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よい子のための写真教室 番外編
(ホントはもうあんまり書いちゃいけないのかも知れないけど・・・・) この日は『よい子のための写真教室』の補講があったので、ちょいとオブザーバーで参加してきました。もともと予定されていたうちの1回がホンマさんの出張でNGになったので、順延になった回に都合が悪かった受講生のために行われた回でしたが、苦楽を共にした(?)1班の面々のうち2名の発表も見届けたかったし、最後まで残った全員(脱落した人もいました)の最終回の発表も見たかったので、オブザーバー参加を希望してたんですが、そんな風に思う人は案外多かったようで、ホンマさんから傍聴OKが出たばかりか、先日リムアートで行われた「RRREECCONNSSSTRUCCTT」と言うイベントのちっちゃい版を出席者・傍聴者のために開催してくれると言う何とも粋な計らいもあったりして・・・・。 この「RRREECCONNSSSTRUCCTT」は、都合が合わず参加出来なかったんですが、『ホンマさん自身がオリジナルの写真印画紙を、縦もしくは横の複数の短冊状にカットしてバラバラにして、解体された写真から一枚の新しい写真を「再構築」する』というイベントで、『分割されたイメージの中から好きな断片をいくつか選び、自分で並び順番を考え、自由につなぎあわせて世界にたった一枚のオリジナルの写真を制作する』というもの。参加費は、確か1枚5,000円、2枚で9,500円でしたが、この日は無料。何と言うことでしょう! しかも補講を傍聴したいと希望した後からご本人のオファーでこの番外編が実現したので、全く予想もしていなく、これはCMではないですが、お金では買えない価値がある。Priceless なプレミアイベントとなった気がします。 ホンチャンのイベントの時はファンの子は、写真がモッタイナサ過ぎて刻む事が出来ない人も現れたようです。 ワタシは北欧風の素敵なお部屋の写真を、マチス、ピカソをイメージして再構築してみました。 写真は撮影のために預けてきてしまったので、まだ手許には届いていませんが、戻ってきたらそれもご披露したいと思います。

そんな訳で、今回は、その後の呑み会(打ち上げ?)のハナシ。 何度目かの座席シャッフルがあった時、ホンマさんのお隣に座ったのですが、それまで、何人かの皆さんにみてもらってた定期券サイズの写真の出力を、ホンマさんにみてもらう機会がありました。 とある目的でPortfolioをつくろうと思っていて、並び順を考えるために小さいサイズを持ち歩いていたのですが、実はちょっとホンマさんにみてもらう写真の系統ではなかったのは事実。でもこの際だから、と思って勇気を持って、「突然ですけど、ワタシ、写真持ってるんです。みてくださいっ!」と。ホンマさんは、「おっとー!すごいタイミングで出してきたね。」と笑っていましたが、ざっとみてくれて、感想は、「前から写真は撮ってたの?」と言う言葉を皮切りにあれやこれやと。逐一記すのも無粋でどうかと思うので、割愛しましすが、色々撮ってきた中で、今回まとめようと思っていた自分の写真の傾向が全くホンマイズムとは違うものであったこともありますが、「(前略)写真に写る範囲は機械によってコントロールされてしまうものだから、その対象以外にも意図せず、予期せず写りこんでしまったものとかに面白さが含まれているのだと思う。だから、トリミングしてそれを排除してしまうのではなく、トリミングによってそんな余計なところに溜まった面白さがクローズアップされるのが面白いから。」と言ったようなアドバイスをいただきました。ワタシはまだとにかく色々なものを色んな風に撮っている段階だし、写真家ではWSでは『古典』みたいな扱いをされていたブレッソンもやっぱり好きだ、と言う事も正直に告白したし、ホンマさんウケ狙いで迎合したような中途半端な写真をみてもらうより、こんな写真も撮ってますと、対極にあるような今回の写真達をみせる事になったのも、ある種その時の運命と言うか、とにかく、なるようになれ的にお話をさせていただいたのは良かったと思ってます。そんな訳でホンマさんに会える、こんな風に呑めるのはもうこれで最後かも知れませんが、秋の繁忙期を前に、今年イチオシのエピソードになった事は間違いありません。

そんな訳で、portfolio こちらにアップロードしてみました。明日あたり最後のプリントが届いて完成です! 今回はこんな感じ。 次回はまた違う感じになると思いますが・・・・。(様々なものに影響されつつ 少しずつ変化してるから。)
Slideshow: http://www.flickr.com/photos/30000710@N07/sets/72157630387834582/show/



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by sanaegogo | 2012-06-30 00:00 | activity | Comments(2)
David Lynch (デヴィッド・リンチ) 展

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≪Hand of Dreams≫


今週、引続きSlowな日々が続いているので、始まるのを心待ちにしていた『デヴィッド・リンチ展』を観に、渋谷ヒカリエ 8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery まで行ってきました。6月27日から始まってます!

