<   2011年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧
Noticias de Argentina Day6 ― Mendoza/Buenos Aires
今日はボデガを巡る日。ボデガとはワイナリーの事で、メンドーサの市街から車で20~30分のエリアでアンデス最高峰のアコンカグアの裾野に点在している。アルゼンチンの中西部はクージョ地域と呼ばれていて、世界第5位のワイン生産量を誇っている。今日の夕方にはブエノスアイレスに戻るので、昨日ワインショップのお兄さんに勧められた旅行会社のツアーでは、金額の点もさることながら、ちょっと時間的に心配かな、と言う事で、ホテルのツアーデスクにちょっと短めのツアーに、ちょっと安めで連れて行ってくれないかな、と持ちかけたのだ。とても綺麗な英語を話すデスクのお姉さんは、全然OKよ!、とボデガ2箇所をEnglish speaking guide/driver で廻ってくれるツアーを組んでくれた。「行くボデガは時間的な事も考えて、こことここね。」と。朝、指定された時間にツアーデスクに行くとそこにはミラー・シェイドををかけた黒いウールのロングコートを着たイケメンのドライバーが私たちを待っていた。想像してた感じと大分違うわー。ラテン系の人はホント、こう言うのカッコイイのよね。この方もとても綺麗な英語を話す人だったんだけど、メンドーサで生まれて、メンドーサで育って、ボクはメンドーサが本当に大好き、と言っていた。



メンドーサから車に乗って、郊外に行く高速にのり、1軒目のボデガに到着。
ALTA VISTA。歴史のある建物なのだけど綺麗にリノベーションしてあって、何よりも驚いたのが、ワイナリーと言うと地下に沢山の樽が寝かせてあって・・・、みたいなものだと思っていたけどメンドーサでは大きなコンクリートの貯蔵タンクみたいなものでワインを熟成させていた。ALTA VISTAでボデガを案内してくれたお姉さんもとても可愛らしい人で、私たちがテイスティングをしている時に、一緒にワイングラスを揺らしながら、気持ち良さそうにすすすすすーーーっとワインの香を味わっていたその幸せそうな顔が印象的。
ALTA VISTAでワインを3種類くらいテイスティングして、次のボデガに移動。
次のボデガは ACHAVAL FERRER
ここは比較的新しいボデガで、4人の創業者の苗字がボデガの名前になっている。着いた途端に超ラブリーなチワワちゃん(かな?)がお出迎え。物凄い活発で甘えん坊。「撫でてぇ~!」と擦り寄ってくる。ツアーの順番が廻ってくるまで暫しこの子と戯れて、癒されるー。このボデガのガイドのお姉さんも若い世代で、そして綺麗な英語を話していた。きっと、英語が話せるからこの仕事、なのかな。スペイン語のガイドさんはもしかしたら、年季の入ったおじさんみたいなガイドさんも出てくるのかもしれない。ここのボデガは建物自体も新しい感じで、樽やボトリングされたワインが整然とずらっと並んでる広いセラーみたいなものはなかった。ボトル詰めしているところ、エチケットを貼るところとか、ビン口のシールを付けるところとかも見せてくれるのは少しびっくり。子供の頃の牛乳工場見学みたい。何だか、開けっぴろげなのね。ここでもテイスティングを楽しんだのだが、ここのガイドのお姉さんは自社のワイン哲学について熱く語る人で、"our philosophy"と言う言葉を多用してた。ツアーの中でも自社独自の葡萄のブレンド方法とか、「自社の強いこだわり」があるようだ。ここでテイスティングした中で、強烈だったのが"Dolche"と言うデザートワイン。甘すぎず、干し葡萄(レーズン)の味がして、購入できるのはこのボデガの中だけだそうで、ガイドのお姉さんがまるで最終兵器のように出してくれたのだけど、アルコール度がかなり高い、と言うのを私はよく聞いていなかったのだ。口当たりの良さにくぴくぴとグラスに注がれるままの量を全て飲んでしまったのだけど、これが後々にまでひびく事になろうとは・・・・。酔っ払いはしなかったんだけど、アルコール度数が強すぎて珍しく体調がどよよんっとしてしまったらしい。勿論この時はまだ平気。メンドーサの街に戻ってからのどんどん、どんどん体がダルくなり・・・・・。ツアーデスクのお姉さんは限られた時間の中でも、伝統的なボデガと革新的なボデガ、ふたつを上手にコーディネートしてくれたらしい。特徴の違うふたつのボデガを巡って再びアコンカグアを遠くに眺めながらメンドーサの街に戻った。








≪超ラブリーだった 女の子≫


メンドーサの街に戻り、ランチを食べようとサルエミント通りのラ・フローレンシアに行った。ここもとても感じが良い老舗店だ。ここはブエノスと同じように、恰幅の良いウェイターさんがきびきびと立ち働いているクラシックな造りのカフェレストラン。ここもアサードが評判らしく、どよよよんっとしていなかったら最後の牛肉と赤ワイン、と言うのでも良かったのかも知れない。でも何だか食欲がなく、アスパラガスのポタージュとHearts of Palmのサラダを注文。滞在中に"Compartiremos"と言う言葉はまあまあ使えるようにはなったみたい。スープもサラダもさっぱりしてて、美味しい!斜め前のテーブルに座っていた銀髪の紳士。ワイン1ボトル。アサード1皿(通常2人前)、サラダと何かのハードリカーのグラス、デザート、コーヒー。次々と平らげ、爽やかに出て行った。アルゼンチンでは良く食べてる人もたまに見かけたけど、アメリカ人みたいに太ってぶよぶよ、と言う人はあまりいない。






≪フローレンシアの店内 大食漢の初老の紳士≫


どよよよんっが収まらず、空港に移動するまでの時間、スパに行ってマッサージをしてもらおう!と思ったのだけど生憎予約が間に合わないそうで。そんじゃ、隣へ、と思って建物が続いている隣のシェラトンホテルにも行ってみるけど、ここもいっぱい。仕方がないので小一時間くらい、ホテルのロビーで仮眠。酔い覚まし。ピックアップの時間が来て車が来るとその人はまた体格の良いカッコイイ初老の人で、やっぱり黒いウールのコートを着ていた。メンドーサ、お洒落な人が多いなぁ。空港まで行く道々、また日本での津波の被害を訊かれた。正確に言うと、津波ではなくて地震の被害。メンドーサはチリ地震でもかなり揺れたので、親身になって心配してくれる。この運転手さんは、カリフォルニアで仕事をしていた事があるので、英語も流暢。メンドーサに来てからは殆どコミュニケーションで苦労した事はなかった。「メンドーサはいい所だよー。」、と彼は言う。「今度来るときは収穫祭(FIESTA DE LA VENDIMIA)に来るんだよ。」収穫祭は毎月3月に行われて、ボデガや街中ではワインが飲み放題になるらしい。メンドーサもコルドバと同様、長逗留するには良さそうな街。「アルゼンチンは良いところだよ。自然は豊かだし、四季がある。」日本人以外に四季の素晴らしさを感じる他国の人の言葉をこれまで聞いた事がなかったので、この時改めてアルゼンチンにそこはかとない親近感を感じた瞬間だった。「日本にも四季があるのよー。メンドーサもとっても良いところですねー。」空港までの道のりはとても楽しいドライブになった。


