荒木経惟展 "淫夢"
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代官山のTSUTAYAでやっている荒木経惟展 "淫夢" を観ました。『写真画報』のイベントでアラーキーがIMPOSSIBLE社のポラロイドで撮影して来た写真を展示したもの。この"淫夢"と言うタイトルはIMPOSSIBLE社にちなんでいるそうです。

荒木経惟展 "淫夢"
2013年1月29日(火) - 2月17日(日)
蔦屋書店2号館 1階 ブックフロア
http://tsite.jp/daikanyama/event/001505.html

アラーキー、と気安く呼べるほど荒木経惟については、詳しくなく追っかけたりはしていません。だいたいの色々なエピソードは知ってますが、写真集などを手にとって観た事とかはあまりないんですね。 まぁ、どちらかと言うと、絵画のような、テキスタイルデザインのような、映画の一場面のような写真に眼が行きがちなので、当然の事といえば当然かも。好きか嫌いかを問われたら、嫌いではないです。でも、大好きでもない感じ。強いて言えば、苦手。 「アラーキー、いいよねぇ。」と言う感じではなく、その作品群の全貌をよく知らないのです。 あまりにもストレートに色々なものを提示してくるから、受け留める体力が私にはないのかもしれません。ともかくも、今更 荒木経惟、と表するのも何となくそぐわない気もするので、ここでは、アラーキーと呼ばせていただきます。
アラーキーは、その制作の点数が多い写真家としても有名で、作品のテーマによってカメラを替える事でも知られています。そして、実は、インスタントフィルムでの撮影も以前から行っているそうです。ヌードや妖しいポーズのポートレイトなど、アラーキーの写真というとふっと思い浮かぶある種の世界がありますが、撮影した後、誰の眼にも触れる事なくこっそりと確認できて大切にしまっておけるインスタントフィルムで撮影していたと知ると、雰囲気がいっそう秘密めいた感じに助長されて、ますますエッチっぽい感じがしました。展示されている写真の中には妖しいイモリのような生物に全周包囲されてにじり寄られている少女の人形や股を広げて陰部を曝け出している女性の写真もありました。まあ正直、あのポーズの女の人を撮影する衝動に駆られる男性フォトグラファーの気持ちは未だに今ひとつ理解し難く、そこに何を観るのか、逃れ様もない真実、なにか崇拝する気持ちにも似たもの、とでも言ったところなのでしょうか、そこまでまだ私の理解は及んでいないようです。イモリと女の子の何枚かの写真は、アラーキーが少年のように頭の中でにわかストーリーを作りながらあれこれ動かして撮ってたんだろうか、と思うとちょっと可愛らしい感じがしました。
写真画報には記載してあったのかも知れませんが、これらの写真が最近撮られたものなのか、どの位以前のものなのかは判りません。インスタントフィルムの製造が2008年に終了しているのでその辺り、5年前そこそこの話なのかも知れませんが、このノスタルジックな感じはスゴイですよね。デジタルの進歩に伴って、写真で細部にわたって仔細に再現できるようになりましたが、これらの写真の画面は再現どころか、ある意味きちんと再現されていないようであり、それを見ると人は見たままの様に鮮明だったり仔細だったりしないので、なんだかもやもやとした気分になるんだと思います。 そのもやもや感を「昔懐かしい感じ」「ノスタルジック」「味がある」など表現は様々ですが、そんな風に感じるんだと思います。 デジタルの紛れも無く再現した真実を「どうだっ!」と提示したようなものは、ある意味視覚にとって何か余地や余白、バッファーのようなものが無くて、ある種の刺激がないのだと思います。何か再現しきれていないもやもや感。昨今、デジタルのハイテク技術を駆使して、撮った写真をローテクの頃の再現しきれていない感じに味付けをするのは、何だか矛盾を孕んでいますが、判るようで判らないもやもやをしたい欲求を抱えている人間の性分としては当然の回帰現象なのかも知れません。そんな事を考えました。



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by sanaegogo | 2013-02-05 00:00 | art | Comments(0)


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