Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち


バックデートにはなりますが、『 Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を見てきました。ピナ・バウシュは2009年に急逝したドイツのヴッパタール舞踊団芸術監督兼振付家にして、天才舞踏家と呼ばれていた、コンテンポラリーダンサーで、亡くなるわずか6日前に癌を宣告されたと言う話を知り、胸が詰まる思いがしました。6日間では自分がこの世から居なくなるための最小限の準備も出来ないだろうし、第一、そんな事があるものなのだろうか、と、彼女の人生のある種ドラマチックで伝説になりそうなエピソードに驚きもしました。ピナ・バウシュについては、あまり詳しくはなかったのですが、バレエと演劇の垣根を取り払い、そのどちらでもない全く新しいジャンルを生み出した偉大なダンサーと聞いています。独自の舞踏芸術を追求し、その独特な世界観は観る者をそこへ引き込み、数々の感動を与え、絶賛を浴びてきました。1999年には来日し、坂本龍一の坂本オペラと言われた「Life」にも出演しているようです。実はこの「Life」、当時仕事の関係で動員されて、まさに東京公演を観に行ったのですが、残念ながらピナ・バウシュの出演に関してはあまり記憶に残っていません。
ワタシがこの映画を観に行ったのはどちらかと言うと、ヴィム・ヴェンダース監督作品、しかも3Dで?と言うところに関心を寄せての事です。『ヴィム・ヴェンダースの映画が好き』と言えるほどではないのですが、『パリ・テキサス』は好きな映画のひとつです。美しいナスターシャ・キンスキー、乾いた砂漠の風景、ライ・クーダー。あのアメリカ的なロードムービーを鮮烈に描いた監督が3Dと言うのは何とも意外ではあったのですが、当のヴィム・ヴェンダースによると、『自分は回帰をする事を好まない。3Dと言う次世代の表現を知ってしまった今となっては、もう以前に戻る事はないだろう』と言ったようなコメントを残しています。それがますます意外でもあり、であるならば、3D表現と『情緒的』なものの融合を是非目指していって欲しいものだ、と思いました。
この作品に関して言えば、ダンスを観るステージの再現、と言う意味においては3Dは有効に使われているようです。当初(ピナの健在の頃)は様々なロケ地に出かけ、そこでピナがダンスを踊ると言う構想で考えられていたようですが、彼女の死後、内容はガラッと方向転換され、ヴッパタールのオペラハウスに観客を入れ、ライブで新たに「カフェ・ミュラー」「春の祭典」「フルムーン」「コンタクトホーフ」を撮影したそうです。ピナの残した団員達は皆それぞれとても個性的で、悪い言い方をすれば粒が揃っておらず、恐らく古典バレエの世界ではあり得ない状態のように思います。その十人十色の団員達を優しく大きく広い見識で包み込んでいたのかと思うと、ピナ・バウシュと言う人物の底知れない優しさ、人類愛みたいなものが感じられます。古くから続く画一的なものを排除したかったのでしょうね。ダンスはそのバラエティーに富んだ弟子たちによって、劇場のみならず、モノレールや工場などの現代建築、森や庭園などの自然の中でソロパフォーマンスが繰り広げられます。それはピナが手塩にかけて育てたダンサーが、彼女の「いのち」を繋いで踊り続けていると言う事を顕しており、邦題にのみ付けられた『踊り続けるいのち』と言うフレーズもそれを表したものなのだと思います。彼らの失ったものの大きさ、ピナの偉大さを改めて知らされた気がします。(劇中の4作品のうち、「春の祭典」では、春と言う麗らかな印象とは裏腹な狂気じみた空気感、「コンタクトホーフ」でも後半にかけての異様な雰囲気が印象的でした。)そして、個人的にはヴィム・ヴェンダースの今後が気になるところです。(彼の作品の世界観と3Dがどう調和されていくのか・・・・。)これは偏に、『パリ・テキサス』の印象があまりにも強いから、によるものだと思います。



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by sanaegogo | 2012-03-16 00:00 | movie | Comments(0)


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