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桑田佳祐 ツアー中止の激震!


ショックな知らせでした。「桑田佳祐 食道癌 10月の全国ツアー アルバム発売が中止」友人からのメールで一報が入ったのですが、ショックでした。激震が走りました。2年前に桑田さんの姉、えり子さんも癌で他界したばかりだし、何だか、自分の周りの人が、あの人もこの人も癌の病魔に侵されて、もうやり切れない気持ちがします。桑田さんのこと、とても心配です。内視鏡で切除出来ないのでしょうか、その後のニュースで開胸手術をすると聞きました。とにかく心配です。でも、別の言い方をすれば、お医者さまが手術をしてくれると言うことは、切除が出来る段階、もしくは切除が出来る手の癌だという事だと思うので、治療に専念して早く戻ってきてくれるのを待つばかりです。
秋のツアー、12月3日のドームのチケットは、yorinkaさんがおさえてくれていて、ライブは2008年の「真夏の大感謝祭」30周年記念ライブ以来(と言うか、それでサザンとしては活動を休止してしまったので)で、桑田さんの単独ライブではありますが、久しぶりに本格的ライブを観に行けるとあって、とてもとてもとても楽しみにしていました。本当にがっくり。
デビュー以来ずっとサザンと共に「青春(照)」を駆け抜け、筋金入りのオールド・ファンを自負してますが、桑田さんソロも負けず劣らずに大好きです。と言うか、桑田ソロの時の方が彼はストイックに自分の世界を追及し、そして表現しているような気がしていて、1988年の Keisuke Kuwata、1994年の孤独の太陽、2002年のROCK AND ROLL HERO は3枚とも私の中で不朽の名盤として心に刻まれてます。どれもこれもアルバムのタイトルとその中に納められた楽曲を聴くと、その頃の自分がどんなだったか、曲に触れ思い出す事が出来ます。
早期発見で本当によかった。本人は不安もいっぱいあると思うし、負けない気持ちを持つのは大変だと思うけど、応援する人がいっぱいいるんだもの、元気になって戻って来てくれるのを心から待ってます。そしてまた、ライブで弾けたいです。ライブでまた桑田さんの「ありがとねぇ~。」が聞きたいです。そんな日が1日も早く来るように、応援してます!

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by sanaegogo | 2010-07-28 00:00 | music | Comments(2)
エアコン 故障中


毎日毎日暑いです。「猛暑」「酷暑」なんていう様に、「暑」に付く漢字がモーレツなのにもすっかり慣れてしまいました。 「猛」「酷」に続く物凄い漢字は何でしょうかねー。「鬼暑」なんてどうでしょうか。でもこれは、”おにあつ”とか読むようになるんでしょうか。
実は我が家は今、家のエアコンが壊れてます。1階のエアコンの電気制御している部分がちょっと壊れているらしく、1階の冷房が全て効かないんです。昨日法事で東京都下に住む兄一家が来たんですが、炎天下の中帰って来ても家の中はもあぁ~としてて、ちょっと気の毒でした。私は平日の日中はオフィスで冷房の中にいるのでよいのですが、扇風機だけで昼間の暑さをしのいでいる母がちょっと心配。家の中でも熱中症になるみたいですからねー。
家を建てた時は、(多分)ガスブームで、我が家のエアコンは全て東京ガス。冬の暖房はガスでやって、夏の冷房は電気でやると言うタイプのものですが、ここのところのエコブームを受けてかどうかは判らないですが、(それだけの理由ではないと思うけど)、ガスエアコンはもう今後生産しないんだそうです。それが問題を複雑にしていて、修理が遅れている理由です。冷房も暖房も電気でするタイプのものに変えるとなると、電気信号を送るケーブルが1系統足らないので、それを家中に這わせ直さないといけない大工事になるっていうんだけど、ホントかな。室外機とエアコン本体が1対1対応してないのがこれまた問題みたいで、そんなこんなを平日母が説明を聞いても解る由もなく。壁に新しく穴を開けて天井にケーブルを這わして、それを目隠しカバーで覆うような工事をすると言うので、俄然反対した、と言うのが修理が遅れている理由の二つ目かな。図面を見ただけで、我が家に穴を空けて、天井のど真ん中にケーブルを剥き出しで這わせるような工事をされてたまるかいっ!現場を見に来いっ!現場をっ! 現場見てから考えろっ!と怒ってしまったのは、多分仕事柄だと思いますが・・・・・。やっぱり現場は確認して欲しいよねー。で、施工屋さんと私と隣家に住む兄の都合の合う土日まで、現場確認の日程が先送りされているので、真夏になろうと言うのに修理の方針もまだ決まっていない状態。土日に家にいると返って体力が消耗するような気がする・・・・。
私が茅ヶ崎に帰ってきたとき、家に光のケーブルを入れたんだけど、家の外壁から電信柱へ続く細い穴からケーブルを入れて、ここじゃダメだ、とか、こっちに引き込めとか言いながら2階の私の部屋の電話回線の出口まで光ケーブルを通していた。あれを見てると、電気1系統のケーブルくらい遠隔操作で家の中に這わせる事なんて、簡単とは言わないまでも決して不可能じゃないのではないのかな、と素人考えで思ってしまうのですが。短絡的に言わないで、色々検討してみてくださいよ。こちらも場当たり的には考えず、暑いのを我慢してるんですから・・・・・。
写真は、青山トンネルの中で休憩(仮眠)をするタクシーの運転手さん。 エアコンかけっ放しの車内はさぞかし、涼しいんだろうなー。

