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金沢21世紀美術館 訪問


昨日は雪も激しく降っていて、昼間でも空の色は雪曇。
テレビのニュースで見ていると、雪国の人は傘をささない(実際ワタシもそうだったし)ので、
暫くそのまま歩いていたけど、自分の上にも雪が積もってきて、
帽子やフードではまかないきれなくなり、慌てて傘を購入。



翌日は、降ったり止んだりの空。
降っていない時は時折は青空が見えてたりして。
さて、金沢21世紀美術館。
2004年にSANAA(妹島和世・西沢立衛)によって設計された、主にコンテンポラリーを収蔵する美術館。SANAAはこの建物でヴェネツィア・ビエンナーレの金獅子賞を受賞してます。
円形の建物の概観は、正面エントランスが無くて、どこから入っても何所に出てもOK。
とは言え、ワタシはこの日、傘を預けてしまったので、同じ所からしか出入り出来なかったんだけど。

● レアンドロ・エルリッヒ「スイミング・プール」
● ジェームズ・タレル「ブルー・プラネット・スカイ」
● ヤン・ファーブル 「雲を測る男」
などがよく知られていると思います。
雲を測る男は、あまりの雪空のため、何所をどう測ってよいのか、途方に暮れていたようです。
写真手前のカラフルなのは、
● オラファー・エリアソン 「カラー・アクティヴィティ・ハウス」



建物の外にもいくつかの作品が展示されています。
雪に埋もれた椅子は、どなたかの作品なんでしょうか。
美術館の中には、作品(展示品)と見紛うばかりの楽しい椅子が一杯は配置してありました。
無料ゾーンなので、きっと地元の人は本とか読みに座りに来たりするんでしょうねー。



企画展は何をやってるのかな。
と思っていたら、ピーター・マクドナルドの『訪問者
サロンと展示室13で見ることが出来ます。
これは、『ディスコ』
展示室13の壁一杯にディスコの様子がペイントされていて、カウチに座って暫しビートを感じる事が出来ます。



これは、サロンに展示してあるピーターのペイントの数々。

このピーター・マクドナルド氏は、(個人的なハナシですが)以前代官山のAITに通っていた頃お世話になったインディペンデント・キュレーターのロジャーさんの弟さん。
インディペンデント・キュレーターは日本の仕組み、枠組みの中では珍しいですが、どこの美術館にも所属しないで活動するキュレーターのこと。
『彼(弟さん)は、ここ数年、このバルーン・マンをよく描いていて、何だかこれにハマってるんです。』と言ってました。
作家のご家族のリアルタイム、同時進行系のコメントが聞けるなんて、コンテンポラリーならでは、と思うと同時に、ここでこれに出会う、この縁みたいなものに勝手に嬉しくなったりして。

金沢21世紀美術館はコンテンポラリーを扱う美術館で、その収蔵品もそんな事からインスタレーションが多く、美術品と言うか空間構成とか体感とかを提示してるものが多いです。
同時にやっていたコレクション展 『サイレント・エコー』も空間・映像・音響など体感できるインスタレーションで、じっくり廻ると滞在時間は自然と長くなります。
ツェ・スーメイの《エコー》《ヤドリギ楽譜》
粟津 潔《ピアノ炎上》
アニッシュ・カプーア 《L'Origine du monde》
とか、面白かったです。
このL'Origine du mondeとか、先に挙げた恒久展示の作品達も、美術館のコレクションなのですが、作品であると同時に美術館の1部を構成している1部分のようなものでもあって、その概念が面白いです。
他の美術館を巡回することも無く、ここでしか見られないもです。
金沢21世紀美術館に展示されている事が、作品としてのコンセプトなのです。
箱を作ってそこに作品を収蔵すると言う従来の美術館のスタイルからは一線を隔していて、作家自らそこで作っちゃうと言うのは、コンテンポラリーならではです。



晴れていたので、この日の南天はとても明るく撮れました。
これはこれで、愛らしく。



椿の花もこの通り。
白い雪に葉の緑と花の鮮やかな赤がよく映えてます。



武家屋敷跡や東茶屋、主計町といったお茶屋街では、
ずんずんと入っていきたくなる小路が沢山あって、ソソラレました。
ワタシは旅に来ましたが、ここで暮らしてる人もいる事を実感。 (当たり前だけど)







街中で見られるちょっとしたものにも
風情が溢れてます。
この水引で作った飾り物なんて、なんて贅沢な。

クレマがまるでビロードのように素敵なお抹茶。




最後に、『じわもん』のご紹介。
『じわもん』とは地元の食材で作った加賀料理のこと。
左から「蕪寿司」「鰤味噌おでん」「加賀蓮根のはす蒸し」です。
治部煮はその昔、金沢旅行に来た時にたっぷり味わったので、今回は登場しなかったのですが、これも美味しいですよね。

