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明けて 今日から総会です!


今日から3日間は総会です!(調子に乗ってまだまだ行きます!) 前日までの大会のお祭りムードとは一転して、内容も雰囲気もガラッと変わり、その性質も異になってきます。
前回、思い入れたっぷりになって大会について書きましたが、それもそれで充分なのですが、もうひとつこれまで自分として面白味を感じて来たのが、こう言った国際機関や連合・連盟の総会と言ったようなものです。全てが段取りの中で整然と進められる事が求められる講演やシンポジウムですが、(政府系のロの字の会議までもある程度きっちりと段取られている中で進められてます)、この手の総会は、議長団と代表団たちがある意味グダグダになりながらも、それぞれの威信にかけて主張を通し、ひとつの宣言文や声明に纏め上げていくものです。時には展開が予測不能であったりして、ある意味会議は「動いているもの」である事を感じられるし、そこがワタシが好きなSituationでもあります。 膠着状態に陥り、グースネックのマイクを飛ばしたり、マイクのヘッドを手のひらで覆ったりしながらヒソヒソ話をして相談する議長団。当然そこで議事はストップする訳ですが、会場内は絶えず(誰かのプレゼン(ここではスピーチと言うべき?)の時以外は)ガヤガヤとしていて、席を立って緊張を解すためコーヒーを呑みに行ったり、議長席に歩み寄って何かを話している人がいたり、自分のプレゼンの映像資料をプレゼン用のPCにインストールしようとしていたり、と、あっちもこっちもと言った議事進行をまとめて行くのが議長の腕でもあり、才覚でもあり、と、そんな情景を垣間見る事が出来ます。紛糾の末、合意に達した時は拍手すら起こったりします。(ま、国会のように不毛な野次とかはさすがに飛ばないですが・・・・。) インターネット会議やテレビ会議が普及した現在でもなお、何故人々は会議をするために同じ時間に同じ場所に一堂に集まるのか、そのダイナミズムのようなものを感じる事が出来ます。これまで退屈で形式的な会議のオペレーションも沢山ありましたが、中でもこう言った形式の国際会議はある意味政治の場であり、このような「動き」「緩急」を感じる事の出来る場面に居合わせる事も、この仕事の醍醐味だったのかも知れませんね。
総会は10月1日で閉幕。長かった現場は終わります。今回のこの案件では紛糾する事も無く、シャンシャンで終了することでしょう。
(後の自分への備忘録として記しておくこととします。)



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by sanaegogo | 2011-09-29 00:00 | つぶやき | Comments(0)
世界の建築家の大会終了!


9月26日から28日まで行われた国際建築家連合(UIA)主催の2011東京大会が閉幕しました。参加者ではなく、準備運営をする側の1名として参加してきました。なので、レビューと言っても、一聴衆(ファンの1人)の立場であったり、準備を進めてきた側独特の思い入れがあったりとか、感じるところは悲喜交々な感があります。自然と自分自身のこの2・3年の様々な思いとオーバーラップしていってしまうのは否めないかと思いますが、ま、私的なブログなのでそれも許してもらいたいと思います。

ワタシが会社を退職したのが2008年の事。もう3年も前の事になってしまいますが、この件はワタシが在職中に携わった最後の案件で、コンペに出る前のヒアリングや運営に関わる下見積りづくりとか、少なからず推進していた案件です。トピック的にも当時からとても関心があったものだったので、退職後、「人手不足から手伝いに来ないか」と言われテンポラリーで数本の案件に関わった後、巡り巡ってこのUIA2011の会期終了の最後まで関わる事となり、その場に居合わせて見届ける事が出来た事に少なからず、その巡り合せに感謝しています。

