<   2011年 07月 ( 8 )   > この月の画像一覧
アルゼンチン便り


もう1ヶ月も前の話になるなんて、何だか信じられないけど、アルゼンチンの旅行記が出来ました。本当に遅筆なワタシ。あれもこれもと書いているうちにテキストはどんどん長くなり・・・・・。自分でも読み返してみるとただ時系列にその日にあった事を書き連ねているだけになってしまいましたが、アルゼンチンの旅は本当にワタシの心に、風土、文化、人々との触れ合いなど沢山の印象を残してくれました。写真には撮れなかったけど、心に沁みこんで離れない沢山の風景・情景があります。色々な表情のある国でした。でも、あっと言う間に駆け抜けた感じのこの7日間の旅行でも、アルゼンチンのほんの一部しか見る事が出来なかったのです。アルゼンチンは広い!そして、行って良かった!行けて嬉しい!またいつか行きたい!
旅レポに主眼を置いたので、自分としてImpressiveな情景は、改めてGalleryのWebsiteでアップする事にします。
まずは、旅の全貌、楽しんでいただければ幸いです。
旅の頼もしいCompanyであるO'myuにも感謝です。すっかりカタコトの変なスペイン語を操る日本人になっていた2人ですが、いやぁ、体力使いましたね、この旅は。
それでは、こちら、Day1です。・・・・・> Click!

43560
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-30 00:00 | travel abroad | Comments(2)
作品研究会修了展のご案内


先日告知した作品研究会修了展の葉書が出来ました。昨年グループ展に参加した時は、社内はAPEC横浜の準備で殺気立っていて、しかも私はその案件に入る予定ではなかったんだけど人手が足りないために途中からひとつの役割を負うことになり、しかしながら、グループ展があるので最後まで現場に残る事が出来ない心苦しさから、仕事先の人にはきちんとご案内が出来なかったんだけど、この度はその時忙しい合間を縫って観に来てくれた方々を中心にきちんと案内葉書をお配りする事が出来て、何だかほっと安心しました。
今度のは作品研究会の修了展と言う事もあり、在廊が必須ではないので、いつ顔が出せるか不明なのですが、よろしかったら足をお運びください。
前回の記事(http://sanaegogo.exblog.jp/15126786/)で、ボツにした写真を紹介しましたが、直感で外した、とは言ったものの、あれにはもっと理由があって、写真の選定を何度か重ねている中で、同じくボツになっていった写真達の中には一目見て『何処』とわかるものがあり、(銀座の風景とか、地下鉄の構内のものとか)、見て直ぐに場所を特定できるものよりも、それを排除して並べた方が、『この人は一体何処を撮ってるんだろう。何を見ているんだろう。』と言う気持ちを観る人に呼び起こさせる事が出来るのでは?と言う篠原さんのアドバイスが効いていたと思われます。なので、スナップと言ってもちょっと抽象的な感じになってると思います。そんな感じの7枚です。

ルーニィ・247フォトグラフィー 作品研究会修了展
8月2日(火)~ 8月7日(日)
http://www.roonee.com/about/accese/


43344
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-24 00:00 | つぶやき | Comments(0)
三回忌の法要にて


