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大岩オスカール―Traveling Light @アートフロントギャラリー
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渋谷ヒカリエでオスカールを観た時に、ギャラリーのお姉さんに、『代官山のアートフロントギャラリーでは旧作が観られますので、そちらも是非行ってみてください。』と言ってフライヤーを渡されました。 以前、都現美でやっていた個展を見逃していた経緯もあるので、アーカイブやコレクションになっているものは観られないだろうけど、旧作も観られるの? と楽しみにしていました。 それで、この日代官山 アートフロントギャラリーにいそいそと出かけたんですねー。 『こんにちわー。』と言って中に入り、展示してある作品を観始め、ギャラリーの方とアレコレハナシをしていたら、ふと、『ヒカリエには行かれましたか?』と訊ねられ、行きましたよ、と答えると、何故そのような言葉を聞くに至ったかの会話の経緯はもはや思い出せないのですが、『ヒカリエから何点かこちらに移動して来ました。』と言う。『あ、ヒカリエはもう終わってしまったんですね。何日までだったんでしたっけ?』みたいな会話があり、ふと ???? と。『・・・って事は、ここから外したものもあるんですよね?』と疑問を投げかけると、ギャラリーの人、『あ、スルドイ・・・。』だって。 旧作が観られると言うので、代官山までいそいそと足を運んだけど、結果的にヒカリエで観た作品を再度ここで観る形に・・・・・。2012年の新作を中心にみせると言う意図は判るけど、そんならそう言う事前のアナウンスが欲しかったなー、と言うのが正直なところ。しかしながら、ヒカリエにはなかった「Big Light Wave」「Heisei Street」「Ocean Tunnel」「Nest House」などは実物を観ることが出来ました。(旧作も何作かはありました!)


  


大岩オスカール ― Traveling Light
アートフロントギャラリー
2012年11月16日 ― 12月2日
11:00 ― 19:00


たとえアートフロントギャラリーで下げられてしまった旧作を観ることが出来たとしても、それはワタシが生でオリジナルを観たかったものではなかった事は解っています。それで、ギャラリーの書籍棚に彼の作品集『グローバライゼーション時代の絵画』があって、これをぱらぱらと観ていたんですが、これは面白かったですねー。 大きなサイズの本物を観る迫力には敵わないんですが、その網羅している作品数は、観ていて充実感。この作品集に出逢えた事がこの日の真の収穫だったのではないでしょうか。



大岩オスカールと言うと、寓話的な光景でうっとりと夢を見るような印象で語られる事が多いようですが、それもそれなのですが、私にはもっと違う印象を持っています。例えばお伽話の世界では、ファンタジーに満ちたストーリーが展開されているその最後にゾッとするような結末が待っている事が多いじゃないですか。大岩オスカールのその油彩画にはそれと同じような空気を感じてしまうのです。美しさの中に残酷さや無常さが見え隠れする、そんな密かなメッセージを汲み取る事が出来るのです。 と言っても、確かにメッセージ性はあります。 終末や歪曲した未来像。いつでも何かを比喩しているようにも見えるし、何かに対して漠然と警鐘を鳴らしているようにも感じます。 けど、彼の描く俯瞰した画面、遠くから臨む光景。それは彼の世の中を捉える距離感そのものであり、包括して事象を捉える広い視野である事がメッセージ自体のドギツさや感情の過剰な移入などを排除させているのではないでしょうか。作品集のタイトルにある"グローバライゼーション"。これも大岩オスカールを語る時に良く用いられるキーワードですが、ブラジル生まれの日系人、サンパウロ・東京・ロンドン・ニューヨーク間の転居・移動などを通じて多様なモノを視る視点・視線を素養として持ち合わせているのも、その作品からのメッセージが個人的なものに留まらず、どこか客観的な観察眼をもって描かれている、と言う事に大きく影響しているのでしょう。そのようなスタンスで、これからも同時代に生きるコンテンポラリーの作家として、世界に巻き起こる出来事を彼の方法で記録していくのだと思います。



《野良犬》(2004)
一番好きな作品です。



《ガーデニング(マンハッタン)》(2002)

あとは、フラッシュで・・・・・。(制作年は順不同です。)







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by sanaegogo | 2012-11-28 00:00 | art | Comments(0)
国立デザイン美術館をつくる会 第1回パブリック・シンポジウム
e0168781_1747464.jpgバックデートのエントリーになりますが、先日(この日) 東京ミッドタウンのミッドタウンホールで行われた 国立デザイン美術館をつくる会 第1回パブリック・シンポジウム に聴衆として参加してきました!

かの世界的デザイナー 三宅一生氏が発起人となって、日本にも「デザイン」をアーカイブした美術館をつくろう!と言う事業のキックオフとなる記念すべき第1回のパブリックシンポジウムです。

登壇者は
三宅 一生 (デザイナー)
青柳 正規 (美術史家・国立西洋美術館館長)
佐藤 卓 (グラフィックデザイナー)
深澤 直人 (プロダクトデザイナー)
工藤 和美 (建築家)
皆川 明 (ファッションデザイナー)
田川 欣哉 (デザインエンジニア)
鈴木 康広 (アーティスト)
関口 光太郎 (アーティスト) (以上 敬称略)
の、総勢9名のパネルディスカッションです。
シンポジウムの様子は21_21 DESIGN SITEのWebsiteの中で動画を見る事が出来ます。
http://www.designmuseum.jp/symposium/
ここで内容を粒さに載せると、議事録的なものには主催者の事前確認と承認をとることが望ましいと思われるので、(と、思ってしまうのは商売柄ですが。) 、ざっくりと。

第1回目のディスカッションのテーマとしては、
  • だから今 デザインミュージアムが必要だ

  • みんなに愛されるデザインミュージアムとは?

