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異様な言葉たち
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計画停電中のカイ。 未知との遭遇風。 (もしくは、レンブラント、かな。)

今日で3月も終わり。明日で震災から2週間になります。何と言う3月だったのでしょうか。今週からは通勤電車もほぼ平常どうりになったりしたけど、計画停電はぼちぼち行われてたみたいですね。
ひっきりなしだった海外からの問合せやお見舞いのメールも一息ついて来ましたが、メールの中に躍るその馴染みの無いボキャブラリー、ターミノロジーの異様さに改めて事態の重大さに気づく感じです。
enormous
tragedy
severe tsunami attack
with sincere regret
the unfold event
disaster
enormity of the event
force majeure
deepest sentiments of sympathy
calamity
tragic circumstances
massive tsunami
epicenter
全くもって普段メールの中で見る言葉じゃないです。

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by sanaegogo | 2011-03-31 00:00 | つぶやき | Comments(0)
憧れのハワイ航路
今日から出張に行ってきますっ! マウイ島です! マウイ島で開催されるとある案件の運営に行って来ます。 ビジネススーツは着なくてもOKだと言うので、ヴィンテージっぽいアロハでも着ちゃおっかなー、と目論んでます。 念願の羽田から出発したかったのですが、チケットが取れず、成田からの出国になります。 31日に帰ります。 では、行って来ま~すっ!

・・・・と、恐縮ですが。こう言ってみたものの、当然のように開催は中止となり、渡航もキャンセル。本当なら今日が出発の予定日でした。3月4月の開催案件は全て中止。不謹慎ではありますが、他と比べても色々と楽しみにしながら準備に邁進していたので、とっても残念です。 でも、こんな状況下で開催が決行されたとしても、出先で後ろ髪が引かれるような気持ちと良心の呵責を感じてしまった事でしょう。中止も残念、開催も罪の意識で悔恨、となれば、やっぱり言っても仕方が無い事ですが、何でこんな事になっちゃったのかなー、と。
明日で震災から2週間が経ちます。断続的な余震は納まってきたものの、今日あたりは仕事の手を止めてしまうような揺れを感じる事もあり、まだまだ落ち着かない日々が続いています。 神奈中バスは休日運行で東海道線も通勤時間だというのに20~30分に1本しか走ってません。東海道線なんて、普段は毎朝15両編成の列車に120%以上の通勤客を満載して約5分間隔で東京に人を送り込んでいたのに。物凄い数の人々が毎朝ホームで滞ってます。(普段、と言ってもこれからは、これがもう日常化してしまうのかしら。) とてもストレスフルな毎日ですが、何度も言いますが、今私に出来る事があるとすれば、被災された人たちのために無駄遣いせずに我慢して、少しでも取っておくこと。 電力もお水も食料もガソリンも。"pay forward"です。被災地の様子も少しずつではありますが、復興に向けての態勢が整いつつあるように見えます。 12日の朝は、地震での騒動が終わった朝ではなくて復興と復活への始まりの朝だったんですよね。日本中から、世界各国から、励ましの言葉や映像がネットやテレビや携帯サイトで展開されてますが、肝心の被災地では今の状況ではなかなかインフラも整わず見る機会も得にくいんだと思います。 でも、被災した人々に実際にこの励ましの声を届けてあげたいです。 これからです。


≪2003 Big Island≫


写真はマウイでははくハワイ島に旅行に行った時に見た夕焼け。 陽は沈み、そしてまた昇ります。 太陽が沈んで闇が来ても、夜明けは必ず訪れます。

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by sanaegogo | 2011-03-24 00:00 | つぶやき | Comments(4)
Relaunch My Gallery Website


恐縮なのですが・・・・。水曜日に一度出社して以来、そしてこの3連休、期せずして引きこもり、たっぷり余ってしまった時間を使って、ふと思い立ち、ブログ以外のほうでやっていたギャラリーのウェブサイトを一新しました。 ま、一新と言っても、いままでのは思い付きで作り始め、出鱈目に思いつくままに滅茶苦茶に作っていったページなので、いつの頃からか人に紹介して見て貰うのも憚られるような出来でしたが。今度は、スタイルシートなどを使用してある程度、今自分で出来る範囲できちんと作ったつもりです。
これまでのギャラリーでアップしていた旅の写真は、大まかには変えていません。なので、以前見てくださった方は、あまり代わり映えはしないのかもしれませんが、雰囲気もだいぶ変わってるので、またフレッシュな気分でもう1度楽しんでいただけると幸いです。本当は"Works"のページを充実させてからアップして、『リニューアルです!』と言うべきなのでしょうが、構成の企画を練ったり、これはもう少し時間がかかりそうなので、取り急ぎは、私の写真の中で語らずにはいられないHistoryである旅の写真を、できるだけ早くご覧いただける形にしたかった訳です。
ある日友人のデスクトップになっていたとても印象的なゴールドコーストの夕暮れの写真に心奪われ、コンパクトのデジタルに換えてしまったけど、それまではずっとフィルムのコンパクトで旅行やイベント事の時に、好きで写真を撮ってました。その頃の夢は、そのなんと言う事もないカメラで撮りためた写真で、いつか『カメラばあちゃん』のように写真展を開く事でした。(カメラばあちゃんは、コニカのインスタントを使ってたようなので、それよりはちょっとハイスペックかな。) 写真展はとても無理だったけど、その頃の思いを少しでも実現すべく、これは形にしたかった訳です。
今ではいろいろなカメラで撮ってますが、もともとブレやボケなど全然気にしない作風(と言えるほどのものでもないですが)なので、結局はどんなカメラでもよいのです。カメラが撮るのではなく、自分で撮った写真なのですから。『ならでは』と感じられる写真が撮れた時に楽しさを感じてます。

こちらからどうぞ。 ・・・・・> My Gallery Space 『・・・・ノ、セカイ』

"Works"のアップロードをもってグランドオープンとしたいと思いますが、その時はまたお知らせいたします。印象など、フィードバックいただけたら幸いです。

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by sanaegogo | 2011-03-21 00:00 | art | Comments(0)
計画停電の夜に思う
今週は結局水曜日に一度出社しただけで、後は自宅待機で過ぎてしまった。準備を進めていた案件も軒並み開催中止が決定し、今はクライアントと直に関わっていないので、残務に関わる急務もないし、いつ来るか判らない余震も怖いし、何よりも震災あった金曜日のトラウマは、家に帰れなかった事もそうなんだけど、大きかったのは、携帯が繋がらず、誰とも連絡が取れなくなった事だと思う。こんな時人との1対1の繋がりが携帯電話だけなんて、あまりにも危う過ぎる事実にガクゼンとした。今週は電車の運行も不安定だし、やっとこさ仕事場に着いても暗くなるまでに帰らなきゃ、と、慌しく帰宅したりするんだろうし。ここで無理をしてもなぁ・・・・、と引きこもりの1週間だった。『震災』と何気なく言ってしまったけど、あれは本当にただの『地震』じゃなくて、『震災』だったのだ。ちょうど1週間経って、改めて実感する。
このところ世間のキーワードは『計画停電』。被災地のために少しでも何か出きれば、と思い、自分に出来る事と言えば節電くらい、と家に居ても暖房もつけず、電気も薄暗くなるまで点けずにいたけれど、よく考えたら、それは今まで便利でいられたことの埋め合わせをしているだけで、被災した人たちの気持ちに寄り添う事ではないんだよなー、と改めて思ったりする。そんな訳(でも無いけど、)で、家族と相談して知り合いのライオンズ・クラブの人を通じて家にある毛布や布団を被災地に送る事にした。



この1週間家にいて、計画停電を2回経験した。我が家は第5グループ。1回目は木曜日。計画停電は”無計画停電”とか批判も多いけど、停電をされる側としては、「やる」と「見送る」の間を翻弄させられるのがストレスですね。やるとなったらスケジュール通りにやればいいのに。で、そうしたらそのローテーションで生活が順応してくるでしょ。とまぁ、ここで文句を言っても被災地の人の苦労を思うと、これくらい、我慢しなきゃ、と。我慢が取り急ぎ、自分の出来る事でしょうか。



そして2回目は本日金曜日。6:20p.m.~8:00p.m.まで。暗い。寒い。我慢はするけど、夜は止めようよ、夜は。電気ってすごいなー。電気がないと何もする事がない。本も読めないし、充電が出来ないとなれば携帯やパソコンも躊躇されるし。せっかく(?)なので、家の中の様子を撮影していた。蝋燭の灯りがテーブルに映って綺麗だったので、激写していた。『ほらほら、見て見て! なかなか綺麗でしょーっ!』と家族に見せたら、どんな状況でもそれを楽しむ気持ちを持つのは良い事だ、と呆れられた。茅ヶ崎にいればこんな時仕事に行くのが怖くなるほど不便なところだけど家族がいる。横浜にいたら友人と会ったり、会社に行ったり、アクセスは良いけど家に帰れば1人だったし。これで頼りになる旦那さんでもいたら話はべつだけど、明らかにこの状況では家族と一緒に実家にいてラッキーだったと思う。

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震災以来、すっかり情緒不安定なカイ。こうして家族の傍を離れずに、小鳥のように丸くなっている。でも、カイがいてくれたこともよかった。もふもふとしたのを弄りましているととっても安心する。
とりあえず1週間が経ったけど、来週からはいつまでもしょぼんとしてないで、被災地の皆さんを励ますことが出来るよう、元気出して行こう!と思う。

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by sanaegogo | 2011-03-18 00:00 | つぶやき | Comments(4)
明けて月曜日 出社難民
地震から丸2日が経って、余震もだいぶ納まってきた。日曜日の夜までは、地震警報が出るとあのテレビと同じの薄気味悪いチャイムのようなサイレンが鳴り響き、夜の巷を裂き『ツナミ、ニゲテ、ツナミ、ニゲテ』と警戒放送が響き渡っていた。私の自宅は海までちょうど1kmくらい。もし、三陸海岸を襲ったのと同じ規模の津波が相模湾で発生したら、ゆうに、ひとたまりも無く呑み込まれてしまう。
今日は月曜日。金曜日は帰宅難民。そして今日は出社難民。東海道も相模線も計画停電で動かないので、もう移動の仕様がない。それに無理して出社しても1週間以内にマグニチュード7クラスの余震が来ると言うので、またいつ帰宅困難者になるか判らないし、そうじゃないにしても都心のインフラは不安定で、いつ帰れなくなるか判らない。地元の友人としみじみと話したが、連絡を取り合って帰ろうにも頼みの綱の携帯が全く通じないのなら合流できるとは思えない。
計画停電は痛手ではあるけど、福島の原発がこんなにも関東一円の快適な生活を支えてくれていたとは思いもしなかった。(私は今まで、東京は利根川水域が、神奈川は相模湖のダムがこの辺りの電力をばっちり支えているのだとばかり思っていた。)
ある程度身の安全があった東京でさえあんなに不安だったのに、被災がひどい地域の人たちの心の衝撃は計り知れないと思う。学生時代の友人はmixiとかで対PTSとかの心のケアについて情報発信とかをしている。(心理学科卒なので、役に立てるのはその分野、と言う事で。)私は臨床専攻ではなかったので、そこまで専門知識はないし、自分に今出来る事と言えば、節電に励む事くらい。
なので、夜更かしもせず、眠りにつく事にします。温かい布団で眠れる事に感謝しながら。
被災した地域の方々に、心よりお見舞い申しあげます。

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by sanaegogo | 2011-03-14 00:00 | つぶやき | Comments(0)
帰宅難民
14:46 地震発生。一度ゆらっと横に揺れたなと思ったら、お尻の下から感じるぼこぼこぼこと言う縦方向の振動。『何これっ!ぼこぼこ言ってるよー。』と言っている間に激しい揺れが。キャビネットの中身が散乱し、壁掛け時計が落ちる。机の引き出しが勝手に開く。『関東大震災が来た!ついに!』 机の下に避難し、揺れが収まったところで、外に避難。

16:00 1時間ほど外に避難した後、階段で社内に戻る。書類が散乱した社内。幸いにも大きなキャビネットが倒れてしまう事は無かったが、社内の窓ガラスが2枚割れていた。



17:50 しばらく自宅や23区内に住む友人、都内で働いている地元の友人などへ電話をするが、誰とも、何処とも繋がらず。都内の友人宅に身を寄せるのは無理。地元の友人とも連絡が取れない以上、茅ヶ崎までたった一人で歩くのは危険。明日の朝電車が復旧してから帰宅する事に決め、社内の通勤時間1時間超の数人と宿泊ホテルを確保しに近所のホテルまで歩く。『何人に増えても雑魚寝でもいいよねっ!』『状況が判ったら電話する。』電話が通じないので歩いて行くのに、こんな会話をしてしまうのは、危機感の欠如と言うか、実感に乏しかったのかも知れない。

新宿通りを埋め尽くす帰宅する人々の人波。



人気の無い中央線のホーム。人気の無い真っ暗な電車。

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結局ホテルは満員で、会社で明日の朝を待つ事に。歩いて帰れる人は日没前に会社を出て、在来線で少し電車に乗れば帰れる人は夜半の復旧を待ち、と言った動きだったけど、歩けばゆうに10時間以上かかる私達。JR東日本には早々と見捨てられ、頼みの綱のNTT Docomoも一向に繋がらない。夜は長い。いつまた大きな揺り返しがあるとも限らない。不安を抱えつつも、食事に出て腹ごなし。

中華料理店はガスが止まってしまったと言う事で、冷菜と点心のみ。(点心は多分、チンで作ってるのかな。)点心やお茶でも温かいものが食べれるだけ幸せ。

社内に戻って、他にやる事もないので、15:00から全く手の付いていなかった仕事のメールをいくつか打つ。驚いた事に、どれも返事が返ってくる。『こちらも帰宅難民です。』とか、『6時間歩いて今帰宅しました。』とか。驚き。

小田急線・京王線が動いて何人かが夜の街に出発した。小田急線で帰れば藤沢までは帰れるけど、夜の移動は怖い。何が起こるか判らないし。出発していく同僚を見送りながら、今までは何とも思わなかったけど、家が遠いと言う事がこんなに淋しい事だと感じた事はなかった。

朝が来るのをひたすら待ちつつ、残った数人でニコニコ動画を見ながら時間を潰す。配信されている津波の映像を見て愕然。時間が経つにつれて惨状が明らかになってくる。

24:00 車で帰れるのなら、大枚をはたいても・・・とも思ったが、夕方ホテルを見に外に出たときに駐車場のようになっている新宿通りを見てそれも諦めた。今はどうなってるのかなと同僚と外を見に行くと新宿通りはまだご覧のあり様。



何時だったかはよく覚えていないけど、起きていても仕方がないので椅子を3つ繋げて、肩・腰・膝を支えて毛布をかけて眠る。

28:00 眠っていたら、お尻の下にまたあのぼこぼこぼこと言う振動を感じて眼が覚める。長野で大きな地震があったようだ。いつまた強い地震が来て、外に避難しなきゃいけない時があるのかも知れない。それを考えたら怖くなった。夜にそんな事をするのはイヤだ。

30:00 空が白み始めて、三々五々起き出す居残り組。『やっと夜が明けたよー。』何一つ解決していないのだけど、朝が来たと言うだけで、何だか全てが丸く収まったような気が。

31:00 JR中央線と東海道が運転再開と言っていた時刻なのに、ニュースを見ると依然再開見込み、でやがて再開の時間が8:00にずれ込んでしまった。同僚の知り合いのタクシー運転手と連絡を取って車を回してもらおうとしたが、何処かの高速の上で足止めを喰らっているので動けないとの事。さっきまで首都高や東名は全線開通だったのに、ニュースを見たらまた通行止めになっていた。 車で帰るのは無理。電車が走るまで待とう。

33:00 ようやく中央線が動き出したと言うので、会社の近くに住む人が掻き集めて差し入れてくれたコンビニのおにぎりで最後の腹ごなしをしていよいよ出発。夜中から朝まで、状況に合わせて出発していく仲間を見送って最終的に残った4人で、いざ出発! やっと帰宅の途に着くことが出来る。
外に出ると、目の前を物凄い低空飛行でローターが2つ付いた迷彩色の自衛隊のヘリコプターが飛んでいる。都心の千代田区の上空にこんなヘリが飛んでるなんて、明らかに異様。

34:10 中央線から東京に出て、新幹線で新横浜まで移動。東海道線東京駅のホームは帰宅する人でごった返し、ホームからの転落事故もあったようだ。 新横浜から東神奈川まで横浜線で。東神奈川でタクシーを拾い一路茅ヶ崎に。

36:00 無事帰宅。長かった。怖かった。疲れた。朝が来るのがこんなに待ち遠しい思いをするとは思わなかった。長い1日が終わりました。 正直な話、あれは啓蒙ビデオの中の話で、自分がこう言う目に実際に合うとは・・・・、ゆめにも思っていなかったけど・・・・・。 これは現実に起こったのだ。

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by sanaegogo | 2011-03-11 00:00 | つぶやき | Comments(8)
庭の梅の木 満開です


庭の梅の木が今、満開を迎えています。
まだ少し寒さの堅い芯のある若々しい春の日差しを浴びて、
その白い花びらは、陽に透けて、
梅の花は、何故か、どこか、恥ずかしそうにしているようにも見えます。
その控えめな感じが、何とも愛らしいく目に映ります。
日差しが和らいで来る前、春を迎えたばかりの空気の中で咲く梅の花です。




この庭の梅の木は、毎年毎年必ず撮っています。
その年によって、(桜もそうですが)、同じ梅の木なのに顕れ方が違うんです。
私の今年は今のところ、穏やかに順調に滑り出しているようです。
(風邪はなかなか治らないのですが・・・・。)
本当だったら予てから期待していた『梅と月』を撮りたかったんですが、
この週末は残念ながら、お月さまは出てきてはくれませんでした。
自分の中でイメージはばっちり出来ており、わくわくと待っているのですが。
来週まで梅の花が散り始めなければよいですが・・・・。




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by sanaegogo | 2011-03-05 00:00 | つぶやき | Comments(0)