激務に身をすり減らしそうに働いてきて、仕事にはそれなりにやりがいがあったのですが、「このままでは身が持たん、実入りが少なくてもいいから、何か自分のノウハウを自分の好きなものに活かして働きたい」、と思うようになり、コンテンポラリーのインスタレーション(平面アートは飽和状態で、新しい体験型や視覚的に立体的な表現が求められる動きがますます加速していたように思います。)に関心を持ち、当時、展覧会やインスタレーションを企画する講座などを忙しい合間を縫って受講していたりしていました。しかしながら、そこに自分の居場所を見つけようとするも、なかなか思うようにはならず、安きに流れた訳でもないですが、取り敢えずは再び自分が力になれる場所で働きつつ、巡り巡って、チャンスがあれば飛び込みたかった世界と自分のこれまでやってきた業界が微妙に接したところにあったのがこの案件だったと思います。そう言う意味ではワタシの中でとても良い節目にする事が出来たような気がしています。

コンペ当時、ワタシが携わっていた当初の企画段階では、代々木と丸の内・有楽町、それに六本木エリアをトライアングルに結び、バスを走らせ公共の地下鉄を利用してもらい東京の美しい建造物達を見物しながらHanging Aroundできるような、東京全体を会場にするような企画が出ていたと記憶してますが、(結局そう言った大掛かりな企画は震災の復興に配慮して催行には至らなかった訳ですが)、本決まりでこの案件の担当のひとりとなった時に、基調講演の1人がクリストであったり、金沢21世紀美術館の作者でありベネチア・ビエンナーレなどにも出品しているSANAAであったり、知らないうちにその趣が個人的な関心にぐっと近寄ったもので進んでいると言うことを知り、ワクワクしたものでした。 これまでにも世界の主要な国際展には数々の名立たる建築家がパビリオンやインスタレーションを出品してきています。SANAAの妹島さんなどは、他のジャンルのアーティストとコラボして、都現美で展示なども精力的に行っています。公開講座で講演した安藤忠雄については、昨年の秋、やっぱりこの位の時期に、彼が設計した長良川国際会議場で国際会議を運営してきました。(2010年6月/9月) その建築もとても美しい個性を見せていました。 期せずして、自分の関心所と実働がついにここでクロスオーバーしたような気がして、勝手に高揚感を覚えていた訳です。

何よりもクリストのプレゼンテーションのコーディネートに携わる事が出来たのは、良い思い出と経験になりました。ご本人と直接ではなく代理人の方と機材やプレゼンのスタイルについて詳細に打合せをしたのですが、講演前に舞台袖でコーディネーターとしてご本人に紹介していただき、握手をしていただき、帰国後に『もう少しゆっくり話が出来る時間があったらよかったですね。』とご本人に気にかけていただことも、この仕事を長くやってましたが、そうそうない事で、感激しました。クリストはあくまでもアナログのスライド上映に拘り、あのスライドフィルムの濃密な質感に拘り、今でも各講演はスライドで行っています。今の高性能の明るいプロジェクターでは再現できない世界観と自己表現を求めているようです。今回もホールAを客電0%かっ!?と思うほど真っ暗にして、自分もステージ下に用意した椅子に降り、会場を埋めた満員の聴衆と同じ方向を向いて座り、1枚1枚自分でスライドを送りながら講演をしました。真っ暗な会場、スポットの当たっていないポディアムは肉眼では見えず、見えてもそこには誰もおらず、明るいプロジェクションを見慣れた私たちには少し暗すぎるのでは?と心配するようなスクリーンに向って、居場所の判らないクリストの声だけが響いている会場内はとても印象的でした。公式カメラマンが舞台袖に文句を言いに来たりもしました。『会場の灯りを上げろ!あれじゃ講演してるところが撮影できないじゃないかっ!何なんだこの演出は!? 誰がやってる、なっちゃないじゃないか!』のような文句を言う職人気質っぽいカメラマンに向って、『これはご本人の希望です。何度も打合せして決めました。ご本人の講演スタイルなんです。スライドに入る前に言ってたでしょ。"もっともっと、会場を暗くしてくれっ!"って。』と言い返した時、ちょっぴり優越感のようなものすら覚えました。芸術家の拘りを周囲を巻き込んで実現する。クリストの作品(プロジェクト)はその究極のようなものばかりなので、その意思をここでもストレスなく実現できた事に幾ばくかの冥利っぽいものも感じたりもしました。因みに、彼は自分のプロジェクトが「アースワーク」とか「ランドアート」と称される事を良しとしないそうです。例え自然環境の多い場所でも「人工」の気配のしない場所では彼のプロジェクトは成り立たないので、それとは一線を画したいと言う理念がある、と打合せの時代理人の方から伺いました。

