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若田さん 宇宙から帰る
e0168781_153673.jpg米東部時間7月31日 若田さん、宇宙から帰る。
その前の7月22日は46年ぶりの皆既日食。最近宇宙・天体の話題が続きますね。まゆみさんのブログChina Cafe 蘭桂坊に日食の観測写真が載ってました。さすが旦那さん! 茶野さんは職業カメラマンです! ・・・・と思いきや、観測写真はまゆみさんが撮影したみたいですな。那覇市在住なので、さぞかし東京よりはっきりくっきり綺麗に観測できたことでしょうね。
国際宇宙ステーションから青い地球を臨む美しい映像がニュースで引っ切り無しに流れていたけど、『CG映像ではありません』なんて断り書きのテロップが出てたりして、映像技術はまさに日進月歩ですな。なーんて事を考えたのは、ふと、昔子供の頃に見たカール・セーガンの"コスモス"を思い出したからですかね。
実は宇宙好き。(なのかな?) ちなみにスター・ウォーズのシリーズは全作劇場で見たぞ。(一緒の次元で扱うな・・・・っ。) コスモスが映像化されて、さらに日本で放映されたのが1980年だそうです。セーガン博士が水先案内人になって、太陽系の惑星やその外へ、現在過去未来と縦横無尽に視聴者を伴って次々と訪れていく不思議な世界を、(・・・・と、そんな話だったと記憶してます。) 想像を掻きたてられ、好奇心を刺激され、毎回毎回喰いつくように見てました。ちなみに、ボイジャー2号が海王星を通過して太陽系の外に出たのは、1989年8月25日ですか。この時のニュースもよーく覚えてます。今から20年前かぁ・・・・。


これがカール・セーガン博士。科学者なのに、タートルネックとコーデュロイのジャケットなんて、異色。ちょっと違う。なーんて思ったもんです。"業界の人っぽい"と言うのは、その後、うんとオトナになったときにビジネススーツを着てない人に対して当てはめたもので、当時は訳の判らない"ちょっと違う"感だけが意識出来たんですね。(実際、"業界の人"よりは、知的に洗練された感じ。) 声と語り口が何とも知的で素敵。印象に残ってます。

若田さんのいた国際宇宙ステーションは、"コスモス"の世界から較べると地球の軌道に張り付くように廻っているちっちゃいものですが、"コスモス"では理論として語られてる事を、若田さんは(そのほんの一端にせよ)実践してるんだから大したもんです。この夏の記念に、記事に残しておく事にしました。若田さん、お疲れ様です。息子さん、お父さんの職業、『宇宙飛行士』なんて、かなり素敵ですね。

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by sanaegogo | 2009-07-31 00:00 | つぶやき | Comments(0)
AURA-SOMA® ―オーラソーマ―
夜から友人3人と呑み会。それに先立って、アロマの講座に出掛けて来ました。アロマテラピーを取り入れてバスフィズ(バスボム)を作ってみよう!と言うものなんですが、アロマ好きのワタシ。誘われてホイホイとついて行きました。さらさらとした重曹の粉を捏ねながら大好きなローズウッドのバスフィズを作る、これはこれで楽しかったのですが、ワタシが楽しみにしていた事がもうひとつ。彼女が修得しているオーラソーマのセラピーをしてもらうこと。ローズウッドの香りの余韻に浸りながら、いざっ!、オーラソーマの世界へ。
AURA-SOMA® とは英国において生まれたカラーケアシステム(一般的にはカラーセラピー)で、2色に分かれたイクイリブリアムボトルと言われるボトルを「共鳴作用」によって惹かれるまま4本選ぶことによって、その人の持つ感情や精神性、その奥に秘められた存在を「色」を通して知ること、だそうです。私たちが誰であるか、また、どのような可能性を持っているのか、その人がそのような性質を持っているのかの流れを観ることとなり、そして、人生において何をするために生まれたのか。また、どのようにして生きることが大切なのか。自分の生きる方向性が少しずつ明らかになる、と言うのがセラピーの内容なのだそうです。
ちょっとSpiritualで怪しげな感じだけど、アロマセラピーを始め様々な魔女っぽいセラピーを産んだfrom Englandですもの、大いに『あり』だと思います。

ワタシの選んだボトルはこれ。


画像をクリックするとボトルの意味が見られます。


4本のボトルを選ぶ順番にも意味があって、ボトルの意味の解説をただ読んでいても自分では何とも解釈が出来ないのですが、彼女の説いた解説を聞いていると、不思議と占星術とか、0学とかで語られている今の情況、反して自分のリアルな状況とも重なる部分もあり、ちょっと驚いちゃいました。要約すると、『変化の前の停滞』って感じですかねぇ。
実は占星術やタロットカードなど、ある種の占いは、とても好きなワタシ。そして今まで、信じる信じないは別として、心が弱くなった時に『参考』にしたくなるのか、よく占ってもらったりしてた。ここ数年は占いを見て一喜一憂してその日の気分も左右されるような事は無かったけれど、それでも月毎とか、年毎とか、『傾向と対策』として相変わらず0学占いとかはチェックしてたりする。オーラソーマは、西洋占星術とかと同じように、まず選んだボトルでそのボトルの意味を、生まれ持った性質、過去、現在、未来といったように、本人からの情報が全く無い状態で一方的に、『これこれ、こうです』と告げられる。それが結構当たってたりするのも驚くけど、過去、現在、未来に関しては、選んだボトルの意味を解説しながら、本人がそれについてどう感じるか、どう思ったか、などをヒアリングされる。自分のリアルな現実と照らし合わせながら、状況を説明していくと、結局それがセラピーであり、カウンセリングになってるんだな、なんて思った。最近感じたこと、これまでの反省、これからどうしていくか考えてること、こうありたいと希望している事など、普段あまり口に出して他人に説明しないような事も話すこととなり、結果、なんだかとてもすっきりしてしまった。これが『セラピー』と銘打っている所以なんだな、と。

最後のボトルは、未来に心の平和をもたらしてくれる特別なボトルだそうで、下層のペールオリーブは大天使界から贈られた素晴らしいギフト、だそうです。これからの人生で、生のオリーブが熟成して美味に変化していくように、苦味を熟成させることにより、より芳醇でスウィートなものに変わってゆくそうなので、オリーブ好きのワタシとしては、大いに期待することとします。

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by sanaegogo | 2009-07-29 00:00 | つぶやき | Comments(4)
AMS(アムス)引越し大作戦!敢行
引越し、しました。ご無沙汰でしたが、バックデートでご報告を。横浜を離れます。と言っても、正直、あまり名残惜しい、と言う事もなく、不思議な気がします。交通至便でマンションの部屋のファシリティーや共有の設備が良かったので、それらを手放すのはちょっと残念に思いましたが、『まあ、また、こんな所に住む機会もあるだろう。』と大して後ろ髪もひかれず。結局、(悪くはなかったが) この街にあまり愛着は無かったんだな、と再認識した次第です。



この部屋で過ごした記念に、ちょっと部屋の様子を公開しちゃおう!と言う暴挙に出てみました。なかなか住み易い部屋だったけど、仕事を辞めて以来、昼間家にいる日とかもあって、隣のビルと隣接してるのに意外に閉塞感を覚えるようになったのよね。部屋の中だけ見てる分には気に入ってたのですが。部屋は紺とこげ茶とシルバーとそれらの系統色で揃えられてます。前回の独立してた時は、海外だったこともあり、ファーニッシュのおうちだった。うーーん、家具や生活用品を自分の好みで選んで揃えるのは確かに楽しかった。


ダンボール二十数箱に梱包されて、搬出を待つ部屋の荷物達。今度のレイアウトは、特に思い入れもないので、ちょっと味気ない感じになりそう。いつまた引越しがあってもいい様に、自室への搬入は、日常使ってるものが取り出し易いようaccessibleで、配置が何時でも変えられるようキャビネットやボックス収納の下はキャスター付きでmovable、それでいてまあまあの長丁場にも耐えられるようsustainableな感じ。『A・M・S』で、ある。名付けて、『AMS(アムス)引越し大作戦!』である。

またまた私の茅ヶ崎での生活の再開です。2度目の出戻り。しばらくは、いつまでなのかは判りませんが、またこの街であれこれと、日々を綴っていこうと思っとります・・・・。

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by sanaegogo | 2009-07-21 00:00 | つぶやき | Comments(2)
茅ヶ崎のソウル 浜降祭 前夜!
今日は浜降祭前夜。街中に注連縄が飾られてます。暁の祭典、と呼ばれている浜降祭ですが、茅ヶ崎のソウルフルなお祭なのだ。起源は古く、天保だそうで、(以下、引用)『今から160年ほど前の天保9年(1838)、寒川神社の神輿が、例年春に行われる国府祭(大磯町国府本郷)に渡御した帰途、相模川の渡し場で寒川の氏子と地元の氏子が争いを起こし、川に落ちて行方不明になってしまいました。その数日後、南湖の網元である鈴木孫七さんが漁の最中にこのご神体を発見し、寒川神社に届けたことを契機に、毎年同神社の神輿が、そのお礼のため南湖の浜に赴き、「禊(みそぎ)」をするようになったと言い伝えられています。』だそうだ。スズキマゴシチ・・・・、何だかリアル。寒川神社は『相州(相模の国の)一の宮』と言われていて、初詣のCMとかで見たことある人もいるのでは? この寒川神社のお神輿が神技を終えて浜に向かって出発すると、茅ヶ崎中のあらゆる神社から、午前4時に海に集合すべく、神輿が続々と出発して行くのだっ。この『御立ち』の時間あたりのザワついた感じ。心躍るっ。集まるお神輿は総勢40基。浜にずらっと整列した後、一斉に海に入って禊を行うその様は、勇壮そのもの。本当に心躍るっ。


もの凄い写真ですが、茅ヶ崎の写真家 高橋昭和さん撮影
(この方、この前夕方のニュースで取り上げられてましたね。茅ヶ崎の風景を毎日毎日撮影してアップしているそうです。)そんなザワついた茅ヶ崎を後にして、ワタシは横浜に戻ります。21日いよいよ引越しです。明日は1日かけて荷造りせねば!

この浜降祭のお神輿の担ぎ方は、かなり独特で、各神社お神輿がとても重いので上に持ち上げるような担ぎ方は出来ないのだ。担ぎ手みんなでその重量に耐えて、前に倒れて行くような感じで、進んでは下がり進んでは下がり、それを神輿の先頭で押す係りの人が居て、後ろから押して、前から押し戻し、そのバランスで進んでいくのだ。掛け声も『どっこい、どっこい』と重低音。(ウーハー必要) お腹に響くようなあの声が、なんとも独特で浜降祭らしいのだ。
出来れば、自分のカメラで撮影できればよかったんだけど、引越しと重なって、残念。で、色々漁っていたら、ワタシの生まれ育った”Willow island”の法被が映ったものが・・・・・。

(こちらから引用させていただきました。)

子供の頃、父がこの法被を着て、宮立ちに出掛けて行く姿が思い出されるなぁ。 (余談ですが、いつかのサザンのライブの時、ステージセンター、前から2列目だったことがあり、友人と4人でこの法被を着てライブに臨んだ事がありました。 勿論、桑田さんの気を挽くためですが。(Willow Islandは、桑田さんの実家のある『南湖』のお隣なのだ。) 見てた見てたっ!と自己満足する私たちでありましたが・・・・。 )
この法被、神社毎に柄が決まっていて、(身贔屓なしでも)、渋くていい法被だと思っているのだ。このグレーは洗いざらしではなく、もともとこの色。 薄い灰色に『波に千鳥』の紋様だ。

これが、『波に千鳥』。人気の高い古典柄のひとつでもあります。

何だか、どばっと書いてしまいましたが、浜降祭は茅ヶ崎市民のソウルが炸裂する祭典なのだ・・・・・。


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by sanaegogo | 2009-07-19 00:00 | traveling in Japan | Comments(0)
Abercrombie & Fitch/Bruce Weber


本棚を整理していたら、『おやっ!?』っと思うような懐かしいものが出てきた。Abercrombie & Fitchのカタログ、である。ここには全部で6冊。最近ではメルマガが届くのみでめっきりカタログの送付はなかったので、久々に手に取った感じ。最後に送られてきたのが多分、2007年かな。それ以降はメルマガのみの情報提供となり、ずっと前に絶版になった2003年あたりのカタログがコレクターの間でオークション取引されているのを見かけた事がある。(ここにあるのは全然プレミアではないけど。)
ワタシの家にアバクロのカタログが送られてくるようになったのは、多分、1900年代半ば以降、96年とか97年とかかな。経緯は、ナッソーに住んでいた当時、マイアミに買出しに行くと必ずビクトリアシークレトという妖しい下着屋で下着を購入していた。色が綺麗で比較的丈夫。そして当時華奢だったワタシのサイズに合う下着としてたいへん重宝してた。日本に帰ってきても、今ほど若者が細身ではなかったので、買うことが出来る歳相応の下着がなく、どうして電話番号を手に入れたのか、ビクトリアシークレットの電話注文センターみたいなところにカタログを請求し、国際電話して購入してた。するとすると個人情報が業者間でやり取りされたのか、BANANA REPUBLICを始め、LL Bean、Eddie Bauerなど色んなショップからカタログが送られてくるようになった。その中のひとつがアバクロだったのだ。ただ、その頃は(今もですが)バナリパが好きで、実際に購入するようになったのは、だいぶ後になってから。そんな風にどしどし送られてくる海外のカタログの中でも、アバクロのヴィンテージっぽい写真の感じが気に入って、当時の中綴じの簡素なカタログは茅ヶ崎の部屋のどこかに仕舞いこんである、と思う。(それが今出てきたら凄いね。)



思えば、写真は、ブルース・ウェーバーだったよね。これらの写真がそうなのか、ウェーバーっぽいテイストで他の人によって撮影されているものなのかは、不明。(もうやってないと言うハナシもあるし、過去に撮影したウェーバーのを使っているのかもしれないし。) クレジットを探してみたけれど、それらしき表記はなし。(とは言え、ウェーバーが撮ったものにせよ、そうでないにせよ、このアバクロのカタログの写真は好きなのだ。表紙だけでなく、中も写真満載です。) ブルース・ウェーバーの写真、好きである。(エロいとか、ゲイ丸出しとか言う意見もあるけど)、ちょっとノスタルジックでもあり、まだ若くて青いアメリカの群像が鮮やかに切り取られている。眩しそうな表情で見つめるウェーバーの写真の中の人物は、はにかんだような様子がありつつも真っ直ぐに自己顕示している。(若かりし頃のマット・ディロンや今は亡きリバー・フェニックス、鮮烈でしたねぇ。) 2005年に来日して個展も開かれたけど、多忙につき行くことが出来なかったのはとても残念だった。

話は戻るけど、アバクロ、今年(2009年)中にはいよいよ日本に進出、と言うもっぱらの噂。過去に1回ポシャッた事もあるし、景気も悪いので、ぱったり進捗を聞かないですが。Gapしかり、バナリパしかり、何でもかんでも日本に進出してしまうのは、残念な感じですが。しかし、体型的にはなかなか無理のある感じになってきたので、購入機会も減るのかなー。

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by sanaegogo | 2009-07-15 00:00 | art | Comments(6)
エドワード・ホッパー風


足早に家路についていたらふと眼にとまった風景。関内の老舗レストラン Alte Liebe (アルテリーベ)です。よくWedding Partyが開かれてるのを見かけます。比較的人通りの少ない通りにあるのですが、その事が作用して、まるでエドワード・ホッパーの画のような佇まいを見せています。1965年、「愛と酒と歌は喜びと楽しい雰囲気を創造する」というコンセプトの基に開店したそうです。

外観の雰囲気からすると、ピアノで奏でるスタンダード・ジャズでも聴こえて来そうですが、実は、ウィーン芸術を基調とした内装で、ハンガリーやルーマニアからピアノやバイオリンの音楽家・奏者を招聘し演奏を披露していると言うクラシックミュージックレストラン、だそうです。ジャズ・アンサンブルを連想したのは、偏に外観からエドワード・ホッパーを連想したからで、エドワード・ホッパーを連想したのは、偏に暗い街に優しい光を放っていた大きな窓があったからで、人は、知りもしないで思い込みだけでどんどん本質とは違う方向に走って行ってしまうもんなんだなぁ、などと考えてしまった。
後日、また店の前を通りかかったら、店の中を垣間見ることが出来ました。平日と言うこともあってお客さんは2組くらいかな。お客さんのテーブルの前でバイオリン奏者が2人、贅沢な演奏をしていました。ピアノの伴奏もあったようですが、広い店内は人気(ひとけ)が少なく、テーブルについて食事をしている2組とバイオリン奏者とピアノ奏者と、ワインのサービスのために控えているだろうお店の人1人だけ。『やっぱり、エドワード・ホッパーだわ。』と依然として思ってしまう。人は、自分の知っているものが入った引き出しの中からだけ、想像を引っ張って来がちなもんだ、などと考えてしまった。だからその引き出しは、多いに越したことはないし、また、新しいに越した事はない、なんて事もまた考える。


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by sanaegogo | 2009-07-10 00:00 | お店@横浜 鎌倉 | Comments(4)
山治くんと村上春樹のぼく


以前に所縁のあった数人で、久々にご飯でも食べよう、と言う事になり、この日渋谷に出かけた。楽しみだったのは、この数人の中に治くんがいた事である。ワタシは、治くんの隠れファンであり、彼が駆け出しの頃から密かに応援していた。(あ、残念。福山雅治ではないですが。) 頑張っているらしい。今日は仕事を早めに切り上げて駆けつけてくるらしい。
単純明快で大らかな人ってのは、何となく苦手な捻くれ者のワタシだけど、彼はピュアな感じがありつつも、何処か複雑な心の機微を抱えていそうに見えて、ちょっと今時の青年よりは時代設定が前、と言う雰囲気を携えていて、それで、それで・・・・。(時代設定が前、と言うのは本人にとって誉め言葉になるのかは判らないけど。)
雰囲気的には、いつも眉間のあたりに憂鬱そうな塊を抱えている感じで悩み多き迷える青年のように見える。彼にとって人生そう単純でなさそうな感じが、80年代の頃の村上春樹に出てきそうな青年像を彷彿とさせる。あーでも、その青年像よりはもう少し素直で生真面目な感じかも。あそこまで軟弱な感じはないかな。でも、何処か醒めていて、頑固だけど押しが弱く、自分の中に溜め込んで物事を解決しようとするけど、あんまり積極的に解決を期待しない、と言う感じが村上小説の中に出てくる「ぼく」を連想させるのだ。

「ぼくにはいくら考えてみても、その事についてはよく解からなかった。ぼくは困惑し、曖昧に笑ってみせた。でも、よく解からない事態に陥ってしまった事はよく解かっていた。そして、そんな時、ぼくはいつも正しい。」

ってな感じ。(村上風。即興だけど、雰囲気出てます?)これは、ワタシにとっては決して悪いサウンドではないんだけど、「馬鹿にされてる・・・・。」と思われないでもないな。

村村上春樹は、もうだいぶ読んでないけど、殆どの大学生がそうであるように、ワタシもハマった時期がある。(って、今の大学生もまだそうなのかな?)『風の歌を聴け』に始まり、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』は勿論のこと、『ノルウェイの森』や『ダンス・ダンス・ダンス』。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『遠い太鼓』、『中国行きのスロウ・ボート』、『回転木馬のデッド・ヒート』くらいまでは読んでたかな。(思いつくままなので、順番はめちゃめちゃだけど。)訳本も読んだ。『ジョン・アーヴィングの世界』、『熊を放つ』やレイモンド・カーヴァーの『夜になると鮭は・・・ 』(鮭を“シャケ”と読んで(発音して)笑われたのを今思い出した。)レイモンド・チャンドラーものもあったかな。と、まぁ、色々読んだけど、残念なことに全体のストーリーを覚えているのは数冊で、自分の中に残ってるのは、世界観と言うか、空気感というか、主人公の持つ雰囲気と言うか、そんな風にうすぼんやりとしたものだ。でもそれが強烈だから不思議。
実は、ここ数年前の村上春樹はちょっとクドくて駄目だった。『ねじまき鳥クロニクル』と『海辺のカフカ』はどちらも挫折してる。回りくどい、クドいと感じたのは、まぁ、その時その当時の心境による事もあるかもしれないので、また読み進めてみようかな、なーんて、山くんに会った時にふと思ったりした。

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by sanaegogo | 2009-07-09 00:00 | つぶやき | Comments(0)
Heal the World, tribute to Michael Jackson


マイケル・ジャクソンが亡くなったのは何日でしたっけ?6月25日ですか。もう10日以上経っちゃうんですね。その日から時々頭の中をぐるぐるしたり、思わず鼻唄で唄ってしまうのが、このHeal the World、マイケルの高い歌唱力と才能が惜しまれる一曲です。
PV隆盛期だった当時、よく体育の時間に体育館でマイケルやマドンナのPVを真似てよくみんなで踊っていたのを思い出します。(シンディー・ローパーまで出来るのはかなりのキワ者とされてたりして。) Beat itやThrillerは言わずと知れた十八番で、特にThrillerは、マイケル役・ガールフレンド役・ゾンビ役に分かれて、映画を一緒に観ている前段のあたりから、みんなであーだこーだと言いながら、一生懸命PVを真似していたりしてたのを思い出しますね。(時折、Say Say Sayとかも挑戦したりしてました。出来っこないのにねーっ!)

ある世代からは奇行が目立つ変人のような見られ方をしてたようだけど、急逝のニュースに伴ってこの頃のマイケルを初めてちゃんと見た世代の子達は、改めてそのスーパースター振りを知った、と言うハナシもあるらしい。あ、あと、Eat it。バナナ食べながら・・・・、これは真似できなかったけどね。
日本時間の本日深夜、追悼イベントが行われると言うので、ちょっと曲のご紹介を。

← ここをClick!

Heal the World (1992)です。埋め込みが禁止されてて、リンクのみなのですが、You-tubeで聴けます。外部スピーカーにつないでどうぞ。忘れもしない、これを初めて聴いたのは、茅ヶ崎の一中通りにあるChipsと言う馴染みのお店でした。地元の友人達とよくこの店に遊びに行ってたんですが、会話に夢中になっている最中、聴こえて来たこの曲のメロディーの美しさに心奪われて、暫しハナシも上の空で聴き入ってしまった、と言うのが出会いでした。マスターに、『ねぇねぇ、この曲、誰が唄ってるの?』と訊いて、『マイケル・ジャクソンだよ~。』と教えられた時、何だか訳もなく、衝撃だったのを覚えてます。 振り返れば、USA for Africaとかでも美声を披露しているマイケルですが、ソウルでもビートでもない正統派のメロディーラインやそのメロディアスな唄声が自分の中で意外だったのかも知れません。
(正直、そんなに大ファンでもなかったのですが)、マイケルのご冥福を心よりお祈りします・・・・・。

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by sanaegogo | 2009-07-08 00:00 | music | Comments(2)
neoteny japan (ネオテニー・ジャパン) 高橋コレクション


上野の森美術館で開催されている『neoteny japan (ネオテニー・ジャパン) 高橋コレクション』に行ってきた。“neoteny”とは“幼形成熟”の意味。オトナの機能を持たないまま、オトナの姿になりきれずオトナになってしまった幼形成熟ですが、基を正せばレッキとした生物学用語で、進化の過程で新しい動物が出現する仕組みを示すものと考えられている、らしい。独自の進化を遂げる日本の現代アートのキーワードになっている。ネオテニーと聞くと、オタク文化とごちゃ混ぜになってしまった『何だかなぁ・・・・』と思ってしまう作品ばかりかと思いきや、『~にインスパイアされました』的な一過性の思いつきと勢いのみのでなく、制作する事とちゃんと向き合っているものがきちんと展示されてた。これは偏にこの展覧会が個人のコレクションを展示したものだからのような気がする。キュレーションをする人の特化しようとしつつも満遍なく作品を選んでいくような意図的なものじゃなくて、全くの個人が思うままに集めたコレクションだから、これでもか!これでもか!的なメッセージ性がなく、淡々と観ることが出来た理由だと思う。観終わっても、妙な『お腹いっぱい』感をあまり感じることはなかった。コレクションの提供者の高橋龍太郎氏が精神科医だという事も興味をそそられたひとつの理由だ。考えて作品を創る人と感じて創る人がいると思うんだけど、試行錯誤と言うプロセスは同じな訳で、人間のものを考えるプロセスや感じていくプロセスを分析していく精神科医と言う立場の高橋氏が、どういうところに惹かれてこの作品を収集するに至ったのかな、なんて想像しながら見るのも楽しかった。『精緻な作業』を感じさせるような作品が多かったのは、気のせいか、単にワタシが好きだから目に付いただけなのかな。青山悟の『校庭(西)』『校庭(東)』『Ring』は、刺繍の作品。目を疑いたくなる程、細かい糸を濃密に細密に刺し込んである。池田学の『領域』『興亡史』にも圧倒された。ひと作品あたり2・3年を費やして下書きなしで繰り広げられるその領域や興亡史の光景は、何処を、何を見据えながら描いているのか、その集中力は圧巻である。

気に入った作品があるといつもポストカードを何枚か買って帰るんだけど、本日はこの3枚を。


奈良美智
深い深い水たまり
1995年

奈良さんはもっと小振りの作品しか生で観たことがなくて、今回はこれを含め大きな作品が3枚展示されてたんだけど、認識を改めました。プリントで観るのと実物を観るのとまるで違いますね。ただの「カワイイけどコワい子供の絵」と言う括りではないです。プリントでは表現し得ない奈良さんの生の画面を観る事が出来て、良かったです。


加藤美佳
パンジーズ
2001年

一目見て惚れてしまった作品です。顔はこちらを向いているのに、決して眼を合わせようとはせずに、でもしっかりとした視線で、どこか別の場所を見ている女の子。何も語りかけて来ない無機質な視線が妙に心に刺さりました。


小林孝亘
Dog
1998年

小林孝亘は、以前個展を観にいったこともあって、白・グレー・水色・ベージュなどの優しい色でジワッと描き込まれている境界線の感じが印象的。暑い夏に庭のプールか何かに飛び込んだ犬がご主人様をきょとんと見上げる眼差しがかわいい。


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by sanaegogo | 2009-07-03 00:00 | art | Comments(4)
念願のBBクリームを購入


『最近ブツ撮りが多いな・・・・。』と言うのも、お出かけをしていないからかも知れないな。
と言うツブヤキはさて置いて、念願のBBクリームを購入しました。念願、と言っても既に世の中にはかなりの勢いで出回っているので、愛用の方も多いはず。遅ればせながら、ついにワタシも、です。別の用事で買い物に行ってみて、ぶらぶらと色々と見てたら、コスメのコーナーにズラリと揃っていたBBクリーム。恥ずかしながら、“BBクリーム”と言う名称が、固有名詞の商品名ではなく、“コンシーラー”とか“ファンデーション”のように製品を表した一般名称だったと言うのは、知らなかった。色んな会社から出てるんですね、BBクリーム。何しろ、これ1本で日焼け止めからベース、そしてファンデーションにもなっちゃうと言うんだから、ズボラな私にぴったりである。あ、でも、自身の名誉のために言うと、ズボラと言うよりは、ちょっとそこまでくらいの用事でフルメイクまでいかないまでもファンデーションを塗って肌に負担をかけるのがあまり好きではないのだ。なので、スーパーに買い物に行くくらいだったら、これでOK、(勿論、コンビニはスッピンでも行っちゃう。) と思うと、使ってみるのが楽しみである。(スーパーとコンビニの差は滞留時間か?)
幸いな事(?)に、我家の家系は年齢の割にはシワが出にくいようで、(母や叔母、近いところでは姉を見てると判る。)、リンクルケアよりは戦うべきはシミである。実はもともと色白で皮膚が薄く、焼いてはいけない質なのに、子供の頃から夏は海で遊び、4年間も南の島で暮らし、帰ってきて30代を過ぎてもなお、毎年沖縄や下田の海に出かけ、学生の頃は冬は雪山。お陰でシミだらけの結果に。(自分の行動の結果に責任は持つとしても)これは隠さねばなるまい。でも本当に隠すとなるとかなり厚塗りになってしまい、うっすらでも良いのでナチュラルにカバーできる、そんな感じを求めてた訳です。因みに肩や背中はその結果、まるで“蝦夷鹿”のよう。(このまま行くと“キリン”になる!)
生憎まだ、その『ちょっとそこまで』的なシチュエーションに遭遇せず、未だ使用してないのだけど、非常に楽しみである。

因みに、BBクリームの両脇を固めるプレゼンターは、朝隈俊男の『犬の生活』シリーズ。
“悪そうな”ブルテリアのおふた方です。
(“悪そうな”はあくまでもワタシの主観で付け足しました。)


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by sanaegogo | 2009-07-01 00:00 | つぶやき | Comments(0)