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林ナツミ展 「本日の浮遊」


林ナツミ展 「本日の浮遊」
会期:2012年6月16日(土)- 7月16日(月・祝) 7月29日(日)まで会期延長
会場:MEM (NADiff A/P/A/R/T 2F)

この前の週の木金曜日は仙台に出張だったので、『やばいっ!見逃すか?』と思っていたのですが、無事、滑り込みで最終日に観に行って来ました。楽しみにしていたので、スケジュールを遣り繰りした感にちょっぴり達成感を覚えたりして・・・・。(お手軽な達成感だな、こりゃ。) ワタシが訪れたその前日、28日の土曜日にはサイン会が行われていたとの事で、普段はあんんまりその手のものには触手は動かないのですが、ちらっと、それに行ってみようかな、とも思いつつ、やっぱり体が動きませんでした。 最終日と言うのに(だからか?)結構な人が観に来てました。話題なんですねー。
ワタシが出かけたこの日曜日も、制作者の林ナツミさんが会場に現れ、観に来ててそこに居合わせた人たちと(ワタシを含め)気さくにいろいろお話をしてくださいました。敢えて『制作者』と表したのは理由があって、最初の頃、ブログでプロジェクトを始めた頃、林さんは自分でオートシャッターで毎日の浮遊を撮影してたそうなのですが、段々エスカレート(笑)してきて、雑踏や人ごみで浮遊するようになり、それからは固定カメラのオートシャッターでは無理が出てきて、誰かシャッターを切る人が必要になったそうで、そこで登場したのが林ナツミさんがアシスタントを勤める写真家にして現代アーティストの原久路氏だったそうです。この日は原さんもおみえになっていて、原さんとも少しお話が出来ました。なので、敢えて『制作者』。これはまさにホンマタカシ語るところの『自分で撮らない』ってやつです。(← 感化されてるなー。)
展示されている作品の中にクロスビューを楽しめるものがひとつあって、これは2台のカメラで対称の位置からずらして撮った並べられた2枚の写真(見た目は殆ど同じ)の真ん中辺をぼーっと見てると写真の中の風景が浮かび上がってくると言うもの。ま、言わずと知れた3Dの原理なのですが、その見方を原さんは熱心に教えてくれました。専用の3Dのゴーグルみたいので調節しながら見ると、寄り目をしたり焦点をぼーっとさせたりせずにずばっと3Dで見えるのですが、それで見る林さんの浮遊っぷりは、まるで突然ぽっとその場に現れたようにも感じられ、とっても効果的でした。
撮影場面の選択のセンスの良さもさることながら、林さんご本人に『写真の素晴らしさもさることながら、このジャンプ力、スゴイですね。』と話しかけると、場はしばしそのハナシで持ちきりに。何でも力いっぱい跳べば、人間の眼では確認できなくてもカメラの眼ではこれくらい実は跳んでる事が露わになると言う事で、特に跳ぶためのトレーニングとかはしてないみたいでした。でもワイヤー芸のような角度で前に向っての跳躍は時に危険がいっぱいだそうで、前のめりでつんのめって顎から着地、何てこともあったそうです。前方が広々とした原っぱのようなところならいざ知らず、写真のような前が壁のところとか、驚いたのはお葬式の祭壇の前で浮遊した写真。『これって、イチカバチカ的な感じですよね。』『祭壇に突っ込んでおばあちゃんが出てきちゃうとか。』『おばあちゃん浮遊。』(爆笑)など、冗談も炸裂して。1/500のスピードが醸し出す、何とも不思議なヒトコマを楽しんで来ました。
アイディア、突飛な発想を形にする素晴らしさもさる事ながら、次々とSituationを変えて継続する事のその発想の持続性にも脱帽です。次々と新しい場面が頭に浮かんでくる、ご本人に聞いた訳ではないですが、きっとそんな感じで、それは乗っている状態、きっとポジティブな連鎖の真っ只中なんでしょうねーと察する事が出来ました。
林さんご自身も(師匠の原さんも)とても気さくでとっつき易い感じの方で、最近は作品を発表するアーティストと言っても、人柄的にイッちゃってるところがなく、感じの良い人が多いわ、とそんな事も思いました。 (ま、まだまだイッちゃってる感じの人も多いけどね。特に巨匠系に。) 表現者は人として会話で自分を表現できる事も、とっても大切、と、林さんのとっても感じの良い人柄に、そんな風に感じたりしました。
跳躍の最高到達点で、表情に力みを滲ませる事なく、重力に縛られて地上を移動する人たちの雑踏の中で浮遊する、着地の時を感じさせない『瞬間』だけど『持続』な感じ。たとえ写真の中にしろ、そんな瞬間を味わえるのはある意味至福なのではないかな、などと思ったりしました。林さんは今日も何所かで素敵な浮遊をしている事でしょう!

