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手塚治虫展 未来へのメッセージ ―ブラック・ジャックに会いに


突然ですが、ワタシは無類のブラック・ジャック フリークです。と、言ってもカードゲームではありません。そう、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』です。と言う訳で、そんなワタシをよく承知している友人に誘われ、『手塚治虫展』に行ってきました。生誕80周年だそうです。
手塚治虫と言えば、鉄腕アトムやジャングル大帝でしょうか。ワタシも全くもってどんぴしゃ世代ではないですが、子供の頃、兄さんによくアトムやレオをスケッチブックに描いてもらって塗り絵なんてをして遊んでいる可愛い子供でした。家には当時のチャンピオン・コミックスのブラック・ジャックが全巻揃っていて、物心ついた頃からかなり読み込んでました。当時は“恐怖コミックス”とか言うシリーズだったんですね。手塚治虫全集とか名鑑集とかが刊行されている今、この初代のブラック・ジャック全巻と言うのはかなりプレミアものではないかと思われますが、多分、兄宅に大切に保管されているはず。もうかなりボロボロだけど。
アトムに関しては、子供心に謎があり、それはあの頭部の形状。あのツノツノ(角?)は、どの部分にどうやってついてるんだろう、と府に落ちず不思議に思ってました。

右から見るとこうだし、 → → →
左から見るとこう見える。 → → →
しかし、正面から見てもこうなってる。→ → →

いったい、頭のどの部分にどうやってくっついてるのか。3本なのかとも思ってたら、謎が解けました。設計図や立体フィギュアなども展示されていて、要はアシンメトリーに襟足のちょっと上と側頭部ににょきっと2本角が出ていることが判ったんです。でもそしたらこの見え方はあり得ないんじゃ? なんて考えを抱きつつも、不自然さを全くもって強引にしかも自然に、矛盾を感じさせない勢いのある描写力。治虫先生、流石、と思いました。
ブラック・ジャックのコーナーでは、ブラック・ジャックの名台詞がプリントしてあるトイレットペーパーなんても売られていて、『あー、これは、ドクターキリコとの対決に決着がつかなかった時のだ。』とか、『これは、声帯の手術をした人気歌手にぶつけた台詞だ。』とか、どの話の中の台詞かで、友人としばし盛り上がってしまった。どの台詞はどのエピソードのものであるか、かなり判り合える友人とワタシは、ブラック・ジャックのコーナーで一頻り盛りあがり・・・・・。
今回は手塚治虫先生の作品を展示すると言うよりは、手塚先生の生い立ちや人となり、漫画への取組みの変遷とかを軸として紹介されてます。子供の頃に自ら書いた虫の図鑑なども展示されていて、それはそれは、ホントにそれは圧巻でした。もの凄い観察眼です。虫は心を持たないけれど、その姿を観察して捕らえていく過程で、結果、ものの姿だけではなく目に見えないものも微細に捕らえて理解する術を身に着けていくに至ったんだと察っせます。既に出版物を意識していたのか、手塚少年が記したその記録ノートは、きちんと企画が決まっている文字で丁寧に説明文が書き添えられていて、まさにそれは『創作フォント』でした。更に羨ましく思ったのは、子供の頃のそういった記録ノートや画を展示が出来るほどきちんと保管してある親御さんの存在ですか。『恵まれた環境だったんですね。』とだけ言ってしまえば失礼になりますが、自分の足跡が管理できない歳の頃に、こうしてきちんと残してくれているのは、親御さんの健やかな愛情の顕れでもありますよね。
今度家に帰ったら、兄さんからブラック・ジャック借りて読み直してみようっと。暫くぶりなので、あの頃とはまた違った自分自身の視点の変化が発見されるかも知れないですよね。

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by sanaegogo | 2009-04-30 00:00 | つぶやき | Comments(2)
茅ヶ崎の皆さん
≪茅ヶ崎のジョガー≫
見た目はどこのジョガーも一緒ですが、海を見ながらジョギングできる、ここ茅ヶ崎のサイクリングロード(サイクリング道路?)は、ロケーションとしては最高ですよね。

≪茅ヶ崎の釣り人≫
えぼし岩、平島のあたりでは鯵などが釣れるようですが、浜からの投げ釣り(何て言うんですか?)では何が釣れるんでしょうか。河口近くでうなぎの稚魚とかを網ですくってる人は多いみたいですが。

