BIUTIFUL (ビューティフル)


昨年の6月に公開された映画だけど、まだやっているところがあったので、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL (ビューティフル)』を観て来た。このイニャリトゥ監督は『バベル』『21グラム』などの作品を世に送り出していて、この『ビューティフル』を観て、『21グラム』はまだ観てないのでこれも観てみたい、と思ったし、『バベル』は観たのだけど、淡々と流れていく鬱屈したストーリーは、"そうだった、『バベル』もそうだった"、とその時の暗い雰囲気を彷彿とさせた。この作品も憂鬱で暗く重く、救いがないストーリーだったけど、厳しい現実を懸命に骨太に生きる力強さを感じさせられた。
舞台はバルセロナ、社会の底辺で生きる主人公に宣告される余命2ヶ月。でもこの事で自暴自棄に陥ったり気力を無くし嘆き悲しむ、と言ったような主人公ではない。そんな事をしている猶予や余地がないのだ。現実は待っていてはくれない。それまでの主人公の生活をストーリーから推し量る事は出来ないが、物語が始まった余命宣告の後、とにかく主人公ウスバルは周囲の人々への思いやりと心からの慈愛に満ちている。子供達に、躁鬱病の妻に、不法就労を斡旋している中国人に、不法入国して違法で物を売るアフリカ人に、自分の周囲の人々に主人公は常に気を配るが、それはいつも結果として上手く廻らない。良い方向に転がっていかない。セネガル人の友人を強制送還から救えなかった罪悪感から、ウスバルに対して懐疑的だったその友人の妻と赤ん坊を自宅に住まわせた。友人の妻はいつか心を溶かして行き、ウスバルの子供達も彼女に懐き、この事に関してはこのまま上手く日常になっていくのかも知れない、と観ている者が思い始めた時、裏切りは突然行われ、そしてとても残酷だった。彼女は迷いも無く引き寄せられるようにその裏切り行為に身を委ねていく。それもそれで、彼女につきつけられた現実で、その選択もまた生きていくための手段なのだ。彼女に罪悪感はない。あのシーンは、ラストの方だったんだけど、本当に静かな衝撃と戦慄が走った。「これでもか、これでもか」的な不幸せの連鎖。別の言い方をすれば、「不仕合わせ」とも言えるが、ホントに何もかも裏目に出るのだ。(上手く噛み合わない・・・・。)
「清貧」と言う言葉があるが、ウスバルには清らかでいられる余裕もない。残していく子供達に少しでも何かを残していかなければならないと懸命なのだ。その重たい現実。「死にたくない。子供達を残していけない。」と苦悩するウスバル。「自分だけで子供を育てていると思っているの? 万物によって育てられているのよ。」と言う言葉に、「万物は家賃を払わない。」と。何所までも現実的で地を這うようで、胸が苦しくなる感じだ。
ウスバルがこうして自分の末路と子供達の行く末を相談していた女性は、スピリチュアルな能力があり、ウスバルの中のその能力を見出した人物。ウスバルは死者の声を聞くような仕事も時に請け負ったりしている。ストーリー中、ウスバルは何度も死者の姿を見る。それは時には彼自身の心象風景だったり、時には死者自身からのメッセージだったりする。とは言え、スピリチュアルな能力のような非現実的なものが物語の軸に関わっている訳ではなく、あくまでもそこには逃れようのない現実(リアリティー)が横たわっている。けどこの事で、例えば主人公の見る心象風景かと思ってるとそれは現実に起こったことだったり、その反動が強烈だったりした。中国人の遺体が何体も波間を漂い、岸に打ち上げられている風景などがそうだ。あれは、ウスバルの心の風景かと思っていた。

ドラッグ、賄賂、同性愛、殺人、過失死、躁鬱病、不貞、非合法、不法入国 、裏切り、邪推、あらゆる負がしんしんと降り積もったような映画だったけど、約2時間半、長いとは思わなかった。(途中でお尻が痛くなったことは事実だが・・・・。) 暗い重い、こちらにも現実を直視する事を突きつけて迫ってくる映画だったし、感じた事も言葉にして言い表すのが難しい感じではあるが、観に行ってよかった。

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by sanaegogo | 2012-02-01 00:00 | movie | Comments(0)


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