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by sanaegogo | 2010-07-25 00:00 | つぶやき | Comments(6)
一周忌の法要


実際の命日よりも少し早いのですが、父の一周忌の法要がありました。先週は海の日の3連休。今日は7月24日。とすると、横浜の家を引き払って茅ヶ崎に帰ってきて、もう丁度1年がたったんですねー。去年の海の日は翌日の荷物搬出を控えてダンボールの中で埋もれていました。部屋の契約が確か7月22日までだったので、去年のこの時期は車で横浜と茅ヶ崎を行ったり来たりして、1週間毎日のように大汗をかいて掃除掃除の毎日だったのを覚えてます。早いものです。もう1年経ってしまったんだから。
更に振り返ると、仕事を辞めたのは、その前の年のこれもまた7月でした。仕事を辞めて収入もないのにのらりくらりとしている私(いやぁ~、リーマンとかあって、厳しくなっちゃったんですよねー。)のことを、父さんは、「早苗は毎日毎日、昼間とか何してんだー。今週は帰ってこないのかー。」「茅ヶ崎に帰ってこー、帰ってこー。」とよく言ってたそうですが、まぁ、自分でも1年間よくのんびり出来たなぁ、などと思います。もっと気持ち的に追い詰められるのかと思ったけど・・・・。
お父さんが入院したのは、去年の6月30日。定期健診に行ったら、肺に水が溜まっているのが判ってそのまま帰宅せずに緊急入院。四谷にバイトに行っていた私もそのまま信濃町に様子を見に行きました。それから亡くなる8月15日まで父さんが家に帰ってきたのは、私が引越しを済ませた7月の末だけなので、折角茅ヶ崎に帰ることにしたのに、結局お父さんと最期の時を一緒に過ごす事は出来なかったんですねー。
お寺でお経を挙げてもらってお墓参りをしながら、家族はそれぞれこの1年を振り返っていたと思います。私と言えば、今は少し速度を弱めて、吸収の時なのかななんて思っていて、自分の関心が向くものに眼をむけつつ関わりつつ、何か形に残すことが出来ればいいな、なんて思ってます。去年の今頃もとても暑くて、その時はまた今年もこんなにも去年以上に暑くなろうとは思いもよらなかったけど、そんな風に、今こうしている事もある意味思いも寄らない事のように感じています。先の事は今は判らず、行くべき方向に先を定めながら村上春樹に出てくる主人公「僕」のように毎日毎日を丁寧に過ごして、そしたらなるべきようになっているのだろなー、そんな風に思ってます。