≪メンドーサの街から空港へ≫


そうこうして、ブエノスアイレスへの2度目の到着。戻ってまいりました。明日の夜はいよいよ日本へ向けて出発。ブエノスに着くのは夜の9:00くらいの予定だったので、それからどこか夕食を食べに出歩くのも何なので、ブエノスアイレスを出る時にこの日の夕食を予約していた。再びBar Sur。本当は5月通りのカフェ・トルトーニ(Café Tortoni) でショーを見ようと思ったんだけど、平日のこの日は21:00でショーは終わり。なので再びスールに行く事にした。
タクシーでSurに行くが、久々に味わったブエノスアイレスのちょっとぴりぴりした感じ。タクシーの運転手は全く言葉が通じないし、あからさまにそれにイライラしている。見た感じSurの近くまでは連れて来てもらったみたいだけど、全然Surではない所で、何やらまくし立てられて降ろされてしまう。もう夜の12時近く。ヤバイでしょ。「とりあえずここじゃヤバイよ・・・。明るい表通りまで行こう。」と夜も明るいコロン通りまでちょっと移動。裏路地にあるSurの位置を確認して、ちょっと遅れてまたまたSurに到着。今夜は私たちとブラジル人の2組だけ。バンドネオンとタンゴをほぼ独り占め。何とも贅沢なステージだけど何せ(私は)昼間のDolceがまだ効いている感じで、ちょっと、どよよん・・・・。

明日は最後のアルゼンチン!・・・・・> Click!
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-30 00:00 | travel abroad | Comments(0)
Noticias de Argentina Day5 ― Córdoba/Mendoza
比較的早起きをして、ホテルの素敵なダイニングで朝食を済ませ、8時半の空港までのピックアップを待つ。今日はメンドーサへの移動。メンドーサのプルメリージョ空港へ。


≪空から見たアンデスの山並みとメンドーサの街≫



≪空港からメンドーサ市街地への移動 車窓の風景≫


ここでのホテルは、 Huentala Hotel BoutiqueでO'myuが予約を担当した。ワイン通のO'myuらしく(?)"Huentala Hotel Boutique it features a wine-tasting cellar lounge, an art gallery, and a theatre auditorium." だそう。メンドーサはアルゼンチンワインの70%を生産している土地で、ボデガ(ワイナリー)が沢山ある土地柄。なので、こうしてホテルにもテイスティングが出来るセラーなどがあるところが多いらしい。モダンな感じの絵画も目に触れるところに掛けてあって、目を楽しませていた。コルドバのホテルにも至るところにアーティストの作品が飾ってあった。アルゼンチンの旅でのホテルは本当にどこも素敵だった。味気ない大手のホテルチェーンではなく、そのホテルならではの美的感覚とか美意識とか、どこもとても個性豊かだった。


≪ホテルに飾ってあったアルゼンチンの国旗≫


ホテルにチェックインして、両替をして、街を散策しながらランチを食べに出かけた。メンドーサは、コルドバよりも更にアンデス山脈に近く、アンデス最高峰のアコンカグア山に臨む事が出来る。アンデスを越えれば直ぐチリで、あのチリの大地震の時、街には壊滅的なダメージがあったそう。なので、ブエノスアイレスやコルドバのように、物凄く歴史のあるクラシックな建物は少ないようで、そのためかどうかは解らないけど、メンドーサにはシュレックなおじさんが切り盛りしている老舗のカフェっが少なく、若い世代の人が新しい感覚でやっているカフェが多かったみたいだ。ランチに行ったEl 23 Gran Bar (エル・ベインティトレス・グラン・バー)もそう。ワインの卸し業を経営するワインショップがやっているカフェ・レストランで、とても雰囲気の良いところだった。パソコンを見ながら商談をしているようなテーブルもあったけど、商談っぽいのにテーブルには赤ワインのグラスが置いてあるのがなんだかとってもアルゼンチンらしい。いい感じのカフェがあると、ついついいつまでも腰を落ち着かせたくなっちゃう。






≪El 23 Gran Bar (エル・ベインティトレス・グラン・バー)≫




さて、お昼を食べて、街の中をぶらつくも、何故かおかしい感じ。店は閉店しているところが多いし、平日なのに活気がなく、『あんまり景気が良くないのかな。』と。あまり用事はなかったけどギャレリア(免税店)っぽいところも店をやっている気配がない。O'myuが靴下を買うと言うのでそんな感じの店を探してみるも、お店がなかなか見つからず。後で聴いたら、ここでは夕方からお店が開いて、夜になるほどに賑わってくるらしく、私たちが散策していた時間帯は最も街が閑散とした時間帯だったみたい。それでも開いているお店はいくつかあって、サルミエント通り沿いにあるワインショップ alpatacoにぶらっと入ると、そこのお兄さんが結構英語が話せるみたいで、しばし色々な話をした。翌日ボデガに行く予定にしていたので、その質問とか、世間話とか。日本の日の丸は”Rising Sun”と言うんだけど、アルゼンチンの国旗には何か特別な呼び方があるのか、(日本と同じ、太陽が国旗にはいっているからね。)、とか訊いたり、あと、ここで海外に出て初めて、『日本の地震はどうだった?もう大分リカバーしたのか?』と尋ねられた。アメリカを通ってアルゼンチンに入って初めてだ。ここら辺りはチリの地震の影響もあり、大きな揺れを体験している人も多く、若い世代にもその話しが伝わっているので、他人事ではない、と思ってくれたらしい。『私たちはダメージエリアから離れたところから来たので、最近は落ち着いて来たのだけど。東北エリアではまだまだ先は長い。電気の供給もこの夏は不安定なの。』などと近況を報告。日本を代表してその声援にお礼を述べてきたつもりになる。そのお兄さんに翌日のボデガ巡りの安いツアーを訊いてみて、おススメされた近所の旅行会社に行ってみるも、費用がホテルのツアーデスクで訊いた金額とそんなに変わらないので、やっぱりツアーデスクで、廻るボデガの数を減らしたりカスタマイズを交渉してみることにした。










≪スーパーマーケットで写真を撮る怪しい日本人≫


夕食もそのalpatacoでおススメされたレストランに行く事にした。実は、その店でお兄さんにカメラの事を注意された。『コンパクトならポピュラーだけどそう言うSLRのカメラはアルゼンチンではまだ珍しいから、外に出して持ち歩くのは気をつけてね。』と。彼自身もソニーのコンパクトを持っているらしいが、一眼レフを始めてみた時びっくりした、と言っていた。結局ブエノスアイレスでもコルドバでもメンドーサでも、良識ある人にカメラを肩にぶら下げて持ち歩いていた事を注意された。
そんなこんなで、夕食はそのパトローナというレストランで。ここもとっても雰囲気が良い店で、アルゼンチン本当に外してない感じ。コルドバで評判のパリージャがあったのに何故そこで肉を食べなかったのか、今となってはその時の心境は思い出せないんだけど、ブエノスに戻る最後の夜。都会を離れかつてのパンパにいる今が最後の牛肉ナイトのチャンスである。人の数より牛の数が多いと言われているアルゼンチンに来たからには、一度は牛肉を食さねば!と言う事で、ここでビーフステーキを注文!メニューにはパリジャーダとかアサードとは書いていなかったので、典型的なアルゼンチンスタイルではなっかったのだと思うけど、確かに! お肉は美味しかった。ここのレストランも店内にアーティストのペイントやドローイングの作品が飾ってあってとても目を惹いた。赤ワインもたっぷりと味わい、食事してからの夜歩きもすっかりほろ酔い加減。







