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2009年 沖縄 ―Day5―
昨晩は店を出た後、真弓さんのお宅にちょっとだけお邪魔した。愛息チカラが明日馬術の競技会だと言うので、早めの就寝の様子。あまり長居をしないように、名残惜しいですがこの日はお開きに。『沖栄(おきえい)通りのおきぎんまで。』滞在中何度となく登場したフレーズを口ずさみつつ、ホテルへと戻ってきました。
この日は最終日。朝食を済ませて、栄町(さかえまち)市場に出掛けることに。栄町市場は戦後の復興と同時に産まれた市場(まぁ、ぶっちゃけ、昔の闇市でしょうか。)で、内部は迷路のように入り組んでいて、最近は観光客の姿も増えたようですが、雰囲気はかなりローカルです。市場の周囲は歓楽街になっていて、夜になると、まぁ、所謂ネオン街ですね。相変わらず、ちょっとふざけた、思わずぷぷぷっと噴出してしまうような名前の、ベタなネオンのついた店が散見できます。『入り組んでて、探検するの、すっごい面白いですよ。』とケンジ君は言っていたが、真弓さんは、『行ったってたいして面白くないよ~。』と言っていた。
栄町市場の中に、私がこの3月まで通っていたキュレーション・ベーシック講座を主催している代官山のAITが沖縄の前島アートセンターとタイアップして2007年に『おきなわ時間美術館』と言う展覧会を開催したことがあって、今ではその場所はカフェになっていると言う話を聞いていたので、そこもちょっと覗いてみたいな、と言うのもあった。その場所はカフェと言うよりも、前島アートセンターのサテライトになっているらしく、時間があったらちょっとゆっくりも見てみたかったけど、帰りの飛行機の時間のこともあったので、ちらっと覗いて来るだけに留まった。そう、今日はもう最終日なのだ。

栄町市場







本当に迷路のように入り組んでいて、決して品数豊富とまではいかないようだけど、午前中だというのに思ったより沢山の人が買い物に来ていた。一眼レフを担いでうろうろとあてもなく散策する観光客には慣れっこのようで、こちらをじろじろと見るでもなく、観光地の商店のおばちゃんにありがちなように気さくに話しかけてくる訳でもなく、カメラを必要以上に避けるでもなく、よく言っても悪く言っても、まるでお構いなし、の様子。そりゃそうかもね。



練物屋さんのおばあ。『写真撮って良いですか?』と話しかけてこちらを向いてもらおうかな、とも思ったんだけど、いまひとつ勇気が出ず。海外に行って英語でお願いするのは簡単に思うんだけど、国内だと気が退けるってのは、面白いもんですね。



一足先の便で帰るFridaと別れて、国際通りを散策。先ほどチラッと立ち寄ったときは、フィルムの写真も合わせて、牧志の公設市場の写真は沢山あるからいいや、とカメラも出さなかったんだけど、栄町市場と比べてやっぱ全然雰囲気が違うのねぇ、と思い、やはり、1枚。(ホントはもっと。)

牧志公設市場 (市場通り)



空港に行く時間まで国際通りをぶらぶらして、美栄橋の駅から空港に向かう。あっと言う間の5日間だったなぁ。 空港でまた修学旅行の高校生と出くわすも、どうやら違う便らしい。彼らは手荷物チェックは専用レーンでやってたので、比較的短時間で搭乗口まで来れた。

鶴見の工業地帯



羽田に着いて、バスの時間を調べると藤沢行きの丁度いい時間のバスがあったので、空港バスで帰ることにした。 『そうだ!』 この時間なら神奈川に入ったときに首都高から見えるブレードランナーのような工業地帯が見れるかも、と思い、左側の席に。 最近は“工場萌え”と名乗る人々も現れて、写真集も沢山出ているみたいな工場の夜景だけど、学生の頃からここを通る度にわくわくしたもんだ。

今回の旅は、今年中にやり残したくない事がいくつかあって、そのうちのひとつが5月に来れなかった沖縄に今年中には1度行きたいな、と言うことで、漠っと思ってるだけで実行しないでおくと、来年何だか気持ちが落ち込みそうな気がするな、と思って、そう思い立って突然決めたものだったんだけど、とても楽しい旅になってホントよかった。 それも温故知新というか、エキサイティングで刺激的と言う楽しさではなくて、心の隅っちょに埋もれていた、何か懐かしい温かい気持ちを思い出せたような気がした旅だった。一方では、Spiritual Spotで浄化されてPowerをもら(えたかどうか判るのは今後ですが)って、新しく変化していく自分の事も少しだけ知る事ができた、そんな気がしてます。 (とても個人的な『温故知新』ですが。)

以前撮影したこれまでの沖縄の写真です。 城址を廻った時のが多いかしら。

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by sanaegogo | 2009-11-28 00:00 | traveling in Japan | Comments(2)
2009年 沖縄 ―Day4―
引き続き晴天が続いて、この日も素晴らしいお天気になりました。いつもより早めにホテルを出発して名護の先の美ら海水族館へと向かう。今日はドライバー交替で行きましょうね~。
やって来ました美ら海水族館。自身としては3度目かな。ここも改装の真っ最中で、すでに増設された施設などもあって、前回着た時よりはちょっと様子が変わっていたかな。沖縄はあちらもこちらも改修中、増設中。メンテナンスも大切だけど、『らしさ』を失うような開発はやめて欲しいと言うのは、勝手な意見かな。名護の街とかは元気なかったし、新しいものに元気を貰うのも良いだろうけど、昔ながらのものも元気を取り戻して欲しい、と願います。

