第2回パブリック・シンポジウム 「こんなデザイン美術館をつくりたい!」
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© 国立デザイン美術館をつくる会 2013


『そろそろ、日本に国立のデザイン美術館が必要なのではないでしょうか。』と言う一生さんの掛け声のもと、第2回のパブリック・シンポジウム「こんなデザイン美術館をつくりたい!」が仙台メディアテークで開催されました。第1回の「国立デザイン美術館をつくろう!」は東京ミッドタウンホールで行われました。今回2回目にして東京を飛び出し、地方都市での開催となったのは、
(仙台メディアテーク+伊東豊雄氏+仙台+「みんなの家」)×デザインマインド=仙台開催!
と言ったような方程式があったものと思われます。
一生さんが、デザインミュージアムを考える会であるからこそ、仙台メディアテークで伊東豊雄さんをお迎えしてシンポジウムをやりたかった念願がかなった、とおっしゃっておりました。恐らく東京から新幹線に乗ってまで参加した人はそうそういなかっただろうと思いますが、仙台メディアテークを見てみたかったのと伊東豊男さんのお話を聞きたかった、というのがあります。

シンポジウムは3部に分かれてまして、登壇者は以下のとおりです。
(以下、敬称略で。)

10:30~12:00 SESSION1 【クリエーターのアイデア】
中村勇吾(インターフェースデザイナー)
関口光太郎(現代芸術家)
大西麻貴(建築家)

13:00~14:30 SESSION2 【一般から寄せられたアイデア】
宮島達男(現代美術家)
五十嵐太郎(建築史家)

15:30~17:30 SESSION3 【総括】
浅葉克己(アートディレクター)
伊東豊雄(建築家)
三宅一生(デザイナー)
青柳正規(美術史家/国立西洋美術館長)