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by sanaegogo | 2012-07-29 00:00 | art | Comments(0)
面影 omokage


我が家の仏間にある亡くなった祖母の写真です。似てますよね、ワタシに。でもワタシ、この方には一度もお会いした事はないのです。 祖母が亡くなったのはワタシ達の生まれるずっと前、お父さん達が子供の頃だそうです。そして、ワタシがこの祖母の存在を知ったのは高校生の頃かな。
我が家は割りと古い家で、仏壇の中には位牌が沢山あります。明治より前のご先祖のは、木の短冊みたいなものに簡略化されて、大きな位牌の中にまとめて入ってたりします。お盆になると毎年それをお迎え用の祭壇にひとつひとつ出すのですが、それをしていた母を手伝っていた時、割りと新しい位牌がひとつ出てきて、遺影の数と位牌の数が合わないのに気づきまして。位牌になった曽祖父母、(何て呼ぶのかもう分かりませんが)その上の代の祖父母。おじいちゃんもおばあちゃんもまだ健在なのに、何故か位牌が5つ。 『あれ? これは誰の?』 とワタシが訊ねると、母も母で、さらっと 『あら、お父さんのお母さんのよ。』と。ワタシ、『????』。母、『あれ? 知らなかったっけ? お父さんの亡くなったお母さんのよ。』と。結構いい歳に育っていたのに初耳のこの事実に、驚愕し、『えっ? じゃ、じゃあ、おばあちゃんは、誰?』と。母はあっけらかんと、『後妻さんよ。』と言ってのけ、ワタシは本当に驚き、兄弟姉妹に『知ってた?知ってた?』と(何故かこっそり)聴いて回るとみんな知ってたみたいでした。考えてみたら、お父さんとおばあちゃんは10歳ちょっとしか歳が離れていなかったんですが、おばあちゃんのちゃんとした年齢まであまり把握してなかったし、全く考えもしなかった事なので、気にも留めてなかったんですよね。2人の歳の差がワタシの意識に上ってくる事すらありませんでした。 (今にして思うとあんまりな感じもしますが。) でもワタシの知っているおばあちゃんは、二重まぶたがぱっちりと、とても可愛らしく、若々しく、家に遊びに来る友人は、『あれ、おばあちゃん? お母さんみたい!!』とよく言われたものです。お父さん、おば達、そして孫の私達が誰一人としてあの美人のおばあちゃんに似なかったのは何故か不思議だったのですが、その時までその理由は知る由もなく。そう言えば、家で行われる誰かの法事の度に、大叔母達がワタシの顔をみて、何かこそこそ話しているような事があったようなないような、それはうっすら覚えてはいます。お義姉さん(兄の奥さん)は、『早苗ちゃん、だんだんそっくりになってきて、まぁ、ホント。』『あらあら、菊江さんに聞こえたら悪いわよー。』などと言う会話を耳にした事がある、と大分経ってから、この写真を仏間に飾るに至った時、教えてくれました。 この写真は、ワタシの知ってる祖母が亡くなり、その祖母を大切にしていた祖父が亡くなった時、父が意を決したように小さな小さな写真を出してきて、『これも大きく伸ばして飾りたい。』と言って、遺影にしてもらった時の事でした。お父さん、ずっとそんな風に想ってたんですね。遠慮もしてたんでしょう。 自分でも自分に似てると思える、一度もあった事のない人。 何だか不思議な感じがします。家族仲のギクシャクしたところとかは決してなく、菊江おばあちゃんも大好きなんですが、何となく、この方ともお話とかしてみたかった気がします。 自分に似ているところが面影意外にもあったのか、なかったのか。
あんなに可愛らしかったのに、歳のうんと離れた人で、子供が3人もいる家に初婚で入ったおばあちゃんの事とか、おばあちゃんとおじいちゃんの間に子供が生まれてたら、とか、3人の子供をおいて若くして他界したこの方の心残りとか、結局2人の奥さんに先立たれたおじいちゃんの心痛とか、おじいちゃんは孫の前じゃそんな話一度もした事ないけど、この方との結婚生活の事とか。(あ、おじいちゃんは多分、若い頃はハンサムだったんです、きっと。身長は明治男なのに180cm近くあったし。) そんな、当事者達が誰もいなくなったささやかな家族の秘密めいた事。この遺影を見ると時々考えたりします。止まった時間。その中でうっすら微笑む人。会った事がないけど、自分に似てる人、自分に近しい人、本当に不思議な感じがします。