さて、途中恩納村の道の駅に寄ったりしながら美ら海に到着し、始めに来たのは、オキちゃん劇場。イルカのショーですが、心は『黒潮の海』で待っているジンベイやマンタ(人の名前みたいですね。)のところへ、と言う感じだったので、ちょっとだけ立ち寄るつもりが、これがまた、結構ハマってしまって、最後まで見入ってしまいました。脱帽したのは、オキゴンドウイルカの右の写真の子ですが、ショーの中で、ご褒美を口の中に入れるのに何か気に入らない振りをして、ポイッと口から出すんですよねぇ、これが。動物を躾けたりとか調教したりした経験があれば解かると思うんだけど、どんなにお利口で聞き分けの良い子でも、一度口にしたものを我慢して(るかどうかは解からないけど)、また口の外に出すなんて、至難中の至難の業だと思う。それをやってのけるんだから、あっぱれ。オキゴンドウイルカ君もあっぱれだし、根気良くトレーニングしたトレーナーにもあっぱれ、である。 (あれ? オキゴンドウ? じゃ、この子が座長のオキちゃんなのかしら? あら。どおりで賢い子な訳ですな・・・・。今気が付いた。)

『オキちゃん劇場』



『珊瑚礁への旅』



逸る心を抑えつつ、『黒潮の海』へ。そして、数年ぶりの再開、ジンベイザメだー。

『黒潮の海』ジンベイザメ







まるで海の中



でも何となく、何となくだけれども、水槽の中の魚達の数が少なくなったような気がしないでもない。そして、ジンベイザメ達ももっともっと大きかったような。人間の記憶ってそんなもんなんですよね。インパクトあったんですね、自分の中で。ジンベイザメが何匹も泳ぐ巨大水槽は、今では、今話題のドバイにも出来ているそうです。

『黒潮の海』Café Ocean Blue



水槽の中を眺めているとあっという間に時間が過ぎてしまう。『どうせだったら座る?』と言う事で、Café Ocean Blueにしばし落ち着くことに。美ら海には何度か来たけども、水槽が見えるこの席に座ったのは始めて。悠然と泳ぐ大きな魚、ちょろちょろと動き回る小さな魚、ちょっとしたスペクタクルです。

名残惜しいけど、ジンベイザメに別れを告げて、美ら海を後にする。さようなら~、ジンベイ君たち。また来るからね~。途中、蝶々園なるものがあり、オオゴマダラが見られると言うので、ふらっと立ち寄る事にした。アタルを除いて3人の頭には、サイファーウタキで蝶々に翻弄されたリベンジが頭に過ぎった。 『ちょっと寄ってこっか。』 植物園自体はもの凄く広大な様子だけど、ショートカットコースを選び、蝶のいる温室へまっしぐら。サーファーウタキの時は遠くで群れ飛ぶ蝶々を見上げながら押さえたけれど、今度は見下ろして。

オオゴマダラ







人工的な環境にいるから、こんなに近くで見ることが出来て、とっても綺麗だけど、やっぱり私は、転びそうになりつつも、サイファーウタキでゆらりゆらりと飛んでいたオオゴマダラの方を追いかけてしまうかなぁ・・・・・。ゆらりゆらりと飛んでいるところを撮りたいです。

土日に用事があるアタルは、本日帰京。なので、18時頃までには那覇に戻らなくてはならず、先を急ぐ私たちでしたが、北部へのLong Driveも楽しかった。帰りは高速でびゅーーーっと。高速に乗る前に車窓から見た空です。



アタルと別れた3人は、旭橋の近くのローカルな居酒屋さんに再度挑戦するも、またまた敢え無く満席。人気店なんですね。 ここは、名前は忘れちゃったんですが、以前1度連れてきてもらったことがあって、山羊刺しなども出してるそうです。 で、もうこうなったら何処でも入っちゃえー、と言うことで、その近くにあった葵屋さんと言う店に入ったが、これがまたどっかで見たような、武蔵小山にでもありそうな店で・・・・・。料理は家庭的な味がして美味しかったです。三線のライブ(?)などもやっていて、全く期待していなかったんだけど、唄い手さんの声はとても心地よく、あっちこっちの席に呼ばれてリクエストに応えてました。今回の旅でも何回か泡盛を呑んだのですが、それを入れる(ま、こちらで言うと徳利?)酒器を『カラカラ』と言うのを初めて知りました。中に玉が入っていて、泡盛を注ぐ度にカラカラと音を立てます。 これもまた心地よい音でした。
青パパイヤも食べたし、魚も食べたし(グルクン、食べました。)、これで希望してたものは全部制覇したのかな、多分。

