六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?


この展覧会ももう終わってしまうかと思いますが、森美術館で行われている 六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?― 明日に挑む日本のアート ― [Roppongi Crossing 2010: Can There Be Art? The Creative Potential of a New Japan] を観に行ってきました。職場の関係でタダチケをいただいたので観に行ってみました。最近何も観に行ってないし、忙しい時期もちょっとひと段落したから、ちょっくら出掛けてみるか、と思ったわけです。既に観に行った輩から『結構面白かったですよー。』と言うコメントをいただいてたので、6月中はあまりお出かけもままならなかったので、ちょっくら出掛けてくることにしました。
六本木クロッシングは、森美術館の"肝いり"と思われる展覧会で、今回で3回目。今回は『芸術は可能か?』と言う問いかけを出発点に構成され、様々なジャンルの作家や作品が「交差(クロッシング)」ています。ちょこちょことコンテンポラリーを観に行ってると、作家や作品も見たことがあるものも結構増えてきますねー。例えば・・・・、
照屋勇賢:告知―森
相川 勝:CDs
青山 悟:刺繍作品の数々
森村泰昌:なにものかへのレクイエム
など既に何処かの展覧会で拝見したものも多く展示されてました。
志賀恵理子 や
米田知子
など、女性写真家の作品にも観入りましたが、
今回殆どの時間をさいて引き込まれてしまったのは、
八幡亜樹:ミチコ教会
でしょうか。
28分2秒のヴィデオインスタレーションで、作品自体も長めだったのですが、始めはチラ見で、どんどん作品に引き込まれて、ホント、魅入ってしまいました。山奥の掘立小屋を教会として夫と2人ささやかな生活をおくっていたミチコさんの、夫亡き後の葛藤や心の機微を淡々と描いていく28分のヴィデオ作品ですが、ドキュメンタリーなのかフィクション作品なのかは最後まで曖昧なままで、そして敢えてそれを明示していません。淡々と続いていくストーリー。芸術作品でもないし、演劇作品でもないし、撮影手法などに凝った映像作品でもなく、もちろん映画でもなく、ショートムービーでもない。ドキュメンタリー番組のようで、内容は非現実的。でもそれは、現実からちょっとだけ逸れているところにあるもので、決して超現実ではなく・・・・。形容しがたい不思議な作品で、CGや特撮などのテクノロジーを一切使わないで(頼らないで)この曖昧感を表現していくところに何となく作家としての「頼もしさ」なんてものを感じてしまいました。コンテンポラリーを牽引するようないくつかの展覧会で上映されているようです。もう一度観てみたいです。
展示されている作品の殆どには、単なる自己満足?と捕らえられがちな作品も多く、自分自身もそう感じざるを得ない部分があるところは否めません。ただ、自己満足できない人(もの/作品)には、他者を満足させる力もない、と思うわけです。自己満足って意外に大切だし、『ものごと』の原動力になり得るんだ、と思うわけです。
写真は、六本木界隈で咲いていた紫陽花です。観る人が観たら、冷静に、「ピントがぼけてますよ。」と言うのかも知れません。でも自分ではとても気に入ってます。なので、最近思うのは、『誰に観てもらうか。』、これって実はとても肝心な事なんだ、そんな風に思います。



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by sanaegogo | 2010-06-27 00:00 | art | Comments(0)


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