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by sanaegogo | 2010-07-24 00:00 | つぶやき | Comments(0)
暁の祭典 濱降祭 2010
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「海の日」の今日は、茅ヶ崎にて、暁の祭典と呼ばれる濱降祭(はまおりさい)が行われる日です。確か昔は7月14日だか、15日だかに行われてたんですが、海の日が制定された頃、毎年海の日に開催されるようになりました。平日に濱降祭に出掛けてそのまま村担ぎ(地域をお神輿とお囃子が廻ること)に出てしまい、学校に遅刻したり休んだりする子が多かったから、と聞いてます。私が中学3年生の時の生徒会長選挙の選挙公約は「自分が生徒会長になったら、濱降祭の日に学校を休みにする!」と言うもので、永井君は生徒会長の座を勝ち取り、休みにはならずもその日の午前中は休校になりました。(ホントよ。)
暁の祭典と言われるのには所以があって、朝の7時に式典が行われる茅ヶ崎の西浜海岸を目指して、茅ヶ崎市内、寒川町内から40基あまりのお神輿が各地域にある氏神様(神社)を出発するんです。私の住んでいる柳島は、茅ヶ崎の中でもコーストサイドですが、朝の4時頃宮立ち(お宮を出発すること)をして、海に向います。6時頃には各お神輿が浜に集まり始め、練り歩くんですが、東京のお神輿と違って、どの社のお神輿も超重量級。肩にずしっと食い込み潰されないように前のめりになって重い足取りで進みます。掛け声も、「わっしょい、わっしょい。」なんて軽やかなもんじゃなく、「どっこい、どっこい、どっこい、そーりゃー。」ってな感じで、重低音でウーハー必要って感じです。7時になると、相模の国の一の宮、寒川神社の神主さん(何代目かの)鈴木孫七さんが現れて、ピットに納まってずらっと並んだお神輿の前で、五穀豊穣と大漁の祈願をします。40基あまりのお神輿が一堂に会しそれぞれの「担ぎ」を披露する様はそれはそれは勇壮なのであります。上がります。
何回か拙ブログで濱降祭を取り上げたけど、いつも人様の写真の借り物ばかり・・・・。今年はついに!行って参りました、愛機を持って!

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Flickrにもアップしましたので、ぜーひ、ご覧ください。

柳島の法被は「波に千鳥」に「柳」。他のところと比べても、渋くてイカす法被だ、と惚れ惚れします。




柳島の晒の色は橙色。「"担ぎ"の美しさには定評のある、柳島です。」
と、MCのおじさんが言ってました。 四隅についてる鈴が鳴るように担ぐと、神輿の上の鳳凰がゆらゆらと揺れます。
(あー。富士山、入ればよかったに・・・。)




ずらりと全基整列して、相州一の宮 寒川さんの入場を待ちます。




神輿の後ろに控える担ぎ手たち。かなり重いので交代しないともたないらしいです。




海に入って禊(みそぎ)をする神輿。 これは多分、十間坂の第六天神社。




次々と禊に入る神輿。遠くに見えるのは丹沢・箱根の峰々です。




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by sanaegogo | 2010-07-19 00:00 | traveling in Japan | Comments(4)
スタジオ撮影実習
体験レッスン「スタジオ撮影実習」なるものに出掛けてきました。スタジオ写真やブツ撮りなどは、自分自身(今のところ)あまりそういった志向はないんだけど、絵画でいうと、デッサンやクロッキーにあたるんでしょうか、はたまた写実的な静物模写と言ったらいいんでしょうか。シャッタースピードと絞りを意図的に目的をもって選択して、ありのままをありのままに撮影することをかじってみたく、参加してみたんですが、当たり前かも知れないけど、体験レッスンなので、出口から入口を振り返ると言うか、センセイが「こんな風に設定したら、こんな風に撮れますよ~。」と言うのを2人のモデルさんを相手に数十枚撮影してきました。これはこれでとても楽しく、「結構スタジオ楽しいかも。」なんて事を感じたのは、私にとって新たな発見で、これはこれでとてもよかったです。
さて、Cameramanと言う言葉とPhotographerと言う言葉がありますが、紐解いてみると、cameraman:カメラマン、撮影技師{さつえい ぎし}◆テレビや映画の◆【無性語】camera operator、photographer:写真{しゃしん}を撮る人、写真家{しゃしんか}、カメラマン◆テレビや映画のカメラマン=camera operator、との事。両者はまあ、大意は同じなんですが、強いて言えば、カメラマンは「撮影技師」、フォトグラファーは「写真家」って事でしょうか。operatorなんて表現は両者に共通してるみたいですが、そう、このoperation、これをもう少し意識的に出来るようになりたいなぁ、なんて思う訳です。職業としての撮影技師は思い立つには遅すぎるし、でも、そう言う意味では写真家も同じか・・・・。センセイに『何を目標としていますか?』と尋ねられ、『ハイアマチュアです。』と即答した自分にちょっとびっくりしたりしました。でも、この「ハイアマチュア」って良く考えると何だ?「セミプロ」と「ハイアマチュア」だったら、「セミプロ」の方が上位なのかな? お金を貰えるかどうかってところでしょうかね、その違いは・・・・・。言葉遊びはこの位にして、『一体私は何を求めて写真を撮っているのだぁっ。』などと言う、切羽詰った感じでは決してなく、改めて考えてみるとちょっと面白い感じがしました。目標かぁ。目標とか目的とか(何かの手段だとか)、あるよで、ないよで。変に立ち止まって考え込むつもりはありません。進みたくても進めない時が来るかもしれないしね。
モデルさんを撮影したので、ここでの掲載は控えます、が、なかなかいい表情が撮れたような気がします。(それは、偏にモデルさん側の技術なんでしょうが・・・・。)
当たり障りのないところで、スタジオを後にして、青山の街を写してきました。これはこれで、やっぱり楽しい。でも、もっと色んなものを撮ってみたいなぁ、なんて素直に感じた「スタジオ撮影実習」でありました。