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by sanaegogo | 2009-11-27 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
2009年 沖縄 ―Day3―
9:30にホテルのロビーで待合わせをし、朝食を済ませて首里城へ。今日はゆいレールを利用します。首里城は既に何回か行ってるんですが、その近くにある金城町石畳道に是非もう一度訪れたかったから。『尚真王の時代(16世紀の初め頃)に作られた琉球石灰岩をあいかた積みの様に敷き詰めた道』と言うことだそうで、ここもとてもひんやりとした空気に包まれていて・・・・、と言う記憶を辿って出掛けてみた。
何せ今まで春と秋は忙しかったから、それで、真夏と真冬は外すでしょ。で、自分のスケジュールを遣り繰りすれば比較的長い休みが取り易いGWにしか訪れた事がない。GWは首里城とか、大型バスが出るようなところはそりゃーもうすごい人で、今回はLow Seasonの11月。人影も疎らでいい感じかも・・・・っと思いきや、じゃーん!修学旅行シーズンだったのねー。


首里城で働く人々



首里城で働く人



首里城は前回来た時より大分綺麗にリノベーションされていて、中は大分改修されていたけど、外側は下手(って言うのか?)半分が朱塗りの塗り直しの真っ最中でした。
そのままぶらぶらと石畳まで散策。首里城の周り、大型バスの行き交う2車線道路が走るところから細い路地に入るとまるで、別世界のよう。

金城町石畳



ツタ? なんでしょうかね? でも、蔦の葉っぱよりももっと細かく、瑞々しい感じ。 ここにも沢山の横道の路地があって、全てをぐるぐると歩いてみたくなる。 昔ながらの井戸とかもあるらしい。 しかし、先を若干急ぎ始めていたので、奥を覗き込むくらいで済ませておこう。



観光客が沢山訪れる名所だけれども、それでも今も生活道路になっている。坂の上から降りていくのはよいけれど、登るのはこりゃ、大変だ~。



村やで休む人



公民館のような休憩所。地元の皆さんがきちんと手入れをしているようで、とても綺麗で清潔そうで、思わず昼寝に来ちゃうのも判るような・・・・。

涼をとる



石畳の最後のほうにあるお食事処の門の前にあった水盤。 熱帯の花ハイビスカスなのに、なんとも涼しげで。

今日は午後の2時に新都心あたりに行く予定になっていて、おもろまちの駅に1時40分に待合わせ。 なので、この日の散策は早々に引き上げて、ゆいレールの駅を再び目指す。 実は、よく当たる手相診の方に、真弓さん、Frida、そして私と3人纏めて手相を観てもらうことになっていた。 とってもとってもよく当たると評判の方だそうで、浦添市在住の友人M-valleyさんは、『震えて鳥肌がたった・・・・。』と言っちょりました。
おもろまちまでは結局タクシーで行ってしまう事にしたのだが、このタクシーの中のジモの運転手との会話がまたすごかった・・・・。
運転手さん: 11月なのに沖縄は暑いから、お客さん、いい時に来ましたね~。
運転手さん: だから、水のところに渡り鳥が来てるから、渡り鳥、見に行きましょ~ね~。
私: ??? 渡り鳥ですか? 渡り鳥が来るんですかぁ。 どこから来るんですか?
運転手さん: ふたつ前の駅から来ます。
私: ??? えっ? わ、渡り鳥が・・・・?
運転手さん: 首里のふたつ先が最終地点です。
私: ??? (因みに首里は終点のはず・・・・)
私: (気を取り直して) でも、よく晴れてよかったです。 東京はここのところ寒かったから・・・・。
運転手さん: そうね~。 沖縄はここのところ大分寒くなって、日陰に入るととっても、寒いね~。
私: ??? (それは沖縄の話? さ、さっき11月なのに暑いって言ったじゃん・・・・)
と、全く会話は噛みあわず、ふたつ前の駅からやって来るという渡り鳥の話は、ついに内容が判らず仕舞いに終わった。何とも大らかな・・・・。

手相診は“大湾さん”と言う女性で、初めて聞いたけど沖縄ではよくある苗字だそうだ。ひとりあたり1時間。トップバッターだった私は、何故ここに来るに至ったかを掻い摘んで説明した後、何が聞きたいと特にお願いした訳でもないのに、一頻り私の手のひらを眺めると、『さて、あなたはね~。』と、私の今の最大の関心事から導入したりして、それにはとてもびっくりした。 内容はかなりプライバシーに走るので、割愛しますが、4年後にとある人生の転換期があるらしく、大湾さんはその診立てに自信もあるらしく、『これがそうだ、と思ったら、また診せにいらっしゃい。本物かどうか、診ましょうね~。』と言ってくれた。先の事のような気もするけど、楽しみにしていよう。 真弓さん、Frida、そして私はとても似たような運や特性を持っていると言うことだった。占星術やタロットは見てもらった事もあるんだけど、手相は初めて。手のシワをみるだけで色々な事がみえるなんて、何だか不思議。 3人が終わってちょっとの間店で休んでいたら、紹介者であるM-valleyさんから電話が入る。よく考えてみたら、このタイミングもものすごいもんだ。うっすらとスピリチュアルな感じ・・・・。 測ったかのようだ・・・・。

