ニーチェの馬


崩壊は、予期せぬところで突然に始まり、そして、それが徐々に進んで行く事を、喰い止める事は出来ない。まるで裁縫の「返し縫い」のように、同じ動作を繰り返し繰り返し、繰り返しを連続させて少しずつ進行していく。
タル・ベーラ監督はこの作品を最後の作品と公言していて、また、「この作品に込めたメッセージは特にない。ただ情景を描いただけ。」と言うコメントを残している。 観に行った人々は、2時間34分の間ただ淡々と崩壊していく世の中の情景を、見せつけられる。風が吹き荒れ、ならず者に怯え、井戸は枯れ、やがて火種も消え、そして6日目に風は止み、世界は静かに終末を迎える。一体、21世紀のこの現在の世界のどこで、この映像を撮ったのだろう、と思わざるを得ない、シンプル、かつ、その印象とは相反して作りこまれた世界である。最期の6日間、常に強い風が吹いていて、娘は毎日井戸のところまで歩き、その日に使う分だけ水を汲みに行く。水が入った桶を両手に持ち、強い風に吹き曝されながらよろよろと歩くその場面には、こちらもぐっと身に力が入るし、家の中に戻り、扉を閉めて閂をかければ、こちらも安堵でほっと肩の力が抜ける。そう、そんな反復を繰り返しているうちに、いつしか自分もあの荒野の中の1軒屋で風にさらされている感じがしてくる。
タル・ベーラ監督は、ニーチェが馬の首に取り縋った後、2度と正気を取り戻さなかったと言うエピソードに発想を得て、ニーチェと別れた後の馬と御者のその後のエピソードとしてこの作品を撮ったそう。『どんな映画?』ともし尋ねられるとしたら、その表現に関しては、すでにタル・ベーラの手から放たれていて、観た側に委ねられている。その時、自分の中で饒舌に言葉を探そうとしても、その要素の少なさ故に、自分の中にいかに表現力があるのかを自然に試されているような気がしてしまう。彼が表現しているものを言い顕した、さらには、それを超える表現は見つけられない。でもそれは、徒労に終わる事は目に見えている。なぜなら、そこには「情景」のみが描かれ、語られているだけで、拙い感想を求める意図は一切ないと感じたからである。




この馬はタル・ベーラが片田舎で見つけた無骨で頑固な馬で、作中ではこの馬を使う以外には考えられないと感じたそう。馬が荷車を牽くそのシーンが流れていく様子と反復される音響には、思わず見入らざるを得ない。


「ニーチェの馬」 公式サイト: http://bitters.co.jp/uma/
「ニーチェの馬」 作品紹介(2012年2月6日): http://eiga.com/movie/57189/interview/
五十嵐太郎が感嘆(2012年2月20日): http://eiga.com/news/20120220/10/
タル・ベーラ インタビュー(2012年2月6日): http://eiga.com/news/20120206/7/

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by sanaegogo | 2012-02-22 00:00 | movie | Comments(2)
Commented by desire_san at 2012-03-14 16:56
こんにちは。
時々訪問なさせて頂いております。

「ニーチェの馬」の記事を起用身深く読ませていただきました。
崩壊していく世の中の情景、、風が吹き荒れ、ならず者に怯え、井戸は枯れ、世界は静かに終末を迎える、崩壊していく世の中の情景。私はこの映画を見ていませんが、本当のニーチェを描いたらこんな映画になるだろうという予想どおりでした。「ニーチェの言葉」という本がベストセラーになり、私も買って読みましたが、これはニーチェではない、ニーチェがハイになっているとき発した言葉を集めた本だと思いました。むしろまだ、ニーチェをより適切に表現しているのはR・シュトラウスの交響詩に「ツァラトゥストラはこう語りき」だと思います。
ご紹介の映画も読ませていただく限りでは、ニーチェをよく表現しているのではないかと思いました。
Commented by desire_san at 2012-03-14 16:57
・・・続きです。・・・・・ニーチェは「ニーチェの言葉」のような癒し系ではとてもないと思います。「ニーチェの言葉」は悪い本ではないと思いますが、ニーチェを知る本ではないと思います。

本当の癒し系は、美術界でいえばフェルメールのような画家だと思いますす。フェルメールを看板とすれば美術展の客が入る時代で、今年はそのフェルメールの人気作「真珠の耳飾りの女」などがきます。フェルメール絵画はなぜ人を癒すのか?魅力的は何か?についてまとめてみました。ぜひ一読してみてください。

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