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Thomas Demand ― トーマス・デマンド展 ―


Thomas Demand
トーマス・デマンド展
東京都現代美術館
2012年5月19日(土) ~ 7月8日(日)

トーマス・デマンドはもともとは造型作家で、厚紙を素材として実際の社会で起きた政治事件や社会的センセーションを精巧に再現し、それを写真に納めると言う手法で制作活動をしています。これは、コンストラクテッド・フォト(構成写真)と言われていて、どの作品にも必ず背景や事実があり、無口でありながら示唆がある作品です。 無口と言うのは、例えば、ピカソのゲルニカのように、社会に一石を投じて、戦火の中の怒涛や叫びが聞こえてきそうな感じではなく、その画面は物静かで静寂に包まれています。静かに主張しているのです。それは偏にそこが厚紙と言う無機物で再現された人の気配のしない世界であるが故のことですが、その世界は一体何なんだろう、と考えます。現実のような非現実。ほぼ原寸大に仕上げられたと言うその厚紙で出来た世界は、『事実』のみがあり、さながら現場検証のようでありながら、事件直後の生々しさはなく、時系列の中でぽっとそこだけ浮かび上がったような感覚を観ている者に感じさせます。写真に納められた平面だけでもかなり精緻に精密に造りあげられているのは察せますが、大統領のシリーズなどは、アングルを換えて色々な視点で撮影されていて、そこから、写真に写る部分だけではなく、全体として再現されているものなのだと解り、驚かされます。ネタバレになってしまうかも知れませんが、展示されている作品をキャプションだけを追いながら、『これは一体何のことなのかな?』と思いながら1回観終わります。観に行く人はみな、簡単に展示概要などを読んでいくと思うので、デマンドがどのように制作をしているか、そこにあるのは何か事件の現場なのだろうと言うのはある程度判って観るのだと思いますが、直接それと知れるものは少なく(これには日本人と言う事や世代も関係していると思いますが)、始めはただそこにあるものを作品として感じ、その出来栄えに感嘆します。1周すると誰でも受け取れる冊子が置いてあって、そこには主要な写真の背景となった事件の解説が記されています。それを読みながら確認しながら2回目へ。するとさっきは漠然と見ていたその写真達が、場面が具体的に再現されていると言うリアリティーだけでなく、起こった事件のリアリティーと共に語りかけてくるのです。 非現実と現実が初めて混ざり合ったような感覚を覚えるのです。見え方も何となく違ってくるような気がするのが不思議です。現実味を帯びる、と言う言葉がありますが、それが当てはまるのかどうか判りませんが、そんな感じです。これは、デマンド自身のアイディアで、始めは何の予備知識も先入観もなくただ作品を観て感じて欲しい。という事でこのようになったと監視のお姉さんが教えてくれました。解説書をつけるのも躊躇したので、キュレーターと話し合った結果、このような手法をとったそうですが、これはデマンドの意思も汲み、観る人の鑑賞態度にも良い効果を与えた素晴らしい折衷案だと思います。 (因みに、余談ですが、この展示のキュレーターはプレスリリースによると長谷川祐子さんだそうです。流石ですね。)
コンテンポラリーの時代になって、(その時代時代でそうなのかも知れませんが)、自分の心象世界ではなく作品に社会的背景や社会との関わりを映し出すものが作品に多いですが、デマンドは押し付けがましいアピールがなく、静かに主張し、事実を静観し、何かを語っています。これがきっとデマンドの社会との距離感と言うか、関わり方なのでしょう。

印象に残った作品をいくつか。
≪浴室≫ 1997年
展覧会を象徴する作品として取り上げられていますが、スイスのある州の元知事が亡くなっていたのホテルの一室の再現です。これを写真に納めた記者は、違法に室内に侵入し遺体を発見し警察に通報する前にこの報道写真を撮影したと言う事で社会問題になったそうです。

≪踊り場≫ 2006年
美術館の展示品である中国の骨董を来場者が誤って倒し粉々に割ってしまい、たまたま居合わせた他の来場者が携帯電話のカメラで納めた写真の再現。それと知ると中国3000年の歴史の重要な遺産が見るも無残に崩れ去った瞬間の切ない気持ちが沸きあがります。

≪制御室≫ 2011年
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた福島第1原発の制御室の再現。これは記憶に新しすぎて、また最も身近で起きた出来事なので、見てすぐにそれと知れるのですが、それ故、デマンドの現場再現の精巧さが際立っていると判るのは皮肉な感じです。

≪エスカレーター≫ 2000年
ロンドンのチャリングクロスで起きた若者による強盗事件の犯人が闘争した様子を記録していた駅の監視カメラの映像に着想を得ています。1回目と2回目。その事実を知っただけで、エスカレーターはただのエスカレーターではなく逃走経路であった事がクローズアップされて来て、観るものもそのような視点で事件全体に想像が及ぶようになります。

≪パシフィック・サン≫ 2011年
オーストラリアのクルーズ船が嵐の中、大きく揺れながら堪える様子を捉えた監視カメラの映像を再現したアニメーション作品。左右に大きく揺すられる船内の家具や備品のその動きは、デマンドが映像に入らない部分さえ精巧に再現している事を顕していて、制作年次の新しいことから、作品に動きを加える事で彼の新しい取り組みが見て取れます。

期せずしてですが、ブログ用に撮影してきた冒頭の写真、画面の中の質感が厚紙で作ったようにも見えて、自分でもかなり感化されたのかな、などと思ったりします。

こちらのレビューも合わせてどうぞ:
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1338790482074/pid_1.html

50717
by sanaegogo | 2012-06-10 00:00 | art


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