PHOTOGRAPHY @表参道ヒルズ vol.2
ニュー・カラー
New Color Photography

1970年代に登場した、カラー・フィルムを使用して撮られた写真作品のこと。カラー・フィルムは40年代からすでに実用化されていたが、報道や広告の分野で使われることが多く、保存性や表現性の面でもモノクローム・フィルムに劣ると考えられていたため、作品としての写真に用いられることは稀であった。しかし、76年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開かれた、ジョン・シャーコフスキー企画によるウィリアム・エグルストンの個展が、カラー写真による表現の可能性を世に示したのを皮切りに、美術作品としての写真にも、積極的にカラー写真が用いられるようになっていった。81年にはキュレーターのサリー・オークレアが、カラー写真を集めた展覧会「ザ・ニュー・カラー・フォトグラフィ」を開催し、同名の写真集を刊行。エグルストンに加えて、スティーブン・ショア、ジョエル・メイエロウィッツ、ジョエル・スターンフェルド、レン・ジェンシル、ジャン・グルーヴァー、レオ・ルビンファイン、デイヴィッド・ホックニーなどの作品を紹介した。これらのカラー写真の多くが光の効果を印象的に用いたものであったため、「ニュー・アメリカン・ルミニズム」という呼称が用いられることもある。また、こうした潮流の影響は日本を含めた他国の写真家にも広く及んでいる。オークレアはその後も84年に『ニュー・カラー/ニュー・ワーク』を、87年に『アメリカン・インディペンデンツ』を刊行し、ニュー・カラーに関する考察を続けた。

ニュー・トポグラフィクス
"New Topographics"

1975年にジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館で開催された展覧会。「トポグラフィクス」は「地勢学」の意。ウィリアム・ジェンキンズが企画し、ロバート・アダムズ、ルイス・ボルツ、ベルント&ヒラ・ベッヒャー、ニコラス・ニクソン、ヘンリー・ウェッセル・ジュニア、スティーブン・ショアなど、9組10名が参加。70年代初頭における風景写真への新しいアプローチを取り上げた。伊奈英次や小林のりお、柴田敏雄、畠山直哉など、日本の写真家にも大きな影響を与えている。「人間によって変えられた風景の写真(Photographs of a Man-Altered Landscape)」とサブタイトルにあるように、展示に選ばれたのは、かつて風景写真のモチーフであった「自然」が人間の営為によって変貌した様子をニュートラルな視点で淡々と記録した写真で、大型カメラを使って撮られたものが多かった。こうしたアプローチは66年に同館で開催された「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」シリーズの第1回展、「社会的風景に向って」が有していた眼差しを、さらに推し進めたものであり、同時期に登場した「ニュー・カラー」の写真とも共通する部分をもっていた。同展は81年にイギリスのアーノルフィニ・ギャラリーで再展示されたほか、2009年から10年にかけてアメリカ、オランダ、スペインなどを巡回して、再展示が行なわれている。
(出典: artscape/Artwords)

と言う訳で、表参道ヒルズで開催されているPHOTOGRAPHYを観て来ました。

PHOTOGRAPHY
■場所:表参道ヒルズ 本館B3F スペース オー
■日時:2013年1月12日(土)~1月27(日) 11:00~20:00 
http://imaonline.jp/ud/exhibition/50bca6306a8d1e34d8000001

今回はフィルムではなく、ニュー・カラー以降カラーで作品を制作している6名の豪華なフォトグラファーにFUJIFILMデジタルカメラ「Xシリーズ」で様々にそれぞれのスタイルで写真を撮影をしてもらったと言うもの。世間には案外モノクロの写真をこよなく愛しているモノクロ至上主義の人が多いけど、ワタシはカラーが好き。(勿論、モノクロも好きで、別段モノクロを敵視する気は毛頭有りませんが。) モノクロの方が色彩の情報量が少ない分、写真を観る眼に想像力が働いたり、深みが生まれる、などと言う話もよく聞きますが、カラー写真には全てを曝け出したような明け透けな感じがあり、自分が観て写真に撮ろうと思ったその世界と写真に納めたこの世界は別物ではない、つまりモノクロ写真が言う所の「想像力」などが入り込めない余地で+αの何かが表現されているような気がしてます。
フライヤーではlast name のalphabetical order で並んでいましたが、ここでは年長順にしてみました。


