていたことなんですが、アイルランドの街はどこも全体像が把握し難い感じ。 地図を見ながら進んでいるのですが、どうにもこうにも辿り着けない。 またシアターの親切そうなセキュリティーガードの人に道を尋ねて至近距離までアプローチしたけれど、ギャラリーの姿はない。 後で考えると、どうしてあれが見つけられなかったんだろうと不思議な感じがするのですが、悪戯好きのHolly Ghost に意地悪されているんか? と思わんばかりです。 地図を広げて悩んでいると、車の中で人を待っていたらしき女性が、『どこに行きたいの?』と声をかけてくれました。 身の危険を感じるようなぴりぴりした感じはなかったものの、危なっかしいように見えたんでしょうね。 アイルランドの人は本当に親切です。 で、やっとこさ辿り着いた Dublin City Gallery The Hugh Laneです。






ここでも queuing っていうのね。


Admission Free というのは嬉しい限り。 正面エントランスから中に入って、他のものには目もくれず真っ直ぐFrancis Bacon Studioまで。
Francis Bacon Studio: http://www.hughlane.ie/history-of-studio-relocation








Chaos






Chaos Chaos






Chaos Chaos Chaos!
It's toooo chaotic!


ベーコンは、『雑然として混沌としていることは性にあっているけれども、乱雑で不潔なものは好きではない。』と語っていますが、そのフレーズはいいですね。 今度ワタシも使わせていただこうかな。 でも、たまにいるんですけど、どんなに混沌とした中にいても、例えば仕事のデスクとか、どこに何が置いてあるか正確に記憶して把握している人っているんですよね。 他の人にはただの雑然とほっぽりばなしのものでも、それなりの定位置が確保されていて、どんなにゴミのようなアイテムでもひとたびそれをピックアップすれば、それについて語る言葉が溢れ出す。 ベーコンはそんな人だったようです。実際制作に使用されて、作品となっているモチーフに使われた雑誌の切抜きやコンタクトプリントなども見ることが出来て、そのリアリティには物凄いものがあります。百聞は一見にしかず。




これは、日本には来ていない作品ですね。 ベーコン作品の何が好きかというと、ひとつはその美しい混じりけのない色彩です。 彼はある時からは、背景をポスターカラーのように単色のベタで塗りこんでいるんですが、その色彩の発色とかを観ると、汚いものは嫌いだ、と言っていた彼の言葉は真実で実質が伴っていたものだったんだと思えます。 しかし、あのアトリエからこんなに綺麗な色が生まれるとは・・・・。 彼はパレットなどは殆ど用いずに、部屋のあっちゃこっちゃで絵の具を混ぜていたようです。











ベーコンの残した語録です。 よく読むととてもシンプルでありながら、とても哲学的で含蓄があり、示唆に富んでいます。 語る言葉が、何の変哲もない言葉でも意味深く聞こえるのは、彼のエピソード、人となり、生き様の成せる業なのでしょう。

ヒューレーン美術館を後にして、カセドラルまで向う道すがら、街の風景です。












カセドラルのドームは見えども、なかなかそれに近づけないのは何故? 結果また道路工事のお兄さんに道を尋ねてしまいました。 そしてその人もまた、とても親切に教えてくれました。


● ・・・・> 『ダブリン滞在の最終日』につづく。

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# by sanaegogo | 2013-08-22 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 再び ダブリンへ
『少し到着が遅れるかも知れないけど、困る人はいる?』 とドライバーガイドは言って、最後に一箇所バスから降りてお城に立ち寄りました。乗る予定にしていたDublinに行く最終電車の時間までは余裕があったので、まあ大丈夫だろうと思っていたのですが、Galwayの街に差し掛かると渋滞でバスは遅々とも動かなくなり・・・・。 ちょっと焦りました。 コーチステーションに着いて、皆にお礼を行って、足早に荷物を預けてあるSkeffington Arms Hotelへと急ぎます。 駅を越え、広場を越え、小さな街です。 もう慣れたものです。荷物をピックアップし、駅までゴロゴロ移動。 それでも待合室で少し一息ついて落ち着く時間くらいはありました。




Dublin行きの列車が入線して来ます。 その顔は何となく蜂のようなのは、黄色いからでしょうか。 アイルランドにも撮り鉄はいるみたいで、プラットホームに滑り込んでくる電車を一生懸命写真に収めている人もいます。 1回乗っているので何となく勝手は判っていて、指定席のような車輌でもどこでも座って構わないのです。車内のアナウンスでも『決められた席に座ってください』とは言うものの、どこにどう決められているのかが判らず、検札に来た車掌さんも特に何も言わないのが不思議です。 行きは進行方向右側に座ったので、帰りも右側に座れば、Dublin‐Galway間の車窓からの景色が余すところなく楽しめる、と思っていたのですが、帰りはほぼ夜行列車なので、程なくして景色は真っ暗になってしまいました。でも、夕暮れ(といっても夜の8時くらい)の移り変わる空の色を楽しむ事ができます。 Dublinからこちらに来る時にも言いましたが、外国で電車に乗って旅するのは楽しいものです。 速度と開放度が丁度いい。 飛行機ほど早くないけど、閉塞感がないし、バスよりも座席はゆったりとしていて、より車窓からの景色と自分が一体になれる気がします。 景色の中を移動しているのが実感できます。















だんだんと、だんだんと、Dublinの街へ近づく毎に夜の中に突入していく。 そんな感じの車窓からの風景。 こちら側にはGalwayに入る時の景色よりも広い広い景色が広がっています。 列車の窓から地平線を見る、というのも、今の自分の実際の生活の中ではそうそうないことです。










あたりはすっかり夜になり、Dublin Heuston駅に到着したのは、21時45分。 さて、ここからどうやってTemple Barまで戻ろうか。やはりバスかしら、という事で、暫く待って来たバスに乗り込み、『Temple Barまで行きますか?』と、アイルランドに到着した時と同じ手段で移動しようと・・・・。大きなスーツケースを持っているので、旅行者で、Galwayからの最終で戻ってきたんだな、とひと目で判る私たちに運転手さんはぶっきらぼうながらも親切でした。 市街の中心を流れるリフィ川の対岸はあまり治安が良いところではないらしく、ここではなくて反対側に行くからまだ降りないで、と、川の対岸に見慣れた景色を見て降りようとする私たちに教えてくれたりしました。 Temple Bar側でバスを下車し、滞在先のFishamble StreetにあるGeorge Frederic Handel Hotel まで歩きます。 でも到着の時の悲壮感はもうありません。 夜の街の写真を撮る心の余裕もあります。












Temple Bar は夜の繁華街で、平日だと言うのに沢山の人が繰り出してきています。 旅行者と地元の人が入り混じっている感じです。 ここなりに都会なんですね。 ホテルにチェックインして、少しだけお腹を満たすため夜の街へ。 電車の中ではイニシュモア島のB&Bでの晩餐の時に買って残っていたオリーブやチーズやクラッカーを食べて軽い夕食(?)。 なので、ワインでも呑もう、とホテルの近くでまだやっていたカフェに入りました。 アーティストっぽい人々が路地まで出しているテーブルに座って酔っ払って大きな声で楽しそうに話してます。 『あと一杯だけならいいわよ。』と席に案内してくれた女性も実はお客さんだったみたい。 もしくは仕事がハネてお客さんと合流しているのか。 自分の席に戻って呑んで騒いだり、わたしたちに『オリーブ食べる?』と持ってきてくれたりしました。アイルランドについてから、夕食はあまりまともに食べてません。 明日は最後の夜なのでアイリッシュ・パブにでも出かけてみるつもりです。


● ・・・・> 『ベーコン・スタジオ、 ヒューレーン美術館』につづく。
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# by sanaegogo | 2013-08-21 00:01 | travel abroad | Comments(1)
【アイルランド旅行記】 バレン高原~モハーの断崖
Cliffs of Moher (モハーの断崖)に旅します。 バスツアーです。Galwayのコーチステーションからバスにのって、The Burren(バレン高原)を抜けて行く1日がかりのツアー。 っちょっとしたハプニングがあって、集合場所で違うバスにちゃっかり乗り込んでいたのですが、ちゃんと救出されて。 アイルランドの人々、きちんと仕事をするし、テキトーなところがない国民性にとても好感がもてます。 バスが出発するとドライバーガイドの恐ろしいまでにテンポのよい観光ガイドが続きます。 Galwayの市街地を出るとのんびりとした草と石とポツリポツリとかたまって生えている大きな樹木がおりなす牧歌的な風景が広がります。(あの樹の下に行って草の冷んやりとしたのを感じながらお昼寝でもしたい。) 妖精や精霊たちが棲んでいる、と言われれば、疑う余地はないような風景です。 Cliffs of Moherがあるのはマンスター州。 アイルランドに入ってこれで3つ目の州です。マンスター州は見どころの多い州で、比較的温暖な気候で「南のリゾート」といった位置づけです。 ツアーでは沢山の古城を巡りました。 岬の突端に古城がいくつもあります。 灰色の石組みで出来た城は重厚で、そこに住んでいた王様や領主もさぞかし重厚な感じの人だったんだろうな。






初めに紹介されたのがDunguaire Castle。遠くに見えるだけで上陸はしなかったんですが、今は昔、城壁と塔を残すのみです。 塔にはアイルランドの旗がはためいてました。アイルランドのお城はどんよりとした曇り空が良く似合います。





The Burrenの入り口でBallyvaughan Bayを臨みます。この日も空はどんよりとしていて雨がちだったけど、その分緑が瑞々しく感じられます。海岸線のすぐそばまで草原が続いて、本当にこの島は石で出来ているんですね。 そんな事を実感します。






海からの霧が草原に立ちこめています。 あの霧の中に入ってみたいなぁ。
バレン高原の登り口からは徒歩で少し登ります。 ちょっとしたハイキングと思っていたら、なかなかどうして、これが結構キツい。 The Burren(バレン高原)は石灰岩が隆起して出来た丘陵地で、雨が石灰岩を溶かして筋のような奇相を作りあげています。 そして少し滑るので、足の裏でしっかりと踏みつけながら上へ上へと登って行きます。





この人に少し恋をしました。 ネイチャーガイドの・・・・、名前は申し訳ないけど忘れてしまった。 Mr. Highlanderとでも名付けておきましょうか。青いウィンドブレーカーが良く似合ってます。 バレン高原は3つか4つ(どっちだっけ?)の家族で所有されていて、全て私有地だそうです。 つまり彼は大地主の御曹司。そこに恋をした訳ではないですが、彼曰く、このような家に生まれた責任を少なからず果たしたい、と、高原を管理しながらネイチャーガイドをして家族はバレン高原で牧場を営んでいます。 とてもintelligentなんだけどぶっきらぼうで、ちょっとふざけた物言いが素敵です。





今は8月。 短いアイルランドの夏にはこんな痩せた殺伐とした土地にも花が咲きます。 珍しい花が咲いたのを見つけるととても嬉しい、と彼は言っていました。





殆どがこんな風に灰色の岩盤がむき出しになっています。 草や樹木はその岩にしがみつくようにして生きています。 きっと昔々も先人はそんな風に懸命に生きていたんでしょうね。




Wild hazelnut、野生のヘーゼルナッツです。 枝から取ってわたしにくれました。 他の人にも見せてあげようと隣の人へと回していたら、ある時彼が気がついて、「君にあげたんだから。」と取り返してきてくれました。 プレイボーイですね。 特別扱いされると女子は弱いのを良くご存知です。ただし、わたしを「Tokyo」と呼ぶのはいただけません。 (最初にどこから来たか、自己紹介をしたからね。)





ラウンジに飾ってあった家族の肖像。 確か小さい男の子は本人だと言っていたのですが、良く見たら下のほうに 「Grannie & Grandad with Dad & Auntie Bernie」と。「おばあちゃんとおじいちゃん、お父さんと バーニーおばさん」 どうやら、聞き違いだったようです。 (今更気づいた) いずれにしても、肖像写真が残ってるなんて、由緒あるお家柄なんですね。



Mr. Highlanderに別れを告げ、(短い恋でした)、ビジターセンターでありハイキングの基地でもある彼の領地を離れ、バスが次に向ったのはPortal Dolman、("a"なのに、"ドルメン")、 巨人のテーブルと呼ばれる巨大なドルメンです。