と言う訳で、金沢21世紀美術館、今度は晴れた麗らかな日に訪れてみるのもよいな、などと思ってます。

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by sanaegogo | 2012-01-27 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
百万石の城下町 金沢
今日現在、今シーズン一番の寒さ、と言うのを毎日のように更新してますが、そんな寒さの中、更に寒さの厳しい雪の降る金沢に出かけたくなったのは、まさに酔狂というもの。学生時代は12月から4月まで年間60日以上雪の中で過ごしてたので、寒さには慣れていて、雪景色には言いようもなく懐かしい気持ちが沸きあがってくるのです。冬のキーンと張り詰めた清潔感溢れる雪景色を堪能してきました。加賀百万石、前田のお殿様のお膝元。冬の金沢です。


― 街中で鳩も雪宿り ―
街中の軒先で鳩が人と一緒に雪宿りしてました 逃げもせず びっくりです



― お堀端の風景 ―
金沢城のお堀の近くの風景 ちょっと『冬ソナ』ちっくです



― 凍る池 ―
水墨画のようです お気に入りの1枚



― 凍る池 ―
凍った池の上にも雪は降り積もっています 寒い冬に枝の細さがなんとも頼りなく







― 雪中南天 ―
今回の旅のイメージはこんな感じ 雪の中の南天の実 雪も綿帽子みたい



― 雪中南天 ―



― 南天の樹 ―
自宅の庭にある南天の樹はワタシの背丈より低い こんなに見上げるような南天の樹を見たのは初めて



― 雪中南天 ―



― 雪中松葉 ―
こんな細い松の葉にも雪が積もってる



― 冬空 ―



― 雪中松葉 ―



― 武家屋敷跡 ―



― 東茶屋街 ―



― 東茶屋街の水汲み場 ―



― 東茶屋街 全景 ―



― 城址の三日月 ―


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by sanaegogo | 2012-01-26 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
大森克己 「すべては初めて起こる」

POLA MUSEUM ANNEX
大森克己写真展 すべては初めて起こる
2011年12月15日(木) ― 2012年1月29日(日)
11:00‐20:00

2011年の春、大森は、自らの住まいや仕事場付近から福島へと旅に出て、桜をフィルムに収めました。ランダムに入る淡いピンクの光は、その桜が、もっというなら世界が、初めて体験することの集積であるということを静かに告げています。

大森克己による4年ぶりの東京での展覧会『すべては初めて起こる』は、当然のようでいて忘れているそのことを、改めて噛みしめる機会となるはずです。

(ポーラ美術館 アネックスのWebsiteより)




ある時この、桜の小道にピンクの光の玉が写り込んでいる一風不思議な写真を見て、ちょっと気になっていたのですが、銀座に用事があったついでに見に行って来ました。大森克己さんの写真展です。「すべては初めて起こる」 (KATSUMI OMORI Everything happens for the first time Project) と題されたプロジェクトの一環で行われている写真展と言う事で、このポーラ美術館アネックスでは震災後の福島の桜の開花に合わせて旅をし、東京の桜と被災地の桜と対比させています。この他にも浅草のギングリッチとマッチアンドカンパニーの書庫でも関連の写真展が行われていたり、写真集の刊行や中沢新一、服部一成らとの対話イベントなども行われています。

震災以来、まさに初めて起こることが多い昨年でした。壁に展示してある写真の中には福島の被災した集落などもあったのですが、そのピンクの球体を映したという泡のような光の玉が、どこか優しく希望に満ちたものさえ感じさせてくれます。どの写真にも不規則にピンクのハレーションが写り込んでいて、壁にずらっと並べられた写真には総じて希望の光がぽつぽつと灯されているように見えます。
面白い写真展でした。写真ってもうスナップとかは特に飽和状態になっているので、自分なりのエッセンスを加えるのに、試行錯誤がされているけれど、これは、見る人の想像力を膨らませて、写真そのものにそのイメージだけを付加して邪魔にならず、あちこちのばらばらな風景の集積でもひとつの世界を形作っていて、ちょっと引き込まれました。色々な場所・場面に何かを映りこませてシリーズ化するような事は、例えば映画の『アメリ』とかを思い出しますが、ああいったものだと写真自体が主人公にならないと言うか、主役が別に現れちゃって、観る人の感覚に訴えてこなくなっちゃうと思うんですよね。(ま、アメリは写真の動機自体が違うのですが。) そのピンクの光の玉の抽象性がエッセンスを加えながらも邪魔にならず、主役のようでいて主役ではなく、印象に残ります。あと、やっぱり福島のこの桜の小道の1枚が心に訴えるものが大きかったと思います。春の柔らかい光の感じが本当によいですよね。

《写真引用》
写真1(上) :http://grazia.woman.excite.co.jp/culture/rid_E1324368268014/
写真2(下左) :http://studiovoice.jp/?p=20941
写真3(下中) :http://shooting-mag.jp/news/exhibition/00202.html
写真4(下右) :http://www.honeyee.com/news/art/2011/003794/