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ウィリアム・エグルストン
William Eggleston (1939-present)

アメリカ南部のテネシー州メンフィス生まれで、現在も消え行きそうなアメリカ原風景がいまだ残る何気ない南部の生活や風景をカラーで撮影しています。1959年ころのカルティエ=ブレッソンとウォーカー・エバンスの 写真集との出会いをきっかけに写真家を志したそうです。 初期のモノクロ写真はロバード・フランク、リー・フリードランダー、ゲイリー・ウィノグランドを強く感じさせますが、1965年からはカラー写真中心に作品制作を行うようになります。エドワード・ホッパー好きとしては、私としては、繁々と見入って何かを解りたいとひしひしと感じるのは、このエグルストンです。エグルストンのある種の写真とホッパーは、主人公がロードムービーのように旅に出る事はしないで、小さな街に留まってそこの淡々とした毎日を過ごしているかのような共通点を感じる時があります。飾られている4枚の写真は、どれも何処となく絵画のような雰囲気を持ち、アメリカ南部の何処となく古臭く田舎臭い空気感に満ちています。今回の彼の「カラー」がイエロー、オレンジ、枯れ草の色など、自然由来の色だった事もそんな事を感じる理由のひとつなのかも知れません。



スティーブン・ショア
Stephen Shore (1947-present)

ニューヨーク生まれ。わずか6歳で写真や暗室作業を開始し、若干14歳でエドワード・スタイケンによってMoMAに写真が収蔵されたそうです。17歳でアンディ・ウォーホールと親交を厚くし、1971年にはMETで写真家として初個展を開催したと言う輝かしい経歴の持ち主です。24歳の頃、フォト・ダイアリーを撮影しながら全米を廻る旅に出て、普通で何と言うことのない街並みを記録していきます。今でも毎日写真を撮るそうですが、それはこの頃からのプロジェクトなのかも知れません。フォト・ダイアリーは更に展開を見せて、これまで撮影していた旅先の街並み、ガソリンスタンド、ダイナー、モテルなど、毎日見たこと、行ったこと、出会った人などの他に、アメリカの土着の建築物と自然の原風景の微妙な共存を撮影するようになりこれが"Uncommon Places"へ集大成されることになります。今回は切り取ったその画郭の中に様々な要素を詰め込みながらも、均質で画面全体で表現していて、捨てている箇所がないというのは、やっぱり物凄く巧妙な空間の捉え方です。そう言う意味では、女性の顔の1枚は、ちょっと趣が異なっていて意外な感じもしましたが。



マーティン・パー
Martin Parr (1952-present)

パーティン・パーはイギリス人です。その挑発的な写真スタイルに対する論争が繰り返された後の1994年にはマグナム・フォトのメンバーになっています。当時、カルティエ=ブレッソンは彼のエキセントリックな人柄を"別の太陽系から来たようだ"と評したそうです。その後、作品は欧米の美術館やギャラリーで展示されたり、コレクションされるようになっていきますが、一貫して、英国のマス・ツーリズムの虚像の探求や中流・下層階級の精神的な危機を追いつづけ、主に写真集と言う形で作品を発表していて、現在ではアートフォトブック分野の専門家としても知られているそうです。日本の写真集にも造詣が深く、昔はよく四谷界隈で目撃されたと言うエピソードは本当なのでしょうか。 写真は、何処となく嘲笑的で、独特の皮肉っぽさが含まれているような印象ですが、それが彼のスタイルのようです。



ナン・ゴールディン
Nan Goldin (1953-present)

