川内倫子 ―照度 あめつち 影を見る―


川内倫子展 照度 あめつち 影を見る
Illuminance, Ametsuchi, Seeing Shadow
東京都写真美術館
2012年5月12日 ( 土 ) ~ 7月16日 ( 月・祝 )

理屈抜きに彼女の写真が好きです。 好きだし、憧れます。 それはワタシ自身の求めているスタイルの遠く突き抜けたその先のところに彼女の写真があるからだと思います。一見、『女性らしい写真』とか『女の人が好きそうな写真』とか形容されがちですが、ワタシは何となく、女性とか男性とかじゃなくて、人間と神だったら人間の撮った写真、って言うような印象です。それは中性的というのともちょっと違うんです。(上手く言えないけど)。対象には寄っているのにどこか大きく俯瞰していて、それでいてとても日常的でありながら抽象的、神と共に生きる、それが人間、みたいな感じです。(誉めすぎでしょうか。) ま、それは印象の問題で、『理屈抜き』と言ってもそこに彼女が世の中で評価される『理屈』は確かにあって、ふとそれを考えたりします。
川内倫子はきらきらとした光るものを追い求めているようです。画面は光でハレーションを起こし、神々しい光を放っています。 ハイキーで白飛びしたその写真達はとても眩く、世の中に降り注ぐ陽の光でそこに写し取られたものは存分に表現されています。それと対照的に捌かれる魚や肉辺、大きな虫の死骸を運ぶ小さな虫など、生命の連鎖もあります。断片的に並んだそれらの写真で、それを生命と死の連鎖なのだと観る人に判らせる説得力があります。ただ、断片的で脈絡のないようなイメージの羅列なのですが、そこには倫子の提示する一貫性があって、それをすらすらと解説できたらよいのでしょうけど、そのもやもやがあってこそ、彼女の写真の奥深さとその深い感性を感じる事が出来るのだと思います。断片を繋ぎ合わせて普遍を構成する、写真の画面の目に見えるその奥で繋がっている、そんな写真展です。
そう言う意味では、≪あめつち≫のシリーズは今までの倫子とは違った印象を受けた気がしましたが、多分繋がっていく方向が水平方向への広がりではなくて、ベクトルが上に向くというか、天に昇っていくような感覚を受けました。 後で本人のコメントなどを読んでみたら、確かに。それまでとは違った心境でそのシリーズは産み出されたようです。産みの苦しみ的な試行錯誤の末ではなく、流れるように漂うようにその作風は姿を変えているのですね。
もう少しじっくりと観たくなって、久しぶりに図録を購入しました。 自分自身も流れて行きたい(生きたい)その先がそこにはあるような気がして、今度の週末じっくり観るのを今は楽しみにしています。
写美のウェブサイトにインタビューが載ってました: http://syabi.com/contents/exhibition/topic-1593.html





さて、この日、たっぷり余裕を持って出かけたはずなのに、≪Iridescence≫(イリディッセンス)のヴィデオインスタレーションをつぶさに観入ってしまい時間がなくなって、その後の『よい子』達との同窓会に間に合わなくなりそうになりました。1ヶ月ぶりの『よい子のためのお食事会』は渋谷のQuatre Café (キャトル・カフェ)で。ここは中目黒にあるHuit (ユイット)の系列店で、一度行ってみたかったんですが、(渋谷にあるとは知っていたが、こんなところにあったとはっ!)、 とっても居心地の良い店で気に入ってしまいました。予約してくれた、じぇふ。Good Choice でした。どうもありがとう。



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by sanaegogo | 2012-06-24 00:00 | art | Comments(0)


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