  • デザインミュージアムとアーカイブ

と言う3本の骨子があげられました。 それぞれについて、ディスカッションは進められて行き、それぞれのテーマに沿って今後のコンセプトの構築に繋がっていくのだろうと思われる発言が登壇者からなされました。
  • デザインとは何だろうか。これまでは、『集める』(収蔵して保存する)と言う事に対する時代の要求がなかった。

  • デザインと言う言葉の持つ意味を考える作業。考えるという事をした結果が今回の動機となった。

  • 豊かさを経済的指標で測るのではなく、何か別の方法はないか。質のようなもので。 今はひとつのスケールしかない。 その新しいスケールをつくりたい。

  • 最近は、経済発展のメジャーとして、便利さを表すものとしてデザインと言う言葉が使われている。

  • デザイン家電と言う言葉は完全に間違っている。

  • 無意識の中にもデザインはある。

  • デザイン的概念の教育と普及、機会の提供を目的としたい。既にデザインを知っている、認識している人たちだけのための内向きなものであってはいけない。

  • デザインは消耗品をつくっているという意識が強いことを危惧する。

商業的で金銭に関わる事が抑制されるべき行為とされていた時代の名残なのか、商業活動の一環であるプロダクトデザインと言うものは、美術館で研究員が研究をする対象とは成り得ない、と言う意識もどこかにあったのでしょうか。もしくは生活に密着しているものは芸術とは一線を隔していると言う意識でしょうか。美術館と言うとやはり概念ではひとつの研究機関で、その枠組みは時代と共に変容し亜種も生み出しているとは言え、(六本木には収蔵・研究を行わない美術館も出来ちゃいましたし・・・、しかも国立で。)、近現代の優れたデザインを持ったプロダクトをアーカイブして体系だてて掘り下げて行く必要性をあまり日本は感じて来なかった、と言う事はディスカッション中も指摘されていました。 日本において、日本らしいデザインとその歴史と言うと、今の発想的にはやはり、「伝統工芸」と言うくくりになりがちで、一生さんの作品にはその流れや手法を汲んだモノが数多く見られるとはいえ、佐藤卓さんや深沢直人さんの手掛ける同時代的なデザイン展開と同じ施設の中でどのように融合され混ぜ合わせていくのか。「伝統」と言う側面と「近代・現代」と言う側面をスムースな流れで展開していくのが難しいな、と素人なりに感じたりはしました。こでまでの日本におけるデザインの歴史を体系だてて網羅すると言う事は、膨大な範囲を含むことになり、焦点が散漫になってしまわないのか。 「デザイン」と言う言葉があまりにも多様な側面を持つために、そのどの部分にフォーカスを当てていくのか。歴史、カテゴリー、作家、地域性、必要性などその要素は多岐にのぼります。はたまた、「デザイン」と言う概念が近現代に生まれたものとするなら、(産業革命以降、と言う発言もありました。)、MoMAのように「近現代」に絞って展開するのがよいか。この日のハナシでは、それは地方で埋もれて途絶えようとしている伝統ある匠のデザインにも光を当てたいと発言していた発起人の一生さんの本意では無いように聞こえました。何しろ始まったばかりですし、一足飛びには成し得ないコンセプトの整備だと思いますので、今、『どっちなの? どうなの? 白黒はっきりして!』と言うのは性急過ぎ、時期尚早なのだと思いますが、そこが一番大変な初動なのでしょう。(箱のキャパの問題もあるしね。)

そんな感じで、議論は進んでいくのですが、この何となくかなりの整理が必要だと思われる内容の中で、登壇者の1人、アーティストの鈴木康広さんの話が漂いかけていた閉塞感を打ち破る風穴を開けるようなスカッとするコメントを残していました。 鈴木康広さんは2010年の瀬戸内国際芸術祭で『ファスナーの船』でそのアイディアを形にしました。 アイディア自体は2004年に一旦カタチになっていて、それを2010年の瀬戸内芸術祭で人が乗ることが出来るボートの形に発展させ、『地球を開く』と言うアイディアを具体化し実現しました。 この、無理と思われるような机上のアイディアや夢を具体的にカタチにしたと言う一連の彼の経験と実績は、この取り組みに対しての大きなエールになったのではないでしょうか。



夢みたいな事ばかりを熱い思いと共に口々に語り合うような内容だったらどうしようと少し懸念したりもしましたが、最後のほうは、建設予定地とか行政との絡み、予算の確保とかもちゃんとコメントがあって、ちょっと安心しました。(かなり僭越な発言ですが・・・・。) でも、アーティストやクリエイターの夢のようなふわっとしたものが、『念願』と言う形で現実味を帯び、それがどう現実的な着地点で具現化されていくのか、その成行き(過程)に非常に関心があります。(端的に言えば、どうやって夢を実現するのか、その具体的手腕です。) 国立となれば、国や行政をも巻き込んでいく大事業です。 それをスタート(正確に言うとスタート直後)から注視出来ると言うのは何だかエキサイティングな気がしました。『夢をカタチに・・・・』ですね。

「地球を開く」の鈴木さんのアイディアスケッチ。
© 2005-2013 by Tokyo Source


このプロジェクトにも、従来のシステムを踏襲したアカデミックなものに裏打ちされ太鼓判が押せるような機関であり、かつ今までに無い斬新な切り口とアイディアで、従来のステレオタイプな概念を打ち破りそして良い意味での驚きを持って皆に迎えられるようなミュージアムを目指して欲しいと期待をしています。 (いっぱい言っちゃったなー。)

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by sanaegogo | 2012-11-27 00:00 | art | Comments(0)
有田泰而 First Born @Gallery 916
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First Born
Arita Taiji
at Gallery 916
Fri., 22 November ― Fri., 28 December, 2012
http://www.gallery916.com/exhibition/firstborn/#