SANAAも講演に使用する画像の素材にはとても気を遣っていました。ハイキーで撮影された数々の流麗な2人の作品。とある1枚の微妙な線がプロジェクターで投影すると消えてしまうのではないか、と事務所の方もかなり気を入れて講演前に入念な画像のチェックをしてました。

いずれもワタシは舞台袖からだったり、控え室前のモニターでだったりしか観る事が出来なかったのですが、それが役得と思う反面、一聴衆として客席で聴いてみたかったなぁ、と言う気持ちも勿論あったりします。この他にも建築を始め各界の著名な方が講演をしたのですが、それは公式ホームページで仔細に紹介されてますので、そちらでご覧いただければ。
http://www.uia2011tokyo.com/ja/



写真は会場となった東京国際フォーラムです。今回は全館使用。ホール棟の幾つかとガラス棟を貸し切らないとこんな写真は撮れないのですが、ブレードランナーの頃の近未来都市の摩天楼を繋ぐチューブのように張り巡らされたブリッジの画です。本当はイチデジを持って来ようかな、とも画策してたのですが、それはまず無理と言うものでした。この東京国際フォーラムは、今回の主催である国際建築家連合(UIA)の基準に基づく日本国内初の国際公開コンペを経て建設されたもので、設計者の建築家ラファエル・ヴィニオリも講演はありませんでしたが、今回来日しました。ガラス棟は船をイメージして造られているのだそうです。正直言って、使う側からすると非常に使い勝手の悪い会議場(ストックヤードが殆ど無く、動線が複雑で、一般の会議参加者は迷いに迷って会議室やホールを移動してます。)ですが、美しい建物です。観賞用だけではなく、使う人がいるのが建築作品の面白いところ。見て楽しむのと使い勝手の良いものとはまた違うし、このふたつを両立させるのは難しいのでしょうね。(話は逸れますが、そう言う意味では国立京都国際会館は秀逸な建物だと思います。)

そんな訳で、東京大会は本日、ワタシの誕生日に無事閉幕。明日からは一般参加は無しの総会が始まります。
長いモノローグのようなエントリーになってしまいましたが、先にも言ったように、私的なブログなので勘弁していただきましょう。そもそもここまで仕事ネタを仔細に書いた事は今まで無かったのですが、(取り下げ命令が何処かからやって来るかも知れませんが。)ここでやっと、これまで何に面白味を感じこの仕事をここまでやってきたのか振り返る事が出来た気がします。ワタシは単に歯車のひとつを担ういちコーディネーターに過ぎなかったのですが、この段になって、素直に「やっぱり自分自身の関心と近いところで仕事ができる事は素晴らしい事なのだ。」と再認識しています。(この手の案件はそうそう無いので、最後に関わることが出来て、素直によかったと思ってます。)そして今後もまたこうした件にこんな風に関われる仕事が出来るチャンスがあったらよいなー、と願います。

最後に、クリストの代理人の方から後日送られて来た記事を参考までに。関連の記事をすかさずツブサにチェックしているのは流石ですね。石原慎太郎都知事らしい、斜に構えた物言いがされてます。


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by sanaegogo | 2011-09-28 00:00 | art | Comments(0)
ツリー・オブ・ライフ