今日はお父さんの三回忌。早いものでもう丸2年経とうとしてます。今では『夏』と言うと『お父さんの逝った夏』と言う感じで、それまでの私の中の夏感とは全く違うものになっているようです。今日は良く晴れて、しかも7月のこの時期にしては涼しく、2年前のお葬式や初七日、昨年の一周忌など、すべて汗だくの中で行われてたので、今日はそう言う意味では良い日和です。母は台風の進みが遅くてこの日も大雨とかになりはしないかと大分心配してましたが、台風が来る前のうだるような暑さも結果ひと心地で、母も安心したようです。親戚が沢山集まって、お父さんの事を偲んでくれました。法事などの事は今でも母が色々と切り盛りしているのですが、実際に施主として挨拶するのはもう上の兄がやってます。お寺でお経をあげてもらって、お墓参り。その後精進払いみたいな流れで、上の兄が最初に皆さんに家を代表して挨拶をして、下の兄がお開きの挨拶をするのが定番のようになっています。お父さんも2人の息子達がしっかりしているので、さぞかし安心している事でしょう。兄達の普段は聞けないお父さんへの思いを挨拶の中で述べているのを聞くと、新鮮、と言っては何ですが、普段、家族にはあんまり口にしない思いも、こう言う場だからこそ、色々と聞くことができるんだなぁ、なんて思います。
献杯のご挨拶を親戚のおじさんにお願いして、宴席と言うのか、何と言うか、が始まって、暫くして、別のおじさんから、『早苗ちゃん、またどっか行ってきたんだって?』と。『アルゼンチンに行ってきたんですよー。』と。『アルゼンチンはどんなところだった?』と言う問いに、『街は昔のヨーロッパの街並みみたいなのが残されてて、すごくよかったよー。』『あいつらは毎日サッカー見てタンゴ踊ってるのか?』と言う質問に、『ブエノスアイレスは、ちょっと最近は経済が良くないらしくって、治安はあんまり良くないみたい。怖い思いをする事はなかったけど、勢いのある感じはしなかったかなぁ。』と。すると別のおじさんが、こう言ったんです。『日本みたいにバブルとか高度経済成長期とか味わってる国民は、景気が悪いとか良いとか口にするけど、アルゼンチンとか南米は昔っから経済のいい時なんてなかったんだから、そこの人にとってはそれが普通で、良いも悪いもないんだよ。貯蓄なんて習慣はなくて、稼いだ分を生活に回して、それで上手くやってきてるんだから、そこの土地の人は今までどおりの生活をしてるだけなんだよ。』と。それがあたっているかどうかは別として、そのおじさんは茅ヶ崎でバラ園をやっているおじさんで、小さな茅ヶ崎の町でずっとやってきたおじさんで、そんな人からこんな言葉を聞けるなんて、と思い、何だか感じ入ってしまった。オトナになると、今までは知る事、聞く事が出来なかった(多分耳を貸さなかった)こんなハナシが出来るようになるもんなんだなぁ、と、三回忌の席で妙にこのおじさんの言ったこの言葉が心に残りました。

43344
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-23 00:00 | つぶやき | Comments(0)
パウル・クレー|おわらないアトリエ


MOMAT(近美)にパウル・クレー展を観に行ってきた。

パウル・クレー|おわらないアトリエ
PAUL KLEE: Art in the Making 1883-1940
2011.5.31-7.31
東京国立近代美術館 [MOMAT]
http://klee.exhn.jp/index.html

東京近郊に美術館はいくつかあるけど、観終わって、面白かったなー、と思うのはこの近美のものが多いような気がする。他の美術館では歴史研究とか作品研究とか、テキストを読んで「なるほどねー。」と思ったりして、また、語り尽くされた感のある巨匠画家では、他の画家との交流や類似点を中心に展示したり、「○○時代」にフォーカスしていたり、と、それはそれで面白いのだけど、近美の展示はいつも「体験」が出来ると言うか、文字だけじゃなくて視覚的に解れられるというか、展示手法そのものが楽しめると言うか、なので、観終わった後、(良い意味で)心地よい疲労感が味わえる美術館だと思う。
今回のクレーは、大きくふたつのパートに分かれていて、ひとつはクレーの実際のアトリエの写真とそこに飾られているものの実物の紹介、クレーの自分の作品の整理法方と分類方法などに絡めた作品の紹介。もうひとつは、彼独特の制作過程の探究とその具体的手法の紹介。全編に亘り、映像のイントロダクションを前編に用いたり、壁にかけるだけではない裏面を見せた立体的な展示などなど、変化に富んでいて面白かったです。変化に富んだ展示と言えば、今回の迷路のような展示空間は建築家の西澤徹夫さんの設計(これもまた「作品」と呼べるのかもしれませんが。)で、公式ウェブサイトに、彼の設計スケッチとか、観る人を意図的に惑わせるような悪戯心のような設計意図について語られていて、これもまた面白いです。
http://klee.exhn.jp/times/interview/index10.html