明日はボデガ巡り!・・・・・> Click!
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-29 00:00 | travel abroad | Comments(0)
Noticias de Argentina Day4 ― Córdoba
コルドバの街を知るには、まず広場に出ろ!と言う言葉があるかどうかは知らないが、朝食を済ませた私たちは2ブロック先のサン・マルティン広場に出かけた。コルドバはブエノスアイレスに比べると大分暖かく、ブエノスで強かった冷たい風もない。午前中は北市場の方まで出かけてみる事にしたのだけど、まずは、土地を知るには土地の人に聞け!という事で、カビルドの中にある観光案内所へ。カビルドはカセドラルと連なっている旧市議会のことで、白い壁がとても綺麗。暖かい感じのコルドバの日差しを反射させている。そこで地図を貰って目指すは北市場。ついでにローカルフードのロクロが食べられるレストランの場所も取材した。北市場まで続くサン・マルティン通りは両側が商店街になっていて地元の人で賑わっている。『伊勢崎町(横浜)に似てるわ・・・・。』 生活用品、電気屋、地元の人が行くコーヒーショップ、銀行など色々なお店が雑多に集まった感じが伊勢崎町を思い出させた。


≪カビルドの白い壁≫



≪カビルドの向こうに見えるブーゲンビリアのあたりが商店街の入口≫



≪日用雑貨の店≫


さて、市場に到着。最初私たちは公設市場の建物を遠巻きに見ていた。アルゼンチンの人って、何だかとっても迫力があるのだ。観光客が殆どいなくて、そこで生活している人ばかりの北市場は、雰囲気がとっても迫りくるものがあって、意を決さないと入れない気がした。最初、市場の表に出ている商店で写真を撮ったり、うろうろしてたのだけど『ゆくぞっ!』とばかり勢いをつけて内部に潜入。入り口近くは肉屋のエリアで、それはもう、大迫力だった。ブッチャーのオヤジ達は皆寡黙でそしてとても端正な顔立ちをしている。その鼻筋の通った精悍な面持ちででかい包丁や電動鋸(丸い歯がぐるぐる回るヤツ)で肉をばんばん切っていた。始めはこっそりと写真を撮っていたけど、気がつくと凝視されるので何だか気が引けてきて、正々堂々話しかけて撮らせて貰う事にした。隅っこの方で「旅のスペイン語」を開き、意を決して、『プエド サカル フォトス?』と、ここ!と決めた肉屋のおじさんに話しかけると、厳しい顔をしていたおじさんはたちまちにっこりと笑い、そして中からさらに人が出てきて、3人で笑顔で写真に収まってくれた。アルゼンチンの人の寡黙な少し険しい感じの顔と、会話を交わした時のその人懐こい笑顔のギャップが素晴らしい!










≪コルドバは何故か 犬天国 そこらじゅうにこんな風に犬達がいた≫


午前中は北市場と広場を挟んで反対側のラ・カニャーダ川沿いの地区を散策。途中でドライフルーツとナッツを量り売りしてるお店で、何種類か選んで混ぜてもらって購入。コルドバにはこの手のお店が多いらしく、日本にもあればよいのになー、と。
広場の近くに戻って、朝観光案内で勧められたローカルフードのレストラン、Bar Alfonsinoで遅めのランチ。ロクロと生ハムのサラダとビールを注文。ロクロはアンデス地方の伝統料理でブエノスアイレスではあまり食べられていないそうだけど、アンデス山脈に近いコルドバではレストランでも出てるみたいだ。トウモロコシの粉と豆、野菜、角切りの牛肉などを塩味で濃厚に煮込んだもの。ここは家族連れや友達同士が多いレストランのようで、サービスはアルゼンチンスタイルではなく、お店の人はちょくちょく気にして声をかけに来てくれた。






≪これがロクロ 濃厚な塩味≫


店を出て、いざ!、コルドバ大学に潜入!昨日少しぶらっとして入り口の辺りを散策したけど、大学は私が想像しているよりもずっと近代的で、『広いキャンパスに溢れる緑』と言う感じではなく、狭い敷地を利用して階段状になっているようで、近代的な複雑な構造の建物だった。学校に入っていたら学生は好奇心旺盛だし気さくなのできっと誰かしら話しかけてくるだろう。そしたらカフェテリアの場所を聞いてお茶しちゃおう!と思って、教務課と思われるあたりをうろうろした。学生は不思議そうな感じでこちらを見るも、会話をするまでには至らず。アルゼンチンの人は本当にシャイだ。すると。台車に荷物を載せた男の人と女の人が話しかけてきた。スペイン語だったのでよく判らなかったけど、『あなたたち、ここで何をしてるの?』みたいな感じで部外者だから注意をされたような気がした、のだけど、後で考えるとそうでもなかったらしい。『あなたたちは学生?』と訊かれたので、『いいえ、旅行者です。カフェテリアに行きたいのですが、カフェテリアは何処ですか?』と英語で答えると、英語は判らない、との事。なんでも彼女はイタリア人で、ここで働いているとの事で、道を挟んだ向こう側にミュージアム(歴史博物館)があって、今日は休みだけど、明日はやるので、明日見に来るのよ、みたいな事をアドバイスしてくれて、『こっちに来て。』と言うので、悪そうな人でもなかったので、素直に着いて行った。学校の部外者に校内をウロウロされちゃ困る、と言う感じでその場から連れ出そうとしているのかと思ったのだ。だけどその人は、ミュージアムの入り口をわざわざ案内してくれて、中庭の南米でも最古の部類でアルゼンチンでは始めてのこの大学を創立したイエズス会の誰かの銅像とかの説明をしてくれた。(多分)。『私たち、図書館が見たいんです。』何の気なしに思っていることを口にすると、台車の上の荷物を指して、『私たち図書館に荷物を納品するのよ。図書館にはよく行くわよ。』(多分)、 と言って、女の人1人が、『こっちに来て。』と私たちを案内し始めた。そして、なんと、なんと、なな、なんと。私たちは図書館の入り口に立っていた。彼女はドアを開け、パブロ・ピカソのような顔をした図書館司書に何やら説明する。『なんちゃら、かんちゃら。』図書館司書は始め渋い顔をしていたような気がするけど、彼女の熱心な説得に負けて、『カメラと荷物をロッカーに入れれば、見学しても良い。』と言う事になったようだ。す、すごい展開。大きな声は決して出してないけど、入り口のほうからわさわさと何やら気配がするらしく、図書館で勉強していた学生達がみなジーッとこっちを注目していた。みんな、賢そうだなー。荷物をロッカーに納め、図書館司書にお礼を言い、図書館の中に入る事になった。あのイタリア人女性は『それじゃあね。』と言ってそそくさと立ち去ってしまって、お礼をするのもそこそこになってしまったけど、何だか粋な計らいに感謝!図書館内に入っても、学生達に注目されるその視線は痛い感じ。皆図書館でしか見られない(自分じゃ買えない)ような、厚い厚い、重厚な本を開いて、何やら沢山のノートを取っている。友達同士でひそひそとこちらを見ながら話している。ひゃーーー、なんか、映画の中みたい。図書館の中の独特の雰囲気を味わっていると、あの司書がやってきて、扉の外に私を連れ出して、すこし扉を開けて、『写真はここから撮るように。』と言ってくれた(と思う)。これもまた!粋な計らいで!多分私たちがカメラを肩にかけていたのをロッカーに仕舞わせたのが、何となく気になっていたのだろう(と思う)。コルドバ大学でのこの出来事は、今回の旅の飛び切りの思い出となった!イタリア人の彼女が何故、見ず知らずの学内をウロウロしてた地球の裏側から来た観光客にここまでしてくれたのか、全くわからないが、彼女も図書館司書も結果とても良い人だった。図書館を出て、少し興奮冷めやらぬ感じで『びっくりしたねー。』などと話していると、中国語を専攻しているらしき学生から話しかけられた。『中国語やってるけど、デフィカルターデス!』って言ってた。それから、『貴方たち、旅行者ですか? どこから来たんですか?』など、学生はやっぱり英語少し解るから、コミュニケーション取ろうと話しかけてくるなー。旅の目的のひとつ。コルドバ大学での忘れられない楽しいひと時だった。