企画制作は PARCO、宣伝美術は GROOVISIONSが手がけたそうです。

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by sanaegogo | 2012-01-23 00:00 | art | Comments(2)
冬景色とNOS-EBISUのこと
ゴヤを観に行った日はとてもとても寒い日っだったのですが、その後の極寒の日々は言うまでもなく・・・・・。でもあの日も充分寒かったのだ。夕方ゴヤを観終わってちょっと時間があるので、どこか冬らしい景色を見られるところをぶらぶらと散歩する事にして、西洋美術館の裏手にある不忍池に行ってみた。縄文時代頃には、この辺り一帯は東京湾の入り江だったんですって。


― 上野恩賜公園の中にあったオドロオドロしいカタチの樹 ―



― 冬空 ―



水面は静かで まるで鏡のようではないですか



― 不忍池の鴨 ―

密生している蓮の花は、季節になったらさぞキレイでしょうねー。
「枯れ専」なので、枯れている蓮池もまた 侘び寂びを感じて良いですね。



― 寒水でも鴨は寛ぐ ―

この寒いのに、さぞかし水の中の足は冷たいと思うのですが。


この後、近くにある岩崎邸にも足を伸ばして、閉館前の駆け込み見学をしました。岩崎邸は撮影禁止だったので、写真は撮れなかったのですが、思いの外楽しんで来ました。「こんなところに実際住んでた人がいたのよねー。」 それにしても、この寒いのに靴を脱いで上がらなければならなかったのが、ホント、寒かったです。




(がらっと趣は変わりますが・・・・。)

さてさて、程なく日も暮れ、お腹も空いてきて丁度良い時になったので、恵比寿へ移動。今日はNOS-EBISに行くのだ。
NOSはこの他青山と渋谷にあって、恵比寿だけ行った事がないので、先日恵比寿で呑んでた時に、今度ここに来よーっと、と思っていたのだ。
渋谷はギャラリースペースにもなって、ライブなども行えるスペースだったけど、ここ恵比寿もそうらしい。この日もシュールな画が壁にかかってたり、近くのテーブルでライブの進行の打合せらしきものとかしてました。
ちなみに出展するのは無料。お店のコンセプトに合えば、スペースの壁を無料で貸してもらえるようです。(でもハードルは高そうですね。)

あと、お店のWebsiteも凝ったつくりですごいです。



DINING BAR NOS-EBIS:
http://www.nos-ebisu.net/

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by sanaegogo | 2012-01-21 00:00 | お店@恵比寿 中目黒 | Comments(0)
プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影


プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影
2011年10月22日(土) ~ 2012年1月29日(日)
国立西洋美術館

ゴヤは18世紀のスペインの宮廷画家で、ベラスケスと共に重きを置かれていて、その作品はスペイン マドリッドのプラド美術館に多く収蔵されています。今回、「裸のマハ」と双璧を成す「着衣のマハ」が来てますが、自分の中ではゴヤ作と言えば「巨人」とか「我が子を食らうサトゥルヌス」の方がぱっと頭に浮かぶかな。この「着衣のマハ」のような画は、どちらかと言えばゴヤとしてはぱっと思い浮かばない感じだけど、実はこう言った風情の画も意外にも手がけていた時代があって、これは一時期マドリードでタペストリーの下絵師をしていた時期を経て、宮廷画家になった頃の作品らしい。(「黒い絵」群に顕れている様に) 暗い陰鬱な画面が多いような印象を持つゴヤだけど、この頃は明るい色彩の牧歌的な題材のものが多いようです。タペストリーの下絵だった事もあるのでしょうが、背景などは輪郭を標した程度のベタ塗りが多く、宮廷画家のような人は描き込むべきところは精緻に描き込むのだと思っていたので、その点では少し拍子抜けをした感はしましたが、そんな時代を経て宮廷画家へとなり名声を得る事になる訳です。「マハ」(maja)と言うのは人名ではなく、スペイン語で「小粋な女(小粋なマドリード娘)」の事を指します。展示室で近くにいたおじさんが、監視員に『何故今回は"裸のマハ"も持ってこなかったのか。』と尋ねてました。監視員はきちんと『プラド美術館の方針で、マハは1度に2枚貸し出しをしないのです。』と答えてました。(へー、そうなんだ・・・・。)
今回、この「着衣のマハ」が来るというので、色々なところでこのマハの露出が多くなってはいますが、このゴヤ展ではその殆どが社会批判や暴力、不条理や破壊などを描いたエッチングが大部分を占めています。批判や嘲笑が渦巻いていて、やはりこれをもって「ゴヤらしい・・・・。」と言えるのかとも思われます。そんな中で、自分として好きな作品をいくつかあげてみたいと思います。
(サムネイルをクリックすると拡大されます。)


《 魔女たちの飛翔 》(1798)

これは油彩で描かれたものですが、静かな世界観の中でふわりと飛んでいる魔女、その腕に抱きかかえられた人物。それと対照的に地上に這い蹲るように重力を感じさせる横たわった人、白い布を被った人物それにロバが何かを象徴しています。ゴヤは1792年に病気で聴覚を失っていますが、この静けさに満ちた画面はそういった画家自身の状況がそうさせているのでしょうか。



《祖父の代までも》 ロス・カプリーチョス 39番 (1797・98)