昨年の夏に亡くなった有田泰而と言う写真家の個展です。個展と言っても所謂没後の回顧展というのとは少し趣が異なっています。それは偏にこの有田泰而と言う人物の伝説めいた生涯(余生)にあります。写真雑誌にシリーズで発表された息子と妻を被写体として撮り続けた作品で鮮烈なインパクトを残した後、70歳で日本から遠く離れたカリフォルニアで表舞台には立つ事はないまま没するまで、長い長いブランクを経て再び、なおも強烈なインパクトをもって、彼を知らない世代の前に再び現われた、そんな個展です。このFirst Bornというシリーズを若干の経緯を経て、写真家・コマーシャルフォトグラファーであり有田泰而のアシスタントでもあった上田義彦さんが再びプリントのし直しをしています。 オリジナルのプリントは、有田氏がレッドウッドの森の中で生活していた時に湿気にやられてしまったと言うのですから、このエピソードだけでも有田泰而という人が晩年は世俗の塵芥からかけ離れたところにいた人物だという事が伺えます。 若干厭世的なところもあったのかも知れませんが、晩年は絵画や木工彫刻に傾倒し、First Bornを超えるものが再び世に出て来て、それを観る事が出来なかったのが残念だ、とテキストは語っていました。(テキストは写真評論家の飯沢耕太郎さんによるものです。)



出品された写真をひとつひとつ観ていて思うのは、写真家が男性だったら良き伴侶を得る事はきっと写真家としての自分自身の表現を開花させるのにこの上なく幸運な事と感じられるんだろうな、という事。とは言え、有田の妻ジェシカさんが写真家の傲慢な夫に求められ、もっと言えば強制させられて意のままにポーズをとらされている気配は微塵も見られません。少なくとも、仮に、仮にですが、ジェシカさんが妻として写真家の夫に協力してあげたいと言うだけの半ば奉仕の精神であったとしても、そうであったら母として大切な我が子までそれに巻き込む事は無かったろうと思います。写真家である有田泰而と写真家の妻であるジェシカ夫人、それに写真家の初めての子供として生まれた息子コーエン。この3人が真摯に向き合いながら取り組みそして創り上げていった彼ら独特の家族写真の姿がそこにあります。そこには写真自体の構成や成り立ちの妙もあるのだと思いますが、その奥にある夫婦2人の関係性、息子を介した夫婦の対峙、そんなものも強く伝わってくる写真です。とにかく強い強い結びつきのようなものがどの写真からも滲み出ています。 とは言え、写真家の家族と言うのは大変だなぁ、と思ったのも事実。 でもなんでしょうか、その写真から自分なりに感じたものは、それが『愛』と言うようなねっとりとしたものではなくて、自由に振舞う妻の尻を追いかけるぞっこんな気持ちから撮られた写真でもなく、この有田泰而氏とジェシカ夫人の関係性は、もっと凛としていて、同志のような、お互い自覚を持って事にあたっている共同作業者のような、そんなものを感じます。 有田泰而という写真家とジェシカと言う妻が出会えた事は、運命のような骨太さと奇蹟のような繊細さを感じます。



有田泰而と言う人自身が持つエピソード、その妻との関係性、若き上田義彦が強烈に惹きつけられた写真の秀逸さとインパクト、レッドウッドの森での隠遁生活、死後に引き寄せられる縁の人々との再会、そして、師の遺作となった写真を焼き直し再構築していく事。何だか何もかもがドラマチック過ぎて自分の中でまだ充分に咀嚼出来ていない感じがしていますが、有田泰而と言う人の人生そのものがまるでひとつの作品をつくりあげていく作業であったかのような、そんな印象を受けました。 彼自身が生きている事自体が芸術だったのですね。訪れた人は、彼の作品を観に行っただけではなく、そこに同時に横たわっている有田泰而と言う写真家の生き様と信念みたいなものも感じるのでしょう。
ほぼ日刊に掲載されていた上田義彦さんのインタビューです:
http://www.1101.com/ueda_yoshihiko/2012-11-22.html

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by sanaegogo | 2012-11-24 00:00 | art | Comments(0)
大岩オスカール―Traveling Light @渋谷ヒカリエ
大岩オスカール(Oscar Oiwa)は、ブラジルのサンパウロで日系ブラジル移民の2世として生まれました。 画面いっぱいに広がるその色彩はそんな事に由来しているのかも知れません。2008年には東京都現代美術館などを巡回した初の個展『夢見る世界』(The Dreams of a Sleeping World)も行われていますが、この年は個人的に自分のステイタスに変化があった年なので、雑事に取り紛れていて観に行くことが出来なかったんです。いつか再び、と思いつつ今回その夢見る世界ではないにしても希望が叶って本当に嬉しいです。
と興奮気味に書き連ねてしまいましたが、ヒカリエで行われている 大岩オスカールの個展に行って来ました。

大岩オスカール ― Traveling Light
渋谷ヒカリエ 8F CUBE
2012年11月14日 ― 11月26日
11:00 ― 20:00

http://www.oscaroiwastudio.com/oscar_website/pages.html/keumsan/artfront.html

≪Seven White Flowers≫(2012)


ワタシの一番好きな画は、今回これです。 大岩オスカールというと明るいめの色彩なのだと思っていたのですが、(ベースが暗い場合でも明るい色がアクセントされているとか)、この『七つの白い花』(Seven White Flowers) はダークな色彩で紺色に染まる夜の街とその上空に浮かぶ雲の白さのコントラストに柔和な雰囲気の中にも見え隠れする不気味さを感じました。 この雲は自然現象で出来ている雲でしょうか? そうではないと思います。 それが都市に生きて都市での営みを俯瞰している大岩オスカールの世界なんだと思います。大岩オスカールが描くのは都市やコミュニティーを誰の目線なのか(神様、でしょうか?)、俯瞰して眺めている図です。 都市やコミュニティーでありながら、その画面には人影は一切無く、人の消えた街、人の気配だけが残る営みの風景が広がっています。都市の場面では地下のシェルターに潜ってしまったのか、寓話の世界のような場面では不意に現れた余所者をやり過ごすまでどこかに潜んでいるのか、いずれにしても、さっきまでそこに居たのに、突然何もかも放棄して、忽然とどこかに消えうせてしまったかのような雰囲気があり、それが、そのうっすらと漂う不気味さの根底を成しています。そしてその雰囲気はちょっとSFちっくでもあります。

e0168781_19242550.jpg未来都市。地球の進化・発展の常識から枝分かれしてしまったような樹上の都市。大岩オスカールが都市環境を多く描いているその理由は、彼がサンパウロ大学で建築を専攻していて、都市工学や環境についての素養を持っている事も大きいのではないでしょうか。Five Nestsに見られる樹上の都市やEarthscapeに見られる区画整理された共同体のような風景は、メタボリズムと呼ばれる建築運動を連想させます。社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長し変化する都市、と言うのがその概念ですが、海上都市や持続可能なエネルギー共同体の村など、成長し新陳代謝する巨大都市に通じるような世界がオスカールの画の中にはあります。