 



≪コルドバ大学の教室≫



≪コルドバ大学の図書館≫



≪コルドバ大学の図書館≫



≪コルドバ大学近くの広場の大木 別方向から≫



≪市民の洒落たアパートメント ミッドセンチュリー風≫



≪市民の洒落たアパートメント ミッドセンチュリー風≫






夕食は昨日ホテルの人に勧められたうちの1軒に行く事に。 ベルグラーノ通りにあるALCPRTA CARNES Y CINOSです。『良いワインが飲めるわよー。』との事。料理の味もサービスも良かったのだが、オーダーした海老のトマトクリームパスタ。これがまるでソフト麺。パスタ独特のコシも全くないし、何より麺が白い。『きっとセモリナ粉とか使ってないんだよねー。』と言いつつ、学校給食ネタで盛り上がる。

明日はメンドーサへ移動です!・・・・・> Click!




[PR]
by sanaegogo | 2011-06-28 00:00 | travel abroad | Comments(0)
Noticias de Argentina Day3 ― Buenos Aires/Córdoba
ALODO'Sで朝食を摂って、チェックアウト。昨晩予約していた車の到着を待つ。実は、最後の晩はまたブエノスアイレス泊なのだが、ホテルを確保していない私たち。昨日の昼間この最終日のホテルを探す時間がなかったし、モレノはとても気に入ったので、最終日もまたモレノに泊まる事にした。また帰って来るからねー、とお世話になったフロントデスクの面々に別れを告げて、国内線のニューベリー空港に。ニューベリーは地元ではアエロパルケと呼ばれていて、綺麗で整然とした空港だった。パレルモ地区の先にあって海沿いなので、早めに空港に着いた事もあり、海沿いの公園を散策。海はどす黒く汚かったのだが、海風がすがすがしかった。釣りをしている人も沢山いた。ここでもカフェ・コン・クレマを呑んで、チェックインしてゲートまで行くも、何か変。そう。突然搭乗口が変わってたのだ。(当たり前かも知れないけど)英語の放送が一切ないのよー。音を拾って「コルドバ、なんちゃらかんちゃら」と言っているので、確認の放送かと思ってたのだが、どうやらゲート変更のアナウンスだったらしい。隣にいた女性が『コルドバ、なんちゃらかんちゃら』と話しかけてくれたのだけど、『私もコルドバに行くのよ。』と言ったと思い込んでいて、うんうん、と頷いたが、どうやら後で考えるとゲートの変更を教えてくれていたのかも。通じないからほっとかれたようだ。搭乗の段になって、ゲートの人に搭乗券を渡すとなにやら、『オチョ、シンコ、なんちゃらかんちゃら』と。まさかっ!遅れていると思っていたので、時間を過ぎてもここでずっと待ってたが、私達の乗る便の出発時間はとうに過ぎている。慌てて走る走る。そちらももうファイナルコールが終わっていて、すんでのところで乗り遅れるところだった。汗かいた。アルゼンチン、どうやらころころと出発ゲートを変える習性があるようで、滞在中、これには何度か慌てさせられた。


≪コルドバ パパス・ブランカス空港からコルドバの市街へ移動の車窓から≫


コルドバのパハス・ブランカス空港に到着。コルドバは宛ら地方の文化都市、と思っていたのだが、マイアミのダウンタウンのようで、ひどく雑多で、人がやたらうおーっと多い一角で車が止まり、へっ?ここ?今回コルドバとメンドーサは自分達で探したホテルで、しかもコルドバは私の担当。やばいっ!やっちまった!とカメラその他大切なものを車の中に置きっぱなしにして、ぽかんとその建物を見上げる私にO'myuはかなり呆れていた。どうやら、アルゼンチンの街はヨーロッパのように、どれも入り口が狭く、中に広々とした素敵な空間がある造りらしく、古い建物を改装してできたホテルの入り口からは中のモダンで洒落た感じは到底想像出来なかった。そう言えばモレノ・ホテルもそうだった。コルドバの宿、アズール・レアル・ホテル・ブティック ( Azur Real Hotel Boutique )も典型的にそうだった。しかも、第一印象の凄さを払拭するに値するほど、ここも素敵でモダンで洒落たホテルだった。多分瀟洒な豪邸をホテルに改造しているらしく、こんなところで長逗留して(そんな趣味はないが)小説書いたりしたら素敵だろうなぁ、何て感じた。チェックインまではどんなホテルか半信半疑だったので、まず予約担当の私が。エレベーターは1人乗りの書類シューター(って判ります?)みたいな透明のチューブで出来ていて、上で閉めないと下に降りないのだが、余りにも慌てていた私は、フロントロビーに着いた途端その洒落た感じにすっかり安堵し、さっさとフロントに出向き、チェックインを始めてしまっていたのだ。2ベッド(ツイン)の部屋をオーダーしていたので、それがちゃんとリクエストが通っているかどうか、なんだかんだ、とフロントデスクの人と話していたら、はっ!おみゆを置いてきた!『と、友達を見に行ってきます。』とエレベーターまで戻ると、吹き抜けの下からちょっと怒った顔で上を見上げ待つ彼女。ごめんごめん、かなり待たせていたような・・・・。そして無事チェックイン。部屋はここも、物凄く広い。すこし休んで、コルドバの街を散策に出かけた。


≪コルドバのダウンタウンの一角≫


ホテルは街の中心の広場から直ぐのところで、広場まで来るとコルドバの印象も変わった。やっぱ街に入ってきた時はダウンタウンから入るから、何となく雰囲気が殺伐として違ってたんだなぁ、きっと。でも広場を中心に伸びる旧市街は、とても感じがよく文化的。ブエノスの「人生の坩堝、the都会」って感じとは対照的だった。









飛行機の移動の疲れを癒すため、カセドラルに面した老舗のカフェに入る。店の名前はEl Ruedo(エル・ルエド)。どうやらアルゼンチンの人は、決して感じは悪くはないのだが、過剰にお客さんに愛想を振りまき話しかける事はしないらしい。そしてまた暫し放置。やっと、シュレックのようなウェイターさんが来て、おススメをお願いしたらチキンのミラネサだった。味付けは塩のみ。でも美味しかった!喉も渇いていたので、ワインではなくビールをオーダー。アルゼンチンでは大きな瓶ビールをシェアして呑むのが通常らしく、メニューの中から「パタゴニア」と言うビールを選択。味はベルギービールに似ていて、少し濁っていて、軽すぎず、これはイケる!
(後で気がつくことになるんだけど)、アルゼンチンの、特に老舗のカフェで働いている人は男の人、貫禄のあるおじさんが多い。後々、コルドバでは女性のカフェ店員も見かけたけど、どれも若い世代の人がやってる新しい感覚のカフェが多かった。そしてそんなカフェはどれもとっても内装とかがアーティスティックでこれもまた楽しめた。