ロバは愚かなものの象徴だそうですが、何となくこの滑稽さに眼が行きます。《祖父の代までも》と言う名づけられたこの画は代々続く人間の愚かしさをあざ笑っているように聞こえます。



《彼女は飛び去った》 ロス・カプリーチョス 61番 (1797・98)

画の全体を見ている限りでは、蹲って丸まった人物を足蹴にして飛び立っていく女性は幸せな印象もうけるのですが、その顔を良く見ると何故か浮かないような表情をしてます。 そこに何かゴヤなりの独特の皮肉が込められているのでしょう。


《飛翔法》 妄 13番 (1815・16)

試作の時は背景があったのですが、本刷りの時は全て漆黒で仕上げています。意図的なものがあったかは不明ですが、結果としてただ宙に浮いているような、一瞬ただ漂っているかのような浮遊感が生まれてます。その静けさの中でただ飛翔しているような雰囲気です。


《小牡牛の妄(馬鹿者たちの妄)》 妄 22番 (1816-19)

《飛翔法》を観た後、これを観て、ちょっと失笑めいたものがありました。漆黒の空間の中で音も無く静かに飛んでいるのが、今度は『牛』なのです。牛までも飛ばすか!(飛んでいる、と言うよりは、ストップモーションのようでもあり、漂っているようでもあり・・・・。)


ハナシの本筋は逸れるのかも知れませんが、今回面白かったのが、この画のタイトルのつけ方です。何を意図して、何を象徴しているのか、ストレートではなく判りにくいヒネッたものが多く、その題名を追っていくのも面白かったです。(しかも、叙情的で案外美しい。) きっとゴヤの内面に潜む闇のようなところから沸いてきたフレーズなんだと思いますが、その文章の面白さに思わず、(始めは日本語の作品一覧を手にしていたのですが)後から英語のものももらって来てしまいました。英語が面白いんです。(とは言え、英語も日本語もゴヤの西語を翻訳したのでしょうけど。)
先にも述べましたが、今回、「着衣のマハ」が来るという事で、油彩の作品では宮廷画家としての確固たる技術と実力(それと彼自身の自負)が判るものも多く展示されていましたが、やはり、宮廷画家は一種の職業的なものであり、見終わってみると「マハ」の印象は薄れ、ゴヤの抱えていた心の闇のようなものが浮き彫りにされているような、そんな感じです。「光」の部分に引き寄せられてやってきた人も、観終わってきっとこの「影」の部分を存分に知ることになるのだと思います。

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by sanaegogo | 2012-01-19 00:00 | art | Comments(0)
2000 Hong Kong とGallery Updated


とっても古い写真です。2000年。2000年紀が終わる最後の年でした。香港に旅行に行った時のものです。今年、年が明けてからチコチコと2011年の整理をしてます。過日GalleryのWebsiteに「works2011」と「2011 Argentina」のページをアップして、その作業は終了したつもりになっていたのですが、昨年写真の整理をしていて古いアルバムの中から出てきたこの写真がどうしても気になって、急遽これも追加する事にしたのです。こんな風に時々自分が撮ってきた昔の写真にはっと目を奪われるような事があるのは面白いですよね。何度か自分でも述べてますが、Galleryにアップしてある写真でも「フィルム写真のアルバムより」としている頃に撮ったものの方が何となくのびのびとしていてしかも対象をぐっと捉えしっかりとしてるような気がして、この頃の写真の方が好きだったりするし、またこんな風に撮れるようになりたいなー、なんて思ったりするのも可笑しなハナシです。きっと今の自分にはどこかスケベ心みたいのが出てきてたりしてるんでしょうかね。
バリ島、台湾、ソウル、ハノイ、クアラルンプールなど、出張も含めるとアジアへの旅行も何度かしていますが、これはっ!と思えるものがあまりなかったのですが、そんな意味ではこの香港の数枚は貴重なものなのかも知れません。逆に言えばその他の都市については、「何故?」と言う感じもあり、これはこれで残念な感じはします。バリ島とかベトナムは機会があったらもう一度行ってみたいなー、なんて思います。
Webにあげた写真は自分の保管用のアルバム、ハードディスクやDVDの他にSkyDriveに別途保管してます。これでもし明日、ワタシの身に何かあってこの世の中から消えてしまうような事があっても、これらの写真達はサイバーな世界の中でひっそりと残されていく事になるのでしょう。SkyDriveは自分以外には公開していないので、ワタシがアクセスしなくなってしまったらもう誰の目に触れる事もないのですが、この先色々と形式が進歩してもしかしたら第3者や別の誰でもアクセス出来るような裏技が現れて、まるで昔の画家のアトリエが発見されて未公開の作品が見つかったり、遺跡の中から出土品が出てきた時のように、ずっと先になってサイバーな世界から発見されて、人々の知るところになるのかも知れません。面白いですね。(とは言え、ワタシは特に名の知れた者ではないのですが。)これからは、今数々の作品を世に送り出しているような人々の没後、未発表の作品とかがアトリエや倉庫からではなくて、サイバースペースから発見されるような時代になるのでしょうか。何とも想像を絶するようでもあるし、安易に想像できるような感じもします・・・・。