デヴィッド・リンチ展

2012年6月27日(水) ~ 7月23日(月) 11:00 ~ 20:00
8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery

David Lynch(デヴィッド・リンチ)は、言わずと知れた、数々の話題作を世に送り出している映画監督。ここでそのプロフィールをなぞらなくても、その足跡はご存知の方は多いはず。自分自身と照らし合わせると、初めてリンチ作品に触れたのは「エレファント・マン」。子供だったのに劇場に観に行きました。当時はまだ映画のパンフレットなどを買い集めていたので、今でもクローゼットの奥にしまってあります。もっとも、これもリンチの作品であったという事を知るのは、ずっと後の事になるのですが。その後、「ブルー・ベルベット」「ワイルド・アット・ハート」「デューン/砂の惑星」(←ただのスティング目当て)などを観てきましたが、やっぱり、カルトを離れ多くの人に愛され(?)て話題に上ったのが「ツイン・ピークス」でしょうか。 “世界一美しい死体 ローラ・パーマー” の死顔は今でもオールド・ファンの心の中に息づいていることと思います。ワタシも当時、(ツイン・ピークス フェアをやっていた)ミスター・ドーナッツでチェリーパイなどをよく食べてました。映像や映画に造詣が深い人は、最もImpressiveな作品として「マルホランド・ドライブ」を挙げる人が多いようですが、2001年、この頃は本当に毎日のスピードが速く毎日を乗り切るのがやっとで、残念ながらちゃんと観ていないのです。今更ですがDVDで観る事も出来ると思うのですが、後々記憶に残るだろう映画は劇場に、しかもリアルタイムで観たい性質なので、そのタイミングはもう取り戻せないのかと思うと残念です。おっと、私的な思い出話がすぎました。

さて、そんなリンチ展ですが、水彩やリトグラフで描かれたリンチワールドが炸裂したものだったと思います。機械と対峙するリンチや、マッチやハンマーなど「危ないもの」を使って遊ぶリンチ、水彩のじょわっっと滲んだ筆致がリンチの体からじょわっと滲み出るエキスや霧散した体液のようなものを感じさせます。(血液ほど生々しい感じは無く・・・・) (決してグロかったり、splatter的なものではないです。) いくつかの絵に、捻り出して発せられたような印象を持つ、バラバラとしたテキストが入っています。機械から発せられた電子音声のような感じ。これはきっとその作品を制作している時の頭の中を駆け回っているイメージなのでしょう。リンチの映画に出てくるような回想の場面、空想の場面、夢の中の場面、果ては全然関係ない第三者の空想場面などがギャラリーの白い壁沿いに並べられていました。
ギャラリーの入口のところにデヴィッド・リンチ本人からのヴィデオメッセージが流れるモニターがあって、リンチ独特の低予算で敢えて子供だましのようなローテク映像の中で来場者にお礼を言っていました。(ネタバレですが)、メッセージの最後には画面を通して「愛」と「平和」と言う二つの漢字を書き上げます。外国の人が漢字を書き順通りに書く仕草を見るといつも、まるで何かを念じている呪文に添えた手の動きのように見えます。リンチのそれは、まさにそれでした。
リンチの映画以外での制作活動は幅広く、絵画や写真、アニメーションや立体作品、音楽制作にまで及んでいて、リンチ自身の内なる世界観を様々なメディアを使用して放出しています。いずれにしても、妄想とフラッシュバックに支配されたようなリンチワールドをまた一味違った視点から味わえる、そんなリンチ展です。 Admission Freeなので、何度でも足を運ぶことが出来そうです。何度も時を改めて観に行ったり、リンチの映画をいくつか観直してからまた行ったりすると面白かったりするかも知れません。



≪I have a radio≫




≪Man and Machine≫




≪Lynches in the Lynch≫


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by sanaegogo | 2012-06-28 00:00 | art | Comments(0)
川内倫子 ―照度 あめつち 影を見る―


川内倫子展 照度 あめつち 影を見る
Illuminance, Ametsuchi, Seeing Shadow
東京都写真美術館
2012年5月12日 ( 土 ) ~ 7月16日 ( 月・祝 )