これがこの日で一番のお気に入り。
仕事の合間、ひと時のつかの間の休憩中、の、マネキン達です。



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by sanaegogo | 2010-07-18 00:00 | art | Comments(0)
お別れ


今日、智子の告別式に参列して、お別れと見送りをして来ました。智子は父と同じ病を患っていて、手術を受けた後、抗癌剤の治療などにも頑張っていたのですが、再発が見つかり、この夏からはTerminal Careを受ける為に茅ヶ崎市内の緩和病棟に入院する予定にしてました。実はこの緩和の病棟も、父が入る予定にしていて、父が結局転院することも出来ず、あれよあれよと言う間に逝ってしまった事もあり、そんな個人的な事が心に重く沈みこんでいて、去年の夏のことも否応なく思い出されてしまい、尻込みをして、最期の最期に智子のお見舞いに行けなかったのはこの先ずっと後悔として残るのだと思います。
今更言っても仕様がないですが、もう直ぐやって来る父の一周忌が終えたら喪も明けるし、そしたら、何となく自分の中で全て区切りがついて、お見舞いに行こう、と思っていたのですが、それも叶わないまま逝ってしまいました。
こんな時にまで自分の都合ばかり考えてしまって、智子のために何かしてあげる事は出来なかったんです。それは偏に自分の弱さなんだなぁ、と。ただ会いに行ったらよかったんだと思います。
ご家族のご厚意で、荼毘まで見送らせていただきました。精進払いの席で智子と過ごした時間をあれこれと思い出しました。チケットも持ってないのにサザンの茅ヶ崎ライブに出掛け、『きっと穴場だから・・・・。』と言って茅ヶ崎市営球場の近くのきのこ公園に案内してくれた事とか、友人の結婚式でリコーダーの重奏をする事になって、ピアノ伴奏役の智子の家に夜遅く押しかけ、お母さんを怒らせてしまった事とか。茅ヶ崎のChipsでよく飲んだよねー。
私達は智子のことを忘れません。いつでも何処かにいるとさえ、感じられる気がします。何と言ったらいいか判らないし、どこまで言ったらいいのか迷うんですが、智子のご冥福を祈る意味でも、智子が逝ってしまったことをにささやかだけど記しておきます。

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by sanaegogo | 2010-07-16 00:00 | Comments(0)
悲しい報せ


今日は、悲しい報せが次々と届いた日でした。
仕事先に行った朝にひとつ、午後にはメールでひとつ、そしてその夜には、闘病していた友人が頑張りぬいた末に逝ってしまったとの知らせでした。
みんな夏を待たずに旅立っていきました。そしてみんな突然に、です。
残された日々はもう少しあったはずなのに。
遣る方無い気持ちでいっぱいで、次々と知らされる訃報に、ただ見送るしか出来ない事にただ茫然となるばかりでした。


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by sanaegogo | 2010-07-12 00:00 | Comments(0)
Preservation Hall @ New Orleans