さて、この香港の写真、今更ながら追加しましたので、
http://www.geocities.jp/lapis_lapislazuli/index.html
home ► Journey ► 2000 Hong Kong でご覧ください。

Facebookではお知らせしましたが、その他、「works2011」 「2011 Argentina」 もアップしました。こちらも併せてどうぞ。
「works2011」では、seashoreそれにnarcissus(水仙)にある数枚の写真がとても気に入っています。あと、8月のWorkshopで展示した写真もいくつかあって、それもまたお気に入りです。「2011 Argentina」は、「出たっ!」「来たっ!」「降りてきたっ!」と思えるようなこの1枚、と言うショットがなく、さんざん選びあぐねて、結果、その前回の旅行のものよりかなり枚数が増えてしまい・・・・。そんな訳で、この香港の1枚がより新鮮にまたある意味鮮烈さを持って、ワタシに語りかけた訳です。Rediscover my own feelings from back them.

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by sanaegogo | 2012-01-17 00:00 | art | Comments(0)
「アーヴィング・ペンと三宅一生」展 @ 21_21 DESIGN SIGHT


21_21 DESIGN SIGHT Exhibition 企画展
「アーヴィング・ペンと三宅一生」展
Irving Penn and Issey Miyake Visual Dialogue
2011.9.16(金) ― 2012.4.8(日)
写真:21_21 DESIGN SIGHT Website より引用

これはアーヴィング・ペンの作品と三宅一生の作品を同時に観ることができる素晴らしいそしてちょっぴりお得な企画展。アーヴィング・ペンが三宅一生のコレクションのポスターのために撮影した膨大な量の写真をポスターの展示で、また、超高性能、超高精細プロジェクターによるプロジェクションで観る事が出来ます。そしてペン自身がそのスタジオ撮影のために行ったスケッチやその他の彼のオリジナルプリントの作品なども観る事が出来るのです。"Visual Dialogue"とあるのは、三宅一生が、写真家が見たまま感じたままを自由にその写真に投影できるよう、全てを任せ撮影に一度も立ち会うことがなかった、と言うエピソードから来ています。三宅一生は自身の作品を送り、アーヴィング・ペンはただそれを受け取り、下打ち合わせや作者の意向やコンセプトを予め確認することなしに、直感的にそれをさらに別の(彼自身の)作品へと昇華させる。信頼関係とお互いの仕事を尊重・尊敬しているからこそ出来た業です。三宅一生の作る自由奔放で立体的で躍動感のある服を通じてお互いのインスピレーションを表現すると言う事で会話していたのですね。その仲立ちとして重要な役割をしていたのが、三宅氏の名代として全ての撮影に立ち会ったという木村みどりさんで、この企画展のディレクターでもあります。なので、この木村さんを通して2人は対話をしていた、と言う言い方をする事も出来ます。しかしながら、伝書鳩のように三宅氏の意向を伝えるために撮影に立ち会っていたのではなく、点と点を繋ぐ線のような役割に徹されていた、という事が、同じく展示の中にあったアニメーションの中で語られています。
三宅一生の生み出すその服。どうしても「プリーツ・プリーズ」に行ってしまうのは貧困な発想としか言いようがないのですが、同時通訳のコーディネーターをしていた頃、セレブな会議通訳者は出張となると必ず1人か2人はこのプリーツ・プリーズを仕事場で着ていたのを思い出します。「畳んでもシワにならないし、軽くて立体的なので着やすくて、そして仕事場でもカジュアルにならなくていいのよ。」と話してました。時々見るパリコレの映像の中では「和風」を取り入れているようで、しかしながら日本人にありがちなように和風である事に媚びすぎる事なく、和風と洋風が、もっと言うと世界中の色々な要素が詰まって融和したような服を作るデザイナー、と感じてました。(一昔前に、音楽で言うと、ワールドミュージックと言うジャンルが流行りましたが、自分の中ではあの感覚に近い気がします。) 今回の企画展を観て思ったのが、やはり、色彩が綺麗。そして、素材の質感が絶妙。という事。「綺麗」「絶妙」では、あまりにも表現力がないようにも思うけど、何とくどくどと語るよりも、この「綺麗」と言う言葉がぴったり。そう思ったのです。横に広いスクリーンに向って数台のプロジェクターでその服の数々を次々と投影していたのですが、躍動感のあるモデル達のポージングを切り取ったその画像の数々に見入ってしまいました。これは本当に圧巻でよかったです。そしてこれが、アーヴィング・ペンの撮影したものなのです。(因みに、今回のこの空間デザインをしたのは、建築科の坂茂氏。幾つかの直線で構成されたこの空間も、スタイリッシュでとても素敵でした。)
そして、アーヴィング・ペンの写真。その立体的な服のどの場面が一番それを表現しうるか、それを的確に捉えていて、(おこがましく僭越ですが)流石です。モデルに対する指示も的確でよいのでしょうね。テキストの中で三宅氏も「自分では気がつかなかった全く知らない一面を見せてくれる。」と言うような事が語られていました。その躍動感溢れるモデルのポージングと背景を極限までシンプルにしたトリミングと言う手法がまた絶妙なんです。これにはクラクラしました。被写体に力を与えることが出来なければ、この手法は成り立ちません。展示されていたオリジナルプリントの中でもこの「simplify」を見て取る事が出来ますし、これは彼の一貫して貫いていたスタイルで、とても感化されました。彼にとっても動きによって猫の目のように表情を変える三宅一生の服の一瞬を捉えるのは、とてもやりがいのあるchallengingな仕事だったのではないかと拝察できます。
そんな2人の仕事を繋ぐ線としてに重要な役割を果たしているのが、ポスターデザインとタイポグラフィーを担当した田中一光。もうこうなったら「いい仕事」の連鎖ですね。相乗効果です。名前のある仕事が出来る人々。そしてお互いにその粋を出し合ってひとつの秀逸なものをつくるその作業。本当に憧れます。


