大岩オスカール―Traveling Light @アートフロントギャラリー
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渋谷ヒカリエでオスカールを観た時に、ギャラリーのお姉さんに、『代官山のアートフロントギャラリーでは旧作が観られますので、そちらも是非行ってみてください。』と言ってフライヤーを渡されました。 以前、都現美でやっていた個展を見逃していた経緯もあるので、アーカイブやコレクションになっているものは観られないだろうけど、旧作も観られるの? と楽しみにしていました。 それで、この日代官山 アートフロントギャラリーにいそいそと出かけたんですねー。 『こんにちわー。』と言って中に入り、展示してある作品を観始め、ギャラリーの方とアレコレハナシをしていたら、ふと、『ヒカリエには行かれましたか?』と訊ねられ、行きましたよ、と答えると、何故そのような言葉を聞くに至ったかの会話の経緯はもはや思い出せないのですが、『ヒカリエから何点かこちらに移動して来ました。』と言う。『あ、ヒカリエはもう終わってしまったんですね。何日までだったんでしたっけ?』みたいな会話があり、ふと ???? と。『・・・って事は、ここから外したものもあるんですよね?』と疑問を投げかけると、ギャラリーの人、『あ、スルドイ・・・。』だって。 旧作が観られると言うので、代官山までいそいそと足を運んだけど、結果的にヒカリエで観た作品を再度ここで観る形に・・・・・。2012年の新作を中心にみせると言う意図は判るけど、そんならそう言う事前のアナウンスが欲しかったなー、と言うのが正直なところ。しかしながら、ヒカリエにはなかった「Big Light Wave」「Heisei Street」「Ocean Tunnel」「Nest House」などは実物を観ることが出来ました。(旧作も何作かはありました!)


  


大岩オスカール ― Traveling Light
アートフロントギャラリー
2012年11月16日 ― 12月2日
11:00 ― 19:00


たとえアートフロントギャラリーで下げられてしまった旧作を観ることが出来たとしても、それはワタシが生でオリジナルを観たかったものではなかった事は解っています。それで、ギャラリーの書籍棚に彼の作品集『グローバライゼーション時代の絵画』があって、これをぱらぱらと観ていたんですが、これは面白かったですねー。 大きなサイズの本物を観る迫力には敵わないんですが、その網羅している作品数は、観ていて充実感。この作品集に出逢えた事がこの日の真の収穫だったのではないでしょうか。



大岩オスカールと言うと、寓話的な光景でうっとりと夢を見るような印象で語られる事が多いようですが、それもそれなのですが、私にはもっと違う印象を持っています。例えばお伽話の世界では、ファンタジーに満ちたストーリーが展開されているその最後にゾッとするような結末が待っている事が多いじゃないですか。大岩オスカールのその油彩画にはそれと同じような空気を感じてしまうのです。美しさの中に残酷さや無常さが見え隠れする、そんな密かなメッセージを汲み取る事が出来るのです。 と言っても、確かにメッセージ性はあります。 終末や歪曲した未来像。いつでも何かを比喩しているようにも見えるし、何かに対して漠然と警鐘を鳴らしているようにも感じます。 けど、彼の描く俯瞰した画面、遠くから臨む光景。それは彼の世の中を捉える距離感そのものであり、包括して事象を捉える広い視野である事がメッセージ自体のドギツさや感情の過剰な移入などを排除させているのではないでしょうか。作品集のタイトルにある"グローバライゼーション"。これも大岩オスカールを語る時に良く用いられるキーワードですが、ブラジル生まれの日系人、サンパウロ・東京・ロンドン・ニューヨーク間の転居・移動などを通じて多様なモノを視る視点・視線を素養として持ち合わせているのも、その作品からのメッセージが個人的なものに留まらず、どこか客観的な観察眼をもって描かれている、と言う事に大きく影響しているのでしょう。そのようなスタンスで、これからも同時代に生きるコンテンポラリーの作家として、世界に巻き起こる出来事を彼の方法で記録していくのだと思います。



《野良犬》(2004)
一番好きな作品です。



《ガーデニング(マンハッタン)》(2002)

あとは、フラッシュで・・・・・。(制作年は順不同です。)







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by sanaegogo | 2012-11-28 00:00 | art | Comments(0)


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