≪茅ヶ崎のサーファー≫
ショートを持っているところを見ると、体力には自信があるみたいですが、残念ながらカットバックが出来るほど波は大きくないのが常です。地元の人は家からこの格好で出てきます。東京から遊びに来た友人が、ワタシの家の近所からがちゃっとドアを開けて、既にこの出で立ちに身を固めたサーファーが玄関から登場したのを見て、かなーりびっくりしてました。『あれは街の中を歩ける服装(?)なのか!』と。でも、かなーり普通です。

≪茅ヶ崎のおばさん≫
これぞ、地元な感じ。ただのままちゃりおばさんです。

≪茅ヶ崎のおじさん≫
これまた、the地元な感じのおじさんです。『○○がよー、□□でよー、△△だべー。』と言った風に話します。だベー、は何気にここら辺の方言で、お馴染みなところではスマップの中居君(辻堂出身)がよく公共の電波でも使ってますよね。あれです。よく見るとおじさん、奥様と思しき先ほどのおばさんを彼方に引き離し、意気揚々とペダルを漕いでます。振り返ってあげて~!

昨日紹介できなかったサザンビーチカフェ前の情景。車が進入できないようにしてある進入止めはえぼし岩を模してあります。それだけシングルショットにしようと思ったら、まぁ、人がフレームに入ってきちゃって、入ってきちゃって。(笑)

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by sanaegogo | 2009-04-28 00:00 | つぶやき | Comments(2)
月曜ランチのエピソード あれこれ
先週の月曜日は、地元の友人たちとアラフォーランチ。この日は、石川町に住む主婦とワタシの数ヵ月後に仕事を辞めて悠々自適に暇をコイテいるオッサン(若いつもりは自分達だけ)と公務員として公的サービス業に従事している堅気の社会人、それに自称人生2度目のモラトリアムのワタシと言うメンツだった。実は、月曜日ランチはこの堅気の社会人と何回か開催されていて、これもしばらく前の月曜日のこと。時々この公的サービス業は日月休みになるのだ。横浜まで用事を足しに行くのでランチでも、と家にいる私を誘い出してくれる。スタジアムの近くのとあるカフェでランチを楽しみ、ランチセットについているコーヒーを飲み乾してしまったので、お代わりをお願いした。
『あの、コーヒーのお代わりって、出来ますか?』
駄目かな、とも思ったが、最近はランチのコーヒーお代わり自由のお店もあるので、聞いてみた。
『はい、出来ますよ。』
と言ったそのウェイトレスは見るからに慣れていない新人さん。
『よかったね。出来るって。』
とまた話を始めていると・・・・・、
『ス、スミマセン。 あの、コーヒーのお代わりが1杯出来るのは、ケーキセットだけでした。ランチセットでは出来ないんですけど・・・・・。』(そして、シーーーーンッ)
(『ですけど』って何だい、『ですけど』って・・・・。) なぜここで、『お持ちしてよろしいですか?』が言えないかなぁ。そこまで気の利いた事が言えなくても、『いかがいたしましょうか。』くらいは言えるようにしようよ。友人は、眉毛をぴくっとさせ、今にも、『でっ?!』と言い出しそうな勢いである。友人はいちゃもんをつける気ではない。歯切れが悪いのでイラッとしているのだ。ワタシも正直イラッときた。言葉がねぇ、言葉が足りないんですよ。言葉をかけてネガティブ要素を拭い去るのだ!お客さんの置かれている状況を察して、ストレスを解消したり、問題を解決したりする一言をそっと付け加える。新卒からずっとサービス業に従事して来たワタシ、これくらいの極意は語れるもんである。ま、ここで憂いていても仕方がない・・・・・。



そんな話ばっかりでも何なので、またとある日の月曜ランチの時の写真を。(お昼とは思えないほど暗いですが・・・・) ちょうどひと月くらい前ですが、曇り空で、ほんのひと月前なのにいかにも寒そう。これは茅ヶ崎の海水浴場に最近出来た茅ヶ崎迎賓館という建物の海側にある『サザンビーチカフェ』の窓から見たえぼし岩。海の中にぽつぽつと見える黒い点々は、早春の冷たい海でドライスーツで波乗りをする人々。