さて、パウル・クレー展そのものですが、作品も然る事ながら、眼をひいたのはクレー自身が撮影したと言うそのアトリエの写真です。縦横無尽で意表をつくような位置にも飾られている自分自身の描いた画たち。その写真の中に納められているそのものが展示してあって、何だかクレーが生きている頃のアトリエに案内してもらったような気にもなれて、楽しい。展示されている作品もクレーらしく、線で描写された幾何学的な画面であるにも関わらず柔らかい色彩と境界線。好きです。子供の頃によくクレヨンを2重に塗って2層目(表面)のクレヨンの層を削って絵を描くのが好きだったんだけど、その頃の楽しい気持ちを思い出したりした。(と同じレベルで言ってはかなりクレーに失礼な気もするが・・・・・。)
制作過程については、クレーは色々な試行を試みていて、大きく4つの制作方法を用いてます。
● 写して / 塗って / 写して
● 切って / 回して / 貼って
● 切って / 分けて / 貼って
● おもて / うら / おもて
どれもクレーによる平面作品に変化を持たせる立体的な試みで、そこをフォーカスして見せる事で、今回のクレー展をとても変化に富んだものにしてます。切る、回す、貼る、などは、コラージュの手法の延長とも思いましたが、どちらかと言うと、今の時代の電子データでのトリミングとかレイアウトし直しとか、そっちの方に近い感覚いようですね。でももともとそれ程大きくないクレーの画をトリミングして小さくしているので、実物はかなり小さく、観る人はかなり寄って観てました。それはそれでクレーの画を身近に感じる事ができて、彼の持つ親しみやすさがクローズアップされたのだと思います。
クレーの作品は「絵画」と言う括りでもあるけれど、”デザイン性”と言う側面もとってもある。ので、ミュージアムショップのグッズも楽しいものが多かったです。iPhoneのカバーとか、ユーザーだったら記念に買ってもよいな、と思わせるものが多く、他にはフォルダファイルとか、スケールとか。私はスケール付きのブックマークを購入。グッズ売り場は物凄い人でごった返していて、ゆっくり見られなかったんですが、クレーってこんなに人気があるのでしたっけ、と思うほどの混雑でした。

43162
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-17 00:00 | art | Comments(0)
ルーニィ・247フォトグラフィー 作品研究会修了展


この(約)半年間、この3月から、四谷3丁目のルーニィ・247フォトグラフィーの篠原さんのところでやっている作品研究会に出てました。「自分のやりたいことをハッキリさせる。」と銘打って、これまで撮ってきた写真を持ち込み、作品の志向とか、数ある写真の中で何を選んでどう観せるかとか、そんな事を考える研究会です。撮影技術や撮影機会の選択の向上を目指すのではなくではなくて、作品講評と講義を繰り返しながら、自分のやりたいこと、興味の方向性を明確にすることを目指して、選んだ写真の並べ方や額装、適切な観せ方のディテールを考える会です。その修了展が8月2日(火)から始まります。今日がそのための最後の講座でした。

ルーニィ・247フォトグラフィー 作品研究会修了展
8月2日(火)~ 8月7日(日)
http://www.roonee.com/about/accese/

参加したのは5人。グループ展ではないので共通のテーマとかはなく、バラエティーに富んだ感じになってると思います。
出展者は・・・・。
① 上野や荒川の風景や空を撮っている人
② 中途半端でちょっと間の抜けた感じの人物・風景を撮っている人
③ これまでやってきた山岳写真、山の風景写真に疑問を感じて、自分なりの画を模索している人
④ 身近な環境の中で自分の心に触れるものを撮っている人
⑤ そして私
の5名です。
私は一体どんな人なのかというと・・・・、結局この講座の期間ではこれまでの傾向とかこれからのテーマとか、そんな大それたものははっきりしなかったのですが、これまで撮ってきた写真の中から気に入ったものをプリントしてたものを持ち込んで、その中でも結果、比較的情報量の多い、そして光と影、反射、コントラストが(やっぱり)とても気になるようになり、今回はそんな感じのものを並べる事にしました。(写真は最後の最後まで迷って、最終的に(O型特有の)一瞬のカンで外してしまった1枚です。) 今回のために撮ったものは1枚もなく、ブログにアップしている写真も多いですが、どれもプリントした方が断然よく、そして観て欲しいので、よろしかったら、(暑い中ですが)、お越しください。パソコンだと個人の環境によって写真の見え方が違ってくるので、これがこの写真なのです!みたいな「決め」のものを観ていただきたいのです。
日にちも時間も場所もばらばらの7枚ですが、最後は篠原さんが並べてくれて、やっとまとまった感がありますが、今回の事で、気に入っていても勇気を持って外すことの難しさを感じました。自分で選んでるだけだと、あれもこれもになりがちで、他にも壁にかけたかった写真はあるのです。また逆に言うと、例えば今回敢えて外したこの1枚もいつか出せる機会が来るとといいなー、と反対の発想も生まれて来るわけです。
さて、ハナシを戻して、私が一体どんな人なのかというと、ま、強いて言えば、「気持ちが反応した風景を無意識と直感で撮る人」とでも言っときましょうか。アンダーシリーズ、オーバーシリーズと(勝手に自分で呼んでますが)ある中で、今回はアンダーなものを。それぞれの時の、その情景を捉えた視線を感じていただければ幸いでーす。