彼女が育った家庭はユダヤ人の中産階級で、両親は穏健な、自由・進歩主義の思想を持っていましたが、当時18歳であった姉が自殺をし、その姉の死と喪失感が写真を撮り始める動機の一つともなっているそうです。同居人や周囲のドラッグクイーン・ゲイ・トランスセクシュアルの友人達を被写体としてドラッグサブカルチャーを題材に写真を撮り続けました。 1986年に発表された『性的依存のバラード』(The Ballad of Sexual Dependency)は高く評価されると同時に反発もされ、大きな反響を呼びましたが、登場するほとんどの被写体がドラッグの過剰摂取やエイズ等で、1990年までに亡くなっているそうです。自身もドラッグ患者の1人であり、家族像の変貌、家庭内暴力、薬物乱用、性的依存や倒錯、エイズなど、80年代以降の欧米社会の時代性が色濃く反映された作品を撮り続けています。真ん中の写真は、結構これまでも目にする作品のような気がしてましたが、これも今回のプロジェクトのために撮影したものだったのですねー。



テリー・リチャードソン
Terry Richardson (1965-present)

アメリカのファッション写真家で、父親は同じく写真家のボブ・リチャードソン。ニューヨークで生まれ、ハリウッドの高校に通い、パンクバンドのメンバーとして活動していましたが、バンドの解散後、母親が紹介した写真家のアシスタントとして自身のキャリアをスタートさせたそうです。セレブですね。 『どのような被写体でも、その生の本質に迫る能力の高さで知られており、彼のヴィジョンは、ときにユーモアがあり、美しく、悲劇的であり、また常に挑発的です。 そのセクシュアリティーを前面に出す撮影スタイルからいままでに多くの論争を巻き起こしてきました。』だそうです。6人の中では、撮影している題材が最も「デジタル」「カラー」をニーズとしているところでやっている人だと思います。 なので、飾られているその写真も、そんなものを感じるものでした。



ライアン・マッギンレー
Ryan McGinley (1977-present)

現在33歳。ショアやエグルストンとは親子ほども歳が離れています。スケートボーダーとして友人やその周囲を取り巻く環境や日々を撮影して来たライアンは、弱冠22歳の時、自主企画(自分の部屋を会場とした)の展覧会や自費出版した作品集が話題となり、その3年後にはホイットニー美術館で同館史上最年少で個展を開催します。元ホイットニー美術館学芸員のシルヴィア・ウォルフは、「前の世代の若者文化を捉えた写真作品と違い、彼の作品は皮肉や退屈さ、そして不安を欠いている。彼自身やその被写体の生活は無邪気な明るさを手に入れているようだ。」と絶賛しています。偶然の中で撮影を行っているかのようで、実は何度も緻密にリハーサルを繰り返し、自然体のポートレートと完璧なセットアップの狭間を行くような、ある種の陶酔感や恍惚感の中で躍動する裸体の若者とロードトリップをしながら撮影したシリーズは鮮烈な世界観を創りだしています。先に清澄白河で行われていた個展に出展されていた写真もありましたが、あれも今回のプロジェクトで撮影したものだったのですね。 写真はその時には出ていなかった1枚です。

自分の備忘録も兼ねて長々と書きましたが、最後にひとつ感じるのは、(全くの私見ですが)、やっぱりカラーって、欧米人の得意とするものなのではないかな、と言う感じがすると言う事です。はっきりとした根拠がある訳ではないのですが、これらの写真には日本人(東洋人?)が撮りたくても到達できないような独特の世界があるような気がします。女性の白い肌や薄い色の髪の毛、色彩を巧みに用いて色とりどりにペイントされた街並みや、部屋の内装。そんなモノ達に囲まれた文化圏で培ってきた何かがそこには作用しているような気がします。 (とは言え、それで悲観的になっていると言う訳ではないのですが・・・・。)

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by sanaegogo | 2013-01-12 00:00 | art | Comments(0)


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