最近では比較的楽に乗れるロングボードを持ったシニアなイカスおじさんの姿をよく目にします。『海水浴場』とか『ショップ下』とか呼ばれているポイントです。『ショップ下』の“ショップ”はもちろん、
かの『Goddess』でーす。
サザンビーチカフェは、正直、何の変哲もない、何て事もないカフェですが、(近頃じゃぁ、どこにもかしこにも『サザン』って付けりゃーいいと思ってる感が蔓延しててちょっと辟易)、ロケーションがとても良いので、夏になる前に行ってみるのもいいんじゃないかな。ワンコ連れもOKです。

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by sanaegogo | 2009-04-27 00:00 | お店@茅ヶ崎~伊豆 | Comments(4)
春になったら、早速萌え~。

もう先週の事ですが、家の前の檜の木にちょろちょろと春の息吹が。
萌えぇ~。
これは真冬の時のものですが、空の色も寒空でなんともどんよりと寒々しい・・・・。

檜は本当に枝葉が伸びるのが速く、かなり思い切って剪定をしないとすぐにわさーっとした木立になってしまうらしい。我家の前には隣家の兄とワタシの車が並んで停めてあるんだけど、日陰でダメージが少ないだろうと目論んだ(はず、恐らく、そうなはずの)兄の車が檜の下に停めてある。ワタシの愛車は太陽が燦々とした野晒し状態。ところがこの檜の樹液がかなり落ちてきて、結構ボタボタとボディーにシミが着いて、なかなか取れない。そこで兄は自分の車の上だけに自費でルーフを取り付けて、依然ワタシの車は野晒し・・・・。
先週の日曜日はかなり陽気が良くて、空も抜けるように青かった。萌え始めた若い枝葉は幹の周りから直接ちょろちょろと芽吹いたりしてて、ちょっと体毛みたいで気持ち悪い、かも。ついこの前まで桜の季節だったけど、あっという間に新緑の季節。この先、またあっという間に夏だから、そしたらまた新緑も過ぎた濃い葉っぱを広げた檜の様子をお届けできると思います。(あぁ、1年って本当に過ぎるのが速いですよねぇ。)

《家の前の檜: 春》


今年アップした桜の写真、まとめました。 こちらから! ・・・・・・・>

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by sanaegogo | 2009-04-26 00:00 | つぶやき | Comments(0)
海を見ていた午後 ―山手のドルフィンへ
まるでスナフキンが旅に出るようにスーッと落とし所を見つけた茅ヶ崎に帰郷。一度決まってしまえば公言も憚らない。モノゴトがきっぱりと公言できるってのは、すっきりしてて気持ちが良いですね。ってな訳で、月曜と言う平日にも関わらず地元の友人とアラフォー集会。と言っても集まったのは横浜は山手。まぁ、横浜と茅ヶ崎と言えば、地域的にそんな大差ない、と言えばないんですな。山手のドルフィンと言えば、やはりユーミンの『海を見ていた午後』、ですかね。“山手のドルフィン”とは言え、実際は山手を通過した根岸旭台にあります。もしも“根岸のドルフィン”にしてたら、あの曲はヒットしたんでしょうかね。因みにメニューにソーダ水はありません。ドルフィンと言えば、スターダストシーガーディアンなどと並び称される神奈川県民御用達のちょっと昔懐かしい、そして、大人になりかけた2人が訪れる老舗中の老舗ですな。久しぶりに行ってみたら、予想されていたことですが、何と言う事もない所でした。20代の頃の『山手のドルフィンに行っちゃった』感でどきどきしたあの時の人生経験値よりもずっと大人になってしまったんだなぁ、と実感。
食事の後に大桟橋でうろっとして、その後、コーヒーを飲みながらまったりとした。つくづくとちょっと非日常的でいい街に住んでるんだなぁ~、としみじみとしてしまった。
陽気も良くなってきた事だし、梅雨が始まる前にあっちこっちお散歩して廻ろうっと、と思ったりした。


《大桟橋 “くじらのおなか”》


《大桟橋 “くじらのせなか”へのスロープ》


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by sanaegogo | 2009-04-20 00:00 | お店@横浜 鎌倉 | Comments(2)
Monty, the Monstera deliciosa