≪コルドバでよく見かけた馬車を牽く人々 南米でもこう言う人はジプシーと呼ぶのだろうか?≫



≪コルドバ滞在中 ずっとここにいた怪しい東洋っぽい音楽を奏でるヒッピー≫


サン・マルティン広場と国立コルドバ大学のある一角は、石畳で壁は漆喰のようで白く、明るい感じがする良い街で、とっても気に入ってしまった。こんなところでまた大学生やりたいなぁ・・・・、なんて。建物はみんなコロニアル建築で、古い建物の枠組みの中で内装を改装したカフェや雑貨屋さんが軒を連ねている。コルドバっ子はおしゃれな人が多いらしい。今日はこの辺りを(下見がてら?)ぶらっと散策、明日さらに行動範囲を広げる事にした。


≪コルドバ大学横の広場のとてもシンボリックな大木≫



≪コルドバの街並み イエズス会が築いたそうで とても綺麗≫









≪コルドバ大学近くの私立高校≫



≪コルドバ大学の構内≫


夜のコルドバはライトアップされていて、とても綺麗、そしてちょっと幻想的。コルドバにいったら、肉を食べよう!と言っていたのだけど、夕方近くにチキンカツを食べてしまったので、この日はやっぱりあっさり目に。だって、肉料理は2人前がスタンダードで、たっぷり出てくる、と言うから。ローカルフードのレストランでチョリソとタマルを注文。「タマルですっ!チョリソですっ!」と言う感じで大きなお皿にただそれだけが置かれて運ばれてきたのには少し笑ったけど、味は素朴でとても美味しかった。タマルとは、トウモロコシの粉を蒸して中に野菜やお肉が入っている軽食なんだけど、どうやら、この手のローカルフードはレストランとかにはあまり置いていないみたいだ。



コルドバは夜歩いていても危ない感じは全然しないのはやっぱり学園都市だからだろうか。食後に少し夜歩きをして、ホテルに戻る。












明日はコルドバ散策。そして、待ちに待ったコルドバ大学潜入!・・・・・> Click!

[PR]
by sanaegogo | 2011-06-27 00:00 | travel abroad | Comments(1)
Noticias de Argentina Day2 ― Buenos Aires
朝起きて、ホテル指定のレストランで朝食。昨日は何だかセレブな感じの人々で賑わっていたあのALDO'S。 モレノホテルの蛇腹の扉を手で開け閉めするクラシカルなエレベーターを降り、ベルキャプテンデスクの脇の『こんなところにっ!?』と思わせるところにアルドスへの隠し扉がある。朝食を食べて、今日はカミニートに行くのだ!

カミニートは、ボカ・ジュニアーズの本拠地があるボカ地区にある。ボカ生まれの画家 キンケラ・マルティンのアイディアで形作られていったアート地区。画家を始めとする芸術家の卵達があつまって路上に自分達の作品を飾って売っている。私たちが訪れた時はまだ朝早めで人出が疎らだったので、思う存分写真が沢山撮れた。日曜日だったこともあり、時間が経つと大道芸人とかも沢山出てたけど、中でもディエゴのそっくりさんがみんなと写真を撮っていたのにはかなり笑えた。(似てるんですよ、ホントにっ!)
マラドーナはやっぱりアルゼンチンの英雄なんですねー。O'myuはこの偽ディエゴと一緒に写真を撮れなかったのが最後まで心残りのようだった!


≪カミニートの入り口≫








カミニートでは昼間から店先でタンゴショーがあり、バンドネオンが鳴り響いている。『絶対、昼酒やろうよっ!』と暫しぶらぶらした後、感じの良い店を見つけて午前中から赤ワインを注文。目の前で並々と赤ワインがグラスに注がれる。ワイングラスに並々と溢れそうに注ぐのがアルゼンチン流らしい。暫くするとタンゴショー(演奏とダンス)が始まるようで、バンドネオンやウッドベースを持った奏者達が入ってきてセッティングを始めた。ワクワクです。そして、始まり!『お客さん、どこから来たんですか?』の問いに再び『ハポーンッ!』お約束のようになってきた。ブラジルからの旅行者も沢山いた。バンドネオンの調べと客席の狭いスペースを巧みに行き来して繰り広げられる踊り。アルゼンチンに来たぁ~!って感じになって来た。カミニート、最高っ!アルゼンチンは冬だったけど、日差しはとても濃い感じがした。カミニートにも大きな街路樹が沢山あり、街を彩っている色とりどりの壁に映し出される影がとても素敵。コントラストが強いのだ。











ワインを呑んでほろ酔いになって再びセントロに戻り、ドレーゴ広場の骨董市に。今日は日曜日。ドレーゴ広場からディフェンサ通り沿いに骨董を扱った露天や出店が沢山並び賑わいを見せてる。朝はこのディフェンサを通って広場まで行き、そこでタクシーを拾ったのだけど、その時間は準備に勤しんでいた出店たちも一斉に商売を始めていて、昨日の夕方到着した時のディフェンサの閑散とした雰囲気とはまるで違ってしまっていた。ここディフェンサの路上でもバンドネオンは鳴り響いていた。




≪ ドレーゴ広場の骨董市 懐中時計を売るおじさん≫


今回の旅の目的のひとつに、「アンティークのシルバーのペンダントヘッドを購入!」と言うのがあったんでけど、ディフェンサ沿いのアンティークショップを漁ったり、露天で片言のスペイン語を駆使したりでいくつか購入。熱心なクリスチャンが多いアルゼンチンらしくキリストやマリア様のイコン(アイコン)が多かったので、記念にそれを。あと、アルゼンチンの1ペソコインに国旗と同じ太陽が彫ってあるんだけど、その1ペソ削って造ったペンダントヘッド。これは(自分への)いいお土産、そして思い出になった。

  

これはチョリパン。何とも素朴なチョリソが何とも素朴なるパンに入っていて、アルゼンチンでよく食べられている軽食だそうだ。このパンはまるで給食のコッペパン。昨夜のアルマイトの食器と言い、(後で出て来るが)ソフト麺的なパスタと言い、何故だかアルゼンチンは学校給食を彷彿とさせるものが多く、こんなところで学校給食ネタで盛り上がってしまったのだ。



今夜はバースールに行くのだ!
バースールは、ウォン・カーウァイ監督の同性愛をテーマにした映画 「ブエノスアイレス(邦題)」で、主人公の1人トニー・レオンがイグアスの滝を目指す道中、恋人と喧嘩してブエノスアイレスに残り、バーで働くシーンに使われたその実際のバー。映画自体は1997年のもので、私はその頃日本にいなかったので、また、当時私が居た彼の地はこんな映画を上映する文化はなかったので見逃しているのだが、後で映画好きの友人達からその評判は聞き及んでいて、ブエノスに来るからには是非行かねば!と旅の目的のひとつに挙げていたものである。ドレーゴ広場と私達のモレノ・ホテルの間くらいにあって、場所の確認を兼ねて今夜の下見とばかりに、ちょっと立ち寄ってみた。そんなうらぶれたバーが近所にある、そんな所からもモレノ・ホテルがあるエリアはあんまり健康的ではない事が察っせる感じだ。