ツリー・オブ・ライフ、観たかったんですよねー。久々に100%予定が入っていない土日で、これから9月の忙しさも加速してくるであろう事が予測されていて、ゆっくりしたかった気持ちと、調べると16日以降の予定は出ていないので、恐らくこの映画が観られる最後の土日だろう、と言う事で、暫し葛藤したんだけど、これ以降は仕事に穴も開けられないので、躊躇しているくらいならば休む事にして。9月末の仕事が終わったら、また上映館を移して暫くはやるだろう事を期待したのだけど、結果は、もうDVDでしか観られないみたい・・・・。
ツリー・オブ・ライフは、アメリカの永遠のテーマのような「父と息子」「親子」と言った心理的な葛藤と機微を題材にした映画で、映画監督、脚本家それに哲学者でもあり、ジャーナリストとしても活動していたと言うテレンス・マリックの監督した話題作です。テレンス・マリックは寡作の巨匠として有名らしいけど、何よりも哲学者であり、哲学の教授としてMITでも教鞭をとっていた、と言うのが関心を寄せたひとつの理由かな。(大学では心理学を専攻していたワタシです。)心理学と哲学は別物なのですが、少なからず哲学的考え方のプロセスなどにも関心があって、あとは単純にショーン・ペンとブラッド・ピットだから、と言うのがあって、とにかく観たかったんですよね。
レビューを観ると賛否両論であるみたいですが、この賛否はどういう人達の間で語られるかに寄っても大分違ってくると思うので、あんまりアテにはしない事として、作品は聖書の世界を題材に取りつつ、ショーン・ペンの内省と回顧、それと生命が誕生してからここまでの壮大な変遷・歴史のようなものが、相互に織り成されて綴られていると言う事です。その脈絡に何かしっかりとした理屈とストーリー仕立てを見ようとすれば、散漫で漠然としたものになるし、全編そのものを直感的にそのものとして捉えようとすれば、そこにはテレンス・マリックの神や生命に対して哲学的に真理を追究しようとしているメッセージに溢れている作品となる、と、観る人の観方によって色々と印象・感想が出てくると言った映画のようで、本当に観たかったです。
思えば観たい映画を逃すのは今年はこれで2回目。とある土曜日に友人とヒア・アフターを観に行く約束をしていたのですが、その金曜日にあの震災がありました。当然、その土曜日は予定は見合わせたのですが、落ち着いてリスケをしようとしたら、ヒア・アフター、軒並み上映打ち切りになってました。何でも本編の中で津波のシーンがあるので、それで色々な事に配慮して劇場では上映がされなくなったそうです。
ロードショーが終わっても何処かでやってないかなー、と探したりしたんですが、インターネットのご時世になって、『ロードショーが終わっちゃったけど観たい映画が何処でやっているのかな』的な調べものがし難くなったような。雑誌の『ぴあ』とか、懐かしいですねー。 新宿歌舞伎町のシネマスクエアとうきゅうでまだやってるみたいので、終わらないうちに行けるといいなー、と思ってます。
ツリー・オブ・ライフのレビューです:
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1313471397005/pid_1.html
http://movie.nifty.com/sp/tree-life/

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by sanaegogo | 2011-09-10 00:00 | movie | Comments(0)
あ、やっぱり?


今週はヘビィな週になりそうだ。と言うか、今月はかなりヘビィ。『秋の案件』『秋の案件』と何度か呟いてきたが、もう今月末に迫ってきてしまった。と言う訳で、今日は月曜から会場下見。関係者総勢80名近くが集まって、動線の確認、ステージのレイアウトの確認など。もう何度か行われているこんな風な打ち合せ。写真はこの日のものではなく、前回撮影したものになる。(だって今日はとてもとても、そんな余裕はなかったからさ。)

そんなこの日は、クィーンのヴォーカルであり、世界に名立たるヴォーカリスト・ピアニストでもあるフレディー・マーキュリーの生誕65周年だったそう。社を出発する前にGoogleのトップページで紹介されていて、自席の周辺でちょっと話題になっていた。