今回の展覧会では今年(2012年)の作品を中心に展示されているようですが、ご本人は毎年何枚もの新作を精力的に制作しているとても勤勉な方だそうです。(しかも、大作ばかり!)(このSeven White Flowersも2012年制作のものです。) 展示されていた作品の中では、Swir(渦)やRescue Boat(救助船)など、陽差しや灯りを全く感じさせないよう画面、大きな渦の中に飲み込まれてしまいそうになっているその状況、また、Mr. Night のように忍び寄る得体のしれない何かの出現など、ここ数年の閉塞した世の中を敏感に感じ取っているようにも思え、その明るく柔らかなPeacefulな色合いの画とのふり幅がすごい。 近年の世情を敏感にOutputしている、とも言えるかも知れないし、彼がブラジル生まれのブラジル育ちという事を考えると、同一人物から産みだされたにも関わらず、この明と暗のコントラストとその振り幅は、光と影の国とも言われるブラジルで培われた二様性がそうさせているともいえるのかも知れません。

ヒカリエなので、点数は少なめでしたが、とても満足しました。アートフロントギャラリーの方は12月2日まで開催されていて、旧作も観られるようですので、是非こちらにも足を運んでみようと思います。

  

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by sanaegogo | 2012-11-23 00:00 | art | Comments(0)
ホンマタカシ写真展「北欧建築とか。」 @ BoConcept
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「ニュー・ドキュメンタリー」を観た時は自分なりに好き勝手にReviewを書いていたものですが、何となくですが躊躇されるような感じもあるので、感想文的なもので記録に留めておこうかと思っています。
デンマークのファニチャーストアBoConcept(ボーコンセプト)で開催されているホンマタカシ写真展「北欧建築とか。」を観てきました。これはホンマタカシ氏がカーサ ブルータスの北欧建築の特集のために2002年に撮影されたもので、撮影されているのはアルネ・ヤコブセン、マッティ・スーロネン、フィン・ユール、エリック・グンナー・アスプルントそれにアルヴァ・アアルトなどが手掛けた建築で、北欧家具のBoConceptらしく建築と言っても内容は私邸や小学校など家具の配置やその住まい方が伝わってくるような生活に寄り添った写真を中心に展示されています。クライマックスやピークを持たずフラット(均一かつ均質)で淡々としたホンマさんの撮影する写真のスタイルは、撮影する人とされる対象の独特の距離感を醸しだしていて、その雰囲気は、shayで内気ではあるけれどちょっと遠巻きに暖かい視線を遣ってくるような、穏やかで心優しい、そしてちょっと人見知り気味な北欧の人々の雰囲気にとても似合っているような気がします。 (北欧の人々への勝手なイメージですが・・・。)



お店に入るとまず目につくのが、アルヴァ・アアルトの自邸の写真。(この写真、好きです。)そこからずっと各セクション毎にホンマさんの写真が展示してあります。 最初は1周ただぐるっと観てみましたが、ふと見ると、店内に居合わせた女性がなにか目録のようなペーパーを持っている様子。 『それ、どこでもらったんですか?』と訊ねると、「そこにありますよ。」と。この作品マップはお店を入った直ぐそこにあって、これによると私は逆行していたらしいです。ホンマさんが一発目に据えた写真は、ヤコブセンのモスキートチェアでした。(ホンマさんが順番を決めたかどうかは定かではないですが・・・・。) スワンチェアやエッグチェアは見た事がありましたが、モスキートなんてのもあったんですね。 1957年にムンケゴー小学校を設計した時にヤコブセン自らデザインした児童達のための家具だそうです。 ミッドセンチュユリー後期ですね。 いい時代です。 このムンケゴー小学校の講堂(?)のようなところに無造作にこのモスキートチェアが置きっ放しにされた写真もありましたが、これも眼を惹きました。



以前ワークショップ「RRREECCONNSSSTRUCCTT」(番外編)に参加した時に、1枚選んで切り刻ませていただいた写真もありました。 これは、「家具の彫刻家」と称されたフィン・ユールの自邸だったようです。その時、がさっと出された写真の束から、(ミッドセンチュリー好きである事もありますが)ひと際目を惹いたので選んだのを覚えています。開口部が大きい窓から弱い光がやんわりと差し込んでいて、表は寒いけどおうちの中は温かい、と言う北欧の住まいの感じがとてもよく伝わってきたのです。
因みに、今回のタイトル「北欧建築とか。」ですが、この"とか。"が表しているのは、そこにはきのこの写真がそそっと紛れて展示されているところから来ているらしいのですが、(きのこもまたずっと追いかけているシリーズのひとつですよね。) この作品マップにはそのきのこの写真の位置までは落とし込まれてていません。 きのこ写真の在り処は十数点の作品を観ていくと、『あれ、こんな所に。』『あら、ここにも。』とテレビボードの上やディスプレイの片隅にこそっと置いてあります。それはまるで、森の中でのきのこ狩りさながら、きのこが何所にあるか探しながら観て歩く楽しみもありました。 (擬似きのこ狩り体験) "とか。"についてこんな仕掛けは如何にもホンマさんらしいような。

ホンマタカシ写真展「北欧建築とか。」
2012年10月30日(火)~11月30日(金) 11:00〜20:00
ボーコンセプト南青山店
Admission Free