43105
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-13 00:00 | art | Comments(0)
鍵井靖章写真展 「青い地球のカシュ」


鍵井靖章写真展「青い地球のカシュ」を観てきました。鍵井氏は友人の高校時代の友人で、鎌倉にお住まいになっている事だとか、以前から聞いていたし、Webも拝見してたのですが、写真展に行ったのはもちろん初めてで、この日は講演会(スライドショー)もあると言うので、出かけてきました。海(水中)の写真と言うと、勿論好きだし、自分自身も海の子として育ったので、海も好き。もはや「なんちゃって」だけどダイビングのライセンスも持ってるので、海写真は眼に触れる毎に楽しんできたけど、鍵井氏の写真はこれまでよく観てきた魚や海洋生物の写真と何かちょっと違う気がしました。何となくですが・・・・、街撮りのスナップの感じに似てるのです。標本写真のような生態とか生息にいかにもの感じでクローズアップして捉えるのではなくて、海の中で自由に動き回る生き物たちを、寄ったり引いたり、海の中だし相手は魚なので遠慮する事ないのに、街で人を撮るように、一瞬の仕草や動作をぱっとこっそり直感で撮る、みたいな、そんな写真でした。街の中で足を止めて、行きかう人の一瞬の「いい感じ」をただひたすら待つ、みたいな、あの感じです。寄った画は寄った画で(正面の写真シリーズも見せてくれましたが)、街で知らない人のスナップを撮らせてもらう時みたいに、まるで、『ちょっと写真撮らせてくれますか?』と語りかけて、カメラに向って笑ってもらっているかのようでした。妙に寄ってテクスチャーとかに迫るのも、(海の中なのに!)、新鮮でした。広い広い綺麗な風景の中で、足下の花を寄って撮っちゃう、みたいな感覚、地上ではありますよね。こんな写真って、いかにもダイビングをして魚の写真を撮ります!みたいじゃなくって、何だか好きだなぁ。ご本人も、特に生態に関心がある訳ではないんです、と話していました。
この度、「アシカ日和」と言う写真集を出されて、そのアシカちゃん達の写真もありましたが、可愛いですねー。『犬を飼っている人は、その子とふれあう時の感覚に近いと思います。』と話していましたが、そうそう、こんな風に甘えて、可愛い顔して寄ってくるんです。はたまた、ちょっとぬるっと艶かしいフォルムが妙に色っぽかったりして。ホント、不思議な生き物です。メキシコのラパスにいるカリフォルニア・アシカだそうですが、ラパス、(また)行ってみたいなー、なんて思いました。(私がかつてのメキシコ旅行で行ったのは、ロス・カボス。調べたら凄く近いところでした。残念!)(果たして私もまだ潜れるのか。かなり疑問ではありますが。)また潜りたいなー。そんな風に感じさせてくれる写真でした。ダイビングやってる人は、魚の名前とか生態とかどれだけ知ってるか、またはこの眼で見たかが自慢どころ、みたいな風潮があるけど、私が始めて潜った時って、幼い頃から海で泳いでいたけど、こんなにゆったりと頭のてっぺんまで海水に浸っている事がこんなにも気持ちの良いことか、と、ただそれに感激して、ただそれが好きだった感があります。鍵井氏の写真はそんなスタンスの、『海の中好きなの。』だけの「なんちゃって」ダイバーにも、決して敷居が高くなく、潜った時のあの気持ち良い感じを思い出させてくれるようでした。
写真展は、どれもかなりの大きさのものが展示してあって、ファンの方々がその前で集合写真の記念写真撮っちゃうみたいな、和やかな写真展でした。