ドルメンとは古代人が自然石を積み上げて築いた墓石や宗教的なモニュメントのこと。 この下に古代人の赤ちゃんのミイラとかが埋葬されていたそうです。そしていよいよ、Cliffs of Moherへと。








Cliffs of Moher、モハーの断崖は、そこで忽然と大地が終わっているようで、まさにエッジのようです。 Edge of Land、瀬戸際、地上の端っこ、世界の終わり、そんな終末的な雰囲気を海から立ちこめる霧が醸しだしています。海面からは200メートルもあります。 断崖絶壁。強い風が吹くと海からは水しぶきが雨のように降ってくるそうです。 今日もここに来て突然天気が悪くなったように感じますが、それはモハーでは日常なのかも知れません。 断崖はどこまでも続いていて、終わりは霧で霞んでいて見えません。 どこまでもどこまでも歩いて行ってみたい衝動に駆られるのは、世界の終わりを見てみたいからでしょうか。 切り立った崖の突端に立てば、海からの上昇気流で鳥みたいに飛べるかも知れないです。 アイルランドの厳しい剥き出しの自然がこの場所で象徴されているようです。















ビジターセンターを挟んで対岸にあるのは、オブライアン塔。 こちら側は歩いていく事が出来なかったのですが、お伽話に出てくる魔女の城のような佇まいです。 不幸せな不遇の王様が幽閉されているのかも知れません。




モハーの断崖が背景になるビジターセンターの前は撮影スポット。
アイルランドと欧州連合の旗、あとひとつは、何の旗なのかしら。






モハーの彼方に広がるThe Atlantic Ocean、大西洋です。 夏だと言うのに霧で覆われていて冬の海のようです。 水平線は霧の彼方に・・・・。 霧の彼方から髑髏の旗を掲げた幽霊船でも現れそうです。










モハーの断崖の先へと向う小路。 細い小路は人がすれ違うのもやっとで、もっともHigh Seasonな時はさぞかし渋滞する事でしょう。 本当は石の塀の外側は歩いてはいけないんですが、みな、お構いなしに断崖側を行き来してます。



注意喚起の凄さは半端ではないですね。 こんな標識があります。 『覗き込んで、落ちても知らないよ。』 時としてこの手の標識は、『面白いから覗いてごらん。』とそそのかしているようなコミカルさがあります。
時間があれば、勿論心行くまでどこまでも歩いていってみたいけど、ツアーで訪れる悲しさ。 ひとつ目の突端すら到達する事が出来ませんでした。 海から吹き上げる強い風に吹かれて、小さなことなんて吹き飛ばしてみたい気がしたけど、自分のちっぽけさは何となく味わう事が出来たような気がします。 今度来る機会があったら、絶対にどこまでも歩いていこう。




こうしてモハーの断崖を後にして、Galwayの街までもどる道すがら、 海沿いの細い道を大きなバスは進みます。 対向車ともすれ違うのがやっと。 所々小さな崖っぷちや城跡にとまりつつ、だんだんとGalwayに近づいていきます。 城跡はもはや数が多すぎて、名前すら思い出せず。















モハーを大分下ってきて、海も霧で蒸せていることもなくなりました。 それにしてもこの海の色。 暗く、深い海なのでしょうね。









こうしてモハーへの短い旅は終わりを迎えます。人々は皆、バスを降りると必ずと言うほど海を眺めに行くんですよね。 水平線をじっと見遣っていたりします。 モハーへの旅は無骨で荒く厳しい、そんなアイルランドの自然の一面を垣間見た旅でした。 先人はそんな自然に、時に拒まれ、時に抱かれ、長い時を過してきたのでしょうね。

Galwayに着いたら、荷物を預けてあるホテルに行ってスーツケースをピックアップし、すぐに電車に乗り込まなければいけません。 旅も終盤を迎えようとしています。 今夜ダブリンに戻ります。

● ・・・・> 『再び ダブリンへ』につづく。

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# by sanaegogo | 2013-08-21 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ゴールウェイ
一夜明けて、2度目のInis Mórでの朝。 8月と言うのに薄ら寒く暖房も入れました。今日は12時のボートでロッサヴィール港まで戻り、それからGalwayに向います。ボートまで時間があるので、ちょっと早めに送ってもらって、港のアランセーターのお店を覗いてみようと思ってます。 今日の朝食も、素朴だけど美味しい。ゲール語訛のやさしいご主人にお礼とお別れをして、しっかり者の奥さん(?)のTreasa に港まで送ってもらって、Kilmurvey Houseでの滞在は終了です。 不便だったけど楽しかったし、その不便さが自分達で旅を作りあげているような気がして、よかった・・・・。
さて、アランセーターのマーケットで自分にはマフラー、お土産にショールと手袋を買いました。 とっても暖かそうです。これで今年の冬は暖かく過せます。

再びボートに乗り込んで、ロッサヴィール港まで。港からGalwayの市街地まではちょっとした観光バスツアーみたいな感じで、Galwayの海岸線に広がった別荘地や水族館、ちょっとした短い夏の間のリゾート地の雰囲気を垣間見る事が出来ます。 バスから降りられるのならば、ちょっと止まって写真を撮りたいようなストリートコーナーが沢山あります。 レンタカーで自分のペースでゆっくり回るのも良いかも知れないな。 と思いました。 Galwayから出発する時バスに乗ったVictoria Hotelの玄関前に到着。 今晩の滞在先のEyre Squareの脇にある Skeffington Arms Hotelまでゴロゴロと移動。Galwayは既に散策済みなので、何となく勝手知ったる行動のスムースさ。 そして、バスを降りたVictoria HotelからSkeffington Arms Hotelまでは驚くほど至近距離でした。チェックインを済ませ、Galwayの街へ! ざっくりとした雑多なお土産をここGalwayで済ませてしまおう、と目論んでます。 そんなお買い物と、そうです、Galwayの目的の最も大事なものは、ここは美味しい牡蠣が食べられるということなんですよぉ。今は8月なのですが、9月には牡蠣祭りなるものも行われています。 「ちょっと早いけど、もうやってるんじゃない? 牡蠣祭り。」という予測はちょっと乱暴でしたが、賑やかなShop Streetで美味しそうなシーフード・バーを見繕って、早速の牡蠣パーティー。 ムール貝の白ワイン蒸しもオーダーしました。

 




店内は奥の方まで石組みが続いているアイリッシュパブらしい造り。この店は旅行客も地元の人も入り混じって、こんな時間からギネスやアイリッシュ・ウィスキーを呑んでました。 牡蠣はクリーミーで美味しい! レモン汁だけでぺろっといっちゃいます。





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もっと牡蠣食べたい・・・・。と後ろ髪を引かれつつも小雨降るGalwayの街に繰り出しました。 Galwayの街はケルトの文化が色濃く残った西部の中心都市で、かつてはリンチ家が勢力を振るっていました。 最近では大学都市としても活気があります。 コナート州の景勝地を訪ねる拠点とかにもなっています。 街並みは細かく、入り組んだ路地の両側にケルトっぽい装飾のお店が建ち並んでます。














波止場の近くにあるスペイン門。 おもにスペインやポルトガルからワインやブランデーが輸入され、ここで船からの積荷を降ろしていました。今日は雨なので、路上でお店を出している若者がアーチの下に避難してます。 "Under the Boardwalk" ならぬ "Under the Arch" 。



















Cathedral(ゴールウェイ大聖堂)にも行きました。 わたしは特にキリスト教に造詣は深いわけでもないし、家は熱心な真言宗徒なんですが、教会は、外国に行ったら必ずと言って良いほど観てみたくなります。 日本でも神社仏閣。 神聖なものを際立たせるために自分達の出来る全ての粋を集めて行った、最上質の仕事、みたいなものを見たいんでしょうね。 この日も熱心にお祈りを捧げている信者の方々がいました。













明日はいよいよ、Cliffs of Moher(モハーの断崖)への旅。今日は小雨で肌寒いですが、明日は絶景が楽しめるようにちょっとでも晴れるといいなぁ。












● ・・・・> 『バレン高原~モハーの断崖』につづく。


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# by sanaegogo | 2013-08-20 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 アラン諸島 イニシュモア島

Kilmurvey Houseでの朝はとても清々しく、日本での蒸し暑かった日々はもう頭の片隅にもない感じ。 ここでももちろん、アイリッシュ・ブレックファストをお願いしたのですが、「焼きたてのスコーンがありますよ。」と奥さん。それも是非是非いただきます。スコーンはとても大きく無骨な形ながらも、味のある手作りな感じでとても美味しそうに見えます。見えるだけじゃなく、焼きたてって温かくてホカホカで、実際にとっても美味しい。 アイルランドの濃厚なバターやクリームが良く馴染みます。




朝食を食べているとB&Bで飼われている白猫さんがやって来てご挨拶。 とっても美人さんで可愛くて人懐っこい猫さんでした。 ガラス窓越しに「撫でて撫でて」と猛アピール。わしゃわしゃしてみたかったのですが、この後食事が終わって外に出た時には姿はなく・・・。 自由なのね。







Aran諸島の滞在では自転車が不可欠。しかしながら、貸し自転車があるKilronanの村までは自分達で歩いては行けないし・・・。 午前中はB&Bの周りを歩いて散策する事にして、お昼にKirlananに連れてってくれないかしら?、とご主人にお願いしてみると、お昼までには村から自転車を運んでくれるようKirlanan村の貸自転車屋さんに頼んでくれることになった。どうやらよくやる事らしい。 それはそうだよね。 本当に何もないところなんだもの。でもここに滞在する事にしてよかったと思う。 港の近くにもB&Bやゲストハウスはあったんだけど、「何も無いところ」を満喫するにはやっぱり Kilmurvey村だったと思う。

そんな訳で、午前中、昼食が済んでから Kilmurvey Houseのすぐ裏手からアクセス出来る古代遺跡 Dún Anghasa(エンガス砦) に行ってみる。







遠いなぁ・・・・。 あそこまで歩いていくのか。と思いつつ歩を進める。こんなに広々としたところに立つのはどの位ぶりだろう。 大きな声で唄いたくなるよね。唄いながら歩きたい。 ただし、息が上がらなければ。 ・・・・ここに来てからは、「何もない贅沢」みたいな気持ちになる事しきり。











30分ほど歩くと、大分近づいてきたDún Anghasa。明らかに人工建造物みたいな石垣が見えてきた。その昔、古代ケルト人が住んでいた頃は軍事要塞として使われていたと言われているだけでなく、当時は政治・経済・宗教の中心地であったという説もあって、儀式のために使われていた聖地っぽい厳かな感じもある。







Dún Anghasaのあたりは海面から90メートル近くある断崖絶壁で、大迫力。 少しでも水面が覗けるように断崖近くに立とうとすると、お尻がむずむずとしてそれ以上先に行けない。 手すりや柵など一切無いので、落ちたとしても自分の責任。 でもその落ちてもいいから覗き込んでしまいたいという衝動を試されているみたいな感覚は何となく快感でした。この日は風があまり強くなかったので、幸い吹き飛ばされる事は無かったのですが、遮るもののない海と島。 吹き渡る風はさぞかし厳しいものなんでしょうね。










下を覗き込む時は寝そべって・・・・。 これはお約束です。


崖っぷちをさんざん堪能して、B&Bに戻ると自転車が届いてました。 Kilronan村に向かいがてら港の近くのどこかでランチでも食べよう! と いざ出発。 今日は日曜日なので、割りと旅行者が多く、皆思い思いの感じで自転車に乗って島を楽しんでます。







5世紀にはこの島にもキリスト教がもたらされて、あちこちに修道院や教会が建てられました。でももはや、「今は昔」「兵どもが夢のあと」。殆どが廃墟で遺跡となっています。 生活するのも厳しい土地への入植、移住。 強い風に吹き飛ばされそうになりながらも一時代を築いてそして衰退していき、後に残るのは廃墟のみ。その変遷に思いをやると何とも言えない切なさに襲われます。







何故、アラン諸島に来てみたかったのか、というと。それはまさに、この石垣が続く半ば荒涼とした風景を見たかったのです。小学生とか子供の頃に、多分学校の図書室とかで、この風景を見ました。風が強すぎて土も何もかも吹き飛ばされてしまう荒野に風から守るために石垣を築き、海からせっせと運んできた若芽を敷き詰め土の替わりとして、痩せた土地にジャガイモを植えて育てる。 そんな事が書いてあったと思います。これを読んで、何だか子供心にとても切なくなったのを覚えています。暫くして大人になってから、飛行機の中の広報誌でアラン諸島を見ました。厳しい自然を耐え抜いて生きてきた人々。岩盤だけで出来た島の上に緑の絨毯を敷き詰めた人々。そんな寡黙で辛抱強い人々が住む島に行ってみたい!と子供の時の記憶が鮮明に甦ってきた瞬間です。子供の頃には漠然と見ていただけだったけど、大人になった今ではそこに行く事が出来るんだし、それならば行ってみたい。それ以来。 なので、念願とも言えるんでしょうね。