写真: FASHION PRESS website より引用 (Photo by Masaya Yoshimura)

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by sanaegogo | 2012-01-12 00:00 | art | Comments(0)
メタボリズムの未来都市展
メタボリズムの未来都市展
戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン
会 場: 森美術館 (六本木ヒルズ 森タワー 53階)
会 期: 2010.9.17 ― 2011.1.15
主 催: 森美術館、UIA2011東京大会 日本組織委員会、日本経済新聞社


過日、メタボリズム提唱者の1人菊竹清訓さんがご逝去され、そのニュースを知らされて会期終了が迫る「メタボリズムの未来都市展」、そうだ、行かねばっ!と行って来ました。六本木ヒルズの森美術館です。メタボリズムとは"新陳代謝"をあらわしており、それを都市のありかたになぞって、「未来の建築や都市は、環境に適応しながら生きる生物のように姿形を変えながら持続されていく」と言う考え方です。都市も有機的生物のように新陳代謝を繰り返し、常に発展の余地を残しながら築かれていく、とするもので、これを提唱した建築家達は"メタボリスト"と呼ばれています。同じような言葉ですが、メタボリック・シンドローム(metabolic syndrome)と言うのがあります。これは生活習慣病と殆ど意味が等しい代謝症候群の事ですが、最近は"メタボ"=肥満と言った意味にも誤解されたりしてます。(これはいらない説明でした。)
このメタボリズム展は、
Section 1 メタボリズムの誕生
Section 2 メタボリズムの時代
Section 3 空間から環境へ
Section 4 グローバル・メタボリズム
から構成されていて、ワタシのように建築素人の人にも判りやすかったと思います。多分、建築を専門に勉強していない人は、「メタボリズム」と言う言葉を聞くとやはり生活習慣病みたいなものを連想してしまって、未来都市、なんて言う言葉と重なると、「未来の都市では食生活が乱れてメタボに陥る人が多いのか?」なんていう誤解を抱きそうな感じではあります。そんな人たちが見ても、見方すら判らない専門的な資料もありましたが、メタボリスト達の描いたその「夢」や「理念」の全貌は判りやすく伝えられていました。
確かに、(実現したものはいくつもありはしますが)戦後の高度成長期に躍らされた非現実的な計画、と言う見方もあるようです。しかしながら、大切なのはその理念であり、戦後の復興期、その後の高度成長期に日本の有識者が感じていたような、内側から漲って来るようなパワーこそ、今この時の日本に大切なものではないかと思うのです。ひとつひとつのプロジェクトの在り方についての云々よりも、全体としてこのムーブメントをどう見るか、どう今の時代に取り入れるか、を問うているのです。この意気消沈しがちになっている日本にあの頃の高揚感を甦らせるヒントが当時の動きの中に隠されているのではないでしょうか。展示されているものは、建築の手法と言うよりはむしろひとつの思想なのです。
"メタボリズム(新陳代謝)"とは、「新しいものが古いものに取って代わること」であり、生物学的には、生命維持に不可欠なもの、とされています。新しいものが古いものに取って代わるのは発展のためには必要不可欠なのです。Section 1メタボリズムの誕生のテキストにあった「壮大な未来都市もいつかは廃墟になる事を示唆している」と言うセンテンスがありましたが、これはちょっと理解が出来ませんでした。長いスパンで見た新陳代謝の過程で都市がいつかは「廃墟」になるのであれば、それは持続可能(sustainable)ではなく、リセット的な事で、風土で言えば四季の変化、家庭で言えば家族構成の変化、都市で言えば人口の増加など、それに合わせて変容していくのがメタボリズム的考え方であれば、有機的生物にいつかは死が訪れるように、どんな未来都市にでも必ず廃墟になる時が訪れると言う事なのでしょうか。それが戦災や自然災害によるものなのを指しているのであれば、諸行無常の感さえあります。
とは言え、命ある人々が生活を営んでいるのが都市なのだから、他の動物達が命の営みを繰り返す森や海のように、都市を生物的に考えるのはとても面白いと思います。単位を都市まで大きくしてしまうと、色々な要素が入ってくるので考えがまとまり難いですが、戸建ての家とかで考えると判りやすいかな。子供の成長や家族構成の変化で間取りを自由に変化させるような家を想像すると判りやすいかも知れないですね。
建築って本当に、建築家、施工者、企業、行政、そこに住む人・使う人、街の景観、コミュニティーなど、関わっているものが多岐に亘るだけに、何所を切り口にして、どれを最小単位と考えて、誰に向けて、何を見せるかによって、全然違う意見だし、違う解釈だし、語られる内容もそれぞれになってしまいます。集合住宅の1部屋、それらが集まって出来た建物、そんな建物が集まって出来るコミュニティー、そんなコミュニティーがいくつも集まって出来た都市。どこを取ってメタボリズムを語るか、と言う事ですが、本展では「都市」にまつわるもの。なので、そこに実際に住むであろう人々がその提唱された(住宅やコミュニティーや都市での)生活を良しと出来たか、と言うところには触れていません。建築家の理想ばかりが先行してしまっている感もあるのかも知れないのですが、先にも述べたように、夢を語るのも、今は必要なのではないかな、と感じる訳です。(それに机上の空論ばかりではなかった訳ですし。)
情報量があまりにも膨大だったので、言っている事も散漫極まりなくなってきましたが、思想の是非・賛否はともかくとして、面白い展覧会でした。特に私自身が数多く仕事をしてきて、使う側からも秀逸な構造物だと思ってきた京都国際会館がメタボリズムを具現化した建築物のひとつに数えられていた事を知ったり、(展示されていた建築模型をしげしげと観てしまいました。)、代々木体育館や東京カセドラル聖マリア大聖堂など、改めて訪れてみたいな、などと思ったりして、新しい発見もありました。
終わりに、最後までこの散漫としたテキストを読み終えてくださった方への特典として。六本木ヒルズ屋上のスカイデッキから見た東京の街、関東平野の一望です。かなり寒かったのですが、それはそれは絶景でした。



