有田泰而 First Born @Gallery 916
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First Born
Arita Taiji
at Gallery 916
Fri., 22 November ― Fri., 28 December, 2012
http://www.gallery916.com/exhibition/firstborn/#

昨年の夏に亡くなった有田泰而と言う写真家の個展です。個展と言っても所謂没後の回顧展というのとは少し趣が異なっています。それは偏にこの有田泰而と言う人物の伝説めいた生涯(余生)にあります。写真雑誌にシリーズで発表された息子と妻を被写体として撮り続けた作品で鮮烈なインパクトを残した後、70歳で日本から遠く離れたカリフォルニアで表舞台には立つ事はないまま没するまで、長い長いブランクを経て再び、なおも強烈なインパクトをもって、彼を知らない世代の前に再び現われた、そんな個展です。このFirst Bornというシリーズを若干の経緯を経て、写真家・コマーシャルフォトグラファーであり有田泰而のアシスタントでもあった上田義彦さんが再びプリントのし直しをしています。 オリジナルのプリントは、有田氏がレッドウッドの森の中で生活していた時に湿気にやられてしまったと言うのですから、このエピソードだけでも有田泰而という人が晩年は世俗の塵芥からかけ離れたところにいた人物だという事が伺えます。 若干厭世的なところもあったのかも知れませんが、晩年は絵画や木工彫刻に傾倒し、First Bornを超えるものが再び世に出て来て、それを観る事が出来なかったのが残念だ、とテキストは語っていました。(テキストは写真評論家の飯沢耕太郎さんによるものです。)



出品された写真をひとつひとつ観ていて思うのは、写真家が男性だったら良き伴侶を得る事はきっと写真家としての自分自身の表現を開花させるのにこの上なく幸運な事と感じられるんだろうな、という事。とは言え、有田の妻ジェシカさんが写真家の傲慢な夫に求められ、もっと言えば強制させられて意のままにポーズをとらされている気配は微塵も見られません。少なくとも、仮に、仮にですが、ジェシカさんが妻として写真家の夫に協力してあげたいと言うだけの半ば奉仕の精神であったとしても、そうであったら母として大切な我が子までそれに巻き込む事は無かったろうと思います。写真家である有田泰而と写真家の妻であるジェシカ夫人、それに写真家の初めての子供として生まれた息子コーエン。この3人が真摯に向き合いながら取り組みそして創り上げていった彼ら独特の家族写真の姿がそこにあります。そこには写真自体の構成や成り立ちの妙もあるのだと思いますが、その奥にある夫婦2人の関係性、息子を介した夫婦の対峙、そんなものも強く伝わってくる写真です。とにかく強い強い結びつきのようなものがどの写真からも滲み出ています。 とは言え、写真家の家族と言うのは大変だなぁ、と思ったのも事実。 でもなんでしょうか、その写真から自分なりに感じたものは、それが『愛』と言うようなねっとりとしたものではなくて、自由に振舞う妻の尻を追いかけるぞっこんな気持ちから撮られた写真でもなく、この有田泰而氏とジェシカ夫人の関係性は、もっと凛としていて、同志のような、お互い自覚を持って事にあたっている共同作業者のような、そんなものを感じます。 有田泰而という写真家とジェシカと言う妻が出会えた事は、運命のような骨太さと奇蹟のような繊細さを感じます。



有田泰而と言う人自身が持つエピソード、その妻との関係性、若き上田義彦が強烈に惹きつけられた写真の秀逸さとインパクト、レッドウッドの森での隠遁生活、死後に引き寄せられる縁の人々との再会、そして、師の遺作となった写真を焼き直し再構築していく事。何だか何もかもがドラマチック過ぎて自分の中でまだ充分に咀嚼出来ていない感じがしていますが、有田泰而と言う人の人生そのものがまるでひとつの作品をつくりあげていく作業であったかのような、そんな印象を受けました。 彼自身が生きている事自体が芸術だったのですね。訪れた人は、彼の作品を観に行っただけではなく、そこに同時に横たわっている有田泰而と言う写真家の生き様と信念みたいなものも感じるのでしょう。
ほぼ日刊に掲載されていた上田義彦さんのインタビューです:
http://www.1101.com/ueda_yoshihiko/2012-11-22.html

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by sanaegogo | 2012-11-24 00:00 | art | Comments(0)


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