鍵井靖章写真展「青い地球のカシュ」
キヤノンギャラリーS(品川)
会期:2011年7月1日~2011年8月11日
10:00~17:30

カシュ、とは隠れ家の事だそうです。会期も充分あるので、是非足を運んでみてください。楽しいですよー。

42983
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-09 00:00 | art | Comments(0)
Volví de Argentina

アルゼンチンから帰って来ました! と言っても4日月曜日の夜には帰ってきていたのですが、旅の最終章が終わるのに若干色々ありまして・・・・。もともとの帰国の予定は3日の日曜日。アルゼンチンでは、ブエノスアイレス、コルドバ、メンドーサ、ブエノスアイレスと廻ったのですが、冬枯れたアルゼンチンの街は、それはそれは素敵でした。その素敵な旅の思い出に匹敵するビッグなエピソードになってしまう程、帰国の途は壮絶なものになりました。
最後のブエノスアイレスで、出発まで街の散策をし、いざイゼイザ国際空港へ。少し早めに出て空港でゆっくりしようと早めに出発ロビーに到着するも、様子が何だか変。待合のロビーには人がごった返しているのに、チェックインの列のエリアには人っ子ひとりいないのです。不思議に思いながらデルタのカウンターまで進んでいくと、デルタのお姉さんが、『このフライトは遅れているわよ。今はブエノスアイレスの出発が5時半(現地朝)よ。』と。なにーーっ!?朝の5時半と言うと今から9時間後ではないですかっ!それではアトランタでの乗り継ぎに間に合いません!もともとアトランタでは8時間もトランジットの時間があり、街に出てコカコーラ博物館かCNNでも見学してこよう!としていたのに、そんな時間もなくなると言うもの。よくよく聞くと、数週間前のチリでの火山爆発の火山灰がまたブエノスアイレス上空に戻ってきていて、上空の視界が確保出来ないそうなのだ。近くのサンチャゴからすら機体が飛来できなくなっている、との事。『9時になったらここに電話してフライトの状況を確認してね。』と言って用意されていたメモを渡されたが、『私たち、旅行者だから携帯は持ってません。』と言うと、『1個もないの?』と困り顔。『とにかくまた確認してね。』とチェックインもしてくれなかった。せめて荷物を預かって出国の手続きまで進ませてくれていれば、あんな事にはならなかったのに。
多分、この時点ではフライトキャンセルになる可能性もあったのでしょう。期せずして出来てしまったたっぷりとした待ち時間。仕方がないので、最後のアルゼンチンワインを楽しむことに。マルベックの赤ワインを所望するも、品切れだったのは残念でした。そして、ラ・プラタで行われていたコパ・アメリカのアルゼンチンVSボリビア戦で盛り上がり(メッシはこの日は不振でした。)、12時過ぎに空港内にあった数少ないカーペットのエリアを確保してコートを敷いて就寝。何度か出発ロビーの様子を伺うも、目立った動きはなく、5時半の出発だったら3時半くらいのチェックインかな、と様子を見るも目立った動きはなかったのですが、6時に目が覚めて、ふと出発案内を見て、驚愕っ!DL110に「Embarco」の文字が!ぎょーーーっ!2人してスーツケースを取って、デルタのカウンターに走る!カウンターにはだれもいないっ!『デルタの人、デルタの誰かと話しをさせてくれっ!』とオフィスの場所を教えてもらい、談判しに。色々交渉するも、もう出発した、の一点張り。Departureの時間まではまだ30分あるのに。恐らくイレギュラーな出発の時間なので、出国の審査をする審査官ももう引き上げてしまったし、もしかしたら飛行機もゲートを離れてしまっているのかも知れない。成田なら荷物は次の便にしてもとにかく乗せる、とか、航空会社の人が出国審査対応するよう話してもらう、とかしてもらえたかも知れないなぁ。