仕事の合間にちょっと顔を出してくれたM-valleyさんと別れた後、国際通りに戻って反省会。アタルとは蘭桂坊にて合流。 蘭桂坊にて1杯ひっかけた後、『島らっきょうとナーベラが食べた~い!』とうりずんに行くことになった。

(← ケンジ君と蘭桂坊のお客さん)



うりずん





アタルにこの日の占い結果の報告などをしつつ、次々とスペースを埋めていく頼んだ料理の数々。ホント、未だ育ち盛りって感じですなー。 食べ切れるのか? と思われた料理もゆっくりとした沖縄ペースで、呑み、食べ、ゆるゆると時間が流れる。(話している内容はかなりエキサイティングでしたが・・・・。) 明日は、美ら海水族館の方までドライブの予定。

Bar July



うりずんを出たら、まだ11時。『じゃ、ちょっとだけ2件目行く?』と言うことで、立ち寄った、Bar July (と言う名前だったと思う。) ここは到着の日に立ち寄ってみたけど、この日はやってなかったのだ。東京から移り住んできたと言うマスターが風邪をひいていたそうで、甘めのモヒートをお願いするも、バー担当の子も本日は倒れていて、『今日は出来ないんですよ~。』なんだかとっても緩やかですね~。 いざ、住んでると色々な思いもあるみたいですが、この緩い感覚はナッソーに住んでた時と感覚は似てるのかなぁ。集まった面子とその状況がそうさせるのかも知れないけど、何だか懐かしく感じられます。

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by sanaegogo | 2009-11-26 00:00 | traveling in Japan | Comments(5)
2009年 沖縄 ―Day2―
本日の朝到着のアタルをPick upした真弓さんと、国際通りで朝食を食べていた私たちは、天気が良いので時間がもったいないと早々に合流し早速南部へと車を走らせる。昨日は結構雨が降っていたけど、今日は本当に良いお天気。向かったのは斎場御嶽。ウタキに行ってPowerをもらいって浄化をしよう!、と言うのが旅の目的のひとつ。楽しみにしてました。

斎場御嶽(セーファーウタキ)の蝶



斎場御嶽 (セーファーウタキ)は、琉球王国に数ある拝所の頂点に立つ神聖な場所。その場所に入ると石段の上がり口の1本の木に蝶が群れ飛んでいる。オオゴマダラだ。沖縄近辺にいる蝶で、その飛ぶ姿はふわりふわりとゆったりと宙に舞っている。

斎場御嶽への石段



斎場御嶽への入り口で、昔は男子と一般庶民は入れなかったそう。この石畳、石段を登っていくと、岩山の中はとても涼しく、それまでの夏のような日差しがまるで嘘のようで、樹や土の匂いがした。人が上っていく道と風が通る道が交わるところが所々にあって、そこに立つとひんやりした風が通っていくを感じることが出来るし、風が来た方を見てみると、そのあたりの木の葉だけがふるふると揺れているのが判る。何とも不思議な場所。

久高遙拝所(くだかようはいじょ)



ここから海を望むと洋上に久高島が見える。久高島は琉球王国の開祖が降り立ったしまだそうで、その久高島を拝むこの場所が、島からの霊力を最も集める場所だそう。

三庫裏(さんぐーい)



不思議な三角形の洞門。その奥から差し込んでくる陽の光。そして吹き寄せてくる涼風。何とも神秘的な光景。聖域から漂ってくる『気』で満たされているかのような雰囲気。

チイタイイシの霊水



岩から垂れ下がった2本の垂れた鍾乳石があり、それぞれの石の下には壷が置かれていて、鍾乳石から滴り落ちる霊水をたくわえている。水滴は天から流れてくる霊水と信じられていて御水(うびぃ)と呼ばれていたそう。再生の効果があると信じられていた神聖な水。滴り落ちる水の雫と波紋をしばし待ってみたけど、適わず・・・。

蝶 再び



帰り道、再び蝶々にカメラを向けて、一頻り待つも、『偶然の1枚』はやって来ず。

浜辺の茶屋から



真弓さんオススメの絶景カフェ(何て名前だったかな?)がお休みだったので、R331から海へと降りていく道沿いにある浜辺の茶屋に寄った。 こんな所で冷たいビールをきゅーっと、出来たら最高だよねー。車の私たちはぐっと我慢。 シークワサーのジュースと沖縄野菜の蓬(ヨモギ)のピッツアをいただいた。 美味し。





地元の人がバーベキューに行くと言う地元の海。ブッシュの中の道なき道に車を突っ込んで・・・・・。こんな風景は本当にナッソーに良く似ている。 そこで出会った猫なんだけれども、とても綺麗な子だった。呼ぶと人懐っこそうに寄って来て、帰るよ~、と言うと名残惜しそうに見つめられた。

喜屋武岬(きゃんみさき)から臨む海



沖縄本島最南端の岬。 Cape Kyan. 沖縄戦では追い詰められた島民が身を投げたと言う悲しい歴史もある。 『遠くで雨が降ってるねぇ・・・』とナッソー出身(?)の3人で話していたら、Fridaはかなり驚いていた・・・。