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by sanaegogo | 2012-01-07 00:00 | art | Comments(0)
カイのpeacefulな寝姿


この方は三賀日中、こんな風に寝正月。鼻ちょうちんがいつ飛び出てきてもおかしくないような画ヅラです。ホント、熟睡。このソファーには乗ってはいけない、と躾けたはずなのに、始めのうちはそれを彼もちゃんと守っていたはずなのに、です。おかげでソファーの上には常にカイ毛が付かないように布をかけておかなければならなくなり・・・・。理由は解る。彼に許されていた一人がけのソファーが彼には小さくなってしまったのでね。そう考えると、ホント、大きくなりました。手足を伸び伸びとして寝たいらしく、家族が食事とかでダイニングに移動するとすかさずその間隙をぬって、ぴょんとソファーに飛び乗り、やがてこうなる。でもこの罪のない寝顔を見ると無碍にたたき起こして下におろすのも何となく可哀相でね。ついつい甘やかして許していたら、最近は当然のようにこんな感じ。それどころか、誰かが座っていると、鼻先でちゅんちゅんやって、『どいて欲しいなー。そこ行きたいの、ボク。』ばりの切ない眼をして、じーっと見つめるのだ。(勿論、誰も譲らないけどね。)

そんな三賀日の最終日、七里ガ浜の鎌倉プリンスに家族と(一部の)親戚とで新年会に行って来ました。鎌倉プリンスではお正月の3日間、ランチとディナータイムにバンケットホールで予約制のビュッフェが催されていて、和洋中と結構美味しいものが出てくるんです。皆さんそれぞれ、12名がけの大きな丸卓(あ、普通は「円卓」と言うのか。職業病ですね。)を家族で囲んで、和んでます。姪っ子はこの日は仕事で来られなかったんだけど、年に1回この会でしか会わない、ワタシの上の兄さんの奥さんの弟さんの子供達、(何と呼ぶのだ、その子たちを・・・・。)とも久々に会って、1人は社会人1年生(なおちゃん)、もう1人(さーちゃん)は大学2年生、ワタシの卒業校に通っているので、『池袋 いま/むかし』みたいな話で盛り上がってきた。と言うか、こんなに話せたのは初めてと言うか、今年は姪っ子もいないし、下の兄のところの甥っ子3兄弟が来ないので、若さが薄まって何となく話題がこちら寄りに寄っていた感があり、普通に話す事が出来た感じ。何だか可笑しなハナシですが、ワタシは親戚に対してはとても人見知りであり、『おばさん、お元気でしたか?』とか、『●●ちゃんはいくつになったの? 学校面白い?』とか言う会話が出来ない気がする。自分の立ち位置がよく判らなくなってしまうんです。偏に子供っぽいんでしょうかね。親世代と自分と兄弟の子供世代が交じり合うと、自分がどんな立場で話したらよいか、判らない気がしてしまう時がありました。理由として思い当たる節は幾つかあるのですが、歳の離れた末っ子で、知らず知らずのうちに周りに気を遣ってもらってたんでしょうね。なので、こう言う場面で、人を気遣う術を知らなかったと言うか。ま、よく言ば、マイペース。こんな場面でもワタシの方から率先して色々とさーちゃんに話しかけてあげんといけなかったのでしょうね。(すっかりオトナになった彼女に気を遣わせていたような気がする・・・・。)
今年はそう言う意味では良いスタートを切ったような気もするので、これからは人に気を遣えるオトナの女性を目指します!(って、もう充分オトナなんだけど。)そんな事を思ったりしました。