別の便に振り替えて貰うようにデルタの人にお願いしたこの時点では、デルタからアメリカに入るのは1日1便だった事を知らなかった訳なんです。で、オフィスから出てきたデルタの男の子からまたまた驚愕の言葉が!『明日も明後日もフライトは一杯です。飛べるのは7月5日のDL110。またダウンタウンに戻って滞在を楽しんでくださいね!』なにぃ~!? それでは日本に着くのは7月6日になってしまうではないか!ここで茫然としていても仕方がない。状況を受け入れ、対策を考えるために一旦撤収。
参ったなぁ。実は昨晩空港で、最後のアルゼンチン・ペソを消費しようと呑み喰いして、最後自分へのお土産として、アクアマリンのペンダントヘッドを米ドルで買ってしまったのでした。なので、現金は2人合わせて日本円3万円のみ。ブエノスは比較的クレジットカードが使えるとしても、タクシーや水などの簡単な品には現金が必要。どうやらデルタは北米に1日1本らしい。あとは、アメリカンのヒューストン行き、コンチネンタルのマイアミ行き、全部でも3、4本くらいしか北米に飛んでいないらしい。マジ?こんなに国土の広いアルゼンチンなのに。『とにかく北米に脱出しよう!』と、再びデルタのオフィスを訪れ、時間の間に合いそうだったコンチネンタルに振り替えてもらおうと交渉。コンチネンタルのお姉さんも出てきてしばし協議があった後、『5日のフライトがコンファームになっているので、それを大切にした方がいいですよ。』と。そそくさとオフィスの中に戻っていこうとするデルタとコンチの職員。納得いかなさそうにしていると、あのチェックインカウンターにいたお姉さんが声をかけてくれた。『確かに明日も明後日も満席だけど、スタンバイに並べば乗れるかも知れないわよ。』と。そうだね。街に戻ってもお金はないし、宿もない。今夜の同じ便のウェイティングをトライしてみて、ダメだったらその時考えよう、と言う事になり、これが大体朝の7時過ぎくらいかな。そこからまた10時間くらい。空港で時間を潰す事を決意しました。宛らトム・ハンクスの「ターミナル」です。ターミナルにも入れてないんだから、「デパーチャー ロビー」ってとこですか。同じような境遇の人は結構いるらしく、空港のカフェや昼寝スポットで顔を合わす面子が同じでした。みんな予期せぬ自然の気まぐれで足止めを余儀なくされているようです。
さて、やって来ました、デルタのお姉さんに言われた午後4時半。足早にデルタのチェックインカウンターに向かい、1番でウェイティングリストに登録してもらいました。6時頃チェックインが締め切られスタンバイに割り当てられる座席数が決まるので、その頃戻ってくるように言われて、上のカフェにいったん退避。何回目だ、ここは! 時間が来て、なかなかチェックを持って来ないカフェのオヤジに苛立ち、オレンジジュースのお金を残っていた米ドルとペソごちゃ混ぜでテーブルに勝手に置いて、これで現金は本当に終了。足りていたのかもわからん!店を出てチェックインカウンターに行くと、結構な数のスタンバイパッセンジャーが屯していました。マジですか、この人数。空港の中のどこにいたでしょうか。まるで合格発表を待つ時の心境のようです。もし空席があったら1番にリスティングされているので、乗れることは乗れると思うのですが、その頼みの綱の空席が出るのかどうか。マジ、祈りました。デルタが手続きを締め切った後も、ダラダラ、ダラダラ、乗客がやって来るんです。何か問題もあったみたいで、輪になってなにか相談しているデルタの職員達。ドキドキドキドキ。その瞬間!昨日のお姉さんが、『あなたたち! こっちに来て!早く!』と私たちを呼び、『席はゲートでアサインしてもらって!早くっ!』と!ボーディングパスと手荷物チケットをさささっと渡され・・・・。 そうです!多分、もう締めちゃおうぜ、みたいな雰囲気の中、あのお姉さんは無理矢理2席突っ込んでくれたのです!空席が合った事が本当にラッキーでした。超特急で手続きをして!荷物を預け、ゲートに急ぐ時は、頭の中はストップモーションの映像が、あと映画のように何かの曲が頭の中をぐるぐる廻っていた気がします。同じくスタンバイで待っていたアメリカ人のカップルの男の人が、『Have a nice flight back!』と声をかけてくれました。あの大勢のスタンバイの人たちはまた明日も同じ事をするのか、と思うと、本当に気の毒になります。