この日の下見、総勢80名になる事から、集団は次第にバラけ、各シーン、各シーン、コアな当事者だけで綿密な確認になった事から、そのシーンに関係が薄い集団は次のポイントに移る前に暫し雑談。
何でそんな話題になったのか、『今日はフレディー・マーキュリーの誕生日らしいですよ。』『へ~。』出る前にWikipediaをつぶさに読んでいたので、『日本に造詣が深いことは知ってたんですけど、彼、日本語もかなり話せたみたいですねー。』『へー、そうなの。』『日本語の歌詞のアルバムとかもあるみたいで。庭に日本庭園があったとかは有名ですけど、そこまでとはねー。』『そう言えば、当時、「女王様」とか言って、クィーンの唄を全部直訳で唄っちゃう人、いたよねー。』『そうそう、♪自ぃ転車ぁ~、自ぃ転車ぁ~♪とかね。』(流石にこれは、全然知らん。)思いの外、その場にいた数人でハナシは盛り上がり、歳のレンジはワタシを中心に上10歳、下15歳、ってとこでしょうか。全ての年代でそれなりに語られるとは、さすがクィーン、さすがフレディー、と言う感じである。かく云うワタシは、小学生の頃、『キッスとクィーンどっち派ぁ?』なんて会話をした世代。♪キラァ、クィィィ~ン♪と唄っていたりした。ビートルズ然り、ローリングストーンズ然り、イーグルス然り、ディープパープルやクリーム、レッドツェッペリン、エアロスミス、チープトリック(←ちと違う??)。ぱぱぱっと脈絡もなく思い出したけど、そんな風に世代を超えて誰もが一度は通る道なのだろう。
時間・空間・世代などいた場所は様々でも、世の中の流れのとある一時期、また、それぞれ成長してきた中の同じような歳頃の一時期、同じものを見て、同じように感じていた人の話を聴くと、妙に親近感が沸くのはワタシが単純だからだろうか。その時いる場所は違って全然知り合いじゃなくても、歳が違ってても、同じような歳頃に同じようなものを観たり聴いていたりすると、その時はお互い知らぬ同士だったけど、今こうして話が弾むのは素晴らしい事だなぁ、なんて思ったりする。『あ、やっぱり?』そんな風に感じる瞬間って、何だかとっても好きなのである。妙に楽しい1日だった。

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by sanaegogo | 2011-09-05 00:00 | music | Comments(0)
Argentina with Vivitar + AGFA CT precisa
そう言うわけで・・・・、アルゼンチンで撮った風景の写真をアップします。ブエノスアイレスの市街は大きな建物が立ち並んでいて、日影になる事が多く、このカメラではあまり撮れなかったんですが、コルドバやメンドーサの郊外(ワイナリーの近く)などはいい感じになったかな。


Plaza Coronel Dorrego, Defensa, Buenos Aires



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



En el parque cerca del Aeroparque Jorge Newbery



Obispo Trejo, Córdoba



Plaza junto a la Universidad Nacional de Córdoba, Obispo Trejo, Córdoba



Obispo Trejo, Córdoba



Aeropuerto Pajas Blancas



Suburbio de Mendoza



Suburbio de Mendoza



Suburbio de Mendoza


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by sanaegogo | 2011-09-04 00:00 | travel abroad | Comments(0)
見透かされてる・・・・。