全てのSessionにわたって 佐藤卓(グラフィックデザイナー)と 深澤直人(プロダクトデザイナー)がモデレーターを務め、最後のSession3には加えて第1回でもモデレーターをされていた 柴田祐規子(NHKアナウンサー)が今回も進行をしました。当初の予定にはなかったのですが、Session1、Session2の登壇者も全て壇上にあがり、総勢11名を束ねるのはさぞかし大変でしたでしょう。そんな事もあったのかなかったのか、結果的に伊東豊雄さんのお話は殆ど伺うことが出来ず、個人的にはここ仙台で開催したのだから、もっとこの場で伊東さんのお話を(多少、国立デザイン美術館をつくる、と言う開催の趣旨からズレたとしても)聞きたかったなぁ、というのが本音のところです。
Session1は【クリエーターのアイデア】と題して、21_21の『デザインあ展』にも参画していた(というか、TV番組「デザインあ」の監修のお1人ですが)中村勇吾さんがユビキタスで網の目のように広がっていくデザインミュージアムや水平垂直方向にメタボして進化していく美術館の在り方などについて語りました。 ネットワークの利用と拡張みたいな観点でお話をして、話を聞いていると、本当に自由。何か既成概念に囚われずにアイディアを口にしていく事が素晴らしいと思いました。絵空事のような事を絵空事で終わらせず、それを具現化する方法論も持っている、そんな感じです。夢と現実を繋げるのは優れた思考力と実行力なのですね。若手築家の大西麻貴さんも、アイディアとして移動するミュージアム的な話をして、最初は正直『何じゃそりゃ?』と訝しい感じもしましたが、話を拾う方に柔軟な発想があると全貌が見えてくるものですね。佐藤卓さんのフォローで、コンセプトの点では何となく理解が出来ました。そしてこの『移動遊園地のように移動する美術館』と言うのが、案外中村勇吾さんの提唱したユビキタスな感じと共通するものがあるのではないかな、と感じた訳です。本筋とはズレるのですが、御三方の話を聞いて、漠然としたものを漠然としたまま終わらせない粘り強い思考力とある種の解決力みたいなものって、クリエイターと呼ばれる人には必須の素養なのだなと切に感じました。ある種突飛な発想が出来なければクリエイティブではないし、それを実際に実現させて何かを産みださないと、これもまたクリエイティブとは言えない訳です。空想と現実の世界をバランスよく軽々と行ったり来たりしている人たち、御三方の話し方、ふとそんな印象を受けました。
Session2の【一般から寄せられたアイデア】。この時間帯はお昼をカフェで満喫し、お腹も膨れたところで、メディアテーク内を見学するためにスキップしてしまいまして・・・・。登壇者の五十嵐太郎氏と宮島達男氏には申し訳ないことをいたしました。一般からのアイディアのディスカッションという事で、これも面白い内容だったに違いないのですが、残念ながら我々は席を外してしまい、その内容は知る由もありませんでした。
さて、そんなこんなで天王山。Session3 【総括】です。伊東さんの自分の仕事についての理念や何をどう考えて(広義な)ものづくり、デザインをしているかが語られる事を期待していたのですが、構成上仕方がないとは思いますが、何となく不完全燃焼で、せっかく仙台メディアテークで行われたのに、その理念を聞かずんば、という感じは否めませんでした。この会場をシンポジウム会場に選んだのですから、多少この度は『国立デザイン美術館』から逸れても良いのではなかろうか、と感じました。それどころか、恐らく、伊東さんの掘り下げて行くであろう話しは、ひいては『国立デザイン美術館』設立の根幹に関わるところまで話が及んだのではないかと拝察されます。(時間が充分であればですが。) そんな中で、やはり『みんなの家』についてのお話には重点が置かれていました。『みんなの家』は作品性だけがデザインの全てなのか、という問いかけの許、①人々が集まって語り合い、心の安らぎを得る、②一緒に作り上げる、③拠点になる、そんな目標というか、目的で推進されている活動だそうです。無数の試行錯誤をひとつひとつカタチにしていく。そんな試みで、それこそまさにシンポジウムが探っていく方向性にヒントを与える話であったはずです。何となくですが、伊東さんは話し足りず、もっと発信したいと壇上で思われているようにお見受けいたしました。(僭越ながら) 最後に地元仙台、東北の被災地という地元の方々からQ&Aのセッションがありました。(こう思うと、東京勢が聴衆として大挙して押し寄せるような事がなくてよかったのだと思います。) 復興のために東北以外の人たちも応援や支援をしているけど、観光(外部から来てそこに何かを残していく)重視という考え方に陥っていて、その場で残すべきもの(伝統文化)などを失ってしまうのではないか、という懸念が地元にはあるようです。自分達(東北の人々)の日常を切り取って提示した上で、そこに観光という切り口で切り取っていく事は出来ないのだろうか。伊東さんはそんな事を語っておられました。『アフォーダンス』という言葉を取り出していましたが、これは今後のキーワードになりそうな予感がします。"体験に基づいて,説明なしで取り扱うことができる何か。" それを残していく事、踏まえて新しいものを作っていく事が重要なのだと示唆していました。
東京仙台の2回のシンポジウムで、こんなミュージアムを作りたい、という設立における基本姿勢が語られてきましたが、次回からは、では具体的にどうすればよいか、どう段取っていくか、どう方策を講じていくか、など、具体的なディスカッションに移って行くことを、個人的には期待しています。それは、シンポジウムとしてはぱっとせず、面白くないトピックなのかも知れません。でも、これまで数々のデザインに関わる方々の意見やアイディアを聞いてきたのですから、今度は少し踏み込んだ方法論みたいなものも必要な気がします。例えそれが理想と現実のコンフリクトを産み出す事になっても、それは避けて通れない道なのではないでしょうか。性急すぎるのも良くありませんが、同じところで足踏みをしているような事でもいけないと思うのです。僭越ではありますが、そんな風に思います。例えば今度は国立デザイン美術館に対して懐疑的なネガティブな人を招いて、討論めいた事をして問題点を洗い出してみるとか、そんな中でも得るものは必ずあると思います。

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by sanaegogo | 2013-04-21 00:05 | activity | Comments(0)


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