さて、そんなこんなで、無事アトランタに向けて脱出。1日遅れで日本に帰国。でもこれでこの帰路のエピソードは終わらなかったのです。 まず、ロストバゲッジ。でもこれは予想はされてました。でも、アトランタでたっぷりと乗り継ぎ時間があったのに。ブエノスから荷物が出ていない事だけ心配してましたが、調べてもらうとアトランタまで一緒の便で来ているというので安心したのですが。日本のデルタでロストの手続きをして、ぐったりとして家路に着きました。翌日デルタから電話があり、無事に1日遅れで荷物が届いた、との事。『明日の午前中にはお届けできますよ。』との言葉に、『ありがとうございます!』と素直に感謝を述べたのに、のに、のに、です。その翌日家に帰ったら友人のスーツケースが届いているではありませんか!母が、不思議には思ったけど、私宛に届いたので受け取った、と言うのです。『デールーターめー。』と、またその翌日クレームの電話。『とにかく直ぐに対応してください。』とチャーター便を出してもらい、その日のうちに二人の荷物を配送し直してもらった。『デルタ、ポカはするけど対応は早いよね。』とその対応の早さを誉めたのに、のに、のに、のに、です。また!残業している私にメールが入り、鍵が入れ違っている、との事。何じゃ、そりゃ。あり得ない。翌日もまたデルタに電話。友人の鍵を仕事先まで持ってきているので、バイク便を出して友人の会社まで届けろ、と。対応は早いのに本当に残念なデルタ。そもそものこの入れ違いの発端が多分、鍵をスーツケースに付ける人の入れ違いミスからきているんでしょうねー。
そんなこんなで、1日遅れの帰国から、ほぼ一週間かけて、旅の最終章が本日終了しました。ここまで長文を読んでくれた方、ご精読ありがとうございました。今回の事はイミジクモ、ナッソーでランドオペレーターとして働いていた頃の経験が少なからず役に立ったと思って、これまでの人生も無駄ではなかった(爆)と思わざるを得ませんでしたねー。自身としては、空港で夜を明かしたのも、乗り継ぎ以外でスタンバイになったのも初めて、ロスバゲも初めて。初めて尽くしの帰路となりましたが、タフなものになりました。旅レポは改めて。取り急ぎは、帰国エピソードです。



アルゼンチン旅行記 こちらからどうぞ! ここを→Click!

42896
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-08 00:00 | travel abroad | Comments(12)
Noticias de Argentina Day7 ― Buenos Aires
昨晩、何となくへとへとになってBar Surから帰って来て、今ではすっかり顔なじみになったモレノ・ホテルのフロントデスクで、メンドーサで果たせなかったマッサージを出発日の午前中モレノでするか!と深夜だったのにも関わらず、2名で予約を入れていたのだ。O'myuは「今日は朝食はいらない。」と言うので、1人でALDO'Sまで降りていって朝食を食べた。モレノの朝食には、クロテッドクリームみたいなクリームが出て、これに何気なくハマッていたのだ。部屋に戻るとフロントから電話があって、11時から1時間マッサージが来るとの連絡。チェックアウトが12時だと余裕があって良いですね。マッサージはスウェーデン式リンパマッサージ。仕事もしてないので、肩こりとか滞っている感じはしないのだけど、疲労感はある。そんな疲れた体を再び始まる飛行機の長旅に備えてほぐしてもらう。心地良い1時間だった。