この週末は、とーさんの様子を見に茅ヶ崎へ。とーさんからは、『モンステラの植替えの鉢、買っといたどー。』と連絡が入っていた。で、ベランダで健気に育っているモンステラのモンティを植替えのため茅ヶ崎へ。会社に勤めていた頃は忙しく、冬の最中に狭いベランダで殆ど放置プレイのモンティだったけど、鉢が小さくなるまでにスクスクと成長して、こんなに大きくなった。
モンステラは、そもそもあまり日向に置いてはいけない、と言うことで、熱帯の地帯でも日陰を好んで涼しく過ごす、なんだかちゃっかり者なんだけど、強い。10日も水遣りをしなくても元気に(ではなかったと思うけど)、2度の冬を乗り切ってくれた。太陽が燦々と差し込む庭に出すと、なんだかモンティも気持ちよさそう。横浜と言えども何気に空気は汚れている。葉は真っ黒に煤けた感じになってしまってたが、丁寧に水でふき取ってあげると気持ちよさそうにO2を葉っぱ全体から放出してるように見える。気持ちいいねー。
やっぱりお日様は気持ち良いよねぇ。横浜のこの部屋は、部屋の作りも立地条件もかなり気に入ってるんだけど、最後まで迷った要因のひとつが、部屋が2階でしかもワタシの部屋側は隣のビルに隣接していてヴューがない事。そして、窓がひとつしかないから東南の方角であるのにも関わらず、昼間でも電気を付けていないと暗いこと。南向きの家で育ったワタシは、かなり、この点で迷ったんだけど、他の条件がばっちりだったのでここに決めたのね。でも最近家にいる事が多いので、閉塞感を感じ始めている事は否めないような。『もっと光を・・・・っ!』エレベーターで乗り合わせた人が10階とかを押すと妙なジェラスを感じてしまったりして。
モンティを見てるとあの狭いベランダで窮屈な思いをさせてたのが気の毒だったな、と。で、多分、likely、今度の契約更新は、しない、方向で考えてる。別の部屋を探すにしても、一旦、茅ヶ崎に戻る。出直し旅の出発地点として、茅ヶ崎に戻るのだ。そして態勢を立て直してまた出直し、だい。ずっとふんぎれなかった事が、ある瞬間に突然にふっきれる事って、あるよねぇ。なんて刹那的な決断。思いつき人生まっしぐらって感じだけど、気持ちや状況の流れに乗って無理せず行こう、と庭でモンティを綺麗にしながら思い立った訳で、す。
そうと決めたら早速、と言わんばかりに横浜で増えてしまったものを収納すべく、どっさりとモノを捨てた。どかどかと。月に1~2度は帰ってるけど、あと数回、これからはこんな感じの動きになって来るのかな。どんな風になるにせよ、この先ステイタスが決まったら、今度はお日様のいっぱい入る部屋探し。その前にあれやこれや・・・・。やることはまだまだ沢山あるな・・・・。むむ。
ひとつの事が決まるとそれが礎になって、『これで行こう!』とか、『そう思ったけどやっぱり、こうしよう!』とか、『どうしようっかなぁ』じゃなくて、しっかりと考える事ができるような気がする。方向転換するにも芯が決まってなきゃ、暗中模索だし、たとえその時の決断が方向転換を余儀なくされてもそれがドライブフォースとなっていくような、そんな風に思うようになって来ました。

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by sanaegogo | 2009-04-19 00:00 | つぶやき | Comments(0)
苺 食べたくなって


苺 食べたくなって
苺 買ってきて
苺 とっても美味しい
(あれ、なんだか、片言のガイジンさんみたいだな。)
酸っぱくもあり、甘くもあり、ってね。

苺というと、子供達が好きな果物ナンバーワンって感じだけど、こんなに大人になってしまった今でも実は大好物。
子供の頃と大人になってからと味覚が変わるとよく言うけど、あれは、確かですね。でも、味覚が変わると言うよりは、必要なものが変わるんだと思いますけど。『子供は肉が好き』そして大人になると魚好きになる人は多いけど、あれは、大人には肉がもたらす栄養はもう必要なくて、その代わり魚に秘められた成分が必要になってくるから、といった様な事だと思います。例えば野菜嫌いの子供も、その子にとっては今は野菜は必要ないからなのではないかと。だから、必要になったら自然と野菜好きになって、自分から手を出すようになるでしょ。
子供の頃からずっと大好きな苺。苺のもたらす何かを今も相変わらず必要としてるんでしょう、きっと。
今日は練乳をかけて、いざっ。

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by sanaegogo | 2009-04-16 00:00 | つぶやき | Comments(2)
Mu's show in LA this weekend! ―Papershapers

何回かご紹介してますが、N.Y.の谷川嬢、その旦那さんである潘 慕文さんのグループ展開催のお知らせをいただいていたので、ちょっとご紹介を。

Papershapers
April 11 – May 2, 2009
@Scion Installation L.A.