中途半端な時間の帰宅 電車には誰も乗っておらず

この6月末にアルゼンチンに旅行に行って、その時の写真を写真展でやりたかったんですよねー。11月か12月に友人と2人で2人展をやろう、と言うハナシになっていたので、是非そこではアルゼンチンの写真を出したい、と思って、最初からそのつもりもありつつ、アルゼンチン旅行に出かけた訳ですが。この日、そのギャラリーの申込みと写真の審査に出かけたので、その時の事です。
アルゼンチンから帰って来て早々に他の私用や仕事の事でバタバタとしていて、思ったように写真の整理が出来ておらず、その前の週(だったかな。)でようやっと友人とスケジュールを合わせて申し込んでみたギャラリーが既に一杯。ワタシも友人もやるならここで!と思っていたギャラリーだったので他の候補については余り考えておらず・・・・、慌てて別のギャラリーで目ぼしい所をピックアップして、予定を合わせて審査に臨んだのがこの日でした。アポの1時間前に集合して簡単な打合せ。ワタシは出したい写真の絞込みも済んでなくて、とにかく旅行写真としてプリントをしておいた200枚近くの中から力技で数十枚選んで、説明内容を考えて、などと言う、今にしてみれば全くもってやっつけ仕事で、共同出展者の友人には何となく済まない事をしたなー、などと反省めいた気持ちも抱いてます。
そしていよいよアポの時間。そのギャラリーに私たちはいました。写真展のテーマやコンセプトはまだはっきりとは決まっていない、だけど、2人の写真をギャラリーオーナーに観てもらって、先ずは写真展を開催するにその写真達が至っているかだけをチェックされるのかと思っていたんだけど、これが大きな間違いだったみたいです。まぁ、冷静に考えれば、開催希望日まであと3ヶ月くらいしかないのに、この時点で方向性が固まってないと言うのは致命的、と言う事は判る事だったんだろうけど、結果は見事、『2人で写真展をやろう!と言う意義が見出せない。ギャラリー代を浮かせるためとか責任を分散させるために2人でやるのならば、これなら別々にやった方が観る人には解り易いでしょう。』と言う、明白すぎてキツイ言葉が・・・・。彼はどう思っていたか、本音は定かではないけれど、この『ギャラリー代を浮かすために・・・』と言うのは、ワタシには図星を指されたようで、恥ずかしい感じすら覚えたような気がします。(今年の年初頃から色々伏線はあって)それ(ギャラリー代)だけが2人で写真展をやろう!と言う理由ではなかったのですが、ワタシにとってはそれは理由として挙げ得る大きなひとつの要素だったからです。グループ展ならまだよい、でも2人となると、何故この2人なのか、と言う明確な強いメッセージが無ければ・・・・。それならいっその事、全て自分で責任を負って個人でやったら良いんじゃないですか? と言う、至極全うなオーナーのアドバイスに何も反論する事は出来なかった訳です。と言うか、逆に納得してしまったと言うか・・・・。2人でやるのにはギャラリー代の他に理由はあったのです。でも、そんな事をいちいち説明するのも確かに写真展の本意からは外れているし、観に来る人にはそんな事は関係ないわけで。それをあの短時間の間に見破ってしまう、と言うのは、写真を通して色々な事を見て取れるこのオーナーのような人ならではなのかな、などと思ったりしました。
図星を指された事はもうひとつありました。『ブエノスアイレスのこの写真、影とか、街の感じは良いけれど、人が全然撮れてないね。人を撮るならもっと踏み込んで対峙して撮らなければ。遠巻きに観ているだけではだめだね。』と。これには正直やられました。頭をガツンとやられた感じ。見透かされてる・・・・。そう、ワタシはビビッたのです。旅行記でも書きましたが、ブエノスアイレスで暗がりで道に迷って、『カメラを出して歩いていてはいけない。』とポルテーニャに注意されて、それからノビノビと写真を撮る事を躊躇したりしてたのです、きっと。帰って来て撮った写真を自分なりに見て、うすうすそれは気がついていたのです。街と人を撮って、写真展に出したい!と言う大きな目的を持って出かけた割には成果は薄かったのか?と。なのでこの言葉は少なからずショックでした。アルゼンチンへの旅は、旅としてはそれは楽しく、いつまでも印象に残るものになったのですが、この意味では消化不良だったのかも知れません。それが『もう一度行きたい!』と言う気持ちに顕れているのかも知れないです。 写真を観て、そんな事も判っちゃう、と言うか、如実に語っちゃってるんでしょうね、写真達が。


帰りの電車の中で カバンに入れた写真の箱が重くずっしりと感じたもんです

そんな訳で、12月の2人展は開催を見送る事にしました。でも、その後、色々考えているうちに、それならば1人でもやろうかなー、と言う気に、うっすらとなり始めています。考え方にはふたつあって、自分でも納得いかないのだったら無理してやる必要はない、納得行かないものを出すのは憚られる、と言うのと、出来に納得が行かなくても一度はそう希望した事なので、どんなカタチでもカタチには残すべきじゃないか、と。どちらも正しくて、どちらも間違いではないと思うのですが、今は漠然と後者に気持ちは傾いてます。ただ、やるなら年内、と思っていたのは叶いそうにないですが。
今まで割と時には不言、時には有言で、決めた事は初心通りに実行、完結してきた性質(たち)なので、年内に出来ない事に一抹の不本意さもあるのは否めませんが、時(機)が熟すのを待つのも、そしてそれに達する時まで諦めて軌道修正する事もまたここ最近での色々な事での自分の中での心境の変化であるような気がしてます。(思い通りに事が運ばない時、どう出るか。) なので、12月開催はきっぱりと諦めました。でもやる事を諦めるより、やる方向で粘った方が良いと思うので、近いうちに、もっともっと絞り込んで、アルゼンチン、是非やりたいと今は静かに思っております。あれ以来、ここ暫く箱の中にしまったままにして、何だか観るのも躊躇していた写真を整理するためにブックも購入したしねー。
Detour、必要な時もありますよね、きっと。