≪最後の夜に泊まったモレノ・ホテルの部屋から見た風景≫


モレノ・ホテルでチェックアウトをして、あのクラシックなエレベーターもすっかり慣れたもの。最後のお土産を買うためにブエノスアイレスの街に出るも、まずは腹ごなし、と言う事で昨晩行く事が出来なかったカフェ・トルトーニに行く。流石にランチはあんまり並んでいないだろう、と思ったけど、並んでる、並んでる。それでもランチなので列は動いているみたいなので、今度こそ観念して並ぶ事にした。「名前とか書いてくるのかなー?ちょっと見てくるねー。」と店の入り口に行くと、中から日本人男性が出てきた。日本人を見かけるのはとても珍しかったので、お互いに目が合って、先方がにやっと笑うので、私も笑い返したが、後で知ったが、その人はサッカー全日本代表だった長谷川健太選手だったらしい。どうやらコパ・アメリカを見に来たらしい。







順番が来て、店の中に案内されて、改めて見回してみると・・・・、素敵ねぇー。人々の話す声、ウェイターのお客さんを迎える声、食器の合わさる音、そんなざわめきがとても洒落ている感じがした。かつての芸術と文化の交流の場、知識人の社交の場だったと言うこの店。旅も終わりだし、これまでを振り返る感じで、ワインも呑みたかったけど、日本に帰ったら恐らくもうお目にかかれないあのビール「パタゴニア」を再びチョイス。こうして店の中でボーっとお客さんを眺めながら時間を過ごすのも本当に楽しい。何となくいつまでもこうしていたい気もしたけど、おっと、飛行機の時間もあるので、そろそろ行くとしますか。


≪トルトーニのドアマンのおじさん≫












フロリダ通りに出て最後の街歩き。ぶらぶらしながら、ブエノスアイレス、コルドバ、メンドーサ、3都市廻ったけど、どこもとっても良かったなー、などと思うと同時にブエノスアイレスの街のちょっとうらぶれた感じとか、冬枯れた感じとか、最後にたっぷり味わって帰ろう、などと思った。写真を撮るなら断然ブエノス。どこもかしこも画になるのだ。お土産屋さんでゲバラのフィギュアを購入。自分のじゃなくて誰かのお土産にしよーっと、ふたつ購入。隣にはなぜかカストロが。ここはどこじゃ?フロリダ通りの露天でアクセサリーを購入。そろそろもうアルゼンチンペソは手に入れたくないけど、こう言うところで買うと、ま、米ドルでお釣りを望むのは無理と言うもの・・・・・。





ブエノスアイレスの街もかなり頭に入ってきたのだけど今日はもう出発。最後にディフェンサのあのカフェでカフェ・コン・クレマを呑んで帰りたかったけど、時間切れで断念。出発まで荷物を置いていてもらったモレノ・ホテルに戻り、マニュエル・ティエンダ・リオンのピックアップのバスを待つ。そして再び、イゼイザ空港に向けて出発の途についた。











何だか駆け足で通り過ぎたアルゼンチン旅行だったけど、各地もうちょっとだけ長く滞在したかったなぁ。空港に向う高速道路からはブエノスアイレスの中心部ではなくて、中心からちょっと外れたダウンタウンの地区の人々の営みとかを垣間見る事が出来た。どの建物にも屋上があって、バスケットボールやフットサルのコートがあったり、洗濯物がほしてあったり、何のためか椅子がひとつ置いてあったりとか、隣の建物への渡り廊下やあれやこれや。ブエノスアイレスに住む人の生活が感じられる。そんなものを見ていると車窓からではなくて、その場に行ってその空気を味わってみたい気がした。今度2度目に訪れる機会があれば、そんな街の人の生活感が味わえる場所にも出かけてみたいな。街路樹がどれもこれも大きくて、冬なので葉をつけたまま枯れていたりするのも印象的だった。アルゼンチンには四季があると言うけれど、冬に来れたのはとてもよかったのだ、と思う。私の中のアルゼンチン、ブエノスアイレスのイメージと、冬と言う季節は本当にマッチしていたのだ。
「さようならぁ~。ブエノスアイレス。」空港までの1時間。少しでもこの風景を逃しちゃならん、心に焼き付けねば、と思って、ずっと窓の外を見てた。またぜひもう1度来たい、これから帰るというのに、そんな事を思ったりした。



アルゼンチンの旅情報: http://www.mercosur.jp/01_argentina/index.html

(壮絶な帰国の後日談もあります!・・・・・> Click!
[PR]
by sanaegogo | 2011-07-01 00:00 | travel abroad | Comments(0)