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よい子のための写真教室 vol.2
ホンマタカシさん主宰の『よい子のための写真教室』は今回で2回目。前回の1回目は受講生の自己紹介とテキストである『たのしい写真―よい子のための写真教室』の導入部分の講義がありました。前回ホンマさん(今後はホンマ先生とします。)は、「ブログやツイッターで事細かく書かないでくださいねー。」と言ってましたが、ま、全体像のリポートと言うよりは個人的な個人の提出作品についてのやり取りの記録と考察(?)なので、ま、いっかなー、と勝手に思うことにしました。お題の内容はテキストとなっているその著作を見れば何となく判るような気もするので、これもオフレコ勝手に解禁で。第2回までの課題は、『"決定的瞬間"を撮影せよ!!』と言うもので、そのお手本となるのはもちろんかのアンリ・カルティエ=ブレッソンです。ブレッソンは1932年から1952年に撮影された写真を集成して1952年に『決定的瞬間』を出版しました。この『決定的瞬間』は、仏語英訳の"The Decisive Moment"を和訳したものなのですが、そもそもの原題(仏語)は、"Image à la sauvette"で『逃げ去る映像』の意味だそうです。(因みに、この"Image à la sauvette"をGoogle翻訳してみたら、『ちゃめっ気たっぷりの写真』と出てきました。『逃げ去る映像』も意訳なのかな?)『決定的瞬間』を何とするか。この捉え方がそれぞれだったのですが、期せずしてこの『ちゃめっ気たっぷり』と言うのがブレッソンの写真の反復と同調のリズム感、流れる情景の一瞬を面白味、楽し味を込めて切り取った愉快爽快さをよく顕している言葉だったな、と感じます。ホンマ先生になぞなぞ的に、何がブレッソンっぽいか、と問われ、色々と答えを探しましたが、自分としての答えは・・・・、「流れるように目の前を過ぎていく光景の一瞬を、おやっ!とか、あれーっとか言う絶妙の構図を一瞬にして切り取り、そこにリズムや躍動感や、止まっている対称だとしても画面自体の動的な雰囲気を醸し出そうと試みる事。例えば、8mmフィルムとかだったら、次のコマが想像できるような、期待できるような、そんなヒトコマを撮影する事。『決定的瞬間』って、"構図の妙"と"次の瞬間の展開への期待感"っていうか、そんな感じだと思ってます。ブレッソンのそれを一瞬に感じるチカラはスゴイです。感覚的なものも必要なんでしょうねー。」と言うところで落ち着き、過去のライブラリーの中からいくつか選択してこの日に臨んでみました。

まず1枚目。


電車の中で眠りに落ちて、目覚めたら自分以外全員が男性、そして乱れまくって寝ていたのです。意識するより咄嗟にカメラを出して撮影しました。あの時の反射神経は自分でも今でも驚くし感心します。ブレッソン的瞬発力です。反復などのリズム感はないですが、余りにも乱れた構図がある種の破壊的リズム感を出してます。前回課題を撮影してくるように、と言われたにも関わらずの半袖の写真は、以前のものだと言う事は一目瞭然。なので、撮影者コメントの時に、「ブレッソンのような街撮りスナップを撮りたくて、カメラを持ち歩いていた時の写真です。」と聞かれてもいないのに言い訳・・・・。でもそれは事実、本当の事なのです。ブレッソンは余りにも魁過ぎて、今となってはもうある種の年配の方々に熱狂的なファンを残すのみ、とホンマ先生は言ってましたが、ワタシ自身を振り返って考えてみれば、ワタシも今でもその街撮りスナップに傾倒・熱中している訳ではないなー、と今日改めて感じました。きっと、どんな世代の若者でも音楽(今は洋楽って言葉はあるんでしょうか。)を聴き始めた年頃の頃、その入り口は何であったにせよ、ビートルズやストーンズまで遡って、辿ってきた道筋をなぞり直すような好奇心に襲われ、そして動かされるけど、ワタシにとってのブレッソンもきっとそんな感じに近いのだと思ったりしました。
本当はこれは自分にとってはトッテオキの写真だったので、これまでこういったワークショップ系のものに提出するのは控えていたんですが、ホンマ先生だし、出し惜しみをしている場合じゃないな、と『決定的瞬間』として提出した次第です。Esquire Digital Photograph Awards の最終選考にも残った記念すべき1枚でした。残念ながらダメだったんですが、『受賞した際のコメントを用意しておいてください。』とメールをいただいて、舞い上がったもんでした・・・・。それと同時に今回これにこの1枚を提出した事によって、この頃の呪縛から解き放たれたような気も、何だかしています。