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by sanaegogo | 2012-11-21 00:00 | art | Comments(0)
今年の紅葉 里山公園の楓
麗らかな小春日和に誘われて 我が街茅ヶ崎の山間部にある里山公園まで。 茅ヶ崎に山があるのは意外でしょうが、何でも赤羽根山までが古代からの陸地のある所で、殿山の下にだーーーっと続く急降下の坂道のは大昔アンモナイトとかが住んでいた頃は海だった、と言う話です。 でも、きちんとした書物を読んだ訳ではないので、ガセをつかまされたのかも知れません。でも、土着のおじいちゃんやおばあちゃんが伝えてきたものは満更嘘ばかりではないので、これも恐らく本当なのかも知れません。 その赤羽山の奥に文教大学の校舎があり、その奥に里山公園はあります。 ついでに言うとその里山を越えると慶應義塾大学湘南キャンパスがあります。文教にしても慶應にしても、「湘南」と言うと一般の人が連想するような状況ではなく、潮騒と言うよりは樹々のそよぎ、潮風と言うよりはフィトンチッド、と言うちょっとした森や林の広がる山里にある訳です。

里山公園は、まだまだこの辺では紅葉が始まっていないので、ワタシの期待していたような風景には出逢えませんでしたが、公園の中の散策は楽しいものでした。 いくつか赤く色付いた楓の木があったので、思いのままに。これで見納めなのかも知れないですものね。紅葉をした楓の葉、色々な表情を見せてくれています。 もしも今度があるのなら、里山全体が赤や黄色に色付いた景色に逢いたいと思いますが、何はさて置き、今年の紅葉です。どうぞ。
















































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by sanaegogo | 2012-11-16 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
直島 豊島 犬島 Island Hopping ―Day3―
直島にはあともう少し観たいものがあって、それは本村地区で推進されている『家プロジェクト』(The Art House Project) の中で公開されています。杉本博司の『Appropriate Proportion』(2002)、千住博の『ザ・フォールズ』(2006)、『空(くう)の庭』(2009) それにやはり、ジェームズ・タレルの『Backside of the Moon』(1999)です。他にもいくつか作品はあるのですが、まずはこれを観たい!と。 今日のゲストハウスでの朝食の4人は、ロンドンから来て日本は6回目だと言うコマーシャルフィルムのディレクター、ゲームクリエイターをしていると言うシンガポール在住の欧米人と中国系のシンガポーリアンの4人で私以外は海外からの旅行者。 ホント、海外での直島の人気には驚きます。
家プロジェクトが展開されている本村地区は、直島の中心みたいな集落で、直島で住まう人々が生活を営んでいる地域です。 ちょっとした民家も小奇麗に粋な感じで住みなしている家が多く、黒塀が沢山見受けられるところは、ちょっと花街っぽい感じもして、京都の街並みに通じる感じもあるのかも知れない。 直島の人が普通に日常の生活をしている地域。島民と家プロジェクトを鑑賞しに来る旅行者が触れ合う事が出来る地域とも言えます。 家プロジェクトの作品のアテンダントをしているのは、殆どが近所の人っぽい感じでした。



町営バスで農協前というバス停で降ります。 平日でまだ早い時間のせいか旅行者のように見える人はあまりいません。 バス停から直ぐそこの小道を山と言うか大きな塚の天辺に向って上がっていくと杉本博司が改修した護王神社があります。想像よりは小振りの本殿でしたが、奥から本殿、拝殿、白州と続き、厳かな雰囲気に包まれています。シンプルな構造なのがかえって日本の黎明期、極々初期の神社のようにも見えてきて、人々が神様により近かった時代のようにご神体である神様がそこに居るのだな、と言う雰囲気を醸していました。杉本博司の精神世界や美意識がふんだんに作品に込めています。本殿から地下の石室に伸びる階段はカメラのレンズに用いられるような光学ガラスの塊で出来ていて、これがとても不思議なミスマッチで神秘的な雰囲気を高めています。 なんだろ。 (先ほど述べた)日本の黎明期の神への信仰の場面にはガラスなんてものは存在しない訳で、そのガラスの階段を見つめていると、当時の人々なら畏敬の念をもって神秘なものとしてそれを崇めているんだろうなと、その当時の信者と同じ気持ちになってしまうような気がするのです。 つまり、ちょっとしたタイムスリップ体験でしょうか。



石室の内部からみる ガラスの階段 地面に届く処は暗闇に吸い込まれてしまってます


社の脇から石室に入る事が出来て、そこにも行ってみました。 地上から真っ直ぐに降りて来るガラスの階段は光の一切差さない地下の石室の闇に吸い込まれていきましたが、地上と地下がこの階段によって繋がれていて一体となっています。そしてここにも人工的な照明は一切なく、闇は闇として目の前に広がっています。 この石室から真っ直ぐに海に向って横穴が掘られていて、気を海に流すとか海から気を取り込むとか、そんな意味があるそうです。 この社の下の石室のところには非常に堅い岩盤があって、それを海の見えるちょっとした岡のところまで掘り進めるのは大変な作業だったそうです。 「見た目より、想像以上に、大掛かりな作業の末に完成した作品です。」とアテンダントの方は言っていました。 古(いにしえ)の畏怖・畏敬なものへの回帰。この作品は杉本博司の手によるものだ、と意識しながら観ると、よりそれを感じ取る事が出来ると思います。 (実はここも石室は撮影禁止で。 これを建物内と位置づけるとは思わなかったので、数枚撮影してしまったのですが、きちんと謝ったら見逃してくれました。)

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護王神社を後にして山を降り、再び本村の目抜き通りへ。南寺までぶらぶらと歩いていく。南寺の辺りはかつて極楽寺や八幡神社などがあって、直島の文化の中心地だったそうです。南寺というお寺は実際には存在はしなかったのですが、その精神の拠所として安藤忠雄によって『南寺』が新たに建てられました。 その南寺の中にタレルの『Backside of the Moon』はあります。


