石川直樹個展 Halluchi Mountain - 幻の山


楽しみにしていた石川直樹さんの写真展を観に行って来ました。

石川直樹:個展「Halluchi Mountain - 幻の山
2011.12.23(fri) ― 2012.1.22(sun)
EYE OF GYRE / GYRE 3F

Penのオンラインマガジンでは早くからその開催の一報を載せていて、楽しみにしていたのだ。そこでは『石川直樹が写す、幻の山。』と言って紹介されている。過日再びエベレスト登頂を果たした石川直樹さんだが、その時、山の影を映した写真がWebsiteにあがっているけど、画像がリネイムされておらず、"IMG_0433"と言うファイルネイムが表示された。これは、Canonのカメラで撮影した事を示していて、名前も変えずにこんな風に生のまま使用されているのに少し驚きはしたけれど、何だかとても嬉しくなった。石川直樹さんが初めて(?)冒険に携えていったのがCanonのEOS Kissだったと言う事は知っていて、ワタシが今使用しているのがその数世代後の機種で、たったそれだけの事で繋がった気がしてしまうのだ。彼は多分、スポンサーになっていてCanonにはお世話になっているものの、あまりカメラ自体に思い入れはないと思うのだけど、(最後の最後には「写ルンです」でも撮影する、と言っていたのを聞いた事があるし)、ワタシが一眼を始めた機種がこれなのは石川直樹さんが使用していたのを知っていた訳ではないので、だからこそ、その偶然が嬉しいな、と言う極めてミーハーな気持ちだ。
以前、彼の講演会を聴きに行った時、「自分は写真家ではない。」と言っていた。ただ、冒険に出かけて、そこで目の当たりにした風景や風土を撮影してくる、と言うスタイルなので、その写真達は作りこまれてもいないし、計算されてもいないし、そこにある光を使って、そこにあるままを撮影してくる。その色合いがとてもソフトで淡く、優しいものにワタシには映って、それがとても好きで、そんな写真を撮りたいと思っている。最近雪の風景が撮りたいなぁ、なんて思っているのも彼の写真に憧れての事だと自分でも解る。そこにあるものを写してくるシンプルなスタイル故に、彼の見たもの、それを見ながら感じているであろうとてもフラットな気持ちが映し出されて、ともすれば何と言うことのない、何も凝ったところがない風景が印象的なものになるのだと思う。あと、そこに行った、と言う事が大切な事で、自分でその場所に行って立つ、と言う行為が、彼の写真をより(写真そのものはソフトなのに)鮮烈なものにしているのだと思う。会場のフィルムコーナーに過日のエベレスト再登頂の際の映像があったのだけど、あの過酷な山頂で、何ヶ月かけても体を適応させながら登ったのに『酸欠になってふらふらになる前に、さっさと帰ります。』と語っていた。
テキストには『そこから見上げた空には成層圏の端が見えている。空の色は黒に近い濃紺で一点の曇りもなかった。』とあって、その成層圏の端を捉えた写真も飾られていた。これには本当に心打たれてしまった。『成層圏の端』って・・・! そんな事、(そんなに詳しい訳ではないけど)、どんな登山家の言葉でもそんな事を聞いた事がなかったので、こんなに高い山に登ると成層圏の端が見えちゃうのかっ!?と本当に打たれた。濃紺の空。空が濃紺。それは宇宙に繋がっている。今まで地球の端っこに行き、その土地の民族的な触れ合いなども記録してきた石川直樹さんの冒険は、横の広がりのみならず、高く高く、縦方向にも広がっているものなのだ。人の営みは成層圏の下での事で、彼はその成層圏の端をこの高い山で見据えたのですね。
彼の写真を見るといつも、(大袈裟だけど)自分自身の在り方、みたいなものを考えてしまう。多分その映し出されているものが、あまりにも広大で、あまりにもありのままなので、それに対して自分の在り様はどうなのか、と問いかけてしまうのだと思う。
写真は暖房で熱い館内を出て、外の風にあたりに屋上に出た時にとったもの。ここからはとても、成層圏の端っこは見えないよなぁ。



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by sanaegogo | 2011-12-25 00:00 | art | Comments(0)


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