日曜の骨董市を一頻り堪能した後、昨日は比較的あっさりスルーした大統領府へ。アルゼンチンの歴史にはあまり詳しくないのだけど、スペインの植民地でスペインから独立したんだよね。中には建国に貢献した数々の偉人の肖像が飾ってあって、その中にはかのゲバラ様もいた。夕方に行ったので、丁度国旗を降ろす(掲揚の反対、何て言うんでしょうか。)式典を見ることが出来た。









大統領府や5月広場、オベリスコなどを散策してディフェンサに戻り、近くにあるニューヨークっぽいカフェでお茶。私はこの辺りからカフェ・コン・クレマにハマリ出し、滞在中は相当飲んだ。
スールに行く前に夕食をと思って再び街へ。昨日イベリアにするか迷って入らなかったもう1件のカフェに行こうと歩き出したのだけど、道を間違えて辿りつけず。ブエノスアイレスは治安は余り良くないと言えども、そんなに身の危険をぴりぴりと感じる程ではなかったんだけど、夜になるとやっぱりコリエンテス大通り、7月9日通り、広場から放射状に伸びる5月通りやディアゴナル通り、それにフロリダ通りくらいじゃないと夜歩きはマズイらしく、迷い込んだ何処かの道で、街の風景を撮ろうとカメラを構えたら、後ろから来たオフィスワーカーみたいなお姉さんにとんとんと肩を叩かれ、『ここではカメラはしまいなさい。』的な事をスペイン語で注意された。身が引き締まる感じがしましたねー。カメラを狙う悪い人もいるし、こうして注意をしてくれる良識のある人もいるのだ。色々な人が雑多に集まった都会なんだなー、ブエノスアイレスは。少し前のニューヨークみたいかな。そして翻って東京の治安の良さを改めて感じた出来事だった。さて、そのように道を間違えて夕食の時間がどんどんなくなり、何と、この日はフロリダ通りのバーガーキングで済ませてしまった。(後でスールに行くし。)アメリカや日本のバーキンと違って、セットにしても飲み物は選べないらしく、コーヒーみたいなものを飲みたかったんだけど、すったもんだの挙句、諦めてセットのコーラを貰った。観光客にありがちな大きな額の札で支払いをしたので、お釣りがなく、銀行から来た1ペソの筒をそのまま渡されたのには仰天した。後でホテルで札に換えてと頼んだら、特に何のコメントもなくあっさり交換。ブエノスでは良くある事なのかな。


≪ とっても居心地がよかった モレノ・ホテルのロビー ≫


さて、ホテルに戻り、いよいよバースール。
スールまでは徒歩圏ながら、ホテルの人に勧められてタクシーで移動。やはり夜の9時近くにうろうろしてはいけないエリアのようだ。夜のバー・スールは昼間の面持ちとは雰囲気をガラッと変えていて、訳ありの誰かが片隅でひっそりと赤ワインを舐めているような雰囲気だったが、この日は週末と言う事もあり、お客さんは観光客が多いようだった。それでも私たちを含めて10人ほど。コジンマリした店の中央がダンスフロアになっていて、古びたピアノが置いてある。そのフロアでバンドが演奏し、歌手がタンゴを唄い、そして踊り手が縦横無尽に踊るのだ。何とも切ない顔をして。この夜ここで聴いた「俺はカミニートのバンドネオン弾き」(←題名は勝手につけた。)は、妙に耳に残ってしまい、この旅の間ずっと、私たちの間で口ずさまれる事となった。

もともとはUnion Bar と言う名前だったそうで、その時のプレートもバーカウンターに飾ってあった。店を切り盛りするウェイターが、絶えずガラスドアにかけられたカーテンをチラッと開けて外の様子を伺う。その仕草はまるで、ギャング映画のようだった。桟敷席には大きなモンステラの葉が飾ってあって、Sur(南)たる由縁を醸し出していた。多分今は観光客相手の商売なんだろうけど、サン・テルモに船乗り達が心の癒しを求めて屯している頃からの変わらぬ雰囲気を守り続けているのはある種のプライドなのかも知れない。





≪バー・スールのウェイターさん≫
「写真撮らせてください」の申し出に
「With glasses or without glasses? With Smile or without smile?」
とお茶目な返事が・・・・




明日はコルドバに向けて、またしばしの空の旅。・・・・・> Click!
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-26 00:00 | travel abroad | Comments(2)
Noticias de Argentina Day1 ― Buenos Aires
アルゼンチンへの旅が始まりました。今日はアトランタに向けて出発。今まだ震災の影響で成田エクスプレスがあまり通っていないのだ。なので、不定期的な運休とかあったらいけないな、とチェックイン時間よりもかなり前に成田空港に到着するような京成線に乗って、成田空港まで。チェックインも済んで、搭乗、離陸。そしてアトランタまで到着。思えばこの旅で、何度も飛行機に乗ったが、順調に飛んだのは本当にこの1便だったような気が。
アトランタからまた一路、ブエノスアイレスのイゼイザ(エセイサ)空港へ。と、まあこれが遅れに遅れて、6時間遅れた。(今となっては軽く言ってしまうが・・・・。) なんでも天候不良で、イゼイザに着陸する時に機長から『アルゼンチンから悪天候をものともせずアメリカに飛んで、そしてまたここに戻って来たのはデルタのこの1機だけですっ!』と何故か『どやっ!』(顔は見えないが)のアナウンスが入り、感動(?)の拍手が起こる。そんな「イチかバチか」な感じに巻き込まれたのはどうなんだ、と思いはしたが、何故か私たちも拍手。長かったけど、とにかく着いたよーーー。


≪イゼイザ空港からブエノスアイレス市街に行く時 車窓からの風景≫


イゼイザ空港で物凄くゆるいカスタムを通過した後、市内までのリムジンバスを探す。マヌエル・ティエンダ・レオン(Manuel Tienda León)社。このライオンマークには旅中、本当にお世話になった。欧・米系の大きなホテルに泊まった訳ではなく、小さなホテルだったのでDispatcherのお兄さんに、『Moreno Hotel』と告げても『?』と言う顔。日本から持ってきたホテルバウチャーを出してようやく住所から検索してもらえたようで、お兄さんはにっこりと微笑み返してくれた。リムジンバスは、レティーロ駅近くのエドゥアルド・マデーロ通りにあるバスターミナルまで大きなバスで連れて行ってくれて、そこからセントロと言われる市街の中はバス会社手配の車で送ってくれる。タクシーの中で、『どこから来たの?』『ハポーン』と声を揃えて。ちょっと浮かれ始めていた私達に、『この辺は危ないから気をつけて・・・・。』とちくっと忠告が。モレノホテルは旧市街のサン・テルモ地区にある素敵なホテル。ホテルは概観の印象をまるでくつがえすようなモダンで素敵なホテルなのだが、この周りは石畳が残っているような旧市街であまり裕福でない庶民が暮らしている地域と言う事で、昔は皆、日常の憂さを晴らすためにタンゴを踊りワインを呑んだ、と言ったような地域。石畳のディフェンサ通りは少しキューバのハバナの街並みに似てた。
ホテルにチェックインして、散歩して夕食を食べに街に出る。思えば朝8時にブエノスに到着するはずが、今日1日は潰れてしまった。明日朝から色々散策するので軽い散歩のつもりで、ディフェンサを真っ直ぐ歩いて5月広場へ。大統領府は少し外観を見ただけで、そのまま夜も賑やかだと言うフロリダ通りまで。ブエノスアイレスの街並みは、古き良きヨーロッパを舞台にした映画のようで、近代的なテイストのものは少なく、まるで映画の世界にタイムスリップしたようだった。冬だったのもきっと良かったと思う。寡黙な人々はコートの襟を立てて口数が少なく足早。市街には大きな街路樹が並んでいて、樹上で冬枯れた葉が何とも旅情をかき立てるというもの。