南寺の土塀


タレルです。 これも本当に是非観たかったのです。いかにも安藤作品らしい南寺の脇の真っ直ぐで美しいアプローチを進んでいくとBackside of the Moonへの入り口があります。 Backside of the Moonタレルらしい、これもまた光を扱った作品ですが、光に対するアプローチが少し趣を異にしています。 闇の中に覆われている光を感じるのです。 闇の中に静かに存在する光を感じるのです。 なので、光の作品と言えど、中に入ればそこは本当に漆黒の闇です。お寺などで胎内体験と言うか壁や縄などを辿りながら手探りで真っ暗で曲がりくねった順路を巡る仏事があると思いますが、あれさながらに展示室の中に進んでいきます。 部屋の隅にあるベンチに腰掛けて真っ暗な闇の中に所在無くしているとやがて暗闇に眼が慣れてきて(知覚心理学で言う「暗順応」ですね。)、正面にぼーーーっと四角い空間が見えてきます。青い光で淡く満たされているような空間です。 光は私たちが入ってきた時からずっとそこにあったのに、それまでは視ることが出来なかったのです。 光の空間が見えてくると席を立って、そのままその空間まで進んで行きます。 もはやはっきりとその空間を認識する事が出来ます。 空間全体はブラックライトで照らし出されていて、まるで宇宙のように神秘的です。闇の中に光は確かにあったのに、その光は視ることが出来ない。 闇の中で闇を受け容れた時に初めて、その光は姿を現す。 光はいつもそこかしこに溢れている訳ではなくて、明確な存在感をもってそこ(闇)に存在していました。本当に神秘的な体験でした。タレルは航空機のパイロットだったそうで、航空事故で瀕死の重傷を負ったそうです。その臨死体験の際にみた光を再現したくて光の作品を多く制作している、と言うエピソードを聞きました。 そう言えば、あの長い間闇の中に放置されて、だんだんと光を感じる事が出来るようになるあの感覚は、蘇生していく感覚にも似ているのかも知れませんね。


この日の午後には宇野港に戻るフェリーに乗ります。それまでは、この本村と港の辺りをぶらぶらとしていましょう。と、お昼ごはんで腹ごなし。本村にある讃岐うどん屋さんの石井食堂でぶっかけうどん。 直島には山本うどん店と言う人気店がありますが、そこには行けませんでした。 でも、ここんちのも美味しかったですよん。



コーヒーが飲みたくなって、お茶をしに立ち寄ったカフェおおみやけの飼い鶏。中庭にお客さんが来ると何かもらえると思って近寄ってくるそうです。 おおみやけとは三宅と言う苗字の中で最高位の家柄への尊称で、天領時代の直島で、三宅家第21代の兵右衛門が初代の庄屋に任命されて以来、明治初年まで倉敷代官に仕える村の役所のあった場所だそうです。



本村をぶらぶらと 港に戻るバスの時間まで散策








これで直島・豊島・犬島の旅は終わりです。 今回の旅で感じた事、FBにも書いたのですが、私が昔住んでいたNassauでは公共の交通手段が島を走り回るマイクロバスサイズのジットニーと言われる小さなバスとボートが主だったんですが、直島でもボートを乗り継ぎ、バスを待ち、このNassauの事を思い出しました。 長閑で不便ですがそれも直島流の過ごし方のようでとてものんびりとしていて、あくせくと動き回っている日常とは別世界でした。 瀬戸内の島巡り、また是非訪れたいと思います。


>>>>> Day1

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by sanaegogo | 2012-11-08 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
直島 豊島 犬島 Island Hopping ―Day2―
今日は9時20分のボートに乗って、豊島に渡ります。 豊島、犬島と巡ってこようと計画しています。 直島で宿泊していたゲストハウスの朝食が朝8時なので、朝食を食べたら部屋には戻らずに、そのまま港まで出かけて出発前にコーヒーでも呑もうかと思っていたのだ。朝食を済ませて『海の駅なおしま』と言われる港まで。 ここは何気なく港のインフォメーションセンターや待合所として建っていますが、妹島和世と西沢立衛のSANAAによる設計です。SANAAの設計らしく繊細でシャープで、よくある港のような無骨で骨太の感じはありません。完成したのは2006年で、この時SANAAは既に金沢21世紀美術館でヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞してたので、何とも贅沢な公共の建物です。(因みに、海の駅のカフェは10時開店で、コーヒーにはありつけませんでした。)

11月は既にslowなシーズンだからかと思いますが、豊島と犬島を1日で巡るのは、かなり時間がtightでした。直島から連絡ボートが豊島、犬島を廻るのですが、1日で廻ろうとすると島の滞在時間と船の時間のバランスが悪いのです。豊島でもっともっとゆっくり出来るような運行スケジュールだったらよかったなぁ、と思いつつ、時間優先で自分の思う通り、自分だけの都合通りには廻れないところが、直島の良いところでもあるのかな、とも思います。



豊島は水源にも恵まれて古代から人が住み付き貝塚などの遺跡もあり、漁業は勿論の事、農業の文化も持つ歴史のある島で、直島よりも野趣に溢れている感じがします。 近年では産廃が長い間大量に不法投棄されていた問題が暴かれた豊島事件がありますが、これは今は亡きジャーナリスト筑紫哲也さんがずっと追いかけていた社会問題と言う事です。アートの島の一端にありながら意外にも素顔は社会派の島です。船着場の近くにある観光センターにいる豊島をこよなく愛する係員のお兄さんが教えてくれました。豊島内のバスの便は余りにも悪いので、電動アシスト付き自転車を借りて、いよいよ豊島美術館に向けて出発です。

