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Francis Alÿs (フランシス・アリス展) ジブラルタル海峡編 at MoT
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フランシス・アリスの第2期 ジブラルタル海峡編は、展開されているのが海辺、ビーチ、青い海なので、第1期のメキシコ編に比べればそのトーンは少し明るく、晴れやかで軽快な感じもするのですが、国境問題、移民の問題、ボートピープルの問題など、扱われている問題は、メキシコ編よりもより一層、複雑で、強固で、膠着していて、根強く、沈殿していて、そして範囲の広い問題のようです。そこで行われたプロジェクトの規模もより一層大きなもので、アリスがたった1人で街中で氷が溶けるまで押し続ける、といったものとは比較にならない程、大勢の人を巻き込んでなされました。


Francis Alÿs フランシス・アリス展
第2期: GIBRALTAR FOCUS ジブラルタル海峡編
2013年6月29日(土) ― 9月8日(日)
Museum of Contemporary Art Tokyo
[Press Release]
http://www.mot-art-museum.jp/alys/


ジブラルタル海峡編は2008年に実行されたアクション『川に着く前に橋を渡るな』をベースに構成されています。 このプロジェクト(アクション)は、ジブラルタル海峡で、ヨーロッパ側とアフリカ側からそれぞれ100名の子供達が列をなして対岸へ向って海の中へと進んで行くとやがて水平線のところで2つの列は出会い、国境を越えて異なるふたつの文化が繋がることを期待しています。とても大雑把に言うと、第1期メキシコ編は『砂嵐』『砂漠』だったのが、第2期では挑むべき(と言うのは大袈裟ですが)は『波』そして舞台は『海』という具合に置き換えられていて、今回マットの上に寝そべって大スクリーンで観た映像は、この『川に着く前に橋を渡るな』でした。打ち寄せる波に向って自分の背丈ほどの深さまでも海を一列に進んでいくこども達。波に呑まれて、ごぼごぼごぼ、ごうごうごうと何とも苦しそうな音を立てて水中で翻弄される様子が淡々と流れます。個人的なことですが、この遊びは子供の頃しょっちゅう海でやってたんですよねー。果敢に波の中に頭から突っ込んで、上も下も判らなくなるほどグルグル巻きにされる。水面かと思ってもがいて進んでったら海の底の砂にじゃりっと当たった、なーんて事はよくありました。 結構これが快感なんです。波の中で揉みくちゃにされるこども達の映像を見て、そんな事を思い出していましたが、あの頃、自分ではこのまま水平線の方まで行けるなんて思ってもいなかったけど、アリスのプロジェクトに駆り出されたこども達はこの行為を一体どんな風に考えていたのかな、と思います。ちょっと風変わりなおじさんがやって来て変な事を言うけど、何だか楽しい、ってな感じでしょうか。 こども達にとってはきっと、単なる遊びの延長なんでしょうね。出会うはずもない(出会う所まで行き着けるはずもない)2つの列ですが、それに准えた和解する事が難しい2つの岸辺の対立は、せめてこどもの無邪気な遊びとして置き換える事によって、その実現困難な現実を結論や結果を求めない、飽くことのないこどもの遊びのように、不可能とも可能とも結論付ける事なく、曖昧さを残しつつ保留しとく、という意図があるようです。
このアクションに先立って、2006年にハバナ⇔キーウェストのアメリカとキューバの国境で行われたボートで浮島を作ってふたつの国を繋ぐというプロジェクトが行われたのですが、この映像ではキューバの猟師やキーウェストの富裕層のボートオーナーを説得して奔走するコーディネーターやプロジェクトマネージャーの苦労っぽいものが垣間見られて、ジブラルタル海峡のそれとは対照的に大変そうでした。 オトナは面白がったりしないし、(とりわけ、キューバ側の猟師たちは!)、その意味や結論を求めたりするので、アーティストの持つ象徴的な意味付けを先入観なしに受け容れたりはしないのでしょう。 そんな事もあり、アリスは自分の作品にこどもの遊び的な要素を取り入れたりしていて、作品の中にもこどもが遊んでいる場面が多く登場するようです。この映像ではただただ、キューバ側とキーウェスト側の動員された人々の社会的格差みたいなものがひと目で見て取ることが出来て、それはそれで、アリスの描き出したい社会の矛盾みたいなものをコントラスト強く描き出していたのかも知れません。



・・・・と、まぁ、こんな風に後から色々と考えを巡らせれば、ある程度深いところまで見えてくるような気がする訳ですが、単純に私が今回一番眼を惹かれたのは、何と言っても、このアクションのアイディアスケッチである数々のペイント作品の優しい色あいの美しさでした。色彩や画の構成の素晴らしさのような視覚的なものは、理屈抜きに感覚を刺激されるものです。 言い換えれば、その表面的な一義的な画面の美しさの奥に潜む意味をもう少し深く考えていくところに、フランシス・アリスの作品の面白さや巧みさがあるのだと思いますが、前回も述べたように、その奥底にある深いところまで到達しなくても、観る人を受け容れてくれる寛容さみたいなものが彼の作品にはあると思うのです。 なので、これらのペイントやドローイングの小作品の羅列は、アリスが私たちに与えてくれた開け放たれた窓のようなものでもあるのです。ペールブルーとサンドベージュ、グレージュ、淡いブラウンなど、海峡を渡る様々な人々を描いたそのドローイングは、どこか寓話的な雰囲気もあり、それが社会に横たわる矛盾を考えさせる窓としては充分すぎるほど魅了されるものなのは、如何にもアーティストらしいアプローチなのだと思います。かなり引き込まれてしまいました。 あまりにもメッセージ性の強いものは、少々苦手なワタシなのですが、こんな風にさり気なくメッセージを送られるのは心地よいですね。 サブリミナルのように無意識の中に残る気がします。ジブラルタルの海の色が、ホワイトノイズのような波の音が、ペイントの淡い水色が、挿し色の優しいブラウンが、そんな色彩がしばらく頭から離れない、やがて無意識の中に浸透していく。そんなジブラルタル編だったと思います。





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by sanaegogo | 2013-07-14 00:00 | art


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