世界の建築家の大会終了!


9月26日から28日まで行われた国際建築家連合(UIA)主催の2011東京大会が閉幕しました。参加者ではなく、準備運営をする側の1名として参加してきました。なので、レビューと言っても、一聴衆(ファンの1人)の立場であったり、準備を進めてきた側独特の思い入れがあったりとか、感じるところは悲喜交々な感があります。自然と自分自身のこの2・3年の様々な思いとオーバーラップしていってしまうのは否めないかと思いますが、ま、私的なブログなのでそれも許してもらいたいと思います。

ワタシが会社を退職したのが2008年の事。もう3年も前の事になってしまいますが、この件はワタシが在職中に携わった最後の案件で、コンペに出る前のヒアリングや運営に関わる下見積りづくりとか、少なからず推進していた案件です。トピック的にも当時からとても関心があったものだったので、退職後、「人手不足から手伝いに来ないか」と言われテンポラリーで数本の案件に関わった後、巡り巡ってこのUIA2011の会期終了の最後まで関わる事となり、その場に居合わせて見届ける事が出来た事に少なからず、その巡り合せに感謝しています。

激務に身をすり減らしそうに働いてきて、仕事にはそれなりにやりがいがあったのですが、「このままでは身が持たん、実入りが少なくてもいいから、何か自分のノウハウを自分の好きなものに活かして働きたい」、と思うようになり、コンテンポラリーのインスタレーション(平面アートは飽和状態で、新しい体験型や視覚的に立体的な表現が求められる動きがますます加速していたように思います。)に関心を持ち、当時、展覧会やインスタレーションを企画する講座などを忙しい合間を縫って受講していたりしていました。しかしながら、そこに自分の居場所を見つけようとするも、なかなか思うようにはならず、安きに流れた訳でもないですが、取り敢えずは再び自分が力になれる場所で働きつつ、巡り巡って、チャンスがあれば飛び込みたかった世界と自分のこれまでやってきた業界が微妙に接したところにあったのがこの案件だったと思います。そう言う意味ではワタシの中でとても良い節目にする事が出来たような気がしています。

コンペ当時、ワタシが携わっていた当初の企画段階では、代々木と丸の内・有楽町、それに六本木エリアをトライアングルに結び、バスを走らせ公共の地下鉄を利用してもらい東京の美しい建造物達を見物しながらHanging Aroundできるような、東京全体を会場にするような企画が出ていたと記憶してますが、(結局そう言った大掛かりな企画は震災の復興に配慮して催行には至らなかった訳ですが)、本決まりでこの案件の担当のひとりとなった時に、基調講演の1人がクリストであったり、金沢21世紀美術館の作者でありベネチア・ビエンナーレなどにも出品しているSANAAであったり、知らないうちにその趣が個人的な関心にぐっと近寄ったもので進んでいると言うことを知り、ワクワクしたものでした。 これまでにも世界の主要な国際展には数々の名立たる建築家がパビリオンやインスタレーションを出品してきています。SANAAの妹島さんなどは、他のジャンルのアーティストとコラボして、都現美で展示なども精力的に行っています。公開講座で講演した安藤忠雄については、昨年の秋、やっぱりこの位の時期に、彼が設計した長良川国際会議場で国際会議を運営してきました。(2010年6月/9月) その建築もとても美しい個性を見せていました。 期せずして、自分の関心所と実働がついにここでクロスオーバーしたような気がして、勝手に高揚感を覚えていた訳です。