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by sanaegogo | 2012-07-22 00:00 | つぶやき | Comments(0)
Black/White

Black/White と言っても、モノクロームの写真のことでも、マイケル・ジャクソンでもないですよ。当家のカイくんの事です。 (ご存知のように)カイは甲斐犬のミックスなんですが、お世話になっている動物病院の先生曰く、とても甲斐犬の特徴がよく出ているそうです。舌も黒い斑点が見られるし、体も結構お洒落な黒虎毛です。ただ、洋犬の血が混じっているようで、目は甲斐犬の目より円らで可愛らしく、覗き込むと綺麗な葡萄色をしてます。甲斐犬は猟で猪を追い込むほど勇猛果敢な性格で、目も少しつり上がった三角目です。ま、所謂おしょうゆ顔なんですが、カイは気弱な性格で、散歩では小さなトイプードルや豆芝にも追い込まれてしまうような・・・・。で、目は真ん丸できょとんとしていて、実に可愛らしい。(親馬鹿) 子供の頃はどの動物もそうなように、大人よりは真っ黒で完全に『黒いわんこ』でした。大人になってからも真っ黒な甲斐犬もいるのですが、カイは黒虎毛で、だんだんアンダーコートに白い毛が増えてきました。 最近は何だか白毛の割合が凄く増えてきて、カイに向ってよく最近、「どうする?カイ。白いわんこになっちゃったら、どうする?」と尋ねています。「どう、って言われてもさー。」反応はそんな感じです。白毛が増えてきた割合がどうも左右対称でなく、体の左側がより白くて、寝っころがっているのを見ると全然印象が違う時もあるんですよねー。 たとえ白くなったとしても、可愛いわが子なのですが、「黒い犬がいい」と言っていたお父さんは残念がっているかも知れません。
今日はとっても暑かったですが、今日のカイはお風呂で洗われてぐったり。シャンプーが大嫌いなんですね。山の子だからしょうがないのかなー。でもふわっふわです。
カイくんがおうちにいてくれて、どんなにか癒されている事か。数年前まではワタシは横浜に住んでいたので、カイが家に来た頃は、茅ヶ崎に帰ってくるときしかいじくりまわせなかったのですが、今は実家に戻り、家に帰るとカイがいつでもいてくれます。今は仕事も生活も自分のペースで出来ていて、そんなにいやなストレスが溜まる事はないのですが、それでも疲れた日なんかは、既に自分の寝床で眠っているカイのところに行って、迷惑でしょうけど、なでなでしたり、ぎゅーーっと抱きしめたりしてます。巷の働き盛りのお父さん達が家に帰って、寝ている可愛いわが子の顔をひと目見たくて、寝ている部屋の電気をぱちっとつけて、寝ているのもお構い無しにほっぺたつっついたり撫でまわしたりしちゃって。奥さんに『あなた、やっと寝たとこなのよ。起こさないでください。』なんて言われてる、あの心境に近いものがあるのではないでしょうか。カイの寝ている部屋に行って、(贅沢な事に、亡くなった祖父母の部屋を1人で使ってます。)、 ぱちっと電気を付けると、カイは眩しそうに目をしばしばさせて、きょろきょろしながら、状況が呑みこめない感じでしばしぼーーーっとしてます。その仕草が何とも、とてもとても可愛くて、それが見たくてやっちゃうんですよねー。いい迷惑だ、まったく、です。ぎゅーっとされるのもまんざら嫌ではないようなので(か、どうか、真意は判りませんが、甘んじて受け容れているところを見ると、嫌ではないのだと思ってますが。)、『カイ君、"ぎゅー"してあげるねっ!』と言って羽交い絞めにしてます。こんなにみんなを癒しているのを、知ってか知らずか、成すがままにされてます。明日はお庭で遊ぼうねー。