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by sanaegogo | 2012-01-03 00:00 | つぶやき | Comments(0)
永遠の僕たち ― Restless
年が明けました。
新年です。
今年もどうぞ よろしくお願いいたします。



お正月は恒例(?)のお正月映画、レイトショー。何の映画を観に行こうかといろいろ見てみたのだけど、いまひとつ魅力的なものがない感じ。みーちゃんは「ミッション・インポッシブル」に行きたかったようなのですが、先日「テルマ&ルイーズ」を観た事やクラゲに癒されて来た事もあって、何となくああいったアクションものは今はあまり観たくなく、ストーリー重視でいきたい気がしたのです。そうすると、ホントに最近ってそう言う映画がないんですよね。あ、勿論都内の単館上映とかならあるんでしょうけど、家の近所のシネコンとかでやる映画で、そう言ったストーリーものは本当に少ない。で、(今の自分の気持ちにあった)少ない選択肢の中から選んだ1本が、この「永遠の僕たち」なのです。
(ミッション・インポッシブルは、何でも、トム・クルーズがビルからロープ1本でビルの壁と垂直に走りながら駆け降りるところ、あれ、特撮ではないそうですね。彼なりにこんなところで特撮や3Dへの抵抗をしてるんでしょうか・・・・。)

永遠の僕たち」は、● ドラッグストア・カウボーイ Drugstore Cowboy (1989年)、● マイ・プライベート・アイダホ My Own Private Idaho (1991年)、● グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち Good Will Hunting (1997年)、● ミルク Milk (2008年)などを監督したガス・ヴァン・サントの作品で、テーマは「死」もしくは「死ぬという事」。新年にしては重いテーマではあるかも知れないけど、いっその事死んでしまいたかったけど脳死状態から目覚めた死に囚われたイーノックと死を静かに受け止めて死んでいこうとしている末期脳腫瘍のアナベル、そしてその死を望まれるまま意味があるのかないのか解らないうちに時代の波に押されて特攻隊として死んでいった幽霊のヒロシが淡々と織り成す、イーノックとアナベルが恋人同士になってからアナベルが天に召されるまでの3ヶ月間を描いた作品です。一度死んだ者、死に行く者、死んでしまった者がそれぞれが「死」と言うものを見つめて過ごす3ヶ月を淡々と描いてます。この物語に、どうして太平洋戦争の時の特攻隊員の幽霊ヒロシなのかな、と考えながら観ていたのですが、アナベルの最期の時、「長い旅になるからお伴が必要だろう」として正装をして現れたヒロシを見て、何となく納得がいった訳です。死出の旅路のお伴をするのには、どんな風に死んでいった人が適役なのか。形式的であるにせよ覚悟を決めて愛する人の住む国を守ることになるからと言う理由で若い命を散らせた特攻隊員。死んですぐ死後の世界に順応する事なく、死んだ事をどこか客観的に観ていたのだと思います。自分がどちらの世界にもしっくりと属していないように思っていて、アナベルがそんな思いをする事がないように、しっかりとお伴をしてあげようと、一度は仲違いしたイーノックのもとにまた戻ってきたのかな、と思えてきます。国のために自分の命を捧げる、と言うのは、今も昔も外国の人には理解できない大義名分なんでしょうね。物語の中にはセップク(切腹)の事も沢山語られていました。この3者に関わる「死」のあり方や経験の仕方が物語の核を成しています。
このヒロシを演じているのが「硫黄島からの手紙」でハリウッドデビューも果たしている加瀬亮で、彼の自然な演技がとてもよかった。セリフ回し(英語での)がとても自然だったからかな、と感じたのだけど、後で調べてみたら帰国子女なのですね、彼。とても存在感を放っていました。キャストを言うと、イーノックはデニス・ホッパーの忘れ形見 ヘンリー・ホッパー。繊細で感受性が強すぎる孤独で屈折したな青年を好演してました。アナベルはティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド」で主役を演じたミア・ワシコウスカ。オトナの世界に踏み込む前に死ぬ事を受容れたある種の凛とした強さを持った少女を演じてました。
物語の全編を通して、アメリカの片田舎の街の秋から冬に向っていく冷たい空気感も好きです。トーンは本当に淡々としている映画なのですが、それが物語の静かに進んでいく3ヶ月時間を描くのに効果をあわらしていて、声を荒げる場面などもままありましたが、全体をとても優しいものに仕あげています。
やっぱりです。ミッション・インポッシブルじゃなくってよかった、です。


イーノックを介してコミュニケーションするアナベルとヒロシの3人
この時はまだアナベルはヒロシの姿を見る事はできず・・・・


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by sanaegogo | 2012-01-01 00:00 | movie | Comments(0)