e0168781_2025466.jpg豊島美術館は建築家 西沢立衛 (前述のSANAA)と美術家 内藤礼による作品で2010年に豊島の唐櫃岡の斜面に創られました。 その外観と形状の第一印象は沖縄の郊外の村でよく見かける亀甲墓のイメージ。そしてその中に唯一展示してある作品は内藤礼による『母型』という作品。沖縄の亀甲墓は胎内を模しているとも言われているようなので、まんざらこのイメージは的外れではなかったのかも知れません。まずチケットセンターでチケットを購入し、白く平たく子宮のように丸みを帯びたその建物に眼を遣りながら、建物の周囲をぐるっと遠巻きに囲む白いアプローチを歩いていきます。 原っぱから森を抜けて、その森を抜けると再び視界が開けて美術館に辿り着きます。(美術館と言うか、『母型』のためだけの外郭です。) 靴を脱いでその空間に足を踏み入れると、これまでには味わった事のない空間を味わう事ができます。 白くて静かで何もかも静止していると感じられる中、頭上に開いた開口部からは空を覗く事が出来、雲がゆっくり流れ、風が吹いています。 その風にリボンがそよいでいます。足許に眼をやると数々の様々な形をした水滴がふるふると震えながら形を変え、風に吹かれて意思を持っているかのように移動しています。 床の下からランダムに水滴がひとつ生まれ、また生まれ、集まりつつ、大きくなりつつ、ある集団は所々に散りばめられている地下へと続く小さな穴に吸い込まれていき、ある集団はさらに大きくなり泉を形成します。 小さな穴のいくつかは、水滴が吸い込まれていくとほんの小さく水琴窟のような音色を奏でます。 何と言うか、何かを超越したようなその空間の感覚に感激しました。 ふるふると震える水滴に魅入られました。 ぽっかりと覗く空に自分の今いる空へと続くこの空間の普遍性みたいなものも感じられた気持ちがします。その空間は自然現象のシンプルな美しさに溢れていました。

(現実に引き戻すようですが)、時間があればもっともっとそこに滞在したかった、夕方にまた戻ってくると水滴達は泉を成しているらしい、夕暮れに染まる空を写して空間は趣を変えるらしい、それも観てみたかった。 が、しかし、犬島に渡るボートを逃す前にボルタンスキーも是非観てみたい。という事で後ろ髪を引かれつつ、豊島美術館を後にした訳です。

「豊島美術館」 環境、アート、建築の融合
(エキサイトイズム 2010/10/16):
http://ism.excite.co.jp/art/rid_Original_22960/pid_1.html




電動アシストを駆使し、豊島のアップダウンの激しい丘陵地帯を港まで一気に下降。そのまま海沿いをひた走り、到着した家浦港とは真反対にあるボルタンスキーの『心臓音のアーカイブ』に到着。人の心音は個人によって1人1人異なっているらしいです。 それはまるで指紋のようなもので、その個人を特定するその人が生きた証としてボルタンスキーは心音を収集し、アーカイブしています。収集された心音が聴ける『ハートルーム』に入るとただひとつ吊り下げられたランプが流れている心音と呼応してブリンクしています。その光は余りにも僅かなので、拍動が弱い人の心音の時は殆ど闇の中に放置されることになり、鼓動が強い人の心音は壁の壁面に取り付けられた巨大ウーハーで音が波動となって皮膚を刺激する感じ。 このウーハーが余りにも凄くて、何だか自分の心臓もぼんぼん叩かれているような気分になり、出た時にはちょっぴり心臓が痛い気分に。 心音と言う音を視覚や触覚で体感してきました。

船に乗り遅れてはならない!と再び来た道を全速力で戻り、家浦港へ到着。 豊島は豊島美術館の辺りには棚田が広がっていたり、手付かずの自然があったりで、ぶらぶらと散策するのも楽しいと思います。 ただし、オフシーズンの平日は瀬戸内芸術祭のインスタレーションは殆ど見ることが出来ないようなので、ご注意を。 犬島に渡るボートを待っていると、ゲストハウスで一緒だったスウェーデンから来た大学生の二人連れと一緒になり、色々と話していると、大学で『犬島アートプロジェクト「精錬所」』とそれを手掛けた建築家の三分一博志が授業で取り上げられたそうで、是非行ってみるべしと勧められたとの事。 日本に住んでいる外国の方のみならず、海外からダイレクトにここを目指してくる人がいると言うのは、日本の片田舎にありながらとても国際的だと言う不思議なミクスチャーだと思います。


犬島に向けて出港! 海原を抜けて! 迸る波頭!



楽しくなって連写! なんと表情豊か!


犬島に着くと先ず精錬所に向います。 廃墟、隆盛の跡、栄華の名残り、など様々な言葉がノスタルジーを込めて頭を過ぎります。「精錬所」は犬島に残る銅精錬所を保存再生した美術館で、「在るものを活かし、無いものを創る」というコンセプトのもと作られました。既存の煙突やカラミ煉瓦、太陽や地熱などの自然エネルギーを利用した環境に負荷を与えない構成になっていて、植物の力を利用した高度な水質浄化システムを導入していて、歴史遺産・建築・アート・環境による循環型社会を新らしい地域創造のモデルとしたプロジェクトです。私はそこまで高尚な眼で見る事はなく、ただただ漂うノスタルジアを感じていたのですが、スウェーデンからの2人はやはり建築家の卵、建物内の循環システムや産業廃棄物の再利用など、アテンダントの説明に熱心な関心を寄せていたようです。 銅精錬所跡地を自由に散策できるのですが、ここで少し紅葉を楽しむ事が出来ました。 赤い崩れた煉瓦に絡みつく色付いた蔦や樹木。秋ですね。

 
 



犬島のあちこちに残っている真っ黒な銅粉


最終のボートに乗って直島に帰ってくると、今日の1日は終わり。 港に着いてスウェーデンの2人と海の駅のカフェでお茶をしていたのですが、2人は同じゲストハウスには予約がとれず泊まれないとの事。 折角仲良くなったのに残念ですね。 私はこれから宿に帰って、食事の前に島の銭湯「I❤湯」に行ってきます。


暮れなずむ 海の駅 なおしま ベンチはSANAAのデザインによるもの


>>>>> Day3

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by sanaegogo | 2012-11-07 00:00 | traveling in Japan | Comments(2)
直島 豊島 犬島 Island Hopping ―Day1―