壺屋やちむん通り



『やむちん通りに行ってみたい!』と言い出してみたところ、それは、『やちむん』の間違いだったらしい。『焼きもん、焼きもん。焼き物のことだよ。』と。国際通りから比較的近くにあるけど、今まで訪れた事がなかったので、行ってみたかったのだ。 通りを1本入ると、路地から路地。路地を見ると奥へ行ってみたくなるこの心が、かなり、ソソラれた。

壺屋1丁目



やちむん通りは、焼き物の通り。その名の通り、家々の塀にも赤い焼き物が使われていた。何処の何丁目を示すよくある青い表示板も焼き物で出来ていた。


国際通りまで戻ってきたのは夕方近く。この日の夕食は蘭桂坊で、と決まっていたので、一旦それぞれのホテルに戻り、牧志駅近くの蘭桂坊に集合することに。ケンジ君に会うのも楽しみである。三々五々、お店に集合し、ケンジ君お手製(って言うか、カフェだから)のお料理の数々で『かんぱーい』と言う運びになった。

アタルのお土産のメキシコ産のテキーラ。ですが、これはスムースで美味しかった。そしてアタルが作ってくれたチェイサー。これがまた、美味しかった。(話は全然それるのですが)、クラマトなるトマトジュースとタバスコとあとちょいちょい何かを入れて、メキシコではテキーラをこれで割って呑むのではなくて、これがチェイサーなのだそうです。クラマトはクラムとトマトのクラマトだそうで、知らなかったけど、すごく、美味しかった。是非私もネット買いしてみよう・・・・。
この後、蘭桂坊のお客さんである沖縄出身の日系3世のブラジル人 ロジャーさんと、日系2世のメキシコ人アタルが、それぞれ自分の国の言葉だけで、ポルトガル語とスペイン語で会話をしてるのは不思議な感じだったけど、結構通じる、との事でした。不思議だなぁ・・・・。


桜坂 Bar Shamsu



ロジャーが桜坂のお馴染みのお店で呑みなおそう、と言うので、ケンジ君に別れを告げそこに向かうもまだ開店前(って夜の11時ですよ!) 。その近くのShamsuと言うバーでちょっと呑み直し。明日もあるし、アタルは夜のシフト明けだったので、(私たちは昨晩2時過ぎだし・・・・)、本日は早めにここで解散。また明日も良いお天気らしいし、楽しいやね~。

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by sanaegogo | 2009-11-25 00:00 | traveling in Japan | Comments(12)
2009年 沖縄 ―Day1―
今日から沖縄です! いつもはGWに行っているのだけど、流石に休みもたっぷり取れてしまうこの状況で流石にGWの超高い時期に無収入の状態での旅行は憚られ、ちょっとひと心地ついたこの時期に、ふらっと一人、行くことに決めました。その後、その噂を聞きつけたmachineheadが参戦し、Fridaが参戦し、現地集合現地解散、フライトも泊まるホテルもバラバラと、なんともfuzzyな、かつ、いい感じの訪沖になりました。(なので、蘭桂坊女主人には、2日にわたり空港を3往復もさせてしまうハメになり、ホントにありがとうございました!)
今回の旅の感じ(コンセプト)は、ローカルに塗れる旅。 明日はアタルが合流の前哨戦。 先ずは先乗りしたワタシタチで再会の祝杯を!と言うことで、蘭桂坊のご近所さん、竜宮通りで中山さんがやってる小桜に腰を落ち着ける事に。



やっぱ、島らっきょうでしょう。 この旅で何回いただく事が出来るかなぁ。



ここは国際通りに近いから、観光客の人も多いみたいだったけど、リピーターの人もいるようでした。一緒に呑んでた方々は地元のサラリーマンの人たちかな? 中山さんが奥さんに厨房を任せて座り込んで話しに混ざってましたねぇ。



その後、何処をどう行ったか、あまり記憶が既にないのだが、Living(と言う名前だったと思う)と言う不思議なバーに。赤い光に包まれた不思議な空間。



そのバーの窓から見える、那覇の街灯り。

最後は、これも何処をどう行ったのか、もはや全く記憶にないのだが、Romaと言うバーで。写真も全くない状態で・・・・・。お店のお客さん、26歳(だったかな?)の不動産ディーラーの宮城さんと仕事はしてないけど為替で上手いことやってる横浜から移り住んでるアワノさんと盛り上がって、Romaのバーテンダー君が最近習い始めたと言うピアノを披露してくれた。始めて1年も経ってないって?うそでしょう・・・・。 Fridaも何曲か披露。 この時既に、真弓さん(蘭桂坊女主人)は、『あたし、もう駄目。帰る。』と言って席を立ってしまっていて、全然知らない地元の常連さんと私たち、結局2時くらいまでずっと呑んでました。 “地元に塗れる”の言葉の通りになっちゃって。でも最初から少し飛ばしすぎたような気がしないでもないかも。結局私たちが店を出る時、宮城さんは潰れて寝てました。宮城さんは明日も仕事、私たちは旅行中。何だか申し訳ないですねぇ。