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by sanaegogo | 2012-07-14 00:00 | つぶやき | Comments(0)
嬉しい知らせ






先日来、時間を遣り繰りしてつくっていたポートフォリオですが、とあるワークショップに参加するための審査用だったのですが、この度、無事審査に通ったみたいです。参加の申込み要領のメールが送られてきました。今、写美で個展を開いている人気のとある女流写真家のワークショップで、8月に集中的に行われます。(ホンマさんの時も受講生仲間で言ってたのですが、審査の厳しさは判らないまでも、ここ数年、『審査に受かる』なんて言葉を聞くのは久しぶりで、ちょっとだけ励みにもなるもんですね。) 今度のワークショップの趣旨は、『写真集の編集や構成に焦点を絞っていく』と言うもので、『作品にするためのなんらかの材料、もしくはアイディアなどを持っている方が対象』との事。ここはワタシの一番関心のあるところで、写真を選んで数を絞ったり、それをある流れやテーマで並べてまとめていく、と言う事をちょっとやってみたくて、これまで撮って来た写真の中から『空気』や『気配』を感じられるものを選んで急遽ポートフォリオにまとめたのですが、ま、いつもの悪いクセで選びきれず、何と44枚になってしまいました。なので、ワークショップではそれを絞っていって、勇気をもって外したり、追加撮影を行ったりで形にしていきたいと思って、楽しみにしてます。この水仙のシリーズは、ポートフォリオにも入れましたが、ワタシの好きなシリーズです。しかしながら、先に受講していたホンマタカシさんのワークショップで何度となく受講生がアドバイスされていた、『自分が好きな写真と人が観ていいと思う写真は必ずしも一致しない。』と言う言葉も念頭に置いて、構成の段階で外すとなれば外す事も辞さない訳ですが、それでも今の段階では、ページのトップを飾るに至った1枚です。今年も出来ればやりたかったグループ展ですが、今年はこのふたつのワークショップに参加した事で、そして、今回ので写真集的な作品にもって行くことで、その代わりとするのかな、と思っています。(でもチャンスがあったら是非と思っているのですが。) そして、今回(前回のWSと同様に)何かこれからのヒントみたいなものを手に入れる事が出来たら、今度はまた違ったものに挑戦してみたいと、今から楽しみにしています。







今年は本当に、学びの年、吸収の年となりそうです。3年くらい前は、何だか、それまで自分が吸収して蓄積してきた事を全て吐き出してしまったような消耗した感じを覚えていて、自分の中に新しいネタも増えてないし、これまでのエピソードを繰り返し繰り返し再利用して使い回していたような感覚に陥っていたのですが、ここ数年は新たに種を蒔き自分の中でそれが(何か新しいものが)育ってくるのを待っているような、そんな感じがしています。生活にも変化が顕れたような気がします。以前から決して判で押したような生活をしていた訳ではないのですが、自分でこのブログを読み返してみても、明らかに何かが変化しているように思えます。 (これはいい傾向なのだと信じたいのですが・・・・・。) 自分が変われば周囲も変わる。ものの見え方も変わるし、考え方にも良い変化があるのだとしたら、自分史的にまた違った世界に突入できるのかも知れません。 ま、変わると言っても、全く違う自分になりたいと言う化学反応的リセット欲が働いている訳ではなく、自分の中にある種の新しいエッセンスとして吸収できればよいなぁ、なんて思っている訳です。(常に新鮮さを持って。)
珍しくマジな感じになってますが、夏の夜の独り語り。これもご愛嬌と言う事で。ははは。



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by sanaegogo | 2012-07-12 00:00 | art | Comments(0)