2014年 01月 01日 ( 1 )
お正月から mayday ― ゼログラビティ 観た
今年2014年の"恒例の元旦映画の会"は、Gravity(邦題:ゼログラビティ)。これはある種の賭けです。お正月にこの映画を観に行くかどうかにはそれなりの葛藤がありました。 ストリーの結末は判らないんだけど、何だかとんだ事になっていそうな状況の映画。そして、1年の計は元旦にあり、という言伝えも捨てて置けないし。 観終わって、希望を見出せるのか、絶望を感じざるを得ないのか。むむむ。
まだまだロードショウは続くので、ネタバレ的なコメントが残せないのが映画ネタの辛いところ。 しかしながら、この映画はサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニの二人芝居で、3Dの映像は、その美しさもさることながら、アポロ11号の乗組員のバズ・オルドリンも認めるほど現実の宇宙空間のようで、映像技術の秀逸さも話題になっています。 実際見てみると確かに今まで観たスペースものに比べて、リアルだし、TVニュースで観た事もある身近(と言うと違うのかも知れないけど)な状況を膨らませていると言う感じがして、自分とは全く接点のない映画の中の虚偽の世界と言うよりは、世の中で誰かがこんな目に合う可能性があるのかも、と匂わせる感じがしました。 そう言う意味では、これからは、映画のスペースものというジャンルもアクションものみたいに、現実に起こり得る状況の極端な例っていう捉え方で制作られていくのかも知れませんね。 その先鞭として記憶すべき映画を観たのかも知れません。ファンタジーではない、リアルなスペース映画、それを撮ろうと考えた着想がすごい!と思います。 そう言う意味では、かつての『ライトスタッフ』(1983)とか『カプリコン・1』(1977) とか『アポロ13』(1995)もその範疇なのかも知れないけど、これら国家計画をベースにして国の威信を著わしている作品と一線を隔しているのは何といっても、サンドラ・ブロックの至極個人的な心理描写とそれを仔細に表現した彼女のドラマチックな演技なのだと言えるのではないでしょうか。 広い広い宇宙の中で、国家を背負ってそこにいるのに、主人公ストーン博士の心を占めているのは、あまりにも個人的状況への葛藤や後悔、意欲も動機付けも何もかも個人的なもの。 大きな括りのなかの個人ではなく、個として存在する1人の人間。宇宙の中に自分がいる事の高揚感とか遣り甲斐みたいなものは一切感じられなく、それをこの広大な宇宙の描写の中で、大きな地球との対比の中で見せていくところが印象的です。しかしながら、そこは酸素なし、重力なしの宇宙空間。 地球生還までの壮絶な困難の数々、そして犠牲。 ある者の希望にはある者の犠牲があって成り立っている事もあるんだ、とつくづく思いました。 もっとも犠牲になったものが必ずしも絶望を感じていたかどうかは、ジョージ・クルーニ ファンとしては救いでしたけど。 真の意味での『達観』を知る瞬間だったのでしょう。 (おっと、ネタバレ注意) 絶望のような状況の中でも人は知らず知らずのうちに生へのエネルギーを発し、生存に賭けるあらゆる手段を講じようと動く。 一方では全ての状況を悟り、宇宙規模の視野で先を見通し、瞬時に判断し悟る人間の心理。 そんなものが誰もが暮らす空のその上の大気圏の外で繰り広げられています。 『なんかキラキラしてるー。 人工衛星かなー。』なんて子供達が見上げた空の上で実際起こっているかも知れないことだとしたら・・・・。 そのコントラストを考えると何だかものすごい。 スペースものの新境地を切り開いた記憶すべき映画だと思いました。

ストーリーに関してはあまりコメントしない代わりに、ワタシなりのダイジェストで。



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実は余談があって、茅ヶ崎の田舎では、何故か『字幕+3D+レイトショー』という組み合わせがなく、そんな事も知らず109シネマズに行った私たちは『字幕』は譲れず、結果、映画館3軒目にしてようやっと。 元旦で道が空いてたからよかったけど、元旦早々、結果オーライのギリギリの状況。 お陰で3Dでは観られず。 やっぱ3D観なきゃですよねー? 折角出かけたのに見逃すかっ!?のピンチの中、力を合わせて策を講じてなんとか滑り込みセーフ。 しかし、必見の3Dは諦めるハメに。 字幕を諦めるか、3Dを諦めるかの選択と判断。 そんな、『1年の計は元旦にあり』。

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by sanaegogo | 2014-01-01 00:00 | movie | Comments(0)