思えば、2008年は退職前で、この年もGWは何か落ち着かず沖縄には来れなかったので、それ以来なんだよね。 実は、何度も来ている私ですが、南部を廻った事がない。 なので、今回は真弓さんに南部の方に連れて行ってもらう事をお願いしていて、翌日がとても楽しみ。 あとは、イチデジデビュー後の始めての沖縄。たっぷりの光の中で、『偶然の1枚』が撮れるかなぁ・・・・・、と。

2007年の旅の様子は、こちらからどうぞ。

2007 Day1

2007 Day2

2007 Day3

2007 Day4

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by sanaegogo | 2009-11-24 00:00 | traveling in Japan | Comments(4)
This is it


This is it 観てきました。マイケル世代の何人かの人々に、よかったよかったとてもよかった、まるでライブをひとつ観て来たようだった、絶対観たほうがいい、と言われていて、よしよし、それでは、と思っていたのだけれども、21日の連休の初日、地元の友人と呑んでいて、一緒にマイケルを聴いてダンスを観て育った友人達(既に皆観にいっていた)にも後押しされて、27日までならマイカル茅ヶ崎でもやっていると聞き、本日、明日から旅行に行く前に、と、車を飛ばして(と言う距離でもないが)観にいってきた。
マイケルは、フィルムの中で唄い踊り、躍動してた。あんなに真剣にリハを重ねてた人が、半病人のように強い薬で日常生活を維持してたとは、本当に考えにくかった。それまでは仮にそうだったんだとしても、亡くなったその頃のマイケルは、充実して気力も漲っていたんじゃないかと思う。失ったもの、忘れたものを取り戻そうと、自分のこれまでの足跡をロンドンのライブで昇華させようとしていたんじゃないかな、と感られた。そう思うと志半ばで旅立って行ってしまったのは本当に残念だ。復活をするチャンスだったのに。10代の頃見ていたマイケルとは、容貌だけはかなり変わってしまっていたけど、その立ち姿、踊る姿、唄声は、まさに全盛期のマイケルを髣髴とさせる、と言うかそのまんま。改めてみるとホントにステキでカッコイイ。一体どうして、何処でボタンを掛け違えてあんな風になってしまったのかと、そうしないと乗り越えて来れなかったマイケルの繊細さが悲しく映し出されさえしていたように思う。いやぁ、カッコよかったですよ。ホント。個人的には、やっぱり、Beat itのダンス。惚れ惚れした! 頑張って (ふざけて) 踊りを真似してた頃の気持ちになっちゃいました。あと、そんなにダンサブルな曲ではないんだけど、Billie Jean。抑え目のシブいステップが最高でした。思わず、♪Billie jean is not my lover・・・♪と口ずさんでしまったです。(マイケルと言えば、私はこれが好き。)
ドキュメンタリー映像としては、時系列になっていなくて、キリの良い編集点でつないだだけの映像、なんて言う意見もあるみたいだけど、Tributeなので、そこまでカタイ事を言わなくても良いような気がする。確かに、何もない状態から、ひとつひとつ試行を重ねて精度を上げていく、みたいな流れは充分には表現されていなかったような気がするけど、観にいった人々の大部分はそんな事まで気にせずに、理屈抜きでマイケルの唄にダンスに、ステージを創りあげていく真摯な姿勢に惹かれていたに違いない。音やテンポ、演出や構成にまで細かい指示やリクエストを出して、これまで思っていた以上に、ただの人気者ではなかったのだなぁ、と今更ながらに脱帽。
途中、The Jackson 5の頃のナンバーを数曲唄う場面があるんだけど、正直、意外だった。アフロヘアーに黒い肌で踊る頃のマイケルは、彼の中であまり振り返りたくない頃の思い出だと、自分勝手に思っていたからだ。決して100%の感じではなかったけど、きっと自分でその数曲のナンバーを選んだんだろう。『今』のマイケルが『その頃』のマイケルの唄を唄う。色々な噂があったから、つい先入観を込めて見てしまい、何だか切ない気持ちがしてしまった。でも、全編に亘って、ただ淡々とリハの様子を見せていくその感じは、実は、This is it上映の話を聞いた時、彼の栄光と挫折なんて言う構成になっているのかと思って、ちょっと躊躇していたので、とつとつとロンドン公演のリハの様子だけを追っていくその感じが反って彼の純粋な凄さを際立たせたんじゃないかな、なんて思いました。
マイケル世代の人も、マイケルは変人世代の人も、『やっぱり彼はすごかった!』と思うと思いますよ! ロンドン公演、本当に残念です・・・・。

← 7月にマイケルを偲んで・・・・。

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by sanaegogo | 2009-11-23 00:00 | movie | Comments(0)
炭は焼いても鉄にはならない
この日はお父さんの百ヶ日の法要でした。暑い暑い夏の熱気の中、信濃町のお父さんの入院先まで、毎日のように、時には1日2往復し、通ったのがもう百日前のこと、と言う事になります。百日も経てば、季節がひとつ変わるんですね。あの時のねっとりとした首筋に汗がしたたり落ちるような夏の日から、今日は本当に寒い冬空の中、お寺での読経、そしてお墓参りでした。

