レンブラント 光の探求/闇の誘惑


レンブラント 光の探求/闇の誘惑
会期:2011年3月12日(土)~2011年6月12日(日)
主催:国立西洋美術館 ほか
後援:オランダ王国大使館

今回のレンブラントは、油彩画ではなくて銅版画。エッチングやドライポイントで表現されたレンブラントの光と影を堪能してきた。銅版画の展覧会の記事をアップするのにトップに来る画像が油彩画では、美術館のキュレーターの方の意図に反しているかもしれないけど、その開催趣旨は充分理解したとしても、やはり、この『書斎のミネルヴァ』は圧巻で目を奪われた。レンブラントの代表作、アムステルダムの国立美術館に収蔵されているという、かの『夜警』を観る機会はこの先ないだろうな、などと思いながら、書斎のミネルヴァに暫し観入ってしまった。個人蔵だそうだ。すごいなぁ・・・・。

上野の美術館に来たのは久しぶり。会期も来週で終わりなので、その週末はさぞかし駆け込み需要で混んでるんだろうなー、とは思っていたが、この週も負けず劣らず混んでいた。西洋美術館はいつ来ても混んでいる。

レンブラントやフェルメールの探求してきた光と影、滲む灯りとその陰影表現は専門家を始め、多くのファンに語られて来たけれども、なるほど、銅版画でそれを実践していたのを知っている人は少ないかも知れない。絵の具を塗り重ねたり、筆致を変えたりする事で、陰影や質感を顕すのはハイライトに白い絵の具を重ねて使ったりとか、比較的手法は解るんだけど、ニードルで削るその細い線で光と影を表現するなんて、卓越したテクニックと迷いのない観察眼がないと出来ない事なのだろうと思う。また、銅板をネガフィルムに見立てれば、刷り方や台紙の種類を換えて、違った効果を模索していたフェルメールの行為も、何だか現代に通じるようで面白く感じた。

現代に通じる、と言えば、窓から暗い室内に自然に漏れてくる光を巧妙に描き出す手法もさることながら、レンブラントには「光の演出」つまり、ライティング、と言う考え方を実践していたんではないか、と察っすることが出来る。勿論、これは素人考えだし、専門家の方には、「そんなの言わずもがな」と言う事なのかも知れないけど、しげしげと画や版画を観て、自分なりにそう思えた。こんな着眼を大切にして行きたいと思う。偶然照らす窓の明かりや滲み出た暖炉の光などを、ただ漠然と待ってそこに居合わせて描写した事でその画が生まれたのではなく、そこにはライティングが効果的に顕れるように配置された意図的な構図を感じ取る事ができた。なので、キリスト教の伝道の情景を描いた百グルテン版画などは、観ようによっては舞台演出のスポットやホリゾントなどのライティングが施されているようにも見えてくるのが面白い。絵画だとある程度想像で描く事が出来て、現代で言うとCGのようにある種、非現実的な世界も表現する事が出来るのだけど、レンブラントが拘ったのは、あくまでも写実的で狙って創られた現実的なもの。彼の頭の中にあるスタジオの中でセットをレイアウトしてライトを当てる、そんな作業があると思ってみると、その創りこまれたリアリティがなんとも興味深く感じられた。

版画の技術の卓越さを観てもやはり、その差し込む光の表現に眼が行ってしまう。窓、暗い室内、浮かび上がるものの輪郭、そんな改心の一枚を撮ってみたい!とひしひしと感じた。絵画を観てそんな画のような写真を撮りたい、と言うのも原点回帰みたいで、ぐるぐるとしてしまうが、『どんな写真を撮りたいんですか?』ともし尋ねられたら、いろいろあるけど、『レンブラントやフェルメールの画のような写真』というのもひとつ、自分の中にある。



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by sanaegogo | 2011-06-05 00:00 | art | Comments(2)
Commented by desire_san at 2011-06-11 14:44
こんにちは。
私も、ブログ東京西洋美術館の「レンブラント、光と、闇と、」の美術展が行ましたので、興味深く記事を読ませていただきました。

私も以前来日したレンブラントの作品も含めてレンブラントの芸術について書いてみました。よろしかったら読んでみてください。

どんなことでも結構ですから、ブログにコメントなどをいただけると感謝致します。
Commented by さなぁえ at 2011-06-12 03:11 x
>dezireさん
コメントありがとうございます。
レンブラントはファンも多く、学識のある方から研究もされつくしているので、
素人なりにReviewを述べるのは少し勇気がいるのですが、
これに限らず、臆せず感じた事を記していこうと思ってます。
また時々お越しくださいね。


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