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Inis Mór島には大きな山はないまでも、起伏に富んだ土地です。 自転車を漕いでいても常に上り坂か下り坂。平地は殆どない感じ。 車も細い道をすれ違ったりして、かなりテクが要る。 急な下り坂注意の道路標識。 いくらなんでもそんな・・・・。 この角度は。 ありえん。 ゲール語を話す人も多いこの島では標識もゲール語で書かれていて、何を注意しているかは判らない。










港の近くのシーフード・レストランでランチをとって、アイルランド到着以来の初ギネス。日本ではあまり飲まないけど、ここはひとつ。 クリーミーな泡の奥には苦みばしったあの独特のどろっとしたギネスが。 郷に入れば郷に従え、です。 これでわたしもアイリッシュ。








島をあちこち自転車でアドベンチャー。 自転車なのに草木を分け入って入るような小道にも入り込んでしまいましたが、かなり満喫しました。 19時に港のTourist Informationの前でピックアップしてもらう事になっていて、最後の夕食の買い物をしてからB&Bに戻ります。19時と言えどもまだ明るいので、戻ってからも周りを再びちょっと散策。 気がつけば、Kilmurvey Houseの近くにもこんな教会の跡がありました。 これも歴史的に意味のあるものらしく、祭壇があるところにはまだお供え物や蝋燭が置かれています。












もうすぐ日没。 今日の夕食は港の近くのスーパーでワインや食べ物を買って、部屋でささやかな晩餐をする事に。(ランチの揚げたタラがまだお腹を空かせないのです。) この静かなる夜の帳を比較的賑やかなKirlonanではなくてKilmurveyでゆっくり過したいなー、なんて。 結果的に3晩連続でレストランとかできちんと夕食を食べてないんだけど、これも何だかアイルランド旅行らしくっていい感じ。そんな訳で本日も。 My Day is done. 「オヤスミナサイ」






● ・・・・> 『ゴールウェイ』につづく。

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# by sanaegogo | 2013-08-19 00:00 | travel abroad | Comments(0)
【アイルランド旅行記】 ダブリン~ゴールウェイ~アラン諸島
昨晩ダブリンに到着した時は、日没の遅い夏のアイルランドでも既に真っ暗になっていて、しかも小雨。後から判る事ですがダブリンはいつでも小雨や霧雨が降ったり止んだり。でもこの時はわりと強く降っていたかなぁ。 空港からホテルシャトルではなく市街を走る公共のバスに乗って「Temple Bar (テンプルバー)あたりまではバス停いくつ目ですか?」と物凄く漠然とした質問でバスの運転手さんを困惑させてしまいましたが、それでも親切に「ここで降りなさい。」とTemple Bar地区の端っこで降ろしてくれました。よくよく考えれば、例えば東京で言えば、「青山あたりのバス停で降ろしてください。」と言っている様なものなので、無理も無い。大体こんなに夜遅くなってしまうのを深く考えていなかったし、準備不足は否めない感じ。気を取り直して宿泊予定のParamount Hotel目指してFleet Streetを歩き始めました。 歩き始めたのはよかったんですが、想像していたようにストリート名や交差点の名前が判りやすくない。Temple Bar地区はダブリンでも最も歴史のある地区で、趣のある佇まいの中にStreet名の表示とかが目立ちすぎる事なく街に溶け込んでいてなかなか見つけられず、地図を見ながら歩いていても自分の居場所がわからない。 雨の中を石畳でスーツケースのウィールがつっかえながらも、何とかホテルのあるはずの場所まで20分近く歩いてきたけど、住所をしめすExchange Streetっていうストリート名がどこにも見つからない。コンビニの店員とかに尋ねてみても、どこのことかすら判らず。 むむむー。現在位置を再確認しようと河沿いの大通りに出て、ホテルから送られてきたConfirmation Sheetを繁々と見ていると、何人かの人が、「道が判らないの?」と、でかいスーツケースを足許に置いたもろ旅行者の私たちに話しかけてくる。最初は「大丈夫です。」と答えて、わりと素気無くしてたんだけど、ビジネスマン風の人に優しい笑顔で「道に迷ってるの?」と訊ねられた時は、間髪入れず、「そうなんです。ここに行きたいんです。」と即答してしまいました。その人はとっても親切に、あちこち、タクシーの運転手やバスの運転手にまで訊いてくれて、自分のiPhoneでも調べてくれて、でもやっぱり判り辛いところにあったらしく、さっぱり情報が掴めず・・・・。 オトコの人は、「あそこがホテルだから、あそこに行って訊いてみるといいよ。」と。その情報だけでもありがたい。だって、通りに面している店は開いているのは殆どバーで、ホテルも古い町並みの中に溶け込んでいるので、ぱぱっと旅行者が見ただけではホテルとは判り難く。 「困ったらホテルのフロントで訊け!」 海外に行く時はこれを信条としてたけど、肝心のホテルが見つからないのだ、と内心焦っていたのです。ありがたいです。これが初めて触れたアイルランドの人の親切さでした。でも良く考えたら、その前に「困ってるの?」と気にしてくれた人も、繁華街でお酒を呑みに来てる人だからそんなほろ酔いの様子になってるのは当たり前で、なので、素っ気無くしちゃったけど、その人たちも親切心で話しかけてくれたのかもしれない、と思うとちょっと申し訳なく思ったりしました。その親切な人にお礼を言って別れ、ホテルに入って、「ここのゲストではないのですが、道を尋ねてもよいですか?」とフロントの人に尋ねると、「もちろん」ととても親身になって聞いてくれて、シフトから上がったばかりの一人が、一生懸命行き方を説明してくれたのだけど、まどろっこしくなったのか、そこまで連れて行ってくれる事になった。なんていい人達なんでしょう。 ダブリンの街中(まちなか)に到着した時はめちゃめちゃ辛かったけど、ダブリンの人の心の優しさ、親切さに触れて、ちょっと幸先が良い感じ。
ようやくホテルにチェックインして、ちょっと落ち着いて、一杯だけやりに夜中のダブリンの街に出る。夜は早いらしく、殆どもう閉まってしまっていたけど、コーナーにあったまだ開いている1軒を見繕って、ビールと袋のポテトチップスを注文してちょっとお腹を満たしてから就寝。 明日の朝にはもうチェックアウトをして、アラン諸島のイニシュモア島に向います。 こんなに苦労してチェックインしたんだから、もうちょっとくらいゆっくりしてても損はなかったかも・・・・。


― そして、(前置きが長くなりましたが)、一夜明けて、イニシュモア島に出発です。 昨晩のフロントの人のミスインフォでGalwayへの朝一の列車に乗れなかったので、朝のダブリンの街をちょっと散策。と言っても、昨晩のあの疲労の感じでは、朝一の列車は無理だっただろう。今日は土曜日なので、本数があまり無いんです。 夕べは金曜日だったので、街の喧騒は凄いものだったけど、朝はひと気無く、空気も冷んやりしてて気持ちいい。








ホテルのすぐ近くにあった、ダブリン城。 岬の突端とか森の中にでもありそうな中世っぽい古城って感じだけど、ここはダブリンの中心地なのです。


 







ダブリン城の近くにあった庭園の門扉。パターンが可愛い。 こう言うのを「ケルト風」っていうのかなぁ。 古代人の表現するプリミティブな感じに通じるものもあります。

慌しく散策を済ませて、ホテルのフロントからスーツケースをピックアップしてすぐ裏手のバス停に向います。 バスでダブリンのDublin Heuston駅まで行き、そこから電車に乗ってGalway Céannt駅まで 約2時間半の電車の旅です。外国で列車に乗るのは良いですね。 速度と景色の広がり具合が丁度いいです。 閉塞感もなく、遅すぎる事もなく。 この度もまた楽しい列車の旅でした。





駅のスタンドはカラフル。 休日だからか、駅のスタンドやコーヒーショップは開店するのが遅く、コーヒーを1杯買うのに大分待たされました。 早めに駅に着いたのに、お店が開いたのは電車が入線してから。 ちょっと焦りました。








車窓から広がる風景。 高い山がなく、空は雲が表情豊かに浮かんでます。それにしても、ダブリンの街の無彩色に近い感じとは対照的な緑の平原が続いてます。 アイルランドはこんな景色から、エメラルドアイランドと呼ばれているそうですね。





車中の様子。 乗り心地は快適です。みな、テーブルの上に思い思いにものを広げ、寛いでいます。 列車のボックスシートにこれくらいの大きなテーブルが付いてるの、いいですね。





草原の合間合間に村みたいな集落があって、それが見えてくると小さな駅に停まる。その繰り返しで列車は進んでいきます。ここの集落は綺麗にお花で飾られた墓地で集会みたいなのをしてました。 続々と墓地に集まってくる村人達の姿も見えました。 お葬式とはちょと違うし、何だろう。



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電車に乗っていると、くるくると天気が変化して、曇ったり、こんな風に雨が降ってきたりします。空は晴れているので、日本風で言えば「狐の嫁入り」。 アイルランドらしく狐がいっぱいいるのか、(しかも嫁入りする狐)、こんな景色にはしょっちゅう出くわす事になります。

Galwayに到着。Galwayはアイルランド西部にあるコナート州にあって、アイルランドで最も痩せた土地です。いまだ日常生活でケルト人が使っていたゲール語が使われている地域も沢山あります。 ここから船でアラン諸島に渡るのです。日本で事前に調べても、このアラン諸島に渡るボートの事があまり書いていない。時刻表とかはネットで探せば出てくるんだけど、どこでチケットが買えるとか、どこから港へ行くバスが出て、どこが港か、港まで何分か、などです。 もうこれは諦めて現地に行ったら調べよう、と思いGalwayの街を調査&散策です。

小さい街なので、中心部にあるエア・スクエア(Eyre Square)周辺でフェリーに関する調査は終了。 イニシュモアから戻ってくる時の滞在するホテルも広場の近くなので、場所などインスペクション終了。あとは滞在日に訪ねる予定のモハーの断崖のツアーの事とか色々調べて、港に向うシャトルバスに乗る前にちょっと腹ごしらえを。アイリッシュのおっかさんぽい迫力のあるお母さんがやってるカフェで食べたアイリッシュパイ。 これ好きなんです。 日本のアイリッシュパブに行く時もよく食べてますが、本場のは素朴でさらに大量で、とても美味しかった! お腹もかなり一杯になって、ARAN ISLAND FERRYの事務所に預けてあった荷物をピックアップし、港へ行くシャトルバス乗り場へいざ出発。


ロッサヴィール港に着き、ボートに乗り込み、海を渡って Aran諸島のInis Mór島まで。 海の色は濃く深い。夏なのに冬の海のよう。この地方に太古の昔より息づいている自然の厳しさが何となくわかるようです。 冬とか寒いんだろうなー。





海を渡ること、小1時間。Inis MórのKilronan村が見えて来ました。「19時頃着のボートで行きます。」とDablinからの電車の中からメールをしたけど、見てくれているのかなー、上手く滞在予定のB&Bまで移動できるのかなー、と思っていたら、Kilmurvey村のKilmurvey Houseからご主人が迎えに来てくれてました。 「どこか街で夕食食べてから行く?」と訊ねられたんですが、一先ず荷物から開放されたい、それとランチで食べたパイがまだお腹をいい感じに満たしていたので、「大丈夫です。」と言ってB&Bまで今度は車の旅です。





これがAran諸島! これが Inis Mór島! 車窓からの風景は、「まさにこれが見たかったのです!」という感じ。 ホントに来たんだなぁ・・・・。Inis Mór島は私が想像していたよりちょっと大きく、車で走るだけで景色は色々と移り変わって行きます。