≪1994 New Orleans / Louisiana≫

「Jazzを聴きに行く」で思い出しましたが、その昔、New Orleans に旅行に行った時にDixieland jazzを聴きに行った事を思い出しました。Preservation Hallと言う、ま、名前からして観光客向けと言うか、伝統芸能の継承目的と言うか、「街で今一番熱いライブを聴きに!」みたいな雰囲気ではなかった事は確かですが。その事自体はともすれば忘れがちなのだけれども、この2枚の写真の事はとても印象に残っています。自分でもお気に入りのもので、『偶然って素晴らしいっ!』と言うのを地で行っていた頃の改心の作になります。撮影したカメラはフィルムのコンパクトカメラでPENTAX IQ Zoom 70-XL と言うもので、このカメラのちゃちなファインダーで暗いホール内を覗いて、フラッシュが出ないようにして、1枚2枚。現像から上がって来るまではどんなものが写ってて、(と言うのは大袈裟ですね。写したものは流石に判ってました。)どんな感じに仕上がっているのか、わくわくどきどきしてその日を待ったもんです。なんか、こう言うのはデジタルでは味わえない楽しみだったりわくわく感だったりしましたねー。ネガから焼いたのは遥か昔に旅行から帰って来て現像したこれだけですが、日本できちんと現像してもらったまたちょっと違った仕上がりになるかも知れないですね。時間と予算があったらそんな事にも挑戦してみたいと思いますが。
Dixieland jazzはアドリブがとても効いている即興性の強いjazzで、自分の中では馴染み深い感じはします。我が家の2人の兄はモダンジャズ愛好家で、昔は隣の部屋のでっかいスピーカーから流れてくる(なんて生易しい音量ではない)トランペットやピアノのめちゃめちゃアドリブした楽曲を、好むと好まざるとに関わらず、よく聴いてました。ビル・エヴァンス、マイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、キース・ジャレット、ジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコック、チック・コリア(思い出せる限りですが)など名立たる巨匠の有名な演奏を垂れ流し状態で聴いていて、jazzに関しては耳年増になってしまいました。「マイ・フェイバリット・シングス」とか「枯葉」のきちんとした原曲を知ったのは、めちゃめちゃswingした彼らの演奏を散々聴かされてた後で、『普通の曲なんだ・・・・。』とあっけにとられたり・・・・。自分自身年齢がいってからもっとちゃんと聴いとけば、今頃薀蓄のひとつも語れるようになったかもしれないのになぁ、と思います。自分で聴くようになったのは、スタン・ゲッツとかチェット・ベイカーあたりでしょうか。これは完全に兄2人の路線とは隔絶してて、イカレた感じに魅力を感じがちな20代の学生の頃のハナシです。今の自分の音響環境ではjazzを聞く感じではないですねー。部屋にあるスピーカーと言えばiPodのドックだけだし、カーステのスピーカーが最大の出力と言う有様で・・・・。jazzはアナログの聖地のような気がして、現代のデジタル環境ではそぐわないのかも知れませんねー。そんな訳で、趣はかなり述べてきたところと違いますが、昨日の久しぶりの生演奏はとても楽しかったのです。

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by sanaegogo | 2010-07-04 00:00 | music | Comments(2)
Groovin’ Party Big Band と Maiko Special


