手塚治虫展 未来へのメッセージ ―ブラック・ジャックに会いに


突然ですが、ワタシは無類のブラック・ジャック フリークです。と、言ってもカードゲームではありません。そう、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』です。と言う訳で、そんなワタシをよく承知している友人に誘われ、『手塚治虫展』に行ってきました。生誕80周年だそうです。
手塚治虫と言えば、鉄腕アトムやジャングル大帝でしょうか。ワタシも全くもってどんぴしゃ世代ではないですが、子供の頃、兄さんによくアトムやレオをスケッチブックに描いてもらって塗り絵なんてをして遊んでいる可愛い子供でした。家には当時のチャンピオン・コミックスのブラック・ジャックが全巻揃っていて、物心ついた頃からかなり読み込んでました。当時は“恐怖コミックス”とか言うシリーズだったんですね。手塚治虫全集とか名鑑集とかが刊行されている今、この初代のブラック・ジャック全巻と言うのはかなりプレミアものではないかと思われますが、多分、兄宅に大切に保管されているはず。もうかなりボロボロだけど。
アトムに関しては、子供心に謎があり、それはあの頭部の形状。あのツノツノ(角?)は、どの部分にどうやってついてるんだろう、と府に落ちず不思議に思ってました。

右から見るとこうだし、 → → →
左から見るとこう見える。 → → →
しかし、正面から見てもこうなってる。→ → →

いったい、頭のどの部分にどうやってくっついてるのか。3本なのかとも思ってたら、謎が解けました。設計図や立体フィギュアなども展示されていて、要はアシンメトリーに襟足のちょっと上と側頭部ににょきっと2本角が出ていることが判ったんです。でもそしたらこの見え方はあり得ないんじゃ? なんて考えを抱きつつも、不自然さを全くもって強引にしかも自然に、矛盾を感じさせない勢いのある描写力。治虫先生、流石、と思いました。
ブラック・ジャックのコーナーでは、ブラック・ジャックの名台詞がプリントしてあるトイレットペーパーなんても売られていて、『あー、これは、ドクターキリコとの対決に決着がつかなかった時のだ。』とか、『これは、声帯の手術をした人気歌手にぶつけた台詞だ。』とか、どの話の中の台詞かで、友人としばし盛り上がってしまった。どの台詞はどのエピソードのものであるか、かなり判り合える友人とワタシは、ブラック・ジャックのコーナーで一頻り盛りあがり・・・・・。
今回は手塚治虫先生の作品を展示すると言うよりは、手塚先生の生い立ちや人となり、漫画への取組みの変遷とかを軸として紹介されてます。子供の頃に自ら書いた虫の図鑑なども展示されていて、それはそれは、ホントにそれは圧巻でした。もの凄い観察眼です。虫は心を持たないけれど、その姿を観察して捕らえていく過程で、結果、ものの姿だけではなく目に見えないものも微細に捕らえて理解する術を身に着けていくに至ったんだと察っせます。既に出版物を意識していたのか、手塚少年が記したその記録ノートは、きちんと企画が決まっている文字で丁寧に説明文が書き添えられていて、まさにそれは『創作フォント』でした。更に羨ましく思ったのは、子供の頃のそういった記録ノートや画を展示が出来るほどきちんと保管してある親御さんの存在ですか。『恵まれた環境だったんですね。』とだけ言ってしまえば失礼になりますが、自分の足跡が管理できない歳の頃に、こうしてきちんと残してくれているのは、親御さんの健やかな愛情の顕れでもありますよね。
今度家に帰ったら、兄さんからブラック・ジャック借りて読み直してみようっと。暫くぶりなので、あの頃とはまた違った自分自身の視点の変化が発見されるかも知れないですよね。

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by sanaegogo | 2009-04-30 00:00 | つぶやき | Comments(2)
Commented by nakamura at 2009-05-05 00:06 x
ごぶさたです!
さなぁえさんも、ブラックジャックファンなんですね~
私も文庫版全巻持っているくらいなんですよ。
生命に対して真摯なところが大好きです。

手塚治虫展、行くしかないなぁ^^;
Commented by さなぁえ at 2009-05-06 23:22 x
>nakamuraさん
『手塚治虫展』、面白かったですよ~。 記事でも触れましたが、幼少時代の記録ノートは必見です。
自分の中の葛藤と向き合いながら、手探りでブラック・ジャックを描き始めたという事も知りました。
ワタシが良く知ってるのは、ブラック・ジャック以降、火の鳥とか、三つ目が通る、とかですが、手塚氏の幼少の頃からのひとつ通っている芯のようなものと、変化と、知ることが出来ました。
是非是非、行ってみてくださいっ!


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