もう始まってしまってますが、5月2日までの開催です。L.A.、行きたいけど、ちょっと無理、と言う方にFlickrサイトのPhoto Galleryでのご案内もありました。


色とりどりのクラフトペーパーと丁寧に向き合って生み出された人物像達です。Muさんのオリジンである中国の京劇の中の人物、日本の伝統を受け継ぎ伝えている歌舞伎の中の人物、そして、民族の危機と生き残りを味わってきた存亡の象徴のようなネイティブ アメリカンの人物。他にモンゴルの人物や虫や動物などをモチーフにしたものもありましたが、この3シリーズ、遠い異国の地で、しかもN.Y.のような人種の坩堝で制作を続けているお2人の“identity探し”なーんてものが垣間見られるような気がします。(とは言え、Mu氏ご本人に確認した訳ではないんですが。) ワタシもほんの数年間海外で生活していた事がありますが、そこから色々なところに旅行にも行きました。暮らしていた街でも、そこから旅行に行った外国(ま、中米、北米ですが。)でも、自分はどこの国の人でもない様な気がする、と言う妙な感覚に陥ったもんです。(普通、日本人としての自分を感じる、とか言いますよね。) 旅行に行った時は殊更、出発地点が日本じゃないだけに、もう、どっから来てどこに帰るんだい、みたいな不思議な感覚でしたが、海外生活を経験したことがある人は少なからずそんな事を考える事もあったかも知れません。帰国した時、まず空港が日本人だらけだったのに妙な違和感を覚えたのをうっすら覚えてます。
話がそれましたが、それにしても、精緻ですね。どこが切り紙でどこがペインティングなのか、寄り目になる程間近で見てみたい。フリンジとかタッセルの部分、息をつめてナイフを丁寧に入れている姿を想像すると、こちらの息も苦しくなってくるようになる程の丹念さを感じます。色使いの鮮やかさに目を惹かれることもさる事ながら、表情やそのポーズ、一連の動作を一瞬スパッと切り取ったように躍動してます。


<・・・・・ origaMU’s Photostream on Flickr


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by sanaegogo | 2009-04-13 00:00 | art | Comments(0)
今年最後の桜を見に
毎年、桜の季節になると気持ちが浮き足立ってしまう。今年はフライングあり、途中苦戦したけどあっという間に満開になって、あっという間に散ってしまった。『桜の写真なんて沢山あるから今年はもういいわぁ。』と思いつつも、落ち着ず気持ちがもぞもぞと動いて、最後の桜だ!とばかりに山手の方に出かけてきました。昨年は“空と桜”とか、“これぞ桜の花”と言ったような接写とかを沢山撮影したので、今年は“妖しい桜の木”や“群れて咲いてる桜”をテーマに、引きの画をもう少し。イメージ的には東山魁夷画伯のじんわりと滲んだ点描画のような写真、ですかね。来年はさらなる幽玄さを求めて、“桜月夜”“朧月夜と花明かり”“宵桜”などに是非挑戦!、したいけどその前に、三脚買わなければ、です。

桜の道>

ところが、完全にもう遅かったらしく、山手の桜は既に葉桜っぽくなっていて、淡く薄紅色に染まる、と言うよりも、ソメイヨシノはとっくに終わり、元気いっぱい眩しい新緑、っていう感じになってしまっていました。


『落し物ですよ~っ』
季節の忘れ物ですね。



『落し物ですよ~っ』
切ない眼をしワタシを見上げていました。遣る瀬無い感じ・・・・。



『落し物ですよ~っ』
???? この人はここからどうやって帰っていったのでしょうか。



『落し物ですよ~っ』
あぁ、こんなところにも。しかも、これからの季節のヤツ。取りに来て~。


花の盛りの山手の街の喧騒振りがなんだか見えてくるようです。

桜吹雪Ⅰ>

季節の落し物と言えば、花びら。こちらもそう言えるかも。一番好きなのは、見上げると咲き乱れ、そしてはらはらと舞い落ちる花吹雪、なんだけれども、しばらく構えてみるも、風に舞う花びらをまったく追えず。それこそ三脚が必要なようです。