本当は出そうと思っていた写真が、以下の3枚目も含めて分散拡散型(決して嫌いではない、むしろ好き)の画面だったので、急遽これに変更しました。両足が上に上がっているのにぴたっと止まっているような、だけど画面からはみ出しそうになっちゃって、画角から飛び出してどっか行っちゃいそうになってるおじさんのポジションが面白くて、(今なら「おちゃめ」と言う表現を使おうかしら。)出しました。これも半袖丸出しで、課題遂行しなかったの、バレバレですね。


因みに、最後まで迷ったのがこの写真。原宿です。拡散画面で好きな写真です。 この写真に関する評価は終ぞ知れず・・・・・。 制限された枚数に絞り込むのは、いつもながらToughな作業です。


3枚目はこれで、ブレッソンの写真の中に、いくつかの窓からオンナの人が顔を出しているものや北京での窓の写真、それに紳士が(確か・・・)電車の窓っぽいところからこちらを見ているのがありますが、それにインスパイアされていたと思います。結構この写真も好きです。サンライズ出雲を撮影したものです。これは駅のホームにいたら偶然やってきた写真を咄嗟に撮ったものですが、チャンスがあったら、もう1度、真正面から撮影しに行ってみたいものです。

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by sanaegogo | 2012-03-25 00:00 | activity | Comments(0)
Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち


バックデートにはなりますが、『 Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を見てきました。ピナ・バウシュは2009年に急逝したドイツのヴッパタール舞踊団芸術監督兼振付家にして、天才舞踏家と呼ばれていた、コンテンポラリーダンサーで、亡くなるわずか6日前に癌を宣告されたと言う話を知り、胸が詰まる思いがしました。6日間では自分がこの世から居なくなるための最小限の準備も出来ないだろうし、第一、そんな事があるものなのだろうか、と、彼女の人生のある種ドラマチックで伝説になりそうなエピソードに驚きもしました。ピナ・バウシュについては、あまり詳しくはなかったのですが、バレエと演劇の垣根を取り払い、そのどちらでもない全く新しいジャンルを生み出した偉大なダンサーと聞いています。独自の舞踏芸術を追求し、その独特な世界観は観る者をそこへ引き込み、数々の感動を与え、絶賛を浴びてきました。1999年には来日し、坂本龍一の坂本オペラと言われた「Life」にも出演しているようです。実はこの「Life」、当時仕事の関係で動員されて、まさに東京公演を観に行ったのですが、残念ながらピナ・バウシュの出演に関してはあまり記憶に残っていません。
ワタシがこの映画を観に行ったのはどちらかと言うと、ヴィム・ヴェンダース監督作品、しかも3Dで?と言うところに関心を寄せての事です。『ヴィム・ヴェンダースの映画が好き』と言えるほどではないのですが、『パリ・テキサス』は好きな映画のひとつです。美しいナスターシャ・キンスキー、乾いた砂漠の風景、ライ・クーダー。あのアメリカ的なロードムービーを鮮烈に描いた監督が3Dと言うのは何とも意外ではあったのですが、当のヴィム・ヴェンダースによると、『自分は回帰をする事を好まない。3Dと言う次世代の表現を知ってしまった今となっては、もう以前に戻る事はないだろう』と言ったようなコメントを残しています。それがますます意外でもあり、であるならば、3D表現と『情緒的』なものの融合を是非目指していって欲しいものだ、と思いました。
この作品に関して言えば、ダンスを観るステージの再現、と言う意味においては3Dは有効に使われているようです。当初(ピナの健在の頃)は様々なロケ地に出かけ、そこでピナがダンスを踊ると言う構想で考えられていたようですが、彼女の死後、内容はガラッと方向転換され、ヴッパタールのオペラハウスに観客を入れ、ライブで新たに「カフェ・ミュラー」「春の祭典」「フルムーン」「コンタクトホーフ」を撮影したそうです。ピナの残した団員達は皆それぞれとても個性的で、悪い言い方をすれば粒が揃っておらず、恐らく古典バレエの世界ではあり得ない状態のように思います。その十人十色の団員達を優しく大きく広い見識で包み込んでいたのかと思うと、ピナ・バウシュと言う人物の底知れない優しさ、人類愛みたいなものが感じられます。古くから続く画一的なものを排除したかったのでしょうね。ダンスはそのバラエティーに富んだ弟子たちによって、劇場のみならず、モノレールや工場などの現代建築、森や庭園などの自然の中でソロパフォーマンスが繰り広げられます。それはピナが手塩にかけて育てたダンサーが、彼女の「いのち」を繋いで踊り続けていると言う事を顕しており、邦題にのみ付けられた『踊り続けるいのち』と言うフレーズもそれを表したものなのだと思います。彼らの失ったものの大きさ、ピナの偉大さを改めて知らされた気がします。(劇中の4作品のうち、「春の祭典」では、春と言う麗らかな印象とは裏腹な狂気じみた空気感、「コンタクトホーフ」でも後半にかけての異様な雰囲気が印象的でした。)そして、個人的にはヴィム・ヴェンダースの今後が気になるところです。(彼の作品の世界観と3Dがどう調和されていくのか・・・・。)これは偏に、『パリ・テキサス』の印象があまりにも強いから、によるものだと思います。



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by sanaegogo | 2012-03-16 00:00 | movie | Comments(0)
生誕100年 ジャクソン・ポロック展
「アメリカで今生きている最も偉大な画家か?」とライフ誌が評した革命児、ジャクソン・ポロックの生誕100年を記念した回顧展が東京国立近代美術館で開催されている。


生誕100年 ジャクソン・ポロック展
2012/2/10 ― 2012/5/6
東京国立近代美術館


日本で初めて開催される、まとまった点数を見る事が出来る回顧展で、現在国内で収蔵されているポロック作品の全てが展示されている。その数、海外からのものも合わせて70数点。早世し、かつ生前はその不安定な精神状態から自ら破棄してしまった作品も多いため、作品の総点数はそれほど多くはないポロックだけの個展の実現は、ポロックファンを少なからず驚かせ、「今後、この量・質での開催は実施できないだろう。」と専門家は語っているようだ。世界中に散らばってしまった作品達の中には門外不出になってしまっていたものもあり、例えばテヘラン美術館所蔵の「インディアンレッドの地の壁画」(1950)などがそう。作品が少ないのに強烈な個性を残しているこう言った作家の個展を行うには、そこに強い思い入れと苦労を感じ取る事ができる。平日の割には近美には多くの人が観に来ていたが、いつもよりも鑑賞する人たちは熱心であったような気がした。