≪エビータが演説を行ったと言う 大統領府≫



≪5月広場のモニュメント≫



≪夕暮れのブエノスアイレスの街並み 遠くに見えるのはオベリスコ≫


さて、夕食。その土地で初めて食べる食事が夕食というのも、まだ勝手が解らないので、なかなか難しいものがある。どんな感じか全然わかんないのだ。「カフェ・トルトーニ」と言う1858年創立の市内最古のカフェで食事をしようと試みるも、長蛇の列が! ここは諦めて、同じく5月通りにある「イベリア」と言うカフェに挑戦。どうやら、店の人が過剰に話しかけて来ないのがアルゼンチン流らしく、入り口に立つも、全く席に案内してくれる気配がない。『勝手に座ってもいいのかなー。』と空いている席に座って待つもメニューがなかなか来ない。メニューが来ても(当たり前かもしれないけど)英語が全く書いてない。マジ!? 実は私の持参した「旅のスペイン語」は料理のメニュー名とかいっぱい書いてあるんだけど、なんと! 全部スペインの情報だったのだ!アルゼンチンでの事は全く判らず!しばし放置されるも、話しかけると親切なアルゼンチンの人々。『とりあえず、地元の料理でも食べようか。』とアルゼンチン風カツレツ ミラネサ(Milanesa)とトマトサラダを注文。サラダは、(この先よくお目にかかったが)、老舗のカフェだと何故かサラダがアルマイトの食器で出てくる。そして、お酢とオリーブオイルと塩をかけて食べる。私は自分でも時々こうして食べるのが好きなので全然平気だけど、このサラダは日本のファンシーなドレッシングじゃないとダメな人にはとてもキツイかもしれない。




≪この日は入れなかったカフェ・トルトーニ≫





喉が渇いていたのでイベリアではビールを呑んだ。なので、アルゼンチンとなれば、やっぱりワインが呑みたくなって、モレノホテルの下にある 「ALDO'S」と言うワインバーに立ち寄り赤ワインを呑んで、明日に備えて就寝!
これでやっと、横になって眠れます・・・・・。


≪ALDO'Sの店内 お客さんはセレブな感じの人が多い≫


明日はいよいよ、ブエノスアイレス街歩き!・・・・・> Click!
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-25 00:00 | travel abroad | Comments(0)
Vamos a Buenos Aires!

明日、いよいよブエノスアイレスに旅立ちます! 荷造りは、冬のコートが入っているためいつもより簡単めに。旅先と言ってもブエノスアイレスは、日本で言うと東京、アメリカで言うとニューヨーク、フランスで言うとパリだし、イタリアで言うとミラノ、イギリスで言うとロンドン、(もういいっちゅー感じ。)なので、足りないものは買い足せばよいし、荷物が重くなったら捨てても良いものを持っていくつもり。まずはデルタ航空でアトランタまで。明日はひとっ飛びなのだ。もう明日なんて、信じられない。
アルゼンチンに行ったらしたい事。いろいろあるけど。

● 骨董市やアンティークショップでシルバーのペンダントヘッドなど、アクセサリーを購入。
● アルゼンチンワインを呑む。
● BarSurに行ってアルゼンチンタンゴを観る。
(ここは、ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」(原題:Happy Together)に登場するタンゲリアで、サンテルモ地区にある。)
● コルドバ大学の学食でお昼を食べる。(コルドバ大学はチェ・ゲバラの母校です。)
● ピアソラっぽいバンドネオンを堪能する。
● Foto di Casa Rosada (カサ ロサーダ)を観る。ここはエビータの演説があった大統領府のバルコニー。
などですか。

アルゼンチンはお料理はあまり(とびきり)美味しいところでもないようなので、少なくとも名物のアサド(Asado)やミラネーサ(Milanesa)は食して来ようかと思ってます。
今回諦めたものとしては、まず第一にイグアスの滝への旅。それとパタゴニア。リオ・ピントゥラス渓谷。(ここは確か石川直樹が写真で撮ってると思ったけど。) ウマウアカ(ウマワーカ)渓谷。ネイチャーな感じのところを回るには、余りにも時間がなさ過ぎて、お楽しみは次回(あるのかっ!?)に取っておきましょう。
だんだん高まってきて、少し興奮気味ですが、今日はゆっくり寝て、明日の大移動に備えるとします。地球の裏側に行くんですもの!
戻ったら、バックデートにはなりますが、また旅レポします。バルセロナ以来の旅行。期せずしてまたスペイン語圏になりましたが、「旅のスペイン語」、しっかり携帯しました。
それでは、Buenas noches!
(写真は手持ちのなかから「ブエノスアイレス」をイメージしたもの。バルセロナ旅行の時のものです。)

【後日追記】
アルゼンチン旅行記 こちらからどうぞ! ここを→Click!

42386
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-23 00:00 | travel abroad | Comments(4)
韓流の聖地 新大久保

節電をものともしない不夜城のような佇まい。新大久保の韓国焼肉「ワールドカップ」です。

新大久保という街に足を踏み入れてみました。「ここは日本かっ!?」と見紛うばかりの風景に唖然、としました。N羽ちゃんがダンスのステージを引退すると言うので、その晴れ姿を拝見しに出かけたのでした。「うわっ。何ここ!こんな街だったのね!」と、驚いてはみたものの、(実際驚いたのですが)、まるで初めての新大久保のように振舞っていたけど、実はこの界隈は何度か来た経験があったのでした。兄が2人ともこの界隈にある大学に通っていたので、学生が知ってる穴場のお店を教えてもらって、何度か行った事があって、スペイン料理の老舗 「カサ・ベリヤ」もそのうちの1件。上の兄も下の兄も時々デートで使っていたらしい。私も何度か訪れたことがあり、とても地味だけど、美味しかった。ネットの書き込みとかを見てみると渋く評価が高い感じ。職安通り沿いにあります。そして、戸山公園。学生の頃、戸山公園のスポーツセンターのプールによく泳ぎに行いってました。授業の空き時間とか、学校の帰りに。速攻、授業に戻るために髪がびしょびしょのまま電車に乗って池袋まで戻ったり、結構むちゃくちゃですね。あとは、O’myuが以前この辺りに住んでたので、オモニがやってるようなこじんまりしたコリアン食堂に連れて行ってもらった事があって、これが私の中で、新大久保=コリアンタウン、と言う認識が生まれた時かな。ラベルの剥がしてあるビール瓶にまっこりが入れられて出てきた時には驚いたけど。 (闇酒とか密造酒みたい・・・・。)
さて、そんな思い出が過ぎりながら訪れたのは、新大久保の「Seichi」。最近のK-Popブームに乗って出来た韓流ライブハウスで、N羽ちゃんのライブパフォーマンスはここで行われたのでした。今回は、懐かしい映画のシーンを3Dで!、と言う事でリア打ちのスクリーンの中の映画のワンシーンとシンクロしながらのステージで、その趣向はなかなか面白かったです。懐かしいあんな映画やこんな映画。映画の中のダンスシーンをつぶさに隈なく観察して、振りを付けたのは、なんとN羽ちゃんと知ってオドリキッ!「オリジナルが好きなんで、ちょっと不本意だったんですけど・・・・。」と言ってました。ちょっとプロっぽくってカッコイイかも。そう、N羽ちゃんは私たちが思っていた以上にプロでした。私たちが知っているN羽ちゃんとは全く別人のようでした。メンバー紹介も一番最後のトリで、貫禄って感じ!ステージで常にセンターで軽やかにきびきびとキレのあるダンスを繰り広げるN羽ちゃん。笑顔もとっても輝いてましたぁ。私たちは上手に席を確保したのですが、センターから下手よりでパフォーマンスするN羽ちゃんをベストなカメラポイントに入れることは難しかったのですが・・・・・・。んーー。よい笑顔ですね。N羽ちゃんはショウはこれで引退のようですが、プリキュアになったり、子供向けの「コスプレショウ」(と彼女は言っていた。)とかには時々出演するみたいですので、機会があったら(あるかなー。)行ってみてください。N羽ちゃん、お疲れ様でした。


