よい子のための写真教室 vol.3
「よい子のための写真教室」3回目に行って来ました。1回目は福島の現場中でしたが最終日だったので、今回は現場中ではあったものの横浜だったので、全回出席が原則のこのワークショップ。綱渡り的に出席できてます。 今回の課題は、「ニューカラー」。これはホンマ先生独特のカテゴリー分けで、1981年に出版された『The new color photography』と言う写真集に由来していて、その写真集には凡庸な風景や何と言うこともないモノを曖昧に狙って撮影した写真が納められています。撮影者の立場や立ち位置をはっきりとさせず、客観的でありながら撮影者独自の視点を顕した写真です。少し混乱します。まず、この「客観的」と言うのと「作者独自」と言うのが矛盾するような気がするし、「どう写真を撮るかというよりもどう世界を見るか」、と言ってもその「見方」はあくまでも客観的なものとされていて、そこに撮影者の主観や意図が入る事は想定していません。あくまでも中立的で無機質な立場で覗かれた世界です。代表的な写真家で言うと、スティーブン・ショア。隅々までピントがあった均一で等価な画面で郊外のニュータウンやスーパーマーケットやレジャーランドのような無機質で味気ない街の風景を『Uncommon Places』と言う本に纏めています。ニューカラー双璧となるもう1人が、ウィリアム・エグルストンです。エグルストンは1976年に初めてMoMAでカラー写真による展覧会を行った写真家でこの人をもってミスター・ニューカラーと言わしめたニューカラー魁の人、先鞭をつけたニューカラーの旗手です。そう言う意味では、ショアの映し出した等価値の世界観はどちらかと言うとニュー・トポグラフィックスの趣を多く含んでいるのだ、と色々整理した今では判ります。でもこの課題を与えられた時、どちらかと言うとショアの写真に物凄く引っ張られてしまいました。ワークショップの中で、ショアか、エグルストンか、ショア的か、エグルストン的か、と言うのが多く語られましたが、多分、多分ですが、ワタシはエグルストンの写真の方が普段の自分のスタイルに近く、これまで撮ってきた写真も断然エグルストンだったんですね。で、逆にショア的なものにとても惹かれて、ワークショップでお題を与えられて、そのために撮影をするのであれば普段の自分でないスタイルで出してみたいな、と漠然と思ったんだと思います。でもエグルストン的視点からはいまひとつ離れることが出来ずにごちゃまぜになってしまった。ニューカラーと言われてまず頭に浮かんだのは、この写真でした。で、まずこれを出した訳です。



前回お題を与えられてもいいのが出てこずに、過去のライブラリーの中から何枚か提出した経緯があるので、これではいかんっ、と思って今回はちゃんとカメラを持ち歩いてWS用に撮影する事にして、その中での1枚目がこれ。





でもこれって、(前の写真もそうですが)、広い画ではありますが画面が等価値ではなく中心が生まれてしまっています。(中心と言うのは、文字通り『中心』と言う事ではなく、注目点、注視するポイントが生まれていしまっている事。) ニューカラーと言えば、色の重なりとか色で構成されている画面が真骨頂なのですが、色のバラエティーがなかったので、この水色のポールの写真がきっかけでシリーズで撮影する事に。



この赤いポールの写真は、かろうじてニューカラー的に引っかかったようです。ランダム(に見える)な配置が面白くて、色々な角度から撮影した中の一枚がこれです。画面の調子も飛んでしまっていて、これは結構『もらいっ!』と言う感じで、当日のウケも良かったように思えます。



ホンマ先生に自ずから、『これは一番よくないです。』と言われたのがこの写真。実は課題提出の写真を選んでいる時にこの(↓)写真と迷ったのですが、last minutesで上のにしてしまったのですねー。ちょっと後悔。この写真には「無意味さ」みたいなものはなにも無いです。



他にも何枚かあったんですが、あまりどんぴしゃな感じが持てなかったので、シリーズで何とか全体の雰囲気作り、と思ったのが間違いでした。ここで割愛した写真も、上の黄色いコーンの写真も出して後悔しました。

ホンマ先生は、スルーする写真はあっけなくスルーしてしまうし、自分に響く写真に関しては物凄くコメントしてくれます。でも今回のように写真を見たまま比較的黙り込み、果てはタカザワさんに『困った時には振る・・・・』と言って振られてしまって。ま、でも良い意味で解釈すれば、ホンマ先生の中にもやもや感を残せただけでも、スルーされるよりは励みになったかな、と。そんな中でも『写真としてカッコイイだけど、上の消失点まで入れない方が断然ニューカラーだったかなー。』と言ってアドバイスをいただいたので、試みにそのようにしてみました。 確かに・・・・。今回提出の写真はどれも説明しすぎ、意図が判りすぎ、と言うコメントをホンマ先生からもタキザワさんからもいただきました。こうすると、ぐっとニューカラーな感じがして来ました。



大胆にもばっさりとやってみました。 この切り方はアドバイス無しではなかなか成し得ません。でも確かに空間の感じとか距離感とか、曖昧な無意味さはぐっと増してます、



『これも奥まで見せない方がよかった。』とアドバイスされて切ってみました。『ここだけの視線』がよりクローズアップされるようになりました。
ここで、自分でも誤解しないようにしたいな、と思うのは、写真の良し悪しを言われている訳ではなくて、あくまでもワークショップのお題であるニューカラー的かどうか、と言う観点で物事は語られてます。なので、何でもカンでも自分の写真をこのようにすれば良い、と言われている訳では決してない、と言う事。それをすると混乱の元だし、自分のスタイル、志向(嗜好)を超えたところでいかに与えられたお題を遂行できるか、と言う事がワークショップなどに参加する醍醐味なのだ、と心得ました。そう言う意味では、今回のお題は、ぱっとしない結果には終わりましたが、課題に呼応して撮影したこと、自分なりに課題にあうシーンを探したと言う作業が実行出来た事はよかったと思います。
最後に、ニューカラーのキーワード:
どう写真を撮るかよりどう世界を見るか、距離感、空間、レイアウトの関係性、無意味なものに存在感を与える、色の重なり、uncommon、等価値、中心(注目点)がない、客観性、撮影者の立場をはっきりさせない、色を構成する、平面的、自分だけの発見、自分だけの視点、意味から離れる
など。 ニューカラー、踏み入れば、本当にその奥は深い深い感じです。

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by sanaegogo | 2012-04-14 00:00 | activity | Comments(2)
Commented by nack at 2012-04-20 23:01 x
んー、いい講座ですね!
ニューカラー、私も大好きで、エルグストン・ガイドを愛読してます。
おもしろいなぁ、いいなぁ。
今度撮影するときは、そういうお題を決めてやりましょうか?
Commented by さなぁえ at 2012-04-22 02:03 x
>nackさん
今にして思えば、CANNONのあれは、『街撮りスナップ』でブレッソン的なものと思いきや、相当ニューカラーな感じだったと思いませんか!?
今だから解る・・・・。 面白いですねぇ。


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