Groovin’ Party Big Bandと言うJazz Bandのライブに行って来ました。この日はもうひとつの女性5名のホーン編成と言うバンドとジョイントのライブだったのですが、何でもヴォーカルの山本磨衣子さんがこの両バンドでヴォーカルをつとめているのがご縁で、今日のこの日になったそうです。この日Groovin’ Party Big BandでコンマスをしていたPiano担当の彼が友人の友人で、そんなこんなで行って来ました。ホーン系を聴きに行くのは、はるか昔に横浜でのスカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)以来な感じで、こちらはアマチュアですが、ちょっと楽しみにしてました。それにしても、ヴォーカルが入ると聴いた時、『いくらまぁ、ライブハウスのステージと言っても、ビッグバンドの編成でしょー?ヴォーカル大丈夫なんだろうか・・・・。』と思ったりもしたけど、この山本磨衣子さん、物凄いパワフルな声量で、ホーンセクションにも負けない唄声を披露してくれました。Groovin’ Partyでは、バーシアなんても唄ってくださいまして、BasiaからはThird Time Luckyを、あと、懐かしのSPECTRUM(スペクトラム)からはSunriseを選曲してました。Basia、好きなんですよねー。それに、Basiaの曲はめちゃめちゃ難しいのに、磨衣子さんは果敢にチャレンジしていました。あーーー、何かBasia、聴きたくなってきたぁ~。季節も夏だし、ホント、夏といい感じなんですよねー。あと、スペクトラムなんて、ちょっと懐かしすぎる・・・・。自分自身では積極的に聴いた事はなかったんだけど、当時はインパクトがあったので、知ってますねー。ブラスと張り合うように声を張っていた磨衣子さん。この曲が一番彼女の唄声に合ってたのかな。
さて、何だか磨衣子さんの話ばかりになってしまいましたが、Groovin’ Partyの演奏もイカしてました。実は、その前に登場したバンドがあまりにもちょっと「・・・・・・。」で、女性ばかりのブラスで、有名な指導者とアレンジャーの方に指導していただいていて、その先生お2方も紹介されてましたが、正直、「そんなにイイ先生に指導されてて、これ?」と思ってしまったりしました。(あーー、スミマセン・・・・。) なので、その流れの続きで始まったGroovin’ Partyも無防備に聴いていたのですが、こっちはイカしてましたねー。ビッグバンド編成でま、音量も違うには違うんですが、音も(何というか)しっかりとしてて、迫力があって、何よりも皆さん、ホント、楽しそうに演奏してました。コンマスの奏でるピアノの音色も弾んでましたねー。やっぱ、楽器のセッションとかって、楽しそうだなー。

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by sanaegogo | 2010-07-03 00:00 | music | Comments(6)
マルイチベーグル as a memory of Ess-a-Bagel
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実際に行動したことと、体験した実感をもってブログの記事を書くのを旨としていた私ですが、今回ばかりは少し趣向を変えて、『行ってみたいお店』です。それは、マルイチベーグル、です!トウキョウの街角を撮影すべく、雑誌でロケハンなどをしていたのですが、「白金」の街で見つけたマルイチベーグル。何でもかの、ニューヨークのエッサ・ベーグル[Ess-a-Bagel]で修行を積んだご主人(女性)が営んでいるベーグル屋さんだそうで、以前は代々木上原にあったみたいですね。
私も、N.Y.のEss-a-Bagel、行きました。過去暦を紐解くと、2006年、もう4年も経ってしまったんですねぇ。ニューヨークに着いた次の日、『朝食(と言っても昼近く)はEss-a-Bagelに行こうっ!』と泊まっていたホテルからてくてく、てくてく歩いて行きました。New Yorkerにも大人気らしく、中途半端な時間にも関わらず店内は混雑。席を取るのもやっとこさ、だった気がします。お揃いのTシャツ(あ、ユニフォームと言うべきでしょうか。)を着て働いている人々は、その時は何故かメキシカン系のそれもマヤやインカの末裔の人かと思うように小柄でずんぐりむっくりしていて、髭をはやしていて、と言うような人ばかりで、その立ち働く姿はまるで、スターウォーズに出てくる森の中のイウォーク族のようでした。(あ、悪意はない表現です。愛情を込めて・・・・。)
『エッサ、エッサ、エッサ、エッサ』と言いながら働いているからEss-a-Bagel?と言う訳ではないでしょうが、私達は「エッサベーグル達」とひとまとめに彼らの事を呼び、今でも思い出として語られています。
ショーケースの中には、とりどりのフィリングが並べられていて、どれもこれも試したいし、もう、何度も来たい!と興奮しました。選んだのは確か・・・・、クリームチーズとサーモン。ディルも入っていたと思う。ドライトマトと・・・・、あとはサラダを1品。とにかく半端なくフィリングがfillされていて、素材の味がしてとても美味しかった。ベーグルもモチモチで、噛み応えがあって、もう、はむはむはむ、って感じでした。
そんな、エッサベーグルをもう一度味わえるのならば、マルイチベーグル、是非行ってみたいと思い、逸る気持ちのあまり、まだ行ってないのに希望を述べてみた次第です。実際に修行をした方の焼くベーグルとフィリングならなおの事、美味しいに違いない、と、思う訳です。最近は、お店に行っても写真も撮らずぺろりと食べてしまい、人様の写真をお借りしているような有様ですが、ついに妄想のみでレポートするようになってしまいました。
(写真は2006年 New York にて撮影。)

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by sanaegogo | 2010-07-01 00:00 | お店@六本木 麻布十番 | Comments(0)