何よりもクリストのプレゼンテーションのコーディネートに携わる事が出来たのは、良い思い出と経験になりました。ご本人と直接ではなく代理人の方と機材やプレゼンのスタイルについて詳細に打合せをしたのですが、講演前に舞台袖でコーディネーターとしてご本人に紹介していただき、握手をしていただき、帰国後に『もう少しゆっくり話が出来る時間があったらよかったですね。』とご本人に気にかけていただことも、この仕事を長くやってましたが、そうそうない事で、感激しました。クリストはあくまでもアナログのスライド上映に拘り、あのスライドフィルムの濃密な質感に拘り、今でも各講演はスライドで行っています。今の高性能の明るいプロジェクターでは再現できない世界観と自己表現を求めているようです。今回もホールAを客電0%かっ!?と思うほど真っ暗にして、自分もステージ下に用意した椅子に降り、会場を埋めた満員の聴衆と同じ方向を向いて座り、1枚1枚自分でスライドを送りながら講演をしました。真っ暗な会場、スポットの当たっていないポディアムは肉眼では見えず、見えてもそこには誰もおらず、明るいプロジェクションを見慣れた私たちには少し暗すぎるのでは?と心配するようなスクリーンに向って、居場所の判らないクリストの声だけが響いている会場内はとても印象的でした。公式カメラマンが舞台袖に文句を言いに来たりもしました。『会場の灯りを上げろ!あれじゃ講演してるところが撮影できないじゃないかっ!何なんだこの演出は!? 誰がやってる、なっちゃないじゃないか!』のような文句を言う職人気質っぽいカメラマンに向って、『これはご本人の希望です。何度も打合せして決めました。ご本人の講演スタイルなんです。スライドに入る前に言ってたでしょ。"もっともっと、会場を暗くしてくれっ!"って。』と言い返した時、ちょっぴり優越感のようなものすら覚えました。芸術家の拘りを周囲を巻き込んで実現する。クリストの作品(プロジェクト)はその究極のようなものばかりなので、その意思をここでもストレスなく実現できた事に幾ばくかの冥利っぽいものも感じたりもしました。因みに、彼は自分のプロジェクトが「アースワーク」とか「ランドアート」と称される事を良しとしないそうです。例え自然環境の多い場所でも「人工」の気配のしない場所では彼のプロジェクトは成り立たないので、それとは一線を画したいと言う理念がある、と打合せの時代理人の方から伺いました。

SANAAも講演に使用する画像の素材にはとても気を遣っていました。ハイキーで撮影された数々の流麗な2人の作品。とある1枚の微妙な線がプロジェクターで投影すると消えてしまうのではないか、と事務所の方もかなり気を入れて講演前に入念な画像のチェックをしてました。

いずれもワタシは舞台袖からだったり、控え室前のモニターでだったりしか観る事が出来なかったのですが、それが役得と思う反面、一聴衆として客席で聴いてみたかったなぁ、と言う気持ちも勿論あったりします。この他にも建築を始め各界の著名な方が講演をしたのですが、それは公式ホームページで仔細に紹介されてますので、そちらでご覧いただければ。
http://www.uia2011tokyo.com/ja/



写真は会場となった東京国際フォーラムです。今回は全館使用。ホール棟の幾つかとガラス棟を貸し切らないとこんな写真は撮れないのですが、ブレードランナーの頃の近未来都市の摩天楼を繋ぐチューブのように張り巡らされたブリッジの画です。本当はイチデジを持って来ようかな、とも画策してたのですが、それはまず無理と言うものでした。この東京国際フォーラムは、今回の主催である国際建築家連合(UIA)の基準に基づく日本国内初の国際公開コンペを経て建設されたもので、設計者の建築家ラファエル・ヴィニオリも講演はありませんでしたが、今回来日しました。ガラス棟は船をイメージして造られているのだそうです。正直言って、使う側からすると非常に使い勝手の悪い会議場(ストックヤードが殆ど無く、動線が複雑で、一般の会議参加者は迷いに迷って会議室やホールを移動してます。)ですが、美しい建物です。観賞用だけではなく、使う人がいるのが建築作品の面白いところ。見て楽しむのと使い勝手の良いものとはまた違うし、このふたつを両立させるのは難しいのでしょうね。(話は逸れますが、そう言う意味では国立京都国際会館は秀逸な建物だと思います。)

そんな訳で、東京大会は本日、ワタシの誕生日に無事閉幕。明日からは一般参加は無しの総会が始まります。
長いモノローグのようなエントリーになってしまいましたが、先にも言ったように、私的なブログなので勘弁していただきましょう。そもそもここまで仕事ネタを仔細に書いた事は今まで無かったのですが、(取り下げ命令が何処かからやって来るかも知れませんが。)ここでやっと、これまで何に面白味を感じこの仕事をここまでやってきたのか振り返る事が出来た気がします。ワタシは単に歯車のひとつを担ういちコーディネーターに過ぎなかったのですが、この段になって、素直に「やっぱり自分自身の関心と近いところで仕事ができる事は素晴らしい事なのだ。」と再認識しています。(この手の案件はそうそう無いので、最後に関わることが出来て、素直によかったと思ってます。)そして今後もまたこうした件にこんな風に関われる仕事が出来るチャンスがあったらよいなー、と願います。

最後に、クリストの代理人の方から後日送られて来た記事を参考までに。関連の記事をすかさずツブサにチェックしているのは流石ですね。石原慎太郎都知事らしい、斜に構えた物言いがされてます。


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by sanaegogo | 2011-09-28 00:00 | art | Comments(0)


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