理屈抜きに彼女の写真が好きです。 好きだし、憧れます。 それはワタシ自身の求めているスタイルの遠く突き抜けたその先のところに彼女の写真があるからだと思います。一見、『女性らしい写真』とか『女の人が好きそうな写真』とか形容されがちですが、ワタシは何となく、女性とか男性とかじゃなくて、人間と神だったら人間の撮った写真、って言うような印象です。それは中性的というのともちょっと違うんです。(上手く言えないけど)。対象には寄っているのにどこか大きく俯瞰していて、それでいてとても日常的でありながら抽象的、神と共に生きる、それが人間、みたいな感じです。(誉めすぎでしょうか。) ま、それは印象の問題で、『理屈抜き』と言ってもそこに彼女が世の中で評価される『理屈』は確かにあって、ふとそれを考えたりします。
川内倫子はきらきらとした光るものを追い求めているようです。画面は光でハレーションを起こし、神々しい光を放っています。 ハイキーで白飛びしたその写真達はとても眩く、世の中に降り注ぐ陽の光でそこに写し取られたものは存分に表現されています。それと対照的に捌かれる魚や肉辺、大きな虫の死骸を運ぶ小さな虫など、生命の連鎖もあります。断片的に並んだそれらの写真で、それを生命と死の連鎖なのだと観る人に判らせる説得力があります。ただ、断片的で脈絡のないようなイメージの羅列なのですが、そこには倫子の提示する一貫性があって、それをすらすらと解説できたらよいのでしょうけど、そのもやもやがあってこそ、彼女の写真の奥深さとその深い感性を感じる事が出来るのだと思います。断片を繋ぎ合わせて普遍を構成する、写真の画面の目に見えるその奥で繋がっている、そんな写真展です。
そう言う意味では、≪あめつち≫のシリーズは今までの倫子とは違った印象を受けた気がしましたが、多分繋がっていく方向が水平方向への広がりではなくて、ベクトルが上に向くというか、天に昇っていくような感覚を受けました。 後で本人のコメントなどを読んでみたら、確かに。それまでとは違った心境でそのシリーズは産み出されたようです。産みの苦しみ的な試行錯誤の末ではなく、流れるように漂うようにその作風は姿を変えているのですね。
もう少しじっくりと観たくなって、久しぶりに図録を購入しました。 自分自身も流れて行きたい(生きたい)その先がそこにはあるような気がして、今度の週末じっくり観るのを今は楽しみにしています。
写美のウェブサイトにインタビューが載ってました: http://syabi.com/contents/exhibition/topic-1593.html





さて、この日、たっぷり余裕を持って出かけたはずなのに、≪Iridescence≫(イリディッセンス)のヴィデオインスタレーションをつぶさに観入ってしまい時間がなくなって、その後の『よい子』達との同窓会に間に合わなくなりそうになりました。1ヶ月ぶりの『よい子のためのお食事会』は渋谷のQuatre Café (キャトル・カフェ)で。ここは中目黒にあるHuit (ユイット)の系列店で、一度行ってみたかったんですが、(渋谷にあるとは知っていたが、こんなところにあったとはっ!)、 とっても居心地の良い店で気に入ってしまいました。予約してくれた、じぇふ。Good Choice でした。どうもありがとう。



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by sanaegogo | 2012-06-24 00:00 | art | Comments(0)
今年の夏も下田が待ってる!!
先日、今年もまた(歳甲斐もなく)夏に下田に行く事にして、『今年はいつにしようかねー。』なんて話をしてました。 ソウル・サーファーを観たせいか、毎年毎年言ってますが、口だけになっている『今年こそはボディーボード復活!』が、かなり本気の様相を呈してきました。ここ最近は車にも積み込まなくなってしまいましたが、今年は、(今年こそは?)、昼寝ばかりではなく、下田の海に抱かれてみようかと思っていまーす。



さて、そんな訳で。 去年のフィルムでしたが、ずっと仕舞いっ放しで現像にだしていなかった下田の写真が出来上がってきたので。 下田の大浜です。 今年も行ってきま~す!