ポロックもその作風、スタイルを次々と変容させていった画家の1人で、その集大成というか絶頂期のスタイルが、「オールオヴァー」と呼ばれている図も地もない均一で画面の端の端まで埋め尽くされた絵画スタイルだ。これは「ドリッピング」(dripping)とか「ポーリング」(pouring)と言う、絵筆を直接画面に触れさせる事なしに、その飛沫によって表現する手法によって描かれていて、ポロックの最高傑作と呼ばれているいくつかが、この時代にこの手法によって生み出されている。自分自身がポロックと言う画家を認識したのもその時代のものだったのだが、この回顧展を観に行って、この絶頂期に長く留まる事なく、比較的あっさりと次の試行錯誤に移っていった事を知り、絶頂期の滞在期間は短いのに、近代の名だたる画家のひとりとして数えられる事となるこの「オールオーヴァー」が与えるインパクトの凄さも同時に知った訳だ。自分が始めてポロックを知ったのは、多分、中学生の頃、図書館で図録や画集を漁っていた頃だと思うのだけど、この「オールオーヴァー」に対してさほど違和感は感じなかったように記憶している。『これは絵画か?』と言う見方もあった(ある)ようだけど、自分には充分に絵画として認識されていたように思われる。ポロックは決して偶然だけを頼りにしてドリッピングやポーリングを施していた訳ではなく、そこにはある種の意図であるとか、規則性や反復を見出す事が出来て、彼はあくまでも画面を意図的に創りだし構成させている。それが今回の回顧展を観て、再確認する事が出来た。床に画材・画布を置いて、全体を見ながら叩きつけるように、時にはスナップを効かせて、エナメルやアルミニウムの塗料を置いていく。その画面に打ち付けられる塗料の形状は確かに偶然の産物かも知れないが、明らかにポロックは全体を上から俯瞰しながら全体の構成を見ている。そう、画面を構成させているのだ。これはどちらかと言うと、何か表現対象があるファインアートと言うよりは、テキスタイルアートであるとかグラフィックなどの感覚に近いのかも知れない。
この画面を均質に埋めていく作業は「アクション・ペインティング」と呼ばれており、このペイントする行為自体も含めたものがポロックの作品である、と言う事が出来るのではないだろうか。同じように作風を頻繁に精力的に変えていった画家として、ピカソがまず頭に浮かぶが、ポロックもまたピカソに深く影響を受け、それを乗り越えようとしていた。『全てあいつ(ピカソ)が既にやってしまった!』と言うような発言も残していると本回顧展では記されていた。しかし遂には、アクション・ペインティングも含め、このオールオーヴァーの手法によって、ピカソを越える云々ではなく、全く別次元のところで、ジャクソン・ポロックが唯一無二のユニークな存在である事を実現させたと言えるのだろう。現代のコンテンポラリー・アートのアート・パフォーマンス(ライブ・ペインティング、ライブ・インスタレーションと呼んだほうが的確か?)に通じるライブ感溢れるその作業は、ピカソの仕事と敢えて比較をするのであれば、当時としてはより前衛的だったのだと言えるかもしれない。
最後に、ポロックと言えば気になるのが、その独特の色彩。茶・黒・白・銀など暗く沈んでいながらにしてコントラストの強いその画面のストラクチャー。絶妙のバランスで散りばめるターコイズや赤、黄色。こんな粗織のツイードのコートがあったら是非欲しい、と思ったことがある。それは冗談として、ポロックはネイティブ・アメリカンの文化・芸術にもヒントを多く得ている、と言う事。なる程、顕れ方は違っていても、その根底に流れるものに不思議と惹かれるものなのだな、と実感した。(私自身、ネイティブ・アメリカン・アートが好きなので、それで、このポロックの色彩に妙に惹かれたのだな、と。)
近美はホント良いのをやるなぁ、と予てから思ってるところですが、会期はまだまだあるので、是非。



MoMAで観たポロックの接写。作品名はちょっと不明。本当はかなりの大画面なのだが、画面いっぱいに撒き散らされたエナメル塗料の重なりと隆起が面白くて接写をしたのを覚えている。(残念ながらボケてるけど。)

公式ホームページ: http://pollock100.com/
プレスリリース: http://pollock100.com/pdf/release-Pollock-PR.pdf

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by sanaegogo | 2012-03-15 00:00 | art | Comments(2)