秋の澄んだ空気に誘われて、瀬戸内に旅に出てきました。 目的地は直島、それに豊島・犬島に足を伸ばしてきました。 四国・中国・瀬戸内方面には仕事で高松と山口に何度か行った事があるだけで、プライベートでは未踏の地だったんだけど、とても長閑で良い旅の目的地でした。岡山まで飛行機で行って、それからバス+バスで、宇野港からフェリーに乗って一路直島へ。直島の宮浦港に到着した時は、予定通りでしたが既に午後の3時。以外に移動に時間がかかるもんですね。中途半端な時間に到着してしまったのでどうしたものかと思ったんですが、先ずは(この先何回か足を運ぶことになったとしても)地中美術館に行っとくでしょう、と言う事で、コロコロを転がしたまま港のバス停の在り処を探し、次のバスの時間を確認。するとバスはもう既にバス停にスタンバイしていて、あと数分で発車する構えで・・・・。運転手さんに『もう出ちゃいます? ロッカーにこれ(ラゲッジ)しまいたいんですけど。』と尋ねてみるも、『すぐ出ちゃいます。』と言う甘くない返答で、ラゲッジもろとも移動する事に即決。これを逃すと夕方までバスがない感じだし。

さて、直島の中をテクテクと走るバスに乗り、公共バスの終点つつじ荘まで至り、そこから美術館のシャトルバスに乗っていよいよ地中美術館へ。 ここは直島旅行の目的のひとつ。 地中美術館は2004年に島の南斜面に立てられた美術館で、モネの数枚の『睡蓮』にインスパイアされて、それを飾るためのものとして建てられた、と聞いています。その他ジェームズ・タレルウォルター・デ・マリアの作品が恒久展示されていて、この数点の作品達のためだけに安藤忠雄が設計をし、その建物全体を作品と呼んでも過言ではないサイトです。チケットセンターに降り立って、ちょっと恥かしそうに『ラゲッジ持って来ちゃったんですけど預けるところありますか?』とアテンダントのお姉さんに訊くと、『それではチケットカウンターでお預かりします。』と。 後で聞いたら同じような行動パターンを辿る人は意外に多いようです。チケットセンターでチケットを購入して、徒歩にてさらに進み地中美術館へ。その途中にモネがジヴェルニーに自ら造園した庭を模した庭園『地中の庭』があります。季節は秋なので花の庭にはなりませんでしたが、風に揺れる柳と水面に漂う蓮の葉。しばし足を停めて夕暮れの斜めに差し込む光の変化を楽しむ事ができました。


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美術館に足を踏み入れるとそこは安藤忠雄のイズムが随所に散りばめられた空間。傾斜のある昇り下りの多い通路。無機質なコンクリートの中で繰り広げられる有機物の動き。『不便で使い勝手が悪いところで営まれる人間の工夫やその生活こそ建物と共に生きる醍醐味』と言ったような事を氏は語っておられましたが、まさにその真髄を具現化したような美術館の構造は、ともすればハンディキャップを持った人には優しくはないのかもしれないけど、その事も包括したような氏の持論は、建築作品はそれを使う人、利用する人がいて、その作品を体感する事が出来ると言うことを改めて感じさせてくれます。収蔵品の中で(と言うか、収蔵品のために美術館が建てられたと言う意味ではとても特異なのですが)最も印象に残ったのは、意外にもモネの睡蓮の部屋でした。 開口部から見えるその2枚の連作の睡蓮。靴を脱いで鑑賞するのですが、床も壁もほの白く自然光で浮かび上がったように感じるそのホワイトキューブの中で鑑賞する睡蓮は、それまで特に大ファンでもなかったモネの世界に誘われていくのにとても相応しい部屋でした。 自分自身としては一番観たかったのは、タレルの作品で、「オープン・フィールド」(2000年)と「オープン・スカイ」(2004年) 。光そのものを作品とするタレルの一連の作品で、オープン・フィールドは階段の先にある青い光で満たされた空洞に身を置くと遠近感の消失したような、自分が光の中に浮かんでいるような、そして自分自身が光に満たされているような錯覚を感じることが出来ます。このホワイト・アウト体験に身を置くと、思わず両手を前に出し、その先を確認したくなるような心許なさに襲われます。オープン・スカイは天井に空いた開口部から空が見える作品で、空は実は自分の居る地上よりも高い高いところにあるはずなのに、天井の直ぐそこに空があり、私が訪れたのが夕刻であったからでしょうか、その距離感が全く失われ、空は私の居る部屋の直ぐそこにあるのです。ひいてはその部屋は空の中に浮かんでいるようにも感じられてきます。こんな風に季節や時間によっても全く印象の異なった体験が出来る部屋です。堪能しました。
地中美術館は、自然光を巧みに取り込み、時に操り、人工的な照明が全くと言っていいほど排除された美術館です。 暗いところは暗いし、光の差す所はその日なり、その季節なりの光で表情を異にします。 地中と地上の連なり、と言うのも見逃せないポイントです。地中と地上が一体としてそこに空間が創られています。

建物の中は撮影禁止(これは正直少々意外でそして少し残念な気持ちもしましたが)なのですが、外観や美術館から見える風景は(勿論)撮影OK。 地中カフェから臨む瀬戸内の海です。 ひねもすのたりのたりかな。 とても穏やかな海です。



対岸の風景。 これは高松側ですね。 海の向こうにぼーっと広がる如何にも都会的な風景は、直島の長閑さを考えるとまるで自分の今いる別世界から海の向こうに浮かぶこれまた非現実的なものを見ているような気持ちになります。



さて、17時終了まで地中美術館を堪能して、シャトルバスで島の公営バス乗り場まで戻ると、あと小1時間街に戻るバスがない事が判明し・・・・。 暫く草間彌生南瓜』などを楽しみつつ時間を潰すが、どんどんと辺りは闇に包まれ、真っ暗に! 流石にここまでの闇の中、電灯もないバス停で1時間もポツンとバスを待つ気力はなし。 つつじ荘に駆け込んで、バスが来るまで灯りのあるところに居させてください、とお願いすると、つつじ荘のお兄さんがバス停に近いところにある門の電灯を点けてくれました。 すると、暫くして灯りに吸い寄せられる虫のように何所からともなく同じようにバスを待つ人たちが集まってきて・・・・。 東京は明るすぎる、とは良く言われる事ですが、ここは暗すぎる。 灯りの人にもたらす安心感を実感しつつ、つつじ荘のお兄さんの親切に感謝する私達なのでした。

>>>>> Day2

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by sanaegogo | 2012-11-06 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)