今日から2泊お世話になるKilmurvey Houseは石造りで、その佇まいは中世の世界にタイムスリップしたようです。とも言えるし、中世の世界から忽然とここに現れたようにも見えます。 高原のなかにぽつんと建つそのB&Bは、周囲には「ちょっと買い物が出来るところ」などある由もなく、その日の夕食はKilmurvey Houseで催されていた親戚の誕生パーティーで振舞われた手作りケーキだけ。(ラウンジで紅茶を飲んでいたら気の毒がった(?)ご主人が持ってきてくれたのです。) 昨晩と言い、今夜と言い、夕食にはなんだかまともにありつけていない感じです。







成田からの長い移動もこれで一旦終了。 明日はInis Mór島散策。 朝から夜まで島を堪能します。 今日はこれにて、My day is done. 「おやすみなさい。」






● ・・・・> 『アラン諸島 イニシュモア島』につづく。


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# by sanaegogo | 2013-08-18 00:00 | travel abroad | Comments(0)
坂田栄一郎 ― 江ノ島 @原美術館
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坂田栄一郎の写真展「江ノ島」の告知のこの写真を観た時に、あー、『そうだよなー』、と改めて、久々に、思い出しました。この湘南の海の黒い砂を。夏と言えばビーチ。 珊瑚礁が砕けて細かくさらさらになって出来た沖縄や海外の南の島の写真が『ビーチ』の必須アイテムのようですが、その写真に写った砂は、灰色や黒で粒子も粗く、火山の国 日本で出来た砂、まさにそんな感じです。石が小さく砕けて出来た成り立ちなので、夏の天日に当たると信じられないような熱を持って、裸足ではとても一箇所には留まっていられません。 『熱ちーーーいぃっ!』と叫びながら波打ち際まで足を冷やしに走るのです。 そもそも、『ビーチ』なんて洒落た言葉はあまり似合わなくて、言うなれば『浜』、です。 砂浜にレジャーシートをコジンマリと敷いて、まるで安全地帯で休息するかのように、その小さいスペースで、人々は思い思いに過します。 日焼け止めを塗ったり、ポテトチップスを食べたり、ビールを呑んだり、日焼け止めを塗り直しを幾度となく繰り返したり。灼熱地獄の中でぽつんと確保したその狭いスペースの中で、色々な営みをします。 坂田さんは、そんなある意味、生活感というか、人間臭さと言うか、洗練されてもいなくて生々しい素の部分を写真に納めています。 それが、この「江ノ島」です。
坂田栄一郎は、雑誌AERAでずっと著名人、有名人、文化人のポートレートを撮影して来た写真家で、そのポートレートの大家みたいな人が、人が全くいない写真を撮り続けていた、と言う事も話題なのでしょうが、それを知らない人が観ても、写真に写る何とも言えないこの生活臭、まぁ、海に遊びに来る事は生活の一部とまではいかないので『生活』という言葉がぴったりしているかどうか、と言う話はありますが、明らかにそこには日常生活を普通におくる普通の人間の痕跡とか存在の気配とか、そんなものが感じられる独特の雰囲気には目を留めてしまうと思います。 (ワタシもその1人) 洗練されてお洒落な"Beach"の雰囲気なんて全然ないのに、何だかとても惹きつけられてしまいました。人はいないのに、明らかにそれは人の痕跡とか気配とか、そこに座っているだろうグループの人たちの人となりまで想像させるのです。 しかもそれが、写真としても超上出来なのです。 夏の熱い熱い砂のちょっとむせ返るような、蒸すような立ち上る空気とか、そこに座っている人がどんな人か、どんな風に海を楽しんで過しているのか、1枚1枚の写真から喚起されるイメージや派生してくる想像の広がりがはんぱない。 とてつもなく想像力を掻き立てさせられます。 これってすごい力ですよね。 バラエティーもまたすごい。 シンプルで凝った(凝りすぎた)ところは全くないのに、その写真のもつ表現の厚みがすごいのです。 ちょっと暑気(あつけ)にやられてしまいました。
坂田栄一郎 ― 江ノ島。 9月もまだやってる観たいですので、まだの方は是非。原美術館は水曜日に夜8時までやってるので、夜に行くのがおススメです。珍しく、撮影OKの展示室がありました。

   



坂田栄一郎 ― 江ノ島
Eiichiro Sakata ― Enoshima
2013年7月13日(土) ― 9月29日(日)
July 13│Sunday│― September 29 │Sunday│, 2013
原美術館






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# by sanaegogo | 2013-08-07 00:00 | art | Comments(0)
「グルスキーの写真から見えてくるもの」 って何?
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今、国立新美術館でやってるグルスキー展。これもとっても楽しみにしていたのですが、まだ観にいけていません。 8月は何となく予定が合わず、足を運ぶのは9月の会期終了間近になってしまいそうなんですが、この展覧会の見どころ、みたいなトークイベントが色々と開催されていて、心をザワつかされずにはいられません。 そんなうちのひとつが、代官山蔦屋書店で行われたトークショー、アンドレアス・グルスキー展 記念トークイベント「グルスキーの写真から見えてくるもの」です。

アンドレアス・グルスキー展 記念トークイベント「グルスキーの写真から見えてくるもの」
会場:代官山 蔦屋書店
日時:2013年8月2日 19:00~
登壇者:鈴木芳雄(編集者/美術ジャーナリスト。美術通信社代表)、長屋光枝(国立新美術館主任研究員)、太田睦子(『IMA』エディトリアルディレクター)
http://tsite.jp/daikanyama/event/002135.html

先日、フクヘンの別のトークに出かけた時、このグルスキーの話もしてくれたのですが、今回はばっちり、この展覧会のためのトークです。 お相手はこの展覧会を企画した新美のキュレーターの長屋光枝さん。フクヘンはさぞかしまた含蓄のあるエピソードを披露してくれるはず、と楽しみに出かけて参りました。
頭の15分くらい間に合わず欠けてしまって、とっても残念だったのですが、それ以降でもかなり興味深い話をたくさん聴けました。 私が着席したあたりでは、鈴木芳雄さんが新美のホームページでコメントを寄せている"「Photograph」を「写真」と翻訳した国で彼の作品を観る感慨そして敗北感"というコメントの真意について話し始めようとしているところでした。 「写真」は、まあ文字通り、「真実を写す」というところから来てる訳ですが、これは絵画と比較した場合の「真実」で、グルスキーの写真は光学的なものを用いて画を造り出していますが、よく視るとそれは決して一言で簡単に説明できる「真実」の世界ではありません。 また、写真というメディア(絵画でいうところの画材)を用いてある種の絵画を制作している、とも言えるようです。グルスキーは端から端まで全て等価で均質で緻密な世界を巨大なスケールで再現していますが、それは勿論見たまま、見えるままの世界ではなく、精緻な画像処理がされています。 何せまだ本編の展覧会を観ていないので、今の段階では語られている作品については想像するしかないのですが、何でもその巨大な画面をしげしげと観察してみると何箇所かで撮影して足していたり、同じパーツを繰り返し繋ぎ合わせているのが見て取れるそうで、そんなのもグルスキー展の楽しみ方のようです。 遠近感があるようで、遠近感をそれとなく無視した画面構成。 これを中国の山水画や日本の絵巻物の描き方と比較していたクダリが実に面白い話でした。 山水画や洛中洛外図のような絵巻物は何箇所もの視点があり、作者の視点は万遍ないと言うか、これぞ『神の視点』かと思わせんばかりの超俯瞰です。 いや、俯瞰、鳥瞰と言っても視点はひとつなので、この場合、俯瞰という言葉も当てはまらないのかも知れません。西洋画にもセザンヌとか、ピカソとか、多角的に視点を捉えた日本画に影響を受けたと言われる画法はありますが、まだまだ中心となる物体の呪縛から解放しきれていないと言うか、この全てが等価で繰り広げられる東洋の独特の画法の域には達せていないのに、グルスキーはいとも簡単に(か、どうかは解りませんが。) この世界観をコンピューター処理を用いて顕す事を自分の持ち味にしています。 画面の成り立ちが所謂西洋絵画ではないのです。 透視図法などを線で表現すると画面と視線の角度(内角)は鋭角になり角度が付きますが、グルスキーの写真は画面のどこからでも写真に向って線が延びていき、しかもどれも直角、そんな世界です。 何故グルスキーがこんなに人の気持ちをワクワクとさせ迎え入れられるのか。その等価で均一な情景とか巨大なのに緻密な構成だとかで語られていますが、この遠近法と絡ませた話はとても面白かったです。
『チョイ足し』の話も面白かったです。 例えば『カミオカンデ』。これはもともとは人物は画面にいなかったそうなのですが、グルスキーが『チョイ足し』をしたそうです。でも画面の中に人が入るとそのスケール感が圧倒的に変化するのと、またここで山水画に話が戻るのですが、水墨画の中に佇む仙人を見るように画の中に知らず知らず感情移入をする効果を出しています。 その規模感と自分の位置を比較して、より『カミオカンデ』の実際の巨大さを知る訳です。 でもここで、実際に人はいなかった訳なのでこれは『真実』ではなく、『写真』という訳語の表す定義からは外れてしまうわけですよね。 写真なのに。 うーん、禅問答のようです。
でも、グルスキー本人は「わーっ、おっきぃー!!」とか「わー!すごいっ!」という印象でも全然OKな人だそうです。 それは観る人に委ねたい、と。 ここでフクヘンがまた語録に残るような事を言っていました。『写真集は手で見る。展覧会は足で観る。』 グルスキーは近寄ったり離れたりして色々、色々動き回って観て欲しい、と語っているそうです。
とにかく早く行かなくちゃ。 といっても、もうちょっと先になりそう。 多くの人が新しいシリーズ、『バンコク』を絶賛しているので、それがとても楽しみです。
写真の作家でありながら、ドイツのロマン主義絵画フリードリヒ などともよく比較され、抽象絵画のような写真とも言われているそうですが、何故フリードリヒとよく比較されるかなどについては、このトークでは話がそこまでは及ばなかったので、何かの機会にそれを聴きたいなーと思ってます。
本日のトークは、これから観に行く人にとっては充分過ぎるインセンティブになったと思います。 大きさに圧倒されに、『ウォーリーを探せ』のノリで、フリードリヒとの比較、見え隠れする東洋的視点の発見、など、楽しみ方は人それぞれ。 この懐の深さが人気の要因のひとつなのでしょうねー。


よく比較されているフリードリヒの宗教的含意をふくむ抽象的風景画です。 むむ。


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# by sanaegogo | 2013-08-02 00:00 | activity | Comments(0)
金魚のゆらゆらSwimming
日本橋の三井ホールでやってるアートアクアリウムに行って来ました。金魚のゆらゆらとした遊泳に心癒されようと思ったのですが、休日と言う事で、(前評判どおり)とっても混んでました。 こんな時は流石に長身に生んでくれた親に感謝、ですね。 人の頭越しに・・・・。

ECO EDO 日本橋 ダイナースクラブ アートアクアリウム2013 ~江戸・金魚の涼~
2013年7月13日(土)~9月23日(月・祝) 11:00―23:30
日本橋三井ホール (コレド室町5F/エントランス4F)
http://h-i-d.co.jp/art/

癒されに・・・・、と言いつつも、実は写真を撮りに行きました。短焦点の明るいやつで行こうと思ったのですが、『いや、まてよ。』とやはりズームも持っていくことに。 長身+200mmはかなり効果的で機動力を発揮してくれました。
とは言え、スゴイ人で、その殆どがスマフォのカメラかガンレフを持っている。 いやー、スゴイですね。 いったい何人の人がFBとかにアップしているのか。

金魚はとっても可愛かったんだけど、正直ライティングをもうちょっち、何とかして欲しいなー、という感じは否めない。 ちょっとケバい、かな。 (まあ、好みの問題なんでしょうけど。) アクアリウム、と銘打っているんだから、"アート"アクアリウム、とは言え、もう少し自然界に倣ったライティングにして欲しいな。でもこれは、ワタシの目的が完全に違っているのだと思って、あんまり文句めいた事は言わない事にします。 小さな窓の中に色んな種類の金魚が入っていましたが、この中の金魚にまでアーティフィシャルなライトは不要なような気がします。

今度平日も行ってみよ~。 何だかんだ言って、金魚に夢中、乱れ撮りなワタシなのでした。

   



























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# by sanaegogo | 2013-07-21 00:00 | activity | Comments(0)
「Showa88/昭和88年」
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©薄井一議「Showa88/昭和88年」#01


薄井一議写真展「Showa88/昭和88年」
開催日:2013/6/15 ― 2013/8/8
開催地:写大ギャラリー
ギャラリートーク :2013年7月20日 14:00~

今がもし、昭和88年だったら。 その時代(時間)設定にうっすらと混乱を覚えずにはいられません。『もし、あの時終わってしまっていたものが続いていたら・・・・。』これは薄井さんが予てから温めている独特の眼線というか、視点のようです。 私はこの独特の時間の起点の置き方にうっすらと混乱させられました。 昔から色々な小説や映画で近未来を想像して、『その頃にはきっとこうなっているだろう』的な作品は本当に数多くありますが、時間の起点は今自分がいる現在を軸にしています。『2001年宇宙の旅』然り、『ブレードランナー』然り、『ターミネーター』だってそうです。やがて時が流れて、昔思い描いていた未来に次々と現実が突入していく訳ですが、今は2013年で2001年はもうとっくの昔になってしまっています。あの頃の作者が思い描いていたその頃の『未来』と『今』には大きなズレがあって、それは世の中が2001年になった時に確かめる事の出来るものでした。薄井さんは、今、昭和88年という形で、現在の傍らにそのズレたもうひとつの世界を作り出しました。過去を起点とした同時代的未来とでも言いましょうか。昭和64年で終了してしまった昭和がもしそのまま進んでいたら。 その頃の別の未来(と、言うにはSFではないので、少々そぐわない感じもしますが) に向うもうひとつの時系列を作為的に造りだしたのですね。自分が何故この事に幾ばくかの面白味を感じるかを頭の中で整理しようとしても、どうも思うように言い顕せず、このもやもやが一層面白味を感じさせるのだという気がしますが、薄井さんのトークを聴いていて、彼は深く思考してこの設定を練り上げているかのように見えて、とても直感的な人なのだ、と感じました。 作品として写真を撮る人には、感覚で情景みたいなものを追いかけいくタイプと設定を深く思考思索してつくり込んでいくタイプの人がいるのだと思いますが、『直感的に練りあげる』、というのがあるのだとしたら、薄井さんはまさにそんな感じなのだと思います。 写真を志す前は映画を作る人になりたかった、と語っていましたが、幼い頃から途絶える事なく脈々と続いている『薄井ズム』みたいなものが、そのバックボーンにずっしりと効いているのだと思います。昭和88年という設定の妙がこの写真集にはあります。
もうひとつは、何と言っても色彩の素晴らしさですよね。私が言うのも本当に僭越なのですが、これが確固たる撮影技術の質の高さなんでしょうねー。うーーん。唸る。 私が以前拝見していた作品としての薄井さんの写真は、ガンメタや鋼のように黒光りしたモノトーン、と言うかどちらかというと『銀』のイメージだったのですが、この昭和88年はかなりビビッドでブライトで眼を奪われました。マゼンタ、オレンジ、イエロー、これらの発色の良い色彩が何故か今、『任侠』の甦った世界と合間ってどこの時代にも所属しない昭和88年の世界を作り出しています。 私の少ない引き出しを探ってみても、映画とかでこれまでの巨匠は、未来というとどこか薄暗く、どちらかというと味気ない機械の色彩のような表現が多いと思いますが、昭和64年から起算したこの世界は色彩に溢れています。(いや、奇しくもここ最近女性のファッションではネオンカラーが流行っているのも、面白い偶然かも知れませんが。) 『なんでピンクなんですか?』と率直に訊いてみると、ご本人曰く、古い写真は劣化してマゼンタがたってくるので、そのイメージ、なのだそうです。 これも私にしては眼から鱗が落ちるような答えだったと思います。 任侠の世界もこんな色彩の中では、一見退廃的なようでもありながら、昭和の時代の何処となく埃臭さや汗臭さとはまた違った洗練されたスタイリッシュさを感じ、それが、菅原文太や藤純子の描く任侠の世界とは一線を隔した昭和88年を顕しているように感じます。 しかし、何故いまヤクザの世界なのでしょうね。 その辺の話をもっと聴きたかったのですが・・・・・。 自分の立ち位置を『今』にすればそれは、隣のもうひとつの『今』。『昭和64年』にすれば、やがて辿っていたかも知れないもうひとつの『未来』。でもそこに映し出されているのは、昭和64年にも既にノスタルジーをもって語られていたような泥臭い『郷愁』。観ている自分の軸が一体どこにあればよいのか、そんな、自分自身が全て同じ時代に生きているだけに生じてしまう、うっすらとした混乱に引き込まれるのかもしれません。




©薄井一議「Showa88/昭和88年」#17





©薄井一議「Showa88/昭和88年」#39





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# by sanaegogo | 2013-07-20 00:00 | activity | Comments(0)
すみだ水族館で回遊気分


都現美でフランシス・アリスを観ていたら、気がついたら外は物凄い雨になってました。ゲリラ豪雨、とまではいかな感じでしたけど、熱帯の国でShowerと呼ばれてるような激しい夕立です。雨に濡れないでどこかに移動。と言う事で、都バスに乗ってすみだ水族館へ飛ばす(なんてね)。 涼しげに漂うお魚たちを見て納涼、ってな感じです。

すみだ水族館には「アクアデザインアマノ」が監修した水槽があって、何でもそこは水槽の中で環境が循環していて、自然界に近い状態で環境が保たれているSustainableなシステムだ、と何かの雑誌で見た事があって、それを見てみたかったのです。 後でよくよく調べてみると、水槽内だけで環境が循環しているのではないそうで、水槽の中には二酸化炭素(CO2)が注入されていて、そのCO2を取り込んで水槽内に入れられた水棲植物が光合成をして酸素(O2)を出して、そのO2で魚たちが呼吸をしている、と、まさに自然界の大原則のようなシンプルだけど骨太の構造になっているそうです。こんな小さな水槽の中でも、大海原と同じ自然の営みをしているんです。 ちょっとロマンチックですよね。 どことなく水の底の静寂さが感じられるのは、エアポンプで送り込まれている気泡が全くないからなんですね。 この水棲植物も自然界から採取してそのままここに居を移した植物たちだそうです。「アクアデザインアマノ」はネイチャーアクアリウムのパイオニアで、日本のみならず世界のアクアリウムファンからも絶大な支持を得ていてリスペストされているのだそうです。

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そんな美しくも荘厳な雰囲気さえあるネイチャーアクアリウムの水槽を一頻り堪能。と思っていたら、そこで群れ遊ぶ熱帯魚たちに夢中になってしまい・・・・。思わず乱れ撮ってしまいました。 魚なので勿論、水の中にいるのですが、その水は静かで透き通ってその存在を主張していません。 魚たちは水の中に居ながらにしてまるで空中を漂っているようで、空のような空間を飛んでいるかのようでもあり、のびのびととても気持ち良さそうにしているようにワタシの眼には映りました。 『浮遊』 まさにそんな感じです。きっと本当にこの環境は彼らにとって居心地の良いものなのでしょう。







くらげ達も浮遊。 ここはもうネイチャーアクアリウムではないのですが、最新の人工海水製造システムにより、水槽内の水の完全人工海水化がなされた水槽だそうです。








夏だからなのか、何故か金魚もいました。 金魚はたしか淡水のお魚ですよね。 ちょろちょろと涼しげに泳ぎ回っていました。 その可愛らしい動き、日本の夏の風物詩ですなー。

   




大きな水槽はクリスチャン・ラッセン風。 ここの魚達は力強く・・・。 立ち昇る水泡が何とも神秘的な感じを醸し出しています。 静かな海というよりは、大海の厳しい環境を模しているみたいです。 ぐるぐると都内の水族館なのでやや小さめに感じる『大水槽』の中を魚達は精一杯回遊してました。ここにもやっぱりNatureがあります。ちょっとしたSpectacleです。 『いのちのゆりかご』をイメージして多様ないきものをはぐくんでいる「東京諸島」の海をテーマに、小笠原村の協力により再現された世界自然遺産である小笠原諸島の海の世界なのだそうです。




と、ぶらっと水族館に出かけてみるのもとってもよいもんでした。

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# by sanaegogo | 2013-07-14 00:01 | activity | Comments(0)
Francis Alÿs (フランシス・アリス展) ジブラルタル海峡編 at MoT
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フランシス・アリスの第2期 ジブラルタル海峡編は、展開されているのが海辺、ビーチ、青い海なので、第1期のメキシコ編に比べればそのトーンは少し明るく、晴れやかで軽快な感じもするのですが、国境問題、移民の問題、ボートピープルの問題など、扱われている問題は、メキシコ編よりもより一層、複雑で、強固で、膠着していて、根強く、沈殿していて、そして範囲の広い問題のようです。そこで行われたプロジェクトの規模もより一層大きなもので、アリスがたった1人で街中で氷が溶けるまで押し続ける、といったものとは比較にならない程、大勢の人を巻き込んでなされました。


Francis Alÿs フランシス・アリス展
第2期: GIBRALTAR FOCUS ジブラルタル海峡編
2013年6月29日(土) ― 9月8日(日)
Museum of Contemporary Art Tokyo
[Press Release]
http://www.mot-art-museum.jp/alys/


ジブラルタル海峡編は2008年に実行されたアクション『川に着く前に橋を渡るな』をベースに構成されています。 このプロジェクト(アクション)は、ジブラルタル海峡で、ヨーロッパ側とアフリカ側からそれぞれ100名の子供達が列をなして対岸へ向って海の中へと進んで行くとやがて水平線のところで2つの列は出会い、国境を越えて異なるふたつの文化が繋がることを期待しています。とても大雑把に言うと、第1期メキシコ編は『砂嵐』『砂漠』だったのが、第2期では挑むべき(と言うのは大袈裟ですが)は『波』そして舞台は『海』という具合に置き換えられていて、今回マットの上に寝そべって大スクリーンで観た映像は、この『川に着く前に橋を渡るな』でした。打ち寄せる波に向って自分の背丈ほどの深さまでも海を一列に進んでいくこども達。波に呑まれて、ごぼごぼごぼ、ごうごうごうと何とも苦しそうな音を立てて水中で翻弄される様子が淡々と流れます。個人的なことですが、この遊びは子供の頃しょっちゅう海でやってたんですよねー。果敢に波の中に頭から突っ込んで、上も下も判らなくなるほどグルグル巻きにされる。水面かと思ってもがいて進んでったら海の底の砂にじゃりっと当たった、なーんて事はよくありました。 結構これが快感なんです。波の中で揉みくちゃにされるこども達の映像を見て、そんな事を思い出していましたが、あの頃、自分ではこのまま水平線の方まで行けるなんて思ってもいなかったけど、アリスのプロジェクトに駆り出されたこども達はこの行為を一体どんな風に考えていたのかな、と思います。ちょっと風変わりなおじさんがやって来て変な事を言うけど、何だか楽しい、ってな感じでしょうか。 こども達にとってはきっと、単なる遊びの延長なんでしょうね。出会うはずもない(出会う所まで行き着けるはずもない)2つの列ですが、それに准えた和解する事が難しい2つの岸辺の対立は、せめてこどもの無邪気な遊びとして置き換える事によって、その実現困難な現実を結論や結果を求めない、飽くことのないこどもの遊びのように、不可能とも可能とも結論付ける事なく、曖昧さを残しつつ保留しとく、という意図があるようです。
このアクションに先立って、2006年にハバナ⇔キーウェストのアメリカとキューバの国境で行われたボートで浮島を作ってふたつの国を繋ぐというプロジェクトが行われたのですが、この映像ではキューバの猟師やキーウェストの富裕層のボートオーナーを説得して奔走するコーディネーターやプロジェクトマネージャーの苦労っぽいものが垣間見られて、ジブラルタル海峡のそれとは対照的に大変そうでした。 オトナは面白がったりしないし、(とりわけ、キューバ側の猟師たちは!)、その意味や結論を求めたりするので、アーティストの持つ象徴的な意味付けを先入観なしに受け容れたりはしないのでしょう。 そんな事もあり、アリスは自分の作品にこどもの遊び的な要素を取り入れたりしていて、作品の中にもこどもが遊んでいる場面が多く登場するようです。この映像ではただただ、キューバ側とキーウェスト側の動員された人々の社会的格差みたいなものがひと目で見て取ることが出来て、それはそれで、アリスの描き出したい社会の矛盾みたいなものをコントラスト強く描き出していたのかも知れません。



・・・・と、まぁ、こんな風に後から色々と考えを巡らせれば、ある程度深いところまで見えてくるような気がする訳ですが、単純に私が今回一番眼を惹かれたのは、何と言っても、このアクションのアイディアスケッチである数々のペイント作品の優しい色あいの美しさでした。色彩や画の構成の素晴らしさのような視覚的なものは、理屈抜きに感覚を刺激されるものです。 言い換えれば、その表面的な一義的な画面の美しさの奥に潜む意味をもう少し深く考えていくところに、フランシス・アリスの作品の面白さや巧みさがあるのだと思いますが、前回も述べたように、その奥底にある深いところまで到達しなくても、観る人を受け容れてくれる寛容さみたいなものが彼の作品にはあると思うのです。 なので、これらのペイントやドローイングの小作品の羅列は、アリスが私たちに与えてくれた開け放たれた窓のようなものでもあるのです。ペールブルーとサンドベージュ、グレージュ、淡いブラウンなど、海峡を渡る様々な人々を描いたそのドローイングは、どこか寓話的な雰囲気もあり、それが社会に横たわる矛盾を考えさせる窓としては充分すぎるほど魅了されるものなのは、如何にもアーティストらしいアプローチなのだと思います。かなり引き込まれてしまいました。 あまりにもメッセージ性の強いものは、少々苦手なワタシなのですが、こんな風にさり気なくメッセージを送られるのは心地よいですね。 サブリミナルのように無意識の中に残る気がします。ジブラルタルの海の色が、ホワイトノイズのような波の音が、ペイントの淡い水色が、挿し色の優しいブラウンが、そんな色彩がしばらく頭から離れない、やがて無意識の中に浸透していく。そんなジブラルタル編だったと思います。





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# by sanaegogo | 2013-07-14 00:00 | art | Comments(2)
Flowers, first half of the 2013
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最近このブログも自分で撮った写真をアップする事も少なくなってしまい、それはそれで淋しくなってしまった感じもするので、今日は2013年上半期のFlowersを。 と言っても、自分自身の生活パターンとして、最近デジカメやミラーレスを日常的に持ち歩く事がトンとなくなってしまいました。 日々のスナップの主役はこのところ もっぱらiPhon。 それも所謂カメラアプリというのを面白がって使っています。 スマートフォンに入っているから『アプリ』という括りですが、これがなかなか侮れないと思っています。 もはやこれは『カメラ』と言っても過言ではないでしょう。カメラというメディア自体、フィルムカメラ全般、ガンレフ、ミラーレス、コンデジ、トイカメラ、と、とっても多様化し、フォーマットも様々になっているので、今のライフスタイルを鑑みて、勇気を持ってこれも『カメラ』である、と言える時期に入ってきてると思ったりしてます。 まぁ、カメラ自体の再現力は全然劣るし、エフェクトが手軽にかけられるので撮影技能という点では発言力は弱いのですが、被写体だとか、画の切り取り方で充分個々の表現力は現せる余地はあると思うし、それをもって堂々と『作品です。』と言えるような市民権を得るのはそう遠い日ではないような気がします。(って、もう始まってる?) そりゃ、大伸ばしの展示作品とかには確かに向いていないのですが、解像度とかで勝負していない場合とかあるし、何より一応、解像度は低い(低いのは当たり前ですが)ながらも、サイズは2,000ピクセルを有に越えてるし、それよりも何よりも、今のトレンドというか、ムーヴメントは大きく伸ばした展示よりもフォトブックとか写真集の方が主流になってきている気がする。(と、グルスキー展を楽しみにしている私が言ってしまいますが・・・・。) それに、基本短焦点なので、なかなかこれが撮ってて楽しいし、『あぁ、これでズームが出来たら・・・・』と、頭の中で思い描いていたイメージを諦める事もしばしばですが、その心地よいストレスが快感だったりする時もあります。 巨大でピントが隅々までバッチリのグルスキーもありだし、Zineで綴じた(閉じた)世界を表現するのもありだし、ホントにたかがアプリと侮ってはいけない、と思うようになりました。 (そしていつも必ず身近にある。) 何が正解で何が不正解と言うのではなく、見た人に何か一石を投じられるようなものがあれば良いのです。 誰か早く、アートな作品としてその地位を確立するようなやつをばーんっと発表しないかな。 (と言っても、今度の旅行にはガンレフ持参で行きますけど。 それが何か?) それはそれ、これはこれ、なのです。




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# by sanaegogo | 2013-07-06 00:00 | art | Comments(0)
BRUTUS 2004年 8/15号 「ブルータスの写真特集 BOYS' LIFE」 No.553 少年は写真を撮るために生まれてきた。
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とっても古い写真です。 この写真はマイアミ空港の裏手で撮影したもの。 フィルムの写真です。かつてナッソーに住んでいた頃、マイアミの友人の家に遊びに行って空港でピックアップしてもらって、友人の家に向う途中、空港の駐車場での夕陽です。 写っているのは多分、アメリカン航空のイーグル機。 ナッソー⇔マイアミ間でバスのように頻繁に行き来してたプロペラ機です。 何故にこんな古い写真を引っ張り出して来たかというと・・・・。 ティルマンスの『CONCORDE』へのオマージュ(のつもり)です。ティルマンスのコンコルドの話を聴きながら、(僭越ではありますが)この写真の事を思い浮かべてました。 ティルマンスの話をしてくれたのは、フクヘンこと鈴木芳雄さん。 この日、青山ブックセンターのスクール(青山ブックスクール)で行われた「本・現場・美術」~〈フクヘン。〉の仕事~ に行って来ました。

「本・現場・美術」~〈フクヘン。〉の仕事~
第6回:写真家たちとの対話。 
http://www.aoyamabc.jp/culture/fukuhen-wksp6/
2013年6月28日(金) 19:00~21:00
青山ブックセンター本店 小教室


「本・現場・美術」は、これまでに5回開催されていて、これまでは、奈良美智、伊藤若冲、杉本博司、山口晃(敬称略)などとのお仕事をたっぷりと豊富なエピソードでフクヘンが語る、というもの。私は番外編の『美術手帖』×『芸術新潮』「フランシス・ベーコンを編集する。」に行きました。 そしてこの度は、写真ネタ、と言う事で、これを逃す手はありません。 今後も続くので、感心のある方は是非。 (個人的には若冲、行こうとしたのに行けなかったのが心残りですね。)

今回は、特定のどなたかにフォーカスするのではなく、1冊のBRUTUSをピックアップして、写真、写真家について語ってくれました。 "BRUTUS 2004年 8/15号 「ブルータスの写真特集 BOYS' LIFE」 No.553 少年は写真を撮るために生まれてきた。" その表紙を飾っているのがウォルガング・ティスマンスの「CONCORDE」の中の1枚。 普通の民家の屋根の合間を抜けて、キーーンッとコンコルドが上昇していくところを捉えたものです。 ティルマンスは天体への興味から写真を始めて、90年代にはイギリスで『I-D』 (ここではホンマタカシさんとは被ってはいないそうですが) などの雑誌でファッション写真の仕事に携わったそうです。 90年代の後半から作家としての活動が本格化して、美術館やギャラリーなどでの展示を中心に活動しています。 天文少年から被写体の興味は飛行機へ。 写真少年の道筋としては王道です。 その少年のような憧れを形にしたのがこの「CONCORDE」。 ティルマンスくらいになれば望めばコックピットの中を見せてもらったり、機足まで近寄れたり、果ては自腹ででもコンコルドくらいは搭乗できたのでしょうが、ティルマンスはあくまでも地上から、「あ、コンコルドだ!!」と指を指して興奮気味に見上げる少年の眼線に拘ります。 フクヘンもTwitterで、『鈴木芳雄 ‏@fukuhen コンコルドに乗る贅沢を享有し、それに酔う成功者はある意味、尊敬に値する。しかし、遠くから眺め、そこにあるすごいテクノロジーを想像する少年の憧れを作品に込めるためには彼のやり方こそ正しいと思った。ティルマンス『CONCORDE』にコックピットの写真がないのには理由がある。』とツブヤいています。 どの写真もどの写真も、同じ規格で少年が一生懸命(撮り)集めた空を劈くコンコルドの勇姿が並べられています。 こんなコンセプトで、この「BOYS’ LIFE」は構成されています。



[features]
  • ヴォルフガング・ティルマンス 作品&インタビュー「いつでも挑戦する姿勢でいたいね」
  • ジャック=アンリ・ラルティーグ 写真機は僕らに魔法をかける翼。
  • ピーター・ビアード 撮りたいものだけを撮るために渡ったアフリカの大地。
  • イサム・ノグチ 永遠のディアスポラを生きた男の、幸福の記念写真。
  • 奈良美智 僕にとって写真は瞼の裏に映る残像のようなもの。
  • 杉本博司 ハイアートの巨匠による少年写真を発掘!
  • ホンマタカシ ライカがこんな町で生まれたっていうのがうれしいな。
  • スティーヴン・ショア 早熟なカメラ小僧が捉えたニューランドスケープ。
  • スレイター・ブラッドリー 大人になることの不安と抵抗を覚えながら揺れ動く少年。
  • ルイス・ボルツ 殺風景な工業地帯にだって僕たちのアルカディアはある。
  • ディーン・サメシマ 「ボ-イズ」たちのユートピア、の昼間の素顔。
  • 佐内正史 俺は俺の車を撮る。俺の前の車はマーク2。
  • クレイグ・マクディーン クルマが好きで好きでたまらない!!
  • 野口里佳 どこまでも遠く、高く。彼方を見つめる遠視者の視線。
  • 森本美絵 忘れられた風景をとどめる寡黙な視線。
  • フィッシュリ&ヴァイス エアポートは永遠の夏休みを約束するモラトリアム。
  • 大竹伸朗 過ぎ去る時間や思いを一瞬にして定着できる装置。

この中からフクヘンがいくつかピックアップして、少年の憧れを象徴するような写真集の紹介が続きます。 自分の好きなものを集めたカタログのような構成。 ストーリーも変化も流れもないのだけど、その淡々と並べられた写真を見ていると、だんだんと作者の気持ち、高揚感が乗り移ってくるような気持ちになります。思えば時計や車のカタログ、動物や植物の図鑑などは見ようによっては素敵な写真集ですよね。 自分の好きなもの写真を集めて、繰り返し繰り返しそれを眺めてわくわくとする。 まさにこの「写真集」の原点ともいえる少年の行為を、この号が発売された当時全盛で半ば自意識過剰気味のGirly Photoと対比させるべく(対決とも言えるか?)編集し、老若男(女)の写真少年達へ送る応援歌としたかったのだ、とフクヘンは語っていました。女子(と、自分を呼ぶにはおこがましいが)の立場から言うと、この充分matureな男性諸氏が「少年時代」についてある種の懐かしさをもって語ってるのを聞くと、女性陣はいつも胸がキューーンとして切なくなってしまったりするのです。 こんな小さな心の隅に眠らせているような密やかな気持ちをひとつの雑誌として構成させるまでに膨らませ、編集者は雑誌を創ってるんですね。 もちろんそんな雑誌ばかりではないでしょうが、ほんのひとつまみの想いからこのラインアップまでもってくる事が出来るフクヘンの編集者としての『持ち札』の抱負さは、流石としか言いようがありません。 これが書物やネットからの情報ではなくて、実際に取材に赴き、当人と対話をし、同じ場所に居合わせ現場を確認しての話なのがすごいのです。 この日も豊富な余談、雑談、四方山話を披露してくれましたが、これが『聞いた話』ではなくて『体験談』だからすごいのです。 私自身は選択肢として雑誌や書籍の編集者になりたい、と希望した事は今までなかったですが、ひとつの自己表現を具現化した仕事としては、アーティストに負けずとも劣らずやりがいのある楽しい仕事なのですね、と今更ながら思ったりしました。

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# by sanaegogo | 2013-06-28 00:00 | activity | Comments(0)
梅佳代展 ―UMEKAYO―
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梅雨の中休みどころか、気も休まらないほど気温が上がって暑かった土曜日。初台のオペラシティーに『梅佳代展』を観に行って来ました。

UMEKAYO
梅佳代展
2013.4.13 SAT ~ 6.23 SUN
東京オペラシティ アートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/exh151/


Kayo Ume : UMEKAYO TOKYO OPERA CITY ART GALLERY
SATURDAY, 13 APRIL ― SUNDAY, 23 JUNE, 2013


梅佳代を写真展で観たのは、2010年に参道ヒルズ スペースオーで「ウメップ:シャッターチャンス祭り」以来でしょうか。『以来』と言っても、その後の本格的な個展が特に開催されていると言う事でもなく、そして美術館での始めての個展が今回の『梅佳代展』であるらしいです。会場に到着すると、休みの日だと言う事もあり、ロビーは笑顔を浮かべた人たちで溢れていました。こんな風に観る人を心底楽しい気持ちにさせてくれるのは、まさに梅佳代効果と言えるのではないでしょうか。
梅佳代についてよく言われているのは、というよりも、言わずもがななのは、その卓越したスナップショットの力量です。コミカルマックスの瞬間を狙い定めて切り取る動物的反射神経、その前に、その瞬間がコンマ数秒後に訪れる事を察知する動物的カンと予知能力とさえも表現できるような天性の嗅覚、そして、画郭に的確にドラマチックに描写出来る撮影技能。本能と運動能力を駆使して躍動的に撮影をするそのスタイルは、ここで語らずとも既に万人の知るところだと思います。一方で、正面から表情を捉えた時の被写体が見せるカメラ目線でありながら、撮影されている事をまるで意識していないような明るくあけっぴろげな表情を引き出す場の空気の作り方。カメラを通してのコミュニケーション能力も高く評価されているところです。
ポートレイトの名手と言うと、よく、『空気のような存在になって』とか『周囲の場に溶け込んでカメラを意識させない』とか言われます。ブレッソンとかアーウィットのポートレイトがそうだと思うのですが、私は個人的に、これらのポートレイトと梅佳代のものは、成り立ちも違うし、一線を隔したものだと感じられます。梅佳代は、撮影者として空気のように存在感を消してそこにカメラの存在を感じさせずに自然な表情を引き出しているのとはちっと違う。そんな風に思います。 梅佳代の被写体の前には常に梅佳代が梅佳代として存在していて、その梅佳代はカメラを持って構えているのです。存在を消すどころか、その写真からは常に梅佳代の存在感が溢れ出ています。 撮られている事を承知で、そこに写しだされた人々はなおも屈託のない明け透けな表情をさらしてくるのです。これこそ、天性の力量としか言いようがないでしょう。逆に言えば、梅佳代あってのあの光景などだと思うのですが、これはホントにスゴイ。そんなシーンが炸裂していたのが、そう、あの『男子』です。 ホント、馬鹿です、小学生男子は。 無邪気でお調子者でお馬鹿さんで、そして、異性のオトナからみると『オトコの子ってほんと幼くって可愛いなぁ』と。 梅佳代に見て欲しくて、喜んで欲しくて、そして、ちょっぴり誉めてもらいたくて、撮ってもらいたくて、あらゆる手立てを使ってアピールしてくるあの乱痴気騒ぎを余すところなく梅佳代のカメラは拾っていきます。 ちょっと恥じらいがありつつも『女子中学生』にしても然り。 そして、さらに穏やかな空気に包まれつつも、『能登』や『じいちゃんさま』にも、写ってはいなくても、撮り手として、写真の中に梅佳代は存在しているのです。なんて素晴らしい。新しい境地を開いたという『能登』のシリーズもとてもよかったです。相手の懐に飛び込み、同時に相手を自分の懐へ引き込む。惹かれ合ったお互いが作り出す、参加型ポートレイト、相互作用、そんなものを、そらの写真の中の人たちが織り成す表情が物語っているようです。

© KAYO UME / 2013 Tokyo Opera City Art Gallery


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# by sanaegogo | 2013-06-15 00:00 | art | Comments(0)
伊香保グリーン牧場 で 『羊達の喧騒』を味わう
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こんな感じで、メリーさんの羊に逢いたくて、伊香保グリーン牧場で牧歌的な日曜日を!




牧場の中を進んでいくと、「あれ? 羊さんだよー。」




「呼ばれましたかぁ~?」 とばかりに、羊さん登場。羊の蹄ってこんな形してるんだー。



伊香保グリーン牧場は、群馬県の榛名山麓にある循環型牧場です。「牧場」と言っても、実際に牛や馬や羊達を放牧している訳ではなくて、所謂観光牧場。でも何となく、初夏の光に輝いた草原で、山間を渡ってくる爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みたかったのです。 草原の輝きに眼を細めてみたかったのです。 密かに、ハラ ミュージアム アークでたっぷり芸術鑑賞した後のお楽しみだったのです。


こーんな風景を味わいたかったんですね。



そんな訳で、半ばふらっと、オプショナルツアーのように立ち寄った伊香保グリーン牧場だったのですが、ここで牧羊犬が羊を追っかけるショー、"Sheep Dog Show" が見られるとは思いもよりませんでした。今となっては「伊香保グリーン牧場」での思い出と言えばSheep Dog Showに尽きる! って感じです。それくらいインパクトあり。


本場ニュージーランドからやって来た羊飼いと牧羊犬のニュージーランドハンタウェイってワンコ達。 おりこうちゃん達です。遠くに待機(?)している羊たちを もう直ぐにでも 追っかけたくって 追っかけたくって 完全に入れ込んじゃってます。やる気満々!



牧羊犬君たちの紹介が行われている頃は、羊達は小高い丘の上の上の方で草を食み食みしています。 羊飼いの合図で2頭はぴゅーーーーっと、疾風のように あっという間に丘に駆け上がり・・・・。羊達は一団となって牧羊犬に促され(というほど悠長な感じではないですが)、丘をどどどどと駆け降りて来ます。 さながら民族大移動。


 

丘の上の方で1頭が高い位置から全体を見渡してるの、見えますか? めっちゃ頭イイですね。



 

いよいよ佳境。 羊達も本気で走るっ! 走るっ! 走るっ!!



 

ぎゅうぎゅうに集められた羊達。 端から寄せ直したりして微調整。 丁寧な仕事です。オトナもコドモも大喜び。この後別の牧羊犬がシープドッグトライアルという1か所にまとめた羊たちを柵に中に導き入れたりする演技(?)を披露。狭い場所で吠えると、羊達が動揺して走ったり暴れ回ったりするので、じっと眼で威嚇しながら抜き足差し足で羊をコントロールするんだそうです。



喧騒も過ぎ去り、今は落ち着きを取り戻した羊達。



 

だんだんと だんだんと また バラケていって、長閑に草を食み食みし始めました。




うーーーん。 実に長閑だ。空も青いぞ。




『もう、疲れちゃったよーー。 メェェェ ~ 』




子羊もいました。 足元のちょん、とした感じがなんてラブリー。 いかにもラムジーちゃんですね。




既に私たちはかなりの上機嫌で、口ずさむ鼻歌は、やっぱり、アライグマ ラスカル。(カルピス劇場世代)
♪ っシィロツメクサァの っ花が咲ぁいたぁら さあっ 行こぉーよ ラスコー ♪



 

牧場には山羊もいました。 羊のどこかピュアな感じの可愛らしさに比べると、如何にもお調子者で、お馬鹿さん。
『なんかくれぇ~』『なんかくれぇ~』『めぇぇぇーーー。』


そんな、伊香保グリーン牧場でした。楽しいので、行ってみてください。 "Sheep Dog Show"は、必見です! 是非!


今はもう、羊達も沈黙。


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# by sanaegogo | 2013-06-08 00:02 | traveling in Japan | Comments(2)
HARA MUSEUM ARC <ハラ ミュージアム アーク>
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ここ1、2年の話ですが、地方都市の美術館に足を運ぶのにハマッています。恐らくその先駆けとなったのは、2012年の金沢21世紀美術館でしょうか。2009年、2010年、2011年と長年お世話になった勤務先の会社から退職してもなお、大きなやり甲斐のある仕事に参画させてもらって、特に2011年の秋に終了した世界建築家協会の世界大会の仕事は、在職中から関心があって、辞める時に『これに関われない事だけが残念だ』と思った案件だったので、それが終了してこれからの事を考えた時、自分はどうしたくてあの社での会社員を辞めたのか、どうなりたいと考えてたのか、をもう一度見つめ直す意味でも、その原点とも言えるべき金沢21世紀美術館に足を運んでじっくり考えてみよう、と思ったのがその始まりかも知れないですね。 2012年はあまり積極的には希望しないまま惰性のようにその年の最大級の仕事に参画するも、『やっぱりこれではない。』と。その夏に強行軍で行った越後妻有トリエンナーレ、契約終了後に訪れた直島・豊島・犬島。この時には既に完全にハマッていたような気がします。今年の4月に仙台メディアテークに行き、そしてこの度は、(前置きが長くなりましたが)、群馬県伊香保にある ハラ ミュージアム アーク(HARA MUSEUM ARC) に行って来ました。ここは、『行ってみたい!』と言う希望というよりは、ソフィ・カルの『限局性激痛』の鑑賞ツアーで原美術館がバスを出している事を知り、隣にある伊香保グリーンパークにも立ち寄れるというので、ピクニック気分でいそいそと行って来ました。
ハラ ミュージアム アークは1988年に原美術館の別館として建てられた磯崎新の設計による個性的な建築です。東京ではコンテンポラリーをコレクションの主とする原美術館ですが、2008年にはアークに和風の特別展示室「觀海庵」を増築し東洋の古美術もコレクションしていて、それは「原六郎コレクション」と呼ばれているそうです。この期間はこの觀海庵で特別に現代美術の展示も行っていて、東洋建築の粋を集めたような書院造の空間で現代美術だけの展示が行われていた特別な期間だったのですが、私たちは伊香保グリーンパークに牧用犬が羊を自在にまとめて操るSheep Dog Showを観に行ってしまい、残念ながらこのツアーまで参加する事は出来ませんでした。(時間が足りないっ!)

古/今 書院でみる現代美術 原美術館コレクション展
2013年5月31日(金) ― 6月26日(水)
特別展示室 觀海庵

もしこっちに行ってたら、奈良美智、名和晃平、アニッシュ・カープア、杉元博司、ロスコ、青木野枝など(抜粋)がみられたそうで、それもみてみたかったなー、とは思いましたが、結構時間がタイトではありました。
ハラ ミュージアム アークは、公共の建造物としては珍しい木造で造られていて、外観は漆黒の重厚な輝きを携えていて、開放的な緑の広々とした空間にその建物は一際映えています。ギャラリーA・B・Cが放射状に並んでいて、広々とした庭の対面には品川の原美術館にもあるカフェ・ダールが明るい庭に面して配置されていて、庭園にはいくつかの屋外作品が展示されています。 休日だというのに混み合うこともなく、閑散としすぎることもなく、程よく人々が鑑賞しています。美術館全体がなんとも贅沢な空間になっています。ランチはカフェ・ダールでとりました。よく晴れていてカラッとしたお天気だったこともあり、私はあまりの気持ちの良さにパスタのランチに加えシードルを注文。 ソフィ・カルを観終わった後に庭を眺めながら、スキッとした味わいのシードルと少し柔らかめ(フレンチ風?)のパスタを食べて、暫し寛ぎました。
恒久展示のご紹介を少し。


 ジャン=ミシェル オトニエル
「Kokoro」 2009年

美術館の正面エントランスの前に設置してあります。
大きな赤いハートのオブジェですが、気がつけば、作品名は「Kokoro」(心)。
これ、作家がつけたんでしょうか。 何で日本語なんでしょうね。
英語でHeartは、心臓という意味を持ちますが、日本語でハートというとやはり、「心」の意味になるから、ハートの形のオブジェの顕したいものはやっぱり、「心」だったんでしょうか。 形とその意味と名称はとても奥深い関係を持っています。


 アンディ ウォーホール
「キャンベルズ トマト スープ」 1981年

ウォーホールが顕したかったのは、「今の世の中」。
日常で使われている様々ものも、ただの消費物として見るだけでなく、ちょっと手を加えるとがらりと視点が変わり、作品となり得るという事を示しています。
毎日工場で大量生産される消費物。これこそが現代社会の象徴で、象徴的なものはどんなものでもアートとなり得る。 それが、アンディー・ウォーホールが目指した表現でした。


 オラファー エリアソン
「SUNSPACE FOR SHIBUKAWA」 2009年

この作品は ハラ ミュージアム アークのために作られたもので、赤城山を臨む絶好の位置に配置された虹を作る装置です。太陽光が内部に差し込むとプリズムレンズによって虹が映し出される”空間と光の体験”が出来る作品です。
季節によって、時間によって、天候によって、現れる虹はいつも同じ表情ではありません。人工的に生み出されたものでありながら、大きく言えば自然の摂理によって影響されているこの世の中と連動した現象です。大らかな伊香保の自然を凝縮したような現象を体験できる訳です。

他にも数々ありましたが、印象に残ったもの(と言うか、写真を撮影したもの)をピックアップしました。


9時半に東京を出発し、もうそろそろ帰る時間。 あっと言う間です。今度は自分の愛車で来てもいいなぁ、とちらっと思いましたが、そしたらシードルやワインは呑めないもんね。そう言う意味では、バスツアーはとても有効な手立てです。都市の中の大きな美術館とは違って、美術館自体をひとつの作品と呼べるような空間で過す事は、とても贅沢な事で、まだまだ行きたいところはあります。 (日本全国 行く価値のある美術館11選 ) これから時間をかけてゆっくり回りたいと思ってます。



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# by sanaegogo | 2013-06-08 00:01 | art | Comments(0)
紡がれた言葉―ソフィ カルとミランダ ジュライ @ ハラ ミュージアム アーク
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前回のエントリーで、『当時「限局性激痛」(1999年)を見逃した私は、その頃の自分がソフィ・カルとも原美術館とも全くかけ離れた生活をしていた事を少しばかり後悔したりしました。』と述べましたが、今、ハラ ミュージアム アークでリバイバルしてます。正確に言うと、ミランダ・ジュライの作品『廊下』と一緒に展示されています。活動ジャンルを限定しない、自由な2人の女性現代美術作家のそれぞれの世界観です。

紡がれた言葉―ソフィ カルとミランダ ジュライ/原美術館コレクション展
3月16日[土]-6月26日[水]
ハラ ミュージアム アーク(群馬県渋川市)
ART iT:http://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/ZYHoI7slWeQhfRNpCBFg/
Press Release

ソフィ・カルは、奇想天外で奇天烈な行動をし、自分の心の傷を露出する事で作品とし、何所か危うく、何所か身を削っていくようにして作品を生み出しています。物議を醸すような作品を発表して批判の矢面に曝されたこともあるようですが、この「限局性激痛」が原美術館の展示のために制作されたものだったとは知りませんでした。なので、今回のこの展示は"原美術館コレクション展"という風になっています。この作品は、『カウントダウン』と『カウントアップ』の2部構成になっています。『カウントダウン』は人生最悪の日まで、ソフィがこんな日が来るのを知る由もなく過してきた日々を写真や資料で綴っています。ソフィにとってその日は人生最良の日になるはずのもので、この日を待ち焦がれながら、留学先の日本での生活が身に入らず、そわそわと毎日を送っている様が顕されています。そこではフィクションかノンフィクションか判別出来ないような要素も含みつつ時間は進みます。思うにこれは、第2部『カウントアップ』の序章のようなものであり、既に大失恋の傷も癒えてから制作されたものなので、それも無理はないような気もします。ソフィ自身もあの頃の事を思い出しつつ制作したものなので、多少の脚色や後付めいたものがあっても不思議ではないのでしょう。 最愛の恋人との再会が果たせないインドのホテルの1室を再現した形で第1部は終わります。なので、2部構成とは言え、この「限局性激痛」の醍醐味というか、本編は、心の激痛を味わったソフィの心の浄化を淡々と見せている第2部『カウントアップ』にあるような気がします。自分の味わった最悪の出来事を他人に吐露し、引き換えに人々の最悪の日、その体験と感じた事を聞く。そうしていくうちに、第3者の悲惨な話に心を痛め、自分の受けた辛酸などは取るに足らない事だと思うようになり、ソフィの話す自分自身の激痛を著わした刺繍によるテキストの分量が、そのカタルシスの様子を物語っています。また、刺繍されたテキストはだんだんとグレーの地色に近いものになり、やがて地の色と同化して判読できないようにもなります。ソフィはこんな風に、心の痛みの深さ、量的なものと濃度のような質的なものの変化を「刺繍したテキスト」という形で可視化しています。 絶対的な心の痛みを相対的に考える時、どんどんと取るに足らないもののように思えてくる気持ちの変化を可視化しています。これはこの聞き取りを始める前からソフィが期待していたものなのでしょうか。それとも意図せずそんな自分の気持ちの推移を発見したのでしょうか。 何故ソフィは、不幸な体験をした人たちと人生最悪の日を情報交換する事で、自分の傷を癒そうとしたのでしょうか。こんなにも不幸で酷い体験をした自分を曝け出す事で自虐的に何か救いを求めようとしたのでしょうか。 それとも自分よりも更にもっと不幸な人々の存在を知る事で、『自分なんてマシな方だわ。』と言う確信を得たかったのでしょうか。その第1歩の気持ちと言うのはとても関心があるところではあります。 何となくですが、ソフィには、自分よりももっと不幸な人の話を聞いて自分の心の安定を求め、理不尽さを埋めるなどというような俗人的な感情はなく、『感情』というものを題材として扱いながらも、もっと動物的な直感や本能のようなものに突き動かされて動いているような気がします。 決して『補償(compensation)』と言った行為ではないように思えます。
この作品も含め、ソフィ・カルの作品は、心理学を学んだ人は多かれ少なかれ、何らかの関心を覚えるのではないでしょうか。心の「激痛」とその時の気持ちを表現しつつも、どこかそれを客観視していて、まるで激痛を味わっている自分を離れたところから観察しているもう一人のソフィがいるかのようです。この作品も含め、ソフィカルの作品の事を考えるといつも、昔大学の講義で教えられた『離人症』という言葉を思い出します。離人症とは、『自分の精神過程または身体から遊離して、あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じている持続的または反復的な体験。』で、あまりにも辛い体験などを気持ち的に受け容れられない時などに、このように心を機能させて心の平和を得て精神衛生を保とうとするメカニズムが働くと言われています。 行動する自我とそれを観察する自我を分離させて、どこかまるで他人事のように感じる事によって、気持ちを薄めるのです。ソフィは感受性の高い女性です。取り分け『辛い事』についての感度はとても鋭い女性のようです。『幸せな時にその気持ちを表現したくて作品を創る事は出来ないけれど、酷い体験をし、辛い、悲しい気持ちになった時にはそれが出来る。』と語っているそうです。自分の中に沸き起こるこの"unhappiness"は何なのか、どこから来て何所へ消えていくのか。感受性の高いソフィカルは、自分の気持ちを直視し、自分を曝け出して剥き出しにしてそれを『検証』し、そして受け止めきれない程の痛みを遣り過すためにもう1人の自分になり、限局的な自分自身を考察する。それがソフィ・カルなのではないでしょうか。『心のメカニズムの芸術的可視化』。ソフィ・カルの作品にはそんなものを感じずにはいられません。

©ADAGP Paris,2013 Courtesy Galerie Perrotin, Hong Kong & Paris - Gallery Koyanagi, Tokyo

ソフィが100日以上離れていた恋人と再会するはずだったインドのホテルの1室の再現
『そこには行けない』と飛行機代をけちって安上がりにフラレた時の電話が置かれている


©ADAGP Paris,2013 Courtesy Galerie Perrotin, Hong Kong & Paris - Gallery Koyanagi, Tokyo

グレーの地の色の刺繍がソフィの『限局性激痛』
テキストは短くなり、文字の色は地の色と同化して薄れていく
時間がカウントアップされる毎に癒えていく様子が顕れている


ミランダ・ジュライの『廊下』。これは2008年の横浜トリエンナーレでも出展されていた作品で、ワタシもこの時この狭い通路を歩いて来ました。2008年は仕事を辞めて、それまでの自分が終わり、今のワタシの始まった年でもあるので、これはこれで、全然別の意味で感慨深く、あの日の横浜を、『廊下』を、思い出すのでありました。

©1996-2013 HARA MUSEUM OF CONTEMPORARY ART


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# by sanaegogo | 2013-06-08 00:00 | art | Comments(0)
ソフィ カル ― 最後のとき/最初のとき @原美術館
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ソフィ カル ― 最後のとき/最初のとき
Sophie Calle, For the Last and First Time
2013年3月20日- 6月30日
原美術館
Hara Museum of Contemporary Art
Press Release



私がソフィ・カルの事を知った時は既に「限局性激痛」(1999年)はとっくの昔に終了してしまっていて、少しばかり、その頃の自分がソフィ・カルとも原美術館とも全くかけ離れた生活をしていた事を後悔したりしました。なので、今回再びソフィ・カルが開催されると聞き、とても楽しみにしていました。
今回の「最後のとき/最初のとき」は、かつての「盲目の人々」(1986年)の制作の際、視力を失った人々に問いかけた「あなたにとって美しいものは何ですか」という質問と、生まれつき目の見えない男性が答えた「私がこれまでに見た最も美しいもの、それは海です」という言葉から着想を得ています。海を見た事のない人の内部に横たわる海。そしてそれはその人にとって、『もっとも美しいもの』だといいます。「私が見たもっとも美しいもの、それは海です」(「盲目の人々」より) 見ることの出来ない人の見る海。その見えない人の見る海を思い浮かべる私たち。そこに沸き起こる言いようのない切ない感情がまさにソフィ・カルの作品だと言えます。展覧会の導入は、その切なさを喚起させる「盲目の人」という作品が展示されています。これは、その言葉を発した盲人男性のポートレートとその言葉のテキスト、そして杉本博司の海の写真が飾られたもので、1999年の「限局性激痛」でも展示されたものです。その男性の見ている海は永遠に私達には解り得ないものなのですが、「最後のとき」では後天的に盲目になった数人の人々に、最後に見たものの今も残っているイメージを語ってもらい、その告白をテキストにし、その最後のイメージの写真と共に提示しています。「最初のとき」では、海の側で暮らしながら海を見たことのない数人の人々を海辺に伴い、初めて海を見た後の彼/彼女らの表情をクローズアップで撮影したものです。どちらもトルコで制作されたそうです。
「最後のとき」はとても危うく、デリケートなものです。今回の展示では、以前ほどソフィ自身の痛みを曝け出したような要素はありません。『痛み』を共有する切ない同士(同志)としてのアプローチではない訳です。けれど、ともするとストレート過ぎる不躾な質問を後天的盲目の人々に浴びせ、土足でデリケートな部分に踏み込み、鑑賞者に悪戯に同情や哀れみの感情を喚起させようとしていると眉を潜める人もいるのかも知れませんが、ソフィ・カルという人のこれまでの生き方や自分の痛点の曝け出し方を知った時、そこに単純な同情や哀れみ、果ては意地悪な好奇心だけが横たわっている訳ではなくて、身体の機能だけではなく潜在的な感覚として存在する普遍性みたいなものを探り、質問の答えを得て、その感情の沸き上がる源を静かに紐解いて行こうとする彼女の真摯な態度を知る事になる訳です。これは、偏にソフィ・カルだからこそ成し得た行為なのだと思います。そこで私は考えます。『普遍性』って何だろうと。多分、ソフィもそんな風に同じように感じているのではないのでしょうか。これは、『見ることとはどういうことか』を追究し続けたソフィの、現時点での最終章となる作品、だそうです。彼女はそこに何らかの答えを見つけたのでしょうか。
「最初のとき」は、海のある街イスタンブールに居ながらにして、海を見たことのない人達に海を波打ち際へと連れて行き、人生初めての海を視覚から味わってもらった後、満足の行くところでこちらへと振り返るその表情を捉えています。『人生初めて』という言葉が示すとおり、やはり、その生きている年月が長ければ長いほど、感じ入るところは大きいようです。初老の男性が振り返り、やがてじんわりと涙を流しているのが印象的でした。きっと、海を見ながら(『眺める』という漠然とした行為ではなく、彼らにとっては『見る』、『注視する』なのです。)、そこに今まで海を見る事が出来なかったこれまでの人生を見ているのかも知れません。この時、海は『普遍性』の象徴なのだと思いました。「海は今も昔も変わらずにここにあり続けているのに・・・・。」 この作品にはテキストが添えられていなかったので推測に過ぎないのですが、そんな海を自分の人生と対比させるような感情が、視覚から呼び起こされていったのだと思います。『見る』という事は感情のひとつの入り口なのです。
唐突ですが、いくら拙い言葉を重ねても核心に触れる事はないような気がするので、終わりにしますが、ソフィ・カルという人の、斯くも深く、それこそ『普遍的』な何かに淡々と臨んでいる痛々しいまでの純粋さが伝わって来て、激しくかつ静かに心を捉えられました。

関連記事: ART iT
http://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/7MLvphyuOE5ifoD0248Q/


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# by sanaegogo | 2013-05-05 00:00 | art | Comments(0)