カブトガニのように割れた腹筋が垣間見られます。♥ ♥

42298
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-18 00:00 | お店@新宿界隈 | Comments(0)
パイレーツ・オブ・カリビアン ― 生命の泉 ―


パイレーツ・オブ・カリビアン ― 生命の泉 ―、見てきちゃいました。あは。
(Original Title: Pirates of the Caribbean, On Stranger Tides)

もうここまで来ると、ストーリーにさほど関心がある訳ではなく、ある種、ジャック・スパロウになりきっているジョニー・デップ(役者なので当たり前なのですが)の行く末を見届けねば!と言う義務感と惰性のなせる業である。なので、ここで、映画の内容に関して云々かんぬん語るつもりは毛頭なく、ワタシはただ、ジョニー様がペネロペ・クルスとどうにかなってしまうのではないか、と言う危惧を払拭するために行った感じである。ペネロペは手強い。マット・デイモン、ニコラス・ケイジ、トム・クルーズ、マシュー・マコノヒーなど共演者を次々とぱくっと喰ってしまうその魔性のリストの一部にジョニー様が加わってしまわないかと、若干心配したのだ。僭越ながら、過去の浮名の相手はいずれもワタシの好みからは大きく外れているので、なぜここでジョニー・デップと共演?まさか、ジョニー・デップのオファー?と疑ってみたものの、監督からの抜擢だったようだ。よかった。ジャック・スパロウをこよなく愛すジョニー・デップ。自らのはまり役と自負して、役作りにローリング・ストーンズのキース・リチャーズのテイストを取り入れたのもジョニー様自ら、と聞いている。作品作り、演出にも積極的に現場で参加しているので、まさに「役得」を地で行って、ペネロペとのからみが満載されてやしまいか、と疑心暗鬼で見に行ったのだ。しかしながら、劇中、ペネロペは完全にコケにされており、ジョニー・デップにいい様にあしらわれていた。そこにジョニー様のペネロペに対するスタンスが見え隠れしているような気がして、とにかく安心した。でも、ネタバレになるけど、最後、また少し次回作への含みが見られるような場面で終わり、次回作も続きものみたいにまたきっとペネロペが登場するのだろう。監督の意向ならば仕方がない。でも、このままシリーズがあまり続きすぎると、ちょっと良くない傾向にならないかなぁ、と少し懸念。
それにしても、この手の映画の3Dへの波は、もう止められないみたいですね。個人的に言うと、3Dじゃないので観たかった気がする。(マイカル茅ヶ崎は3Dと日本語吹き替えしかやってなかった・・・・。) 広い画の時はそれなりに楽しめるのだけど、やはり、屋内の設定の場面とかだと何となくわざとらしさが残るのだ。しかしながら、カリブの海や大海原を行く海賊船などの映像は、非現実さとリアリティーが絶妙に混ざり合っていて、実際よりも現実くさい、迫力の映像でした。すんなりとその世界に入っていけないのは、柔軟性がなくなってきた証拠かしらね・・・・。

42085
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-12 00:00 | movie | Comments(4)
ビストロエビス [bistro yebisu]


今宵仕事を切り上げて恵比寿に向う。目指すは明治通り沿いの「ビストロエビス」。10席ほどしかないとても雰囲気の良い人気店で予約がなかなかとれないそうなのですが、J子さんがチャレンジしてみたところ、幸運にも2名8時から!
そう言えば5月の中頃に学生以来の親友と会った時に、場所は恵比寿と決めたので、「ちょっと行きたいイイ感じのビストロがあるんだけど。」と言っていたのは、後で確認したらこのビストロエビスのことだったらしい。この日は彼女をいつも行く、ルネのいるチーズバーに2軒目として連れて行きたかったので、その事を話したら、「そこはゆっくりきちんとお料理が出る感じだから、2軒目行くんだったらそこは次の機会かなぁ。」と言う事になり、その日は1軒目もワタシがよく行く「18番」にしてしまったのだ。この日は月曜日だと言うのに「18番」ではしこたまワインを呑み、「ラ・キャバヌ」ではしこたまカルバドスを呑み、千鳥足になって次の日かなりキツかったのを覚えてるけど、今日は木曜日。あと1日で今週も終わり!である。
前置きは長くなったけど、その「ビストロエビス」、席数は10席ほどしかないけども広々としたカウンターに囲まれたキッチンの中で、ふわふわとした優しい雰囲気の若いご夫婦がお客さんを丁寧に切り盛りしている。まるで、そよそよとそよ風の吹く草原で、寄り添いながらクローバーの葉っぱを食み食み(はみはみ)しているふわっとした白うさぎのようなご夫婦なのです。(と言う訳で、写真は庭のクローバー。お店とは何ら関係がありません。)騒ぐ人など勿論おらず、お客さんたちはみんな静かに話し、笑い、そして食事をしてました。白うさぎの奥さんがお料理を聞いて、白うさぎの旦那さんに伝え、旦那さんはただひたすら黙々と料理を作っているのです。ストーブの上には鍋はいつもひとつしか置いてなくて、ひとつひとつ丁寧に作ってるのです。かちゃかちゃとした調理器具の音すらしない感じ。そんなクローズドな感じのお店なので、カメラを出して料理を撮影するのは店の雰囲気を損ねそうで、またまた料理の写真はなし。とても美味しかったので、とにかく行ってみるとよいと思います。

参考までに、本日のお料理。
白レバーと豚肉のパテ
(白レバーもポークもそれぞれの味、食感を残しつつ、程よい塩味が美味しかったです。)
トリッパの煮物
(トマトベースの中にチーズの蕩ける風味。トリッパもとてもよく煮込まれていて柔らかく、苦手な人でも美味しくいただけますよ。)
白アスパラのグリル
(大きくて柔らかく、でもしゃきしゃきとした歯応えがある白アスパラ。とろっとした卵とチーズで出来たソースで絡めていただくと最高。ポーチドエッグが乗っているのはよくありますが、このソースが絶妙に美味しかったです。)
ウニのリゾット
(ウニが上にも中にも、もう、たくさん入ってました。海の味、素材の味そのものが新鮮で美味しかった。)
それに、2人でワインを1本半くらい、かな。
写真で紹介するのもいいけど、すこし、想像力を働かせてみてくださいませ。(横着したのではありませんよん。)

42022
[PR]
by sanaegogo | 2011-06-09 00:00 | お店@恵比寿 中目黒 | Comments(0)