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by sanaegogo | 2011-09-03 00:00 | つぶやき | Comments(2)
ラシーンが欲しーんです


何故今更新しい車が欲しいと思ったのか、その理由は自分でも定かではないのだけど、この前の週、下田に行ってから、そんな風に漠然と思ったりしている。確かに、愛車はワタシの意を汲んで思い通りにきびきびと走ってくれたし、長年連れ添っていて愛着もあるのだけど、ホントーの事を言うと、欲しくて欲しくて気に入った中から選んだ、と言うのではない、と言うのがその理由かなぁ。(こんな事言って、私がオトコで愛車が女房だとしたら・・・、泣くよね、確実に。)
この愛車を購入したのは、もう正確には忘れたけど、もう直ぐ10年が経つような気がする・・・・。生活のリズムと軌道が安定してきて、貯金もちょっと出来るようになり、その時に払える金額の中で、兄がN産に勤務している事からN産車なら多少の優遇を受けることが出来たので、その中でも自分クラスの1台を選んだ訳です。本当はN産車の中ならステージアが欲しかったのだけど、(四角いボルボが好きだったからね。)それは残念な事に当時の自分クラスではなかったのだ。
更に、学生の頃乗っていた車もナッソーで乗っていた車も中古だったので、自分出資の車は新車がいいなぁー、と新車に拘った訳である。当時からラシーンは既に惜しまれる中、生産を中止していて、(2000年まで)、当時のワタシの頭には全くラシーンはなかったのだけど、そう、その下田以来、妙にラシーンの事がまた気になってしまうのである。
ワタシが欲しいのは後期モデル。今でも根強いファンが多く、ばりばり巷でも見かけるし、ラシーン専門の中古屋さんもあるらしい。どうせ(と言っては失礼だが)この車も古くなってきたし、エコカーや電気自動車がどんどん台頭してくる中、古い車ならいっその事・・・・。と、ここまで来ると、クラシックカーのノリに近いかも知れない。(先ほどの例に倣って言えば、『一度は諦めたあの人にまたアプローチしてみたい!』と言ったところ?)『浮気』かっ!?ごめんよ!
ちょっと調べてみたら、軒並み物凄い走行距離のものしかなく、多分シートとかもボロボロなんだろうな。友人にちらっとその事を言ってみた。『今更ラシーン、駄目かな?故障、多いかな?』『う~ん。修理費との戦いって感じだろうね。』と予想されていた反応。学生時代はこのラシーン、妙チキリンな車だなぁ、と思って半ば嫌っていた。多分、Paoとかと同じ世代の車だと思うけど、妙に懲りすぎていて、イヤミな感じがしたのだ。でも今にして思えば、それはある意味先を行っていた、と言うことなのだろうか。
しかしながら、今じゃ、スカイラインまでもロンドンの黒塗りタクシーのようになってしまい、(桜井真一郎が泣くでしょ、ホント。)、これもどうかと思うけど、この先振り返ったら、これも魁的なものに感じるんでしょうかね。この丸丸化、ズングリ系のムーブメントにどうしても納得いかない気持ちが、ラシーンを再び魅力的に見せている要因かもしれない・・・。
酔狂にクラシックカーに乗るつもりで、乗り換えるか! 今が決断の時か!ここは『人生の思い出作り』(←大袈裟?)の一環として実行・決行すべきか! 悩むところではあります。


写真は昔、福井→金沢→能登と愛車で旅行に行った時のもの 学生当時に乗っていたパルサー



石川県にある千里浜ドライブウェイ ここを走るのを楽しみにして出かけたのよねー


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by sanaegogo | 2011-09-01 00:00 | つぶやき | Comments(2)