四十九日は、仏様が浄土に向かう出発の時、百ヶ日は三途の川を渡ってあの世に無事到着した日、と言う節目の日だそうで、観世音菩薩様がお迎えしてくれるのだそうです。三途の川を無事に渡り終えて、お母さんは死出の旅路が終わるまで無事お送りする役目が果たせたとちょっと安堵したようです。来年の夏には、胡瓜の馬に乗って、茄子の牛車に荷物を積んで、お父さんはこの家に帰ってきてくれる事でしょう。それまでには、私の生活も目鼻がついているといいな、と思っています。

最後にお父さんの病室に泊まった時、自分ではもうなかなか呼吸も出来なくなっていて、それでも少しは元気な時は鼻だけにしていた酸素吸入が口全体を覆うものになっていて、話す声も耳を口元に寄せなければなかなか聞き取れない状態が続いてました。体内の酸素を示す数値が90を超えると、安心したように、『あぁ、上がった上がった。』と少し微笑んでいたものです。「高い高い山を登っているような感じですよ。」と看護士さんが説明してくれたけど、この頃は寝言やうわ言も多くなってきてました。そんなお父さんと夜中に色々とおしゃべりをしましたが、突然、『炭は焼いても鉄にはならない。』と言ったのを覚えています。何を言わんとしていたのかは、今となっては確かめる術はないのですが、冗談好きだったお父さんが冗談めかして一体何を伝えたかったのか。
『炭は焼いても鉄にはならない・・・・。』この言葉だけは、ずっと覚えていよう、と思っています。
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by sanaegogo | 2009-11-22 00:00 | つぶやき | Comments(0)
ぷっちょ
血糖値を上げて午後を乗り切りたい、そんな時、『よかったらどうぞー。』とお菓子が回って来た。じゃがりこやジャガビー、キャラメルコーンとかばかうけとか、そんなジャンクなお菓子が出回る事が多いけど、見るととってもnobleな感じの逸品が・・・・。 GODIVAのDARK CHOCOLATE PEARLS with MANDARINE ORANGE。素敵・・・・。チョコレートとマンダリンオレンジ、かなり好みの組み合わせ。『ありがとー。』といただいたはいいが、ちょっと置いといた場所が、ポストイットの上とは・・・・。職場の雑多な雰囲気が丸判り、の状況ではないか。でもいただいた3粒のチョコの真珠は、ポストイットの上の座りの良い場所を探すべく、暫し、コロコロと・・・・。そしたら、あれーーー。ぷっちょみたい。

『見て見て、これ、ぷっちょ、ぷっちょ。』と隣の席の子に見せてあげると、かなりウケていた。そこまでウケずとも、ただの出来心なのに、と思いつつも、箸が転げても可笑しい歳頃と言うのは、きっと私にもあったのだろう。
意外に可愛かったので、写真に収めることにし、カメラを取り出すのも大仰だったので、携帯で写真を撮った。隣のその子、箸が転げても可笑しい歳頃のはずなのに、『ずいぶん気の若い事してますね。高校生みたい・・・・。』と冷静に一言。私の歳よりも高校生の歳に近い子にそう言われちゃった時の、なんとも言えない虚脱感・・・・。むしろ、これは、おばさんのノリに近いのかもしれない・・・・。ううぅむ。




元祖ぷっちょですが、残念ながら実物は未だ食したことはない私でした。平和な職場の午後のヒトコマ。

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by sanaegogo | 2009-11-17 00:00 | つぶやき | Comments(0)
Soratori ―11月14日の夕焼け―


最近、空の写真が多いような気もするが、この日の空もまた美しく綺麗であった。雨上がりの絶妙の夕焼け。まるで、フレスコ画のような淡く、尚且つ水色と桃色のコントラストの利いた色合いの大好きな空だ。ヴァニラスカイ、とでも言うのでしょうか。でもこの日は夕焼けだったので、ヴァニラと言うよりは、ストロベリー、かな。ヴァニラスカイとは、太陽は沈んでいるけれどまだ空は明るく、灯り無しでもまだ充分に外が見渡せる状態の空の事で、陽の出前と陽の入り後30分間くらいの間に見られる空。雨上がりで路端やあちこちに水溜りが出来ていたので、空の色がそこかしこに反射して、まるで薄いマゼンダのローホリで浮かび上がらせたような街の空気の中にいた感じだ。こんな情景に逢えるとは思いもよらず、生憎コンデジを持っていなかった私。仕方なく携帯のカメラで久々に撮影してみたけど、3.2m Pixelでも遜色ない感じだ。



水溜りに写った空。肉眼でみるともっともっと鮮やかに、足元のそこに雲の波があるのが見てとれたんだけど、それを再現する(仕舞い込んでおく)のはなかなか難しい。



だいぶ陽も沈み込んできて、夕焼けを映し出すYAMADA電機(爆)。

以前から空を撮るのが好きで、Galleryにも『Soratori』と言うコーナーを設けたけど、あれこれとどれをどうしようか悩んでいるうちに、ついに一枚もアップせずに現在に至っている。空を撮るのが好きだから、Soratori。近々Galleryの方のリニューアルでもしようかな、と思っている。
空の写真にハマッたのは、与那国島に行ってからかな。何もない島だけど、表情豊かな空がある。刻々と変わる空の表情を何枚も何枚も写してしまったもんでした。

← ここをClick! 与那国島の写真です。(ここをクリック!)

何だかとても心洗われた、街も雨で洗われた、そんな夕方の風景だった。
(追記: ヴァニラスカイは、夜から朝、朝から夜へと移り変わる時間帯の空を指すけど、朝から夜に変わっていく空をあらわした場合に多く用いられるようですね。)

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by sanaegogo | 2009-11-14 00:00 | つぶやき | Comments(0)
sanaegogoの瞬間
11月の末に知己の友人をふらっと訪ねる旅行を計画中ですが、エアチケットを購入したネット旅行会社から自宅に留守電が入っていた。内容がよく判らなかったので、折り返し電話をする事にしたが、恐らく、理由はだいたい察しがついた。コンファメーションを送ってくるe-mailアドレスを私が既に廃止していたので、多分、迷子メールになっていたからだと思う。受付完了画面をパソコンに取って置いたので、ま、問題はないだろうと思ってたんだけど、用件はずばり、その事だった。事情を説明して、会員ページに入ろうとしてもパスワードの桁数が変更になっており、自分が普段使っているパスワードで思い当たるものがない、なので、メールアドレスも変更が出来ないのだ。と説明すると、電話で対応してくれた人が、『じゃ、ここで伺っちゃいましょうか。』との事。今使用しているメールアドレスを口頭で伝えることになった。以前は、アドレス部分は“sanae”のみ。いかに昔にメールを開通したかが伺える様なシンプルなアドレス。今“sanae”だけのアドレスで新規でメアドを取ろうと思っても、どのアカウントにもきっと既にユーザーが存在するだろう。そう言う意味では、貴重なものを手放してしまったかも。『ドメインは変わらずに、“sanae”の後に、“ジーオージーオー”を付けて下さい。』とお願いした。『“ディーオー”ですか?』『いえいえ“ジーオー”です。』『えっ?“ジェイオー”?』『いえいえ、“ジーオージーオー”です。』そんなやり取りが続いた後に、『あぁ、“サナエゴーゴー”ですねっ!』と言われ、めちゃくちゃ恥ずかしい気がした。若々しい・・・・っ!齢甲斐もなくこんなアドレスに変更したのか!と思われないでもないな。『・・・・。そうです。そうともとれます。』って、そのまんまじゃんか!と思われただろう・・・。とは言え、メールアドレスはシンプルな“sanae”のみだったけど、この“sanaegogo”は、自分史でインターネット開闢以来、10数年ずっと使ってきたハンドルネーム。なので、他のWebメールとかのアドレスと統一しようと思って暫く前にこれもアドレス変更してしまった。今でも大概のユーザー登録はこれでスルーするが、たまに『既に使用されてます』が出ると、似たような事を考える早苗が他にもいたか、とちょっとびっくりする。同じハンドルネームでブログをやってる人も先日発見して愕然とした。
電話口の旅行会社に説明する時、思わず、『gはGeorgeのgです。』と言ってみた。最近は英語で電話する事もあまりなかったが、懐かしいな、これ。アルファベットを正確にスペルアウトするために色々な業界で色々なやり方があるみたいだけど、私はかつて、北米・中米で旅行業に携わっていたので、そこで覚えたのは、『お名前方式』。米系の旅行会社はこれみたいですね。
a; Anne, b: Bob, c: Charley, d: David, e: Erick, f: Franck, g: George, h: Hanley, j: John, l: Lucy, m: Merry, n: Nancy, p: Paul, s: Sam, t: Tom, v: Victor, z: Zebra と、こんな感じ。なので、よく知っているお客さんは、チケットをとる時、『Charleyにしてよ。』なんてよく言っていた。(Cクラスはビジネスクラスのこと) 紛らわしいものだけしか、mentionしないので、全部覚えてないけど、頻繁に使ったのはこんなラインアップでしょうか。yとiとか、わりと紛らわしいのかな、と今にして思うけど、当時は使った記憶なし。 ここまで人名で統一しているのに、何故か私の周りの人は、zだけZebraと言い放っていたのが、今考えるとちょっと可笑しい。(笑) もしかして、『ゼブラ』って人名あるのでしょうか。 商社は土地の名前で表現する、と言うの聞いた事がある。 bはBombayのbとか・・・・。『Georgeのgです。』は見事通じて、とてもinteractiveな感じがして、ちょっと楽しい瞬間だった。



なんの脈絡もないけど、恵比寿の街裏の風景。ヘルメットを被って棒状のものを担いでいる怪しげな過激派風の人物も見受けられますが、バイクから降りて目的地に向かう製図入れの筒を担いだお兄さん。デザイン事務所とかが多い恵比寿らしいですね。今度の旅行では久々にイチデジを担いで、明るいお陽様の中、撮影してこようと楽しみにしてます。

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by sanaegogo | 2009-11-12 00:00 | つぶやき | Comments(8)