MOMAT サイバーアーツジャパン ― アルスエレクトロニカの30年 他


都現美に行って来ました。開催中の展覧会を2本観て来たのですが、ひとつは3月22日が最終日。ここでご紹介しても終わっちゃってるので残念ですが、2本とも、「コンテンポラリーとは何ぞや?」と美術館の原点に立ち返るような内容のものだったような。

● Cyber Arts Japan サイバーアーツジャパン ― アルスエレクトロニカの30年
13th JAPAN MEDIA ARTS FESTIVAL 文化庁メディア芸術祭 ●

アルスエレクトロニカとは、オーストリアのリンツ市で開催されるメディアアートの世界的祭典で、その30周年を記念して、日本のアート&テクノロジー、メディア芸術領域が特集された展覧会。『1979年の創始以来、同フェスティバルは、冨田勲、坂本龍一+岩井俊雄や明和電機ら多数の受賞・参加によって日本と深い絆で結ばれています。本展は、フェスティバルへの参加作品群を中心に、芸術/科学・テクノロジー/社会を結ぶ新たな可能性を探ります。(ホームページより)』と言うことで、アートがデジタルデバイスを侵食しているのか、はたまたその逆か。サイエンスとアートの狭間を行き来する数々の作品を観て来ました。思えば、アーティストとサイエンティスト、求められている素養になんと共通点の多いことか。着眼、発想、観察、思考(試行錯誤)、分析、具体化など、一言軽い感じでひっくるめてしまうのならば、これがcreativity(クリエイティービティー)と言うものなのでしょうか。昨年のことだったか、ミッドタウンに遊びに行っている時に、文化庁メディア芸術祭が開催されていて、ちょっと覗いてみた事がありました。『芸術と科学の接点だ!』とか言いながら、いくつかの展示を触っていじって、楽しく体験してみたりしたことがありましたが、その時に出展されていた岩井俊雄さん製作のTENORI-ON(テノリオン)で、坂本龍一とコラボした作品にも再び触れてきました。『“現代”美術館と言えども、坂本龍一の映像が“美術館”で流れるのか・・・・。』と少しの違和感と「これがコンテンポラリーなのね。」と言う再認識と、そんな事を感じて来ました。美術館と言えば、既にあの世に召された重鎮の「芸術作品」と言うお墨付きを得た作品が飾られて、その歴史的な作品分析が学芸員達によって掘り下げられているところ、と言う風に思いがちだけど、現在進行形で産み出されているこう言ったプロダクツが芸術作品と見なされる道筋と、商品化されて大衆に出回ってく事になる道筋と、一体どこからどうやって分かれていくものなのか、と言うのは、予てからの私の素朴な疑問です。(ダイソンの掃除機とかはどんなに機能に優れ形が美しくても、商品化されちゃうとグッドデザイン賞どまりだったり・・・・。)ま、偏にアプローチの違いなんでしょう。

● MOTアニュアル2010:装飾 ● 
「装飾」って、美しく飾ること。確かに出展作品はどれもデコラティブで精緻で美しかった。「装飾」と言うキーワードで一堂に会した作品たちで、これはもう単純に出来栄えを楽しめればいいのかな、と思いました。多少なりとも何か作品を創ろうと試みたことがある人ならば、尚更、その完成に至るまでの集中力の持続と忍耐、卓越した技を遺憾なく発揮していく過程が想像できて、感服、と言ったところです。それは「職人技」とも言えるべきもので、でもこの作家たちは、決して職人ではなくて「芸術家」なんですよね。職人とは自分の技を結集させて何かを作り上げることを職業としている人々の事だと思うのですが、「芸術家」と言うのも職業のひとつだとすれば、この作家たちが芸術家となっていく道筋と、(装飾品を創る)職人と呼ばれる道筋と、一体どこからどうやって分かれていくものなのか。これも、偏にアプローチの違いなんでしょう。

と、色々言ったらきりがないですが、時代と同時進行している面白さが現代美術なので、その時代を生きている者のひとりとして、それを見届ける感じで観ることを楽しめばよいのでしょうね、きっと。Make it simplify・・・・。



バス停でバスを待つ人々。



バス停の椅子。



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by sanaegogo | 2010-03-21 00:00 | art | Comments(0)


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