メタボリズムの未来都市展
メタボリズムの未来都市展
戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン
会 場: 森美術館 (六本木ヒルズ 森タワー 53階)
会 期: 2010.9.17 ― 2011.1.15
主 催: 森美術館、UIA2011東京大会 日本組織委員会、日本経済新聞社


過日、メタボリズム提唱者の1人菊竹清訓さんがご逝去され、そのニュースを知らされて会期終了が迫る「メタボリズムの未来都市展」、そうだ、行かねばっ!と行って来ました。六本木ヒルズの森美術館です。メタボリズムとは"新陳代謝"をあらわしており、それを都市のありかたになぞって、「未来の建築や都市は、環境に適応しながら生きる生物のように姿形を変えながら持続されていく」と言う考え方です。都市も有機的生物のように新陳代謝を繰り返し、常に発展の余地を残しながら築かれていく、とするもので、これを提唱した建築家達は"メタボリスト"と呼ばれています。同じような言葉ですが、メタボリック・シンドローム(metabolic syndrome)と言うのがあります。これは生活習慣病と殆ど意味が等しい代謝症候群の事ですが、最近は"メタボ"=肥満と言った意味にも誤解されたりしてます。(これはいらない説明でした。)
このメタボリズム展は、
Section 1 メタボリズムの誕生
Section 2 メタボリズムの時代
Section 3 空間から環境へ
Section 4 グローバル・メタボリズム
から構成されていて、ワタシのように建築素人の人にも判りやすかったと思います。多分、建築を専門に勉強していない人は、「メタボリズム」と言う言葉を聞くとやはり生活習慣病みたいなものを連想してしまって、未来都市、なんて言う言葉と重なると、「未来の都市では食生活が乱れてメタボに陥る人が多いのか?」なんていう誤解を抱きそうな感じではあります。そんな人たちが見ても、見方すら判らない専門的な資料もありましたが、メタボリスト達の描いたその「夢」や「理念」の全貌は判りやすく伝えられていました。
確かに、(実現したものはいくつもありはしますが)戦後の高度成長期に躍らされた非現実的な計画、と言う見方もあるようです。しかしながら、大切なのはその理念であり、戦後の復興期、その後の高度成長期に日本の有識者が感じていたような、内側から漲って来るようなパワーこそ、今この時の日本に大切なものではないかと思うのです。ひとつひとつのプロジェクトの在り方についての云々よりも、全体としてこのムーブメントをどう見るか、どう今の時代に取り入れるか、を問うているのです。この意気消沈しがちになっている日本にあの頃の高揚感を甦らせるヒントが当時の動きの中に隠されているのではないでしょうか。展示されているものは、建築の手法と言うよりはむしろひとつの思想なのです。
"メタボリズム(新陳代謝)"とは、「新しいものが古いものに取って代わること」であり、生物学的には、生命維持に不可欠なもの、とされています。新しいものが古いものに取って代わるのは発展のためには必要不可欠なのです。Section 1メタボリズムの誕生のテキストにあった「壮大な未来都市もいつかは廃墟になる事を示唆している」と言うセンテンスがありましたが、これはちょっと理解が出来ませんでした。長いスパンで見た新陳代謝の過程で都市がいつかは「廃墟」になるのであれば、それは持続可能(sustainable)ではなく、リセット的な事で、風土で言えば四季の変化、家庭で言えば家族構成の変化、都市で言えば人口の増加など、それに合わせて変容していくのがメタボリズム的考え方であれば、有機的生物にいつかは死が訪れるように、どんな未来都市にでも必ず廃墟になる時が訪れると言う事なのでしょうか。それが戦災や自然災害によるものなのを指しているのであれば、諸行無常の感さえあります。
とは言え、命ある人々が生活を営んでいるのが都市なのだから、他の動物達が命の営みを繰り返す森や海のように、都市を生物的に考えるのはとても面白いと思います。単位を都市まで大きくしてしまうと、色々な要素が入ってくるので考えがまとまり難いですが、戸建ての家とかで考えると判りやすいかな。子供の成長や家族構成の変化で間取りを自由に変化させるような家を想像すると判りやすいかも知れないですね。
建築って本当に、建築家、施工者、企業、行政、そこに住む人・使う人、街の景観、コミュニティーなど、関わっているものが多岐に亘るだけに、何所を切り口にして、どれを最小単位と考えて、誰に向けて、何を見せるかによって、全然違う意見だし、違う解釈だし、語られる内容もそれぞれになってしまいます。集合住宅の1部屋、それらが集まって出来た建物、そんな建物が集まって出来るコミュニティー、そんなコミュニティーがいくつも集まって出来た都市。どこを取ってメタボリズムを語るか、と言う事ですが、本展では「都市」にまつわるもの。なので、そこに実際に住むであろう人々がその提唱された(住宅やコミュニティーや都市での)生活を良しと出来たか、と言うところには触れていません。建築家の理想ばかりが先行してしまっている感もあるのかも知れないのですが、先にも述べたように、夢を語るのも、今は必要なのではないかな、と感じる訳です。(それに机上の空論ばかりではなかった訳ですし。)
情報量があまりにも膨大だったので、言っている事も散漫極まりなくなってきましたが、思想の是非・賛否はともかくとして、面白い展覧会でした。特に私自身が数多く仕事をしてきて、使う側からも秀逸な構造物だと思ってきた京都国際会館がメタボリズムを具現化した建築物のひとつに数えられていた事を知ったり、(展示されていた建築模型をしげしげと観てしまいました。)、代々木体育館や東京カセドラル聖マリア大聖堂など、改めて訪れてみたいな、などと思ったりして、新しい発見もありました。
終わりに、最後までこの散漫としたテキストを読み終えてくださった方への特典として。六本木ヒルズ屋上のスカイデッキから見た東京の街、関東平野の一望です。かなり寒かったのですが、それはそれは絶景でした。



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by sanaegogo | 2012-01-07 00:00 | art | Comments(0)


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