 

 



こちらは同じフィルムに入っていた、去年の庭の風景。 大好きな蘇鉄の木。 でもこれ、夏の風景じゃないですね。 いつだろう? リバーサルのフィルムは何とも言えない風合いを見せてくれます。







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by sanaegogo | 2012-06-23 00:00 | traveling in Japan | Comments(4)
清澄白河界隈


最近ちっとも自分で撮った写真をアップしてないわ・・・・。と思い、先日清澄白河に出かけた時の写真をいくつか。 6月はまたしても企画書書きに追われていて、提出が終わってSlowに迎えた今週、ちこちことポートフォリオを作るために写真を整理してプリントに回したりしてます。



ワタシが清澄白河に行くのはいつも休みの日が多いのですが、都現美に行く時くらいしか立ち寄るチャンスがないんですね。 でも、街は休日のせいか、いつもシャッターが降りている店が多く、賑わっているという感じは見受けた事がありません。 道がやたらと広いので辛うじて都会なのね、と思いますが、東京っぽくないですねー。 近くのスカイツリー界隈はきっと賑わっているんでしょうけど。



この日は夏のようなとっても良い天気の日で、道端には日差しの濃い影が出来てました。人通りが少ないので、人並みが切れるまでシャッターを待つ、何てことはめったにありません。都現美に行く途中、忽然と古本屋さんがあって、店の外に積んである本をテーブルに座って読んだり出来るんですが、これはその界隈。最近大きなカメラを持ち歩く事があまりなくなってますが、これはコンパクトの方で撮りました。きっと大きな方だったら、もうちょっと雰囲気のある写真になったのかも知れない、と思うと、ちょっと後悔。東京の道端にもこんな影が出来るんですね。



トーマス・デマンドを観ていたら、俄かに天気が悪くなっていたようで、ふと見ると外はどんより曇ってました。
この日面白いことがあったのは、デマンドを観終わって、駅までもどろうとぶらぶらしていたら、ホンマタカシさんのワークショップでお世話になったアシスタントの彼女とばったり!とであった事。 デマンドはホンマさんも勧めてたので、彼女も観に来たのか、それとも若いアーティスト系の人が多く住む街なので、ご在住なのかな。 思わぬところで思わぬ人とばったり逢うのって、楽しい気持ちになって、その人とご縁があるのかな、なんて勝手に思っちゃいますよね。そして、自分の周りが停滞してるのではなくて、動きと変化があるんだなぁ、なんて実感する事が出来ます。 こう言うことがあるといつもそんな風に思います。

海外の美術館に行くと必ずと言って良いほどそこのカフェで食事なんかをするのがすきなのですが、都内では唯一(と言って良いほど)、都現美ではそんな事が楽しめると思ってます。都現美の1階にあるcontent restaurant(レストラン コントン) です。この日はチキンのグリル、トマトとオリーブのソースです。ここのカフェは、ゆったりと広いスペースなんですが、人があまりいなくて、勿論、急かされる事もないので、勉強したりしてる学生さんとかも良く見かけます。

前回来た時は、季節の野菜のグリル、バルサミコソースがけ。これも美味しかった。昼間から必ずビールとかワインとか、呑んじゃうんですよね。今年の始まりは、1月2月と3月の途中まで、仕事を休んで(継続的な仕事は入れず)ゆっくりとしていたので、色々と観て廻る事が出来て、ワタシにとっては貴重な時間になりました。 これから秋にかけて、また忙しくなるけど、こんな時間は大切に確保したいな、と思ったりしています。


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by sanaegogo | 2012-06-11 00:00 | お店@その他 | Comments(0)
Thomas Demand ― トーマス・デマンド展 ―


Thomas Demand
トーマス・デマンド展
東京都現代美術館
2012年5月19日(土) ~ 7月8日(日)

トーマス・デマンドはもともとは造型作家で、厚紙を素材として実際の社会で起きた政治事件や社会的センセーションを精巧に再現し、それを写真に納めると言う手法で制作活動をしています。これは、コンストラクテッド・フォト(構成写真)と言われていて、どの作品にも必ず背景や事実があり、無口でありながら示唆がある作品です。 無口と言うのは、例えば、ピカソのゲルニカのように、社会に一石を投じて、戦火の中の怒涛や叫びが聞こえてきそうな感じではなく、その画面は物静かで静寂に包まれています。静かに主張しているのです。それは偏にそこが厚紙と言う無機物で再現された人の気配のしない世界であるが故のことですが、その世界は一体何なんだろう、と考えます。現実のような非現実。ほぼ原寸大に仕上げられたと言うその厚紙で出来た世界は、『事実』のみがあり、さながら現場検証のようでありながら、事件直後の生々しさはなく、時系列の中でぽっとそこだけ浮かび上がったような感覚を観ている者に感じさせます。写真に納められた平面だけでもかなり精緻に精密に造りあげられているのは察せますが、大統領のシリーズなどは、アングルを換えて色々な視点で撮影されていて、そこから、写真に写る部分だけではなく、全体として再現されているものなのだと解り、驚かされます。ネタバレになってしまうかも知れませんが、展示されている作品をキャプションだけを追いながら、『これは一体何のことなのかな?』と思いながら1回観終わります。観に行く人はみな、簡単に展示概要などを読んでいくと思うので、デマンドがどのように制作をしているか、そこにあるのは何か事件の現場なのだろうと言うのはある程度判って観るのだと思いますが、直接それと知れるものは少なく(これには日本人と言う事や世代も関係していると思いますが)、始めはただそこにあるものを作品として感じ、その出来栄えに感嘆します。1周すると誰でも受け取れる冊子が置いてあって、そこには主要な写真の背景となった事件の解説が記されています。それを読みながら確認しながら2回目へ。するとさっきは漠然と見ていたその写真達が、場面が具体的に再現されていると言うリアリティーだけでなく、起こった事件のリアリティーと共に語りかけてくるのです。 非現実と現実が初めて混ざり合ったような感覚を覚えるのです。見え方も何となく違ってくるような気がするのが不思議です。現実味を帯びる、と言う言葉がありますが、それが当てはまるのかどうか判りませんが、そんな感じです。これは、デマンド自身のアイディアで、始めは何の予備知識も先入観もなくただ作品を観て感じて欲しい。という事でこのようになったと監視のお姉さんが教えてくれました。解説書をつけるのも躊躇したので、キュレーターと話し合った結果、このような手法をとったそうですが、これはデマンドの意思も汲み、観る人の鑑賞態度にも良い効果を与えた素晴らしい折衷案だと思います。 (因みに、余談ですが、この展示のキュレーターはプレスリリースによると長谷川祐子さんだそうです。流石ですね。)
コンテンポラリーの時代になって、(その時代時代でそうなのかも知れませんが)、自分の心象世界ではなく作品に社会的背景や社会との関わりを映し出すものが作品に多いですが、デマンドは押し付けがましいアピールがなく、静かに主張し、事実を静観し、何かを語っています。これがきっとデマンドの社会との距離感と言うか、関わり方なのでしょう。

印象に残った作品をいくつか。
≪浴室≫ 1997年
展覧会を象徴する作品として取り上げられていますが、スイスのある州の元知事が亡くなっていたのホテルの一室の再現です。これを写真に納めた記者は、違法に室内に侵入し遺体を発見し警察に通報する前にこの報道写真を撮影したと言う事で社会問題になったそうです。

≪踊り場≫ 2006年
美術館の展示品である中国の骨董を来場者が誤って倒し粉々に割ってしまい、たまたま居合わせた他の来場者が携帯電話のカメラで納めた写真の再現。それと知ると中国3000年の歴史の重要な遺産が見るも無残に崩れ去った瞬間の切ない気持ちが沸きあがります。

≪制御室≫ 2011年
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた福島第1原発の制御室の再現。これは記憶に新しすぎて、また最も身近で起きた出来事なので、見てすぐにそれと知れるのですが、それ故、デマンドの現場再現の精巧さが際立っていると判るのは皮肉な感じです。

≪エスカレーター≫ 2000年
ロンドンのチャリングクロスで起きた若者による強盗事件の犯人が闘争した様子を記録していた駅の監視カメラの映像に着想を得ています。1回目と2回目。その事実を知っただけで、エスカレーターはただのエスカレーターではなく逃走経路であった事がクローズアップされて来て、観るものもそのような視点で事件全体に想像が及ぶようになります。

≪パシフィック・サン≫ 2011年
オーストラリアのクルーズ船が嵐の中、大きく揺れながら堪える様子を捉えた監視カメラの映像を再現したアニメーション作品。左右に大きく揺すられる船内の家具や備品のその動きは、デマンドが映像に入らない部分さえ精巧に再現している事を顕していて、制作年次の新しいことから、作品に動きを加える事で彼の新しい取り組みが見て取れます。

期せずしてですが、ブログ用に撮影してきた冒頭の写真、画面の中の質感が厚紙で作ったようにも見えて、自分でもかなり感化されたのかな、などと思ったりします。

こちらのレビューも合わせてどうぞ:
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1338790482074/pid_1.html

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by sanaegogo | 2012-06-10 00:00 | art | Comments(0)