桜吹雪Ⅱ>

訳もなく心が騒がしくなる季節ももう終わりです。

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by sanaegogo | 2009-04-10 00:00 | つぶやき | Comments(0)
アクセスを探して・・・・・
桜の季節もそろそろお仕舞い、と言うことで、先日載せきれなかった桜を・・・・・。

乱れ、咲く>


お堀端 水面と桜>


『では、15時にカフェ コキーユで会いましょう~!』というのが最後のcommunicationだったのだけど、この日、15時になっても彼女は現れなかった。もう先週の土曜日の事だけど。
時間が読めなかったので、“遅れちゃうかもしれない・・・・。”とメールを入れる。六本木の駅から足早に歩くと、思いのほか道のりも近く、待ち合わせ時間には間に合ったみたい。カバンの中から携帯を出して確認すると、『あれ? レスがない。』結局時間ぴったりに着いたワタシは、カフェ コキーユをぐるっと見渡したけど、彼女の姿が見えないので、お手洗いに行く事にした。その前に電話入れておこう。『もう着いてま~す。おトイレに行ってるので待っててね~。』留守電になっちゃった。ワタシの予感は当たるのである。この時、待合せの3時丁度くらいだったけど、察した。“何かあった・・・・。”
『窓側の席に座って待ってま~す。』『あれ~。待合せ16時だっけ?』と平静を装ったメールを何本か打つも、どうしよう、どうしよう、どうしたらよいのかしら・・・・、と頭はぐるぐるぐるぐると回転していた。何かの理由で遅れてて、更に携帯を家に忘れて出てる、くらいだったらいいけど、事故とか、家で気を失ってるとか・・・・。確認しようにも、自宅の電話番号も知らないし、(だいいち、固定電話つけてなかったんじゃ?)、家の場所も知らないし、(新宿の家なら遊びに行った事あるんだけど・・・・)、だんなさんの連絡先も知らないし。でも、だんなさんの職場は知ってるので、とりあえず恵比寿まで行ってみるか・・・・、とぐるぐるぐるぐる。
思えば子供の頃、高校生、学生の頃は携帯電話なんて持ってなかった分、アドレス帳なるものを持ち歩いていて、親しい友人の自宅の電話とか、住所とか絶対知っていたし、住んでる場所も知ってるし、遊びに行ったり、自宅の子は親御さんにも会ってるし、実家が遠くにある子でさえ、休みを利用して遊びに行ったりしたもんだ。今は数年来長い付き合いの友達でもこんなに簡単に連絡が取れなくなっちゃうものなのか、とその事実に愕然とした。・・・・こんなにアクセスメディアが氾濫している時代に、こんなピンポイントで繋がらない事態があるのか。
そして、方や彼女、前の晩に呑みすぎて、次の日起きたら転んで強打した腰が痛くて起きあがれず、かつ何処かに携帯を置いてきてしまった、と言うのが事の顛末だったんだけど、携帯電話がないので、ワタシの携帯環境の情報が判らなかったのだ。(PCにも情報はバックアップしときましょうね。)ワタシにアクセス出来そうな電話番号を色々ネットで調べて、公衆電話まで電話をかけに行ったりしたそうだ。よく自宅の近所の公衆電話の位置、把握してたなぁ・・・・。
“4時になったら恵比寿に移動しよう・・・・。彼の職場でとりあえず呼び出してみるか。”と思っていたら、走ってきた彼女。ここだよ~っ! どうにか、無事会うことが出来ましたが、お互いの事はこんなによく知ってるのに、不測の事態にはこんなに危うい繋がりになっちゃうんだぁ、と、しばし、しみじみとしてしまったのでした。ワタシが恵比寿に移動してたら、しっちゃかめっちゃかだったね。


無事出会えた後は、次の約束の時間まで、新美にて『アーティスト・ファイル2009 -現代の作家たち』を観る事に。

石川直樹
《Graveyard/Ilulissat》
2006年 76×93cm
世界の片隅で、厳しくも真摯に時を重ねていく風景が印象的でした。


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by sanaegogo | 2009-04-09 00:00 | art | Comments(4)