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ISO 100 に粉砕


この金曜日の日中のスケジュールはかなりタイトになるだろうなー、と漠然とは予想してましたが、予想通り、と言うか予想以上のもので、この日に上がって来るモノクロを撮りに抜け出す時間すらなく。先の状況を予測して先回りして予定を調整し、物事が計画通りに進むことに注力する性分であるワタシは、何となく、こうなる事を予測してはいました。でも、多分、翌日参加予定だったモノクロの暗室実習には参加出来そうにないなぁ、と。早めの措置を打つべく、夕方学校に電話をして『暗室の授業を2回とも、来期の受講に振り替えて欲しいんです。必要なものは全部持ってますが、肝心のネガが現像から受け取れなくって・・・・。』と懇願したところ、結論は直ぐに出せないと言うことだったんだけど、後日快諾をいただきました。
この秋のスケジュールでの山場の仕事で26日から10月2日まで出張に行きます。25日の暗室実習に出るために折角仕事の予定を調整したのに、ま、仕方ないですね。
25日、上がってきた写真を受け取りに行って、見てみると、このネガを持って暗室に行っても結局ダメだったかも、と思われる写真ばかりで、ワタシのワクワク感は無残にも飛び散りました。結果オーライ、です。やっぱISO100は難しいですね。ホルガでは太刀打ち出来ない感があります。次の実習の時までには、『とりあえず』のお座なりの乱れ撮りではなくて、学校のご厚意を無駄にしないよう、きちんと態勢を立て直して、落ち着いて実習に臨めるようにしたいな、と思いましたねー。(ちょっとはいいヤツ撮らないと・・・・。)
やっぱ早めの方針転換と切り替えは大切ですね。早めに潔く実習参加を諦める方向で動いて、結果、効を奏した感じです。



庭の信楽焼きの狸。モノクロで撮っただけで、ちょっと土門拳っぽい感じ?いやいやいや・・・、滅相もない。
しかし、密度のあるみっちりみちみちした感じの黒は、やっぱいいですね。

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by sanaegogo | 2010-09-25 00:00 | art | Comments(0)
モノクロフィルムをホルガ135で
以前、茅ヶ崎に帰ってきた頃でしょうか。自室に横浜で増えた荷物を押し込むべく収納スペースを捻出するべく、大掃除に励んでいたら、昔買いためておいたフィルムが未使用のままたくさん出てきました。それを使用すべく、ホルガ135を購入したのがかなり前になりますが、この度やっと使用する機会を作りました。しかも、消費するはずのフィルムを使うどころかモノクロフィルムを新たに買ってしまい、いやはや、何やってんだか。
実は、かなり悪戦苦闘しまして。キャップをしたままずっと撮ってしまったり、巻き上げるのを忘れて気持ち悪い多重露光になったり、半分くらい無駄にしちゃったかなぁ。おまけにスキャンの色があまりよくなくて、青(マゼンタ?)っぽくなっちゃってまして、ホントは色調整をPC上でやったらよかったんだけど、折角カラーマネージメントと色補正をみっちりと習ったはずなのに、こう言う時にこそ活用すべきでは?と思われると、まことに申し訳ない気もしてます。(せっかくのCS4が宝の持ち腐れ状態ですな。)
ホルガー(と言うのかは知りませんが)の手前、あんまり知ったような事を言うのも憚られますが、四隅の暗くなってホルガっぽくなるところとか、やっぱり35mmだとあんまり感じ出ないんですねー。ホルガはカラーの方がいいのかな。あのヴィンテージっぽい感じはモノクロだとあんまり出ないような気がします。
次回はもうちょっといい写真が撮れてるかな。と、実は次のロールが24日に現像からあがって来ます。久しぶりの出来栄えを楽しみに待つわくわく感です。これもまた楽し。





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by sanaegogo | 2010-09-22 00:00 | art | Comments(4)
三人展 ― 写真・和紙・版画 ―


この3連休は、バタバタと駆け足で過ぎていきました。残暑がまだまだ厳しい中、プライベートや今携わっている仕事など準備しなければいけない事が山積で、平日は忙しく過ごしている今月、平日出来ないことを片付けようと東奔西走しておりました。
少し前に友人から展覧会のお知らせが。本日20日から始まると言うので、ご紹介をしたく。

難波 辰巳・カネコ ミユキ・門馬 達雄 三人展
― 写真・和紙・版画 ―
2010年9月20日(祝・月)~ 9月26日(日)
世田谷美術館分館 清川泰次記念ギャラリー

カネコミユキさんはワタシの高校時代の友人で、(歳がバレるけどさ)オリーブ、シスター世代の我々は、茅ヶ崎から東横線に乗り、原宿、渋谷、代官山や自由が丘を目指し、時には六本木で始発を待ち、ま、そんな高校生時代を過ごしたもんです。トンプソン・ツインズをこよなく愛し、(あ、彼女はデュラン・デュラン派だったかしら)、文化祭でのクラスの出し物は("クラブ"じゃなくて)ディスコ。好きな曲をかけ捲くった、なんて事も思い出されます。懐かしき良き80年代、です。
どっちかと言うとポップな感じを好んでいたと思っていたのに、美大に進んで和の世界を表現するようになるとはちょっと意外でした。毎年和紙で作った素敵な年賀状をいただきます。ワタシが写真を旅行やイベントのスナップではなく、日常茶飯事的に撮るようになって、『いつか作品展に出品してみたいなー。』なんて事をつぶやいた時に、『そんなの、やろうと思ったら簡単だよー。』とあっさり言っていたのがとても印象に残ってます。流石だなぁ、と感心したもんです。昨年までワタシが横浜に住んでいる間も住民票は移してなかったので、『茅ヶ崎市民なら、茅ヶ崎市の美術館とかでスペース申し込んでみたら?』などと教えてくれたりしました。
ま、そんなこんなですが、実は彼女のきちんとした作品は拝見したことがなく、今度の休みの日にでも顔出せたら・・・・、と思っちょります。関心のある方は是非。



写真は以前撮ってスルーしてた水仙。「和」っぽい写真で、まだ載っけてないヤツの中から見繕ってみはしましたが・・・・。きっと違うんだと思う・・・・。 枯れた(枯れかかった)花。ワタシにとって、とても魅力的です。

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by sanaegogo | 2010-09-20 00:00 | art | Comments(2)
『麗しき女性たち』 マルティーヌ フランク写真展
この週末は、もうひとつ写真展を観てきました。アンリ・カルティエ=ブレッソンの夫人でもあるマルティーヌ・フランクの写真展。シャネルのネクサス・ホールで開催されている個展です。

IN CELEBRATION OF WEMEN
麗しき女性たち
Martine Franck
マルティーヌ フランク写真展
2010年8月26日(木)― 9月14日(火)
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2010/martine/index.html

これがブログにあがる頃には既に会期も過ぎていようかと思いますが、For Your Informationとして。
シャネルのネクサスホールは、かつてフィリップ・マリングの写真展を観に行こうとして、余りの敷居の高い感じに気が萎えて撃沈した過去がありますが、今回、意を決して再び訪れてみると、シャネルのメインエントランスには、『マルティーヌ フランク写真展 開催中』みたいなサインボードが出ていて、ちょっとは良心的になったような気がします。奥のエレベーターから4Fのネクサスホールへ上がると、そこには思っていた以上の満足感が。出展されている点数も無料の写真展にしてはかなりあり、マルティーヌ・フランク女史の視線、視点を存分に感じることが出来ます。有名女優、高名なアーティスト、難民の不遇の女性、ブルーカラーのたくましい女性、どんな対象でも同じ距離感で撮られているのがすごい、と感じます。これはマルティーヌ・フランク女史の女性を見つめる距離感であり、それは同時に彼女の『人(女性)』とのパーソナル・スペースの顕れなんだと思います。殆どのショットが均一な距離感のもと撮影されていて、その羅列はある意味圧巻で壮観でした。表情は様々ですが、一瞬の信頼関係の上に成り立っている気がします。そんな素の表情を引き出すのは、フランク女史の作り出すカメラを意識させない自然体な雰囲気、空気感。ポートレイトを撮る人にはとても重要な素養なのだと思いました。

またまた、マルティーヌ・フランクに敬意を表して、働く女性。(しかし、こちらは盗撮まがいのスナップショット。)フランク女史風に言えば、ペンを執って計算をする手許がとても素敵です。



しかし、もしワタシが将来立派な写真家になって、修行時代の写真としてこの1枚が個展の壁に飾られる事になったとしても、このトイレットペーパーはないよなー。こちらの立場から言えば、『何故ここにトイレットペーパーが置いてあるのだっ!?』と言いたくなるところです。(撮影時には見えていない。) こう言う細部への気遣いがプロは凄いと思うし、素人くささが満載されているところだと思います。(反省) こう言う細かいところがきちんと出来れば、ひとつ抜けていくのだ、と思うのですが、なかなか。

エキサイトイズムhttp://www.excite.co.jp/ism/concierge/rid_21211/) で彼女のインタビューが読めます。

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by sanaegogo | 2010-09-12 00:00 | art | Comments(0)
ハービー・山口 写真展 「街角の天使たち」


ハービー・山口。その名前を知るようになったのはいつの事だったのか、もう定かではありませんが、心惹かれる写真家のひとりです。昨年だったか、川崎の辺鄙なところにある(あ、失礼。)美術館で個展が開かれて、是非行ってみたかったのですが、どうしても都合がつかずとても惜しい思いをしました。で、今回、ここで写真展があるのを知り、今回は何が何でも観に行くぞ!と意気込んでいた訳です。

「街角の天使たち」
ハービー・山口 写真展
2010年7月30日(金) ~ 9月12日(日)
Instyle Photography Center

大満足でした。ハービー氏の写真は白い壁によく似合います。惚れ惚れするシャッターチャンス。生き生きとした動きや表情を一瞬に閉じ込めたようなその画面上の表現は本当に憧れます。どれも、どの作品にも、大いに観入って(魅入って)しまいました。「ワタシもこんな写真が撮りたい・・・・・。」まさに、それです。ハービー作品について語るのは言わずもがななような気がするので、まずはその感激をお伝えします。カッコいい・・・・。イカス・・・。この週末で個展が終わると言うことで、ハービーさんご本人も会場にいらしていました。(本人は初めてお目にかかりました。ワタシは勝手にテリー伊藤みたいな風貌の方かと思っていたのですが、全然違いました。カフェテーブルを囲んでファンの方と楽しそうに撮影エピソードなんてをお話されていて、ロンドンに単身わたった時の思い出などを語られてました。丁度座が開けた時にワタシがまさに会場を後にしようと思っていたのですが、タイミングがよかったらしく、ばちばちっと目が合い、「今日はお越しいただいてありがとうございました。」と出口の方まで見送っていただくみたいな感じになって、ちょっと感激。背が高く目立つ、と言うのも、こんな時は役得な感じです。

ハービー氏に敬意を表して、モノクロの写真を・・・・。



やっぱりモノクロはフィルムの方が断然いいですね。パキっとしたメリハリや、くっきり感が全然違います。ハービー氏の写真を観た後だとちょっと薄らぼけしている感じは否めませんな。(ちょっと薄ぼんやりした感じなのは、カラーをモノクロにしたからでしょうね。)あと、モノクロは「焼き」が断然面白い、とハマッている人は言いますよねー。
ハービー氏の写真には、"Style"があります。 そう、とてもStylish、なのです。

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by sanaegogo | 2010-09-11 00:00 | art | Comments(0)
撮影講習 ― 花を撮る ―


花はもうあまり撮らない、誰が撮っても同じような感じで、それならワタシが撮らなくてもよいと思うから、などと、一眼を使うようになって極々初期の頃にそんな僭越な発言をしていた事を思い出しました。今はそこまで否定的に感じていない、どころか、振り返ると自分で撮影している写真には結構花を含め、植物が多いことに気づきます。 特に茅ヶ崎に帰ってきてからなのかなー、庭には父が丹精してた植木やサボテン、季節の花々などがあるからかも知れないですね。 で、自分なりに、花撮りは面白いな、など思ったりしてます。
前置きが長くなりましたが、撮影講習で花を撮って来ました。野や街角で咲いている花を自然光で撮影するのではなく、スタジオで、ライトを作って、での撮影です。自然の花を自然なままで撮るのが、ありのままなのでしょうが、不自然な(自然環境とは縁遠い)スタジオと言う人工的な環境で、花そのものを撮るのです。それもまたある意味、ありのまま、です。だからこそ余計、撮る人の個性が写し出される、と言ったところでしょうか。ライトを後ろから当てて、花びらが透けている感じとシルエットのようなくっきりとした輪郭が出るようにしたかったんだけど、それはまずまずOKとして、花の正面に影が出来ないように当てたかったライトが難しかったですねー。不充分で(と言うか、あのセッティングじゃ無理だったか?)花の正面が影になっちゃってるのが、惜しい、残念、な出来でした。 でも、きちんと撮ると本当に違いますねー。私の稚拙な撮影技術でもまずまずしっかりとした写真に見えます。(あ、言っておきますが、いつもテキトーに撮っている、と言う意味ではありません。ま、その意味は判っていただけるとは思いますが・・・・。) まぁ、次があるかどうかは判らないのですが、次への課題はたくさんある訳です。(撮影風景の写真はデモンストレーション用の中盤カメラ。My Cameraではありません。)




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by sanaegogo | 2010-09-06 00:00 | art | Comments(4)
マン・レイ ―Unconcerned But Not Indifferent―
マン・レイ展 知られざる創作の秘密
Man Ray Unconcerned But Not Indifferent
2010年7月14日│水│― 9月13日│月│
国立新美術館


マン・レイ展。始まったときはまだまだ時間はたっぷりあるさ、と思っていましたが、あれよあれよと言う間に会期も残りわずか。駆け込みで観てきました。(って、いつもそんな調子の事ばかり言ってる気がします。)
マン・レイは、写真を絵画作品のように鑑賞したり個展・回顧展に観に行くようになっていたかなり以前、一度個展だったか?を観に行った事があります。ロベール・ドアノーやブラッサイ、ロバート・キャパやマグナムなんてを順当に知るようになり、モノクロームの写真に惹かれていた頃です。(10代終わりか20代始めの頃でしたかねー。)
今回の作品展に関して言えば、さしてインパクトと心動かされるものがあまりなかった、と言うのが正直で忌憚のないところ。結構膨大な数の作品が展示されていたんだけど、小作品が多くて、そして何となくですが内容が拡散している感じがして、写真家なのだとばかり思っていたけれど、実は色々やってた人なのね、と知る反面、そのどれもが突き詰めたり、掘り下げられていたりしてないような、充分でない感じがしてしまったのは、全くの私見だと思いますが。切り口とテーマが私の期待していたものと違っていたんだろうけど、やっぱり観たい作品はあったので、そんな写真を観に行く手のものではなく、マン・レイ中・上級者向けだったのかも知れません。最期の展示室で、彼のよき伴侶、ジュリエットの彼を回顧するインタビューがあったんですが、まだご健在で、時代を駆け抜けたアーティストにはやっぱり熱烈な女性・妻の存在は欠かせないものなんだなぁ、などと再認識しました。(ジュリエットはちょっとジャクリーヌ・ケネディー夫人に似ているような気がしました。)
自分にとっての新しい知識との出会い、みたいなものはありました。「ソラリゼーション」です。マン・レイが作品として確立したと言うソラリゼーションの写真は眼にしたことがあったのですが、”現像時に、露光をある程度過多にすることにより、モノクロの写真作品の白と黒が反転する現象”と説明されているのを見ると、その写真に対する見方というか、観点と言うか、が変わってくるのは興味深いです。作品そのものと言うより撮影方法に注目しますね。写真の歴史は他の科学技術と同じく、実験と試行の上に成り立ってるんですねー。写真家の思考回路にはやっぱり、理数系的なエッセンスが必要なのかも知れません。(ちなみに彼は製造図面のひける技術者だったみたいです。)あと記録ね。記録好きな人。そんな印象です。(彼も自分の作品や他の作家の作品を写真で記録してました。)それ(彼の思考回路?)を知らしめるのが今回の回顧展に流れるテーマなのでしょうけど、それはとても伝わってきて、興味深かったです。



人の作品を撮影して自分の作品になるとは・・・・・、こう言うこと?

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by sanaegogo | 2010-09-04 00:00 | art | Comments(2)