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ジョセフ・クーデルカ展
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舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。
・・・・とは、かの松尾芭蕉の言葉ですが、クーデルカ展で彼の半生を知ることになり、この行(くだり)を思い浮かべたりしました。

ジョセフ・クーデルカ展
Josef Koudelka Retrospective
2013年11月6日【水】→ 2014年1月13日【月・祝】
東京国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/Honkan/koudelka2013/
Press Release →web_koudelka_PR.pdf

もっともクーデルカは芭蕉のように自ら好んで旅を栖とする人生に身を投じた訳ではなく、1968年にワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻を撮影し、それが西側に配信された事から、身の安全を確保するために故郷のチェコスロヴァキアを離れます。 これがクーデルカ的放浪の旅の始まりです。 世界的にその名前を知らしめた(と言っても配信された当時は匿名だったようですが。) 写真が、祖国の変革運動とそれを侵攻して鎮圧したワルシャワ条約機構軍との衝突の記録と言ったショッキングな内容だったので、クーデルカも硬派のジャーナリスト魂の権化のような人物(ある意味キャパのような)だと言う印象があったのですが、それはクーデルカの表現世界のほんの一部だったとクーデルカ展を観て実感しました。
もっともこの頃は『芸術写真』というカテゴリーはあまり明確なポジションがなく、マグナムの会員でも、ブレッソン、アーウィット、ルネ・ブリなど、この頃の写真家達は広告も、報道も色々とこなし、それが後々『アートフォト』という流れに乗り、そのように認められていくようになったという理解でしたが、クーデルカについても例外ではなかったのでしょう。 真正面からダイレクトに被写体を捉えた力強いズドーンと打ち抜いたような観る人を圧倒するインパクトがあります。会場内は膨大な点数の作品が展示されていましたが、そんな中、ごく初期の『初期作品 Beginnings 1958-1961』には、自分の想像していたクーデルカの作品とは全く印象を異にしていました。 構図や対称の配置に、まだ完成されていない試み的なコナレテいない感じがありつつも、その場面の選び方や撮影の技術などには後のクーデルカを予見させるような片鱗と萌芽があると言います。 私は単純に(いつもそうですが)、その画面から来る印象や自分の感覚とかで語る事が殆どですが、学生時代に手に入れた中古カメラで撮りためたというその作品群には、ハードで硬質な印象を醸しているクーデルカのモノクロの作品の中では一層初々しく新鮮に感じられました。

展覧会の構成です。
  1. 初期作品 Beginnings 1958-1961
  2. 実験 Experiments 1962-1964
  3. 劇場 Theater 1962-1970
  4. ジプシーズ Gypsies 1962-1970
  5. 侵攻 Invasion 1968
  6. エグザイルズ Exiles 1968-1994
  7. カオス Chaos 1986-2012

など、約280点あまり、しかも大きな作品ばかり、一堂に会した回顧展です。「ジプシーズ」の圧巻のシリーズや「侵攻」の見せる臨場感溢れる迫力の歴史の証言も観応えがあったのですが、私はやっぱり、「初期作品」かなぁ。あとは、「カオス」のパノラマシリーズ。「エグザイルズ」もいくつかよかったかな。展示を見ている時はあまりピンと来なかったのですが、後でマグナムのWebsiteを観ていたら意外にじわじわ来たのが、この展覧会ではどのカテゴリーに入るのかは不明なのですが、多分、「劇場」とか「実験」あたりのエフェクトを加えた作品です。私がもともと写真に求めるのはドキュメンタリーとかルポルタージュ的なものではないようなのですが、結局、自分にどんな写真が響いて来るのか、人によってクーデルカの感じ方は様々なような気がします。
時代のうねりに巻き込まれ、翻弄されながらも、放浪の中でその居場所、居場所での足跡をダイナミックに鮮やかに切り取っていく事で自分の存在を確認してきたようなクーデルカ自身の半生と照らし合わせると、そのスケール感といい、ボリュームといい、観応えのある回顧展でした。






Beginningsから。パノラマ・フォーマットの作品。 このシリーズでパノラマ作品はこれ以外にも何点かあったのですが、どれも良かったです。背景と前景を隔てている画面を横切る水平線(地平線)と上下左右アシンメトリーに配置された被写体がぎこちなくも初々しいさが顕れているような気がして、でも魅力的な写真の数々でした。




Invasionから。 このシリーズは言わずもがなの感がありますが、ある意味においては、生まれながらに授かった類稀なる才能と千載一遇のチャンスとが交わる接点を手に入れられる人は稀で、それを含めて「才能」というのだと思います。




Exilesより。 クーデルカ展のPRによく使われていた作品です。 この黒い犬は、ワタシの中ではとてもクーデルカっぽく、こう言う写真を撮る人なのだ、と思っていました。 黒いシルエットになってしまった犬は、その容貌の詳細もわからず、こちらを振り向いているのですが、眼がどこにあるのかも判りません。 後ろを振り返っているその黒い犬の姿は何かを象徴しているようでもあり、うっすらとした不気味さにちょっと気持ちがざわついたりします。






Chaosから。 このシリーズは、タテやヨコのパノラマフォーマットの作品が並ぶのですが、何処となく荒涼としていて、殺伐としたシーンばかりが続いていきます。パノラマフォーマットならではの視野のひろがりが、人の気配は見ている自分しかいない、みたいな一人ぼっち感というか孤立感みたいなものを観る者に与えていました。


All images © Josef Koudelka / Magnum Photos


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by sanaegogo | 2014-01-12 00:00 | art | Comments(0)
お正月から mayday ― ゼログラビティ 観た
今年2014年の"恒例の元旦映画の会"は、Gravity(邦題:ゼログラビティ)。これはある種の賭けです。お正月にこの映画を観に行くかどうかにはそれなりの葛藤がありました。 ストリーの結末は判らないんだけど、何だかとんだ事になっていそうな状況の映画。そして、1年の計は元旦にあり、という言伝えも捨てて置けないし。 観終わって、希望を見出せるのか、絶望を感じざるを得ないのか。むむむ。
まだまだロードショウは続くので、ネタバレ的なコメントが残せないのが映画ネタの辛いところ。 しかしながら、この映画はサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニの二人芝居で、3Dの映像は、その美しさもさることながら、アポロ11号の乗組員のバズ・オルドリンも認めるほど現実の宇宙空間のようで、映像技術の秀逸さも話題になっています。 実際見てみると確かに今まで観たスペースものに比べて、リアルだし、TVニュースで観た事もある身近(と言うと違うのかも知れないけど)な状況を膨らませていると言う感じがして、自分とは全く接点のない映画の中の虚偽の世界と言うよりは、世の中で誰かがこんな目に合う可能性があるのかも、と匂わせる感じがしました。 そう言う意味では、これからは、映画のスペースものというジャンルもアクションものみたいに、現実に起こり得る状況の極端な例っていう捉え方で制作られていくのかも知れませんね。 その先鞭として記憶すべき映画を観たのかも知れません。ファンタジーではない、リアルなスペース映画、それを撮ろうと考えた着想がすごい!と思います。 そう言う意味では、かつての『ライトスタッフ』(1983)とか『カプリコン・1』(1977) とか『アポロ13』(1995)もその範疇なのかも知れないけど、これら国家計画をベースにして国の威信を著わしている作品と一線を隔しているのは何といっても、サンドラ・ブロックの至極個人的な心理描写とそれを仔細に表現した彼女のドラマチックな演技なのだと言えるのではないでしょうか。 広い広い宇宙の中で、国家を背負ってそこにいるのに、主人公ストーン博士の心を占めているのは、あまりにも個人的状況への葛藤や後悔、意欲も動機付けも何もかも個人的なもの。 大きな括りのなかの個人ではなく、個として存在する1人の人間。宇宙の中に自分がいる事の高揚感とか遣り甲斐みたいなものは一切感じられなく、それをこの広大な宇宙の描写の中で、大きな地球との対比の中で見せていくところが印象的です。しかしながら、そこは酸素なし、重力なしの宇宙空間。 地球生還までの壮絶な困難の数々、そして犠牲。 ある者の希望にはある者の犠牲があって成り立っている事もあるんだ、とつくづく思いました。 もっとも犠牲になったものが必ずしも絶望を感じていたかどうかは、ジョージ・クルーニ ファンとしては救いでしたけど。 真の意味での『達観』を知る瞬間だったのでしょう。 (おっと、ネタバレ注意) 絶望のような状況の中でも人は知らず知らずのうちに生へのエネルギーを発し、生存に賭けるあらゆる手段を講じようと動く。 一方では全ての状況を悟り、宇宙規模の視野で先を見通し、瞬時に判断し悟る人間の心理。 そんなものが誰もが暮らす空のその上の大気圏の外で繰り広げられています。 『なんかキラキラしてるー。 人工衛星かなー。』なんて子供達が見上げた空の上で実際起こっているかも知れないことだとしたら・・・・。 そのコントラストを考えると何だかものすごい。 スペースものの新境地を切り開いた記憶すべき映画だと思いました。

ストーリーに関してはあまりコメントしない代わりに、ワタシなりのダイジェストで。



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実は余談があって、茅ヶ崎の田舎では、何故か『字幕+3D+レイトショー』という組み合わせがなく、そんな事も知らず109シネマズに行った私たちは『字幕』は譲れず、結果、映画館3軒目にしてようやっと。 元旦で道が空いてたからよかったけど、元旦早々、結果オーライのギリギリの状況。 お陰で3Dでは観られず。 やっぱ3D観なきゃですよねー? 折角出かけたのに見逃すかっ!?のピンチの中、力を合わせて策を講じてなんとか滑り込みセーフ。 しかし、必見の3Dは諦めるハメに。 字幕を諦めるか、3Dを諦めるかの選択と判断。 そんな、『1年の計は元旦にあり』。

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by sanaegogo